1-6 踏み越えた一線
決闘の制度は、マギナ学園が創設間もない頃から存在する。
才能があれば身分に関係なく集める性質上、創設当時は生徒同士の小競り合いが絶えなかったという。
小競り合いと言っても、魔法使いの衝突。自分たちだけでなく周囲も巻き込んで被害を出す。魔法で他者に危害を加えるのは厳罰を科すことにしても止まらなかったそうだ。
国からの膨大な資金援助で設備は修復できても、倒すべき敵と戦う前に傷つけ合っては意味がない。
そこで考案されたのが決闘だ。
安全に配慮した決まりの中で、生徒たちが互いの主張を賭け、力で勝敗を決める。そして、勝つために研鑽を重ねることは、後の神霊獣や眷属との戦いを有利にする。
そんなわけで、決闘はマギナ学園の伝統のようなものになっているが……
「なに考えてんだこのツンツン頭がああああっ!」
「てめぇをぶっ潰すことだコラアアアアッ!」
マギナ学園の東側。学四園の敷地の半分を占める広大な修練区画。
その一角、射撃の修練向けに作られた第四修練場で、俺はラーグと取っ組み合っていた。
「レノスまだ早い! これだと普通にケンカだ! また先生に叱られるぞ!」
「放せウォルゼ! このツンツン頭のツンツンを全部むしってやらぁな!」
「口調まで変だぞ!? とにかく落ち着け!」
ウォルゼが俺を羽交い締めにして、ラーグから引き剥がす。
「ふざけんなよラーグ! 決闘は望むところだが、退学を賭けてってなんだ!」
「大真面目だコラ! いい加減、てめぇにはうんざりなんだよ!」
ラーグが制服を直しながら怒鳴る。
「学園長の推薦だか知らねぇが、デカい面しやがって!」
「いつ俺がそんな面した! 言いがかりで俺の学園生活を終わらせようとするな!」
「そもそも魔法も使えねぇやつに、マギナになる資格はねぇんだよ!」
「言わせておけば……! 俺には俺のやり方がある! お前も知ってるだろ!」
「ハッ! バカデカい神霊獣ども相手に、てめぇのヘナチョコ剣術がどこまで通用するんだろうな?」
「やっぱむしる! 全部むしる!」
「やめろレノス。……ラーグもラーグだ。退学はいくらなんでもやりすぎだろ」
俺を羽交い締めにしたままのウォルゼに、ラーグの狂暴な目が向けられた。
「外野が出しゃばるんじゃねぇ! これは俺とレノスの問題だ!」
「そんなこと言ったって、こんな決闘、先生の誰が認めるんだよ」
ウォルゼの言う通り、決闘には対戦者同士の合意と先生ひとりの承認が必要だ。
ただ、退学なんて馬鹿げたものを賭けた決闘を、いったい誰が――
「認めたぜ。てめぇらの大好きな学園長がな」
「は!? ユーさんが!?」
ラーグが上着のポケットから出した申請書には、確かにユーさんの、学園長の名前と押印があった。
「そんな、どうして……!」
「てめぇのこと、内心嫌ってたのかも知れねぇなぁ?」
「ユーさんに限ってそんなことあるか! ちょっと話聞いてくる!」
ウォルゼを振りほどいて走り出そうとする俺を、ラーグが笑った。
「無駄だ。学園長は昨日から仕事で出払ってるぞ」
「……ウォルゼ、それマジ?」
「そういえば、昨日今日と姿を見てないな」
「明日の放課後にやる決闘にゃ間に合うってよ」
こいつ、しれっと日取りまで決めてやがる……。
「さあ、あとはお前だけだぞレノス! やるのか、やらねぇのか!」
勝負を降りるのは簡単だ。ここで断ればいい。
ただ、そうなると俺の不戦敗。決闘においてもっとも不名誉な負け方になる。
戦いから逃げるのは、好きじゃない。
ただ、その前にはっきりさせておきたかった。
「なんでそこまで俺にこだわる? 魔法使いとして格下の俺なんて放っておけって、いつも言ってるのに」
「オレにはロア家を再興する使命がある! そのオレが、てめぇみたいな雑魚に遅れを取るなんざ、あっちゃならねぇんだ!」
それこそ、俺なんて気にしてちゃダメだろうに。
「オレは強いことを、学園の全員に知らしめる必要があんだよ!」
「学園の全員って……」
ラーグの言葉に、学園から家に向かう直前の光景と、いやな想像が浮かんだ。
「なあウォルゼ、ひょっとして……」
確認のために視線を送ると、困ったような頷きが返ってきた。
「ああ。お前が出て行ってから、校舎を壊した騒動が学園中でそこそこ話題になってな……。ひやかしもあって」
「焚きつけられたわけか……」
仕方ない。ここは、俺が冷静になろう。
「ラーグ、俺たちは神霊獣を倒すためにここにいる。なのに、負けた方が学園を出ていくなんておかしいだろ?」
「ンだてめぇ? 怖気づいてんのか?」
「バカ言うな。決闘はいくらでもやってやるが、賭けるものが互いのためにならんって話だよ」
「実戦に出りゃ毎回が命懸けだ。この程度でビビるような奴が、マギナになんてなれるか!」
そ、それっぽいことを言われてしまった……!
「レノスは家族を亡くしたばかりなんだぞ。少しはそれも考えてやれよ!」
ウォルゼが加勢してくれる。嬉しいけど、メルナのことを隠している今は少し心苦しい。
「あん? ……そういやぁ、そんな話も聞いたな。唯一の肉親だった爺さんが死んだんだっけか?」
ラーグの声が少しだけ落ち着いた。
「――よかったじゃねぇか、レノス」
でも、すぐにその口が意地悪く吊り上がる。
「これ以上、てめぇの無様を身内に知られずに済むんだからよ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「いや、こんなやつをこの学園に送ってくるようなら、とっくにそんなこともわからないほどボケてたに違いねぇか!」
……ああ、そうか。
ラーグは、どうあっても俺と戦いたいわけだ。
「お前……! どこまでレノスを――」
「いいよ、ウォルゼ。ありがとな」
「レノス……?」
「ラーグ」
「あぁ?」
「わかった。その決闘、受けて立つ」
「……やっとその気になりやがったか。決まりだ。明日の放課後、第一修練場に来い」
薄く笑ったラーグが、自信たっぷりに自分の胸の中央に親指を当てた。
「俺が勝ったらとっとと学園から出て行ってもらうぜ」
「退学云々は置いといて、そっちこそ負けたらさっきの言葉は撤回しろよ」
気がつけば、施設内はとても静かだった。他の生徒たちも練習を止めて俺たちに注目している。
「行こう、ウォルゼ。みんなの邪魔をしたら悪い」
「えっ、あ、待てってレノス……!」
追ってくるウォルゼに振り向いたときに見えたラーグは、もうこっちには目もくれず、雷魔法を的に当てる練習を再開していた。
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