1-5 定まる目的、新たな危機
重たいまぶたをゆっくり開ける。綺麗な銀色の瞳が、俺を見つめていた。
「気分はどうじゃ?」
この子は、誰だっけ……。
そうだ、イベルメルナ。魔王だ。
……魔王?
「っ!?」
すぐに起き上がって周囲を見渡す。けれど、眷属の姿は見当たらない。
俺にひざまくらをしていた魔王がくすくす笑った。
「そう怯えずともよい。もう片付いたのじゃからな」
立ち上がった魔王の姿と、俺の身体にかけられていた上着に、ハッとした。
「その服……」
ほぼ裸だったはずの魔王は、マギナ学園の女子生徒の制服……的な服を着ていた。
「ぬしの記憶を基礎に魔力で編んだ。余の好みに合わせてな。どうじゃ、似合っておろう?」
魔王がくるりと回る。動きに合わせて少し丈の短いスカートが柔らかく揺れた。
似合ってることに間違いはないけど、それ以上に気になることが多すぎる。
「いったい、何がどうなった? 俺、なんで生きてるんだ?」
「寝ぼけておるのう。余と契約を結び、眷属とやらを屠ったではないか」
「契約?」
「よぉく、思い出してみよ」
魔王が自分の口元に手をやる。
おぼろげな記憶の中で、妙にはっきりとした感触が浮かんできた。口のあたりに。
「け、契約って、あれのことかよっ!」
「生娘みたいに赤くなりよって。よもや初めてだったか?」
「ああ初めてでしたよチクショウ!」
やってくれやがったなこの魔王!
「本来は余への従属と引き換えに力を与えるものじゃが、今回は特別じゃ」
腰に手を当てた魔王が顔を近づけてくる。
「余は命を、ぬしは力を、それぞれ対価にしておる。対等な契約じゃな」
「俺の力?」
魔王に渡せるような力なんて、心当たりがない。
「やはり気づいておらぬか。どういう理屈かは知らんが、ぬしの身体には余の時代……千年前の世界の魔力が宿っておるのじゃ。それも大量にの」
「……ドウイウコト?」
「ぬしという『器』は二重構造なのじゃ。普段は器に溜まる現代の魔力を使っておるが、器の内は
言ってることがわかるような、わからないような……。
「つまり、古の魔力の扱い方を知らぬから、魔法が使えんと錯覚してるに過ぎん」
「古の魔力を使った魔法なら、俺にもできるってこと?」
「余とひとつになればな」
「でも、今はこう……二人だけど?」
「ぬしが気絶した状態で魔力を使い過ぎたせいじゃな。家を元通りにしてやったところで、融合が解けてしまった」
魔王が見上げる俺の家は、確かに破壊される前に戻っていた。
「余個人の力もほんの少し戻ったが、まだまだ足りん。じゃが、最も重要なのはこれじゃ」
魔王の指が、はだけられた俺の胸の真ん中、大きな傷跡に触れる。
「魔力と一緒に消える寸前じゃったぬしの命を、余の命で繋ぎ留めた。今、余たちは一人分の命で生きておる。今後、どちらかが死ねばもう片方も道連れじゃ」
「えっと……助けてくれた、ってことだよな?」
「勘違いするな。契約と言ったじゃろう。半分は余が生き延びるためじゃ」
「それでも、君がいなかったら死んでたんだろ? 命の恩人だよ。ありがとう」
自分が助かることをしてもらったら、必ずお礼を言う。爺ちゃんに教わったことだ。
きっと、もっと早く言うべきことだったな。すっかり気が動転して、忘れていた。
「魔王たる余に、感謝する人間がいるとはの」
言いながら、魔王がほほ笑んだ。
「ところで、最初に言ってた俺の記憶って?」
「ああ。融合したときに覗いた。世の中を知るためにな。案ずるな。ほんの一年分を斜め読みじゃ」
自分のこめかみのあたりを、魔王が指で軽く叩く。
「面白いことになっておるのう。世界を蹂躙する神霊獣。人類も頑張っとるようじゃが、今は膠着状態、か」
「面白くなんてない。俺は早くこんなクソみたいな世界を終わらせたいんだ。神霊獣どもを倒してな」
「おうおう、威勢がいいことじゃ」
生暖かい目が向けられる。なんだか釈然としないな……。
「しかし、余以外の存在が世界を脅かすのは気に入らんな。この世界の絶対者は、余ひとりで十分じゃ。……うむ、決めたぞ!」
羽織った上着を翻して、魔王が高らかに宣言した。
「何するものぞ、神霊獣! 一匹残らず叩き潰してくれるわ! はーっはっはっは!」
「よくわからないけど……協力してくれるんだな?」
「ぬしに死なれても困るからの。まずは、目の前の障害を排除するとしよう」
おお、心強い味方ができたぞ。少し言い方が物騒だけど。
「じゃあ、これからよろしく。――メルナ」
「えっ……」
あ、あれ? なんか、急に固まっちゃったぞ?
「イベルメルナって長いし、魔王は日常生活じゃ呼びにくいから……やっぱりダメ?」
恐る恐る顔を覗き込むと、無表情だった魔王がほほ笑んだ。
「……いや。好きにするがよい」
「そ、そっか。よかった。改めてよろしく!」
握手をしようと手を差し出す。
「たわけ。それこそ馴れ馴れしいわ」
でも、素通りされてしまった。
「え、ま、待ってくれメルナ!」
契約と略称はいいのに、握手はダメなのか。難しい……!
※
家はきれいさっぱり復元されていた。
メルナいわく、素材はあたりに散らばっていたから、難しくもなかったらしい。
爺ちゃんの部屋の穴までふさぐ徹底ぶりは、かえって残りの遺品整理が楽になった。
着替えの入った荷物も無事で、血まみれで学園に戻ることは回避できた。
夕方、役立ちそうな魔術書や魔道具類と、質屋で売れそうな雑貨を持って、メルナとともにノーゼンエイクの街へ。
田舎のそのまた田舎の出来事とはいえ、街で眷属の襲来が騒がれていないことには驚いた。
襲撃自体に気づいていない様子で、余計な混乱を招く必要はないとわかっていても、街の危機意識には少し不安を覚えてしまう。
そして、来た時と同じように馬車を使って、ちょっとした寄り道もしてから、俺は学園に帰ってきた。
「ほほー、ここがマギナ学園か。読んだ記憶の通りじゃな」
馬車を見送った俺の隣で、メルナが門を見上げながら言う。
制服のおかげもあってか、その姿に違和感はない。
けれど、俺はまだ半信半疑だった。
「本当に大丈夫なのか? 正面から堂々と、なんて」
「ふっ、まあ見ておれ」
メルナが右耳に付けたピアスに触れる。ピアスが吊るす薄青の小さな魔石がキラリと光った。
家を出るときに作っていたもので、メルナの魔力が込められている。
これを身に着けていれば、契約を結んだ俺以外の人にはメルナが角もとんがり耳もない、マギナ学園の生徒だと誤認される。……らしい。
「急ごしらえじゃが、効果はあるぞ。余が作ったのじゃからな!」
すごい自信だ。根拠ふわっふわなのに。
「ぬしこそ、余のことは内密にの。どこに敵がおるかわからんのじゃから」
「やっぱり、ウォルゼとミシェラにも?」
「いくらぬしと親しかろうがダメじゃ。何度も言わせるな」
「……眷属が来ないかも心配だ。学園にあんなのが来たら、すごい騒ぎになるぞ」
「気にしても仕方あるまい。襲撃も結局あれきりじゃ。明確な理由もわからん以上、捨て置くしかあるまい」
と、門の向こうから、見慣れた姿が現れた。
「レノス! 帰ってきたかっ!」
ウォルゼだ。こっちに走ってくる。なんだか慌ててるな。
「ではなレノス。余は一足先にぬしの住処に行かせてもらうぞ」
「住処て。あっ、おい……! 鍵もないのに……」
メルナが門をくぐり、ウォルゼとすれ違う。
ウォルゼは一瞬だけ目で追って、また俺を見た。
「誰だ、今の? 別の組の子か?」
おお、メルナに違和感を持ってないみたいだ。
「さ、さあ? それより、どうしたんだ? あんな血相変えて」
「ああそうだった! いいかレノス、落ち着いて聞け?」
ウォルゼの前置きに、また違う胸騒ぎを覚える。
俺はこれから、いったい何を言われ――
「ラーグが、お前と退学を賭けて決闘するって!」
「……はい?」
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