1-4 二人の力
………………。
……あれ?
俺、どうなったんだ?
確か、あの子を庇って――
「チッ、無詠唱ではこの程度か。もう再生を始めよった」
俺の声がした。それも全身に響いてくるみたいに。
っていうか、俺、立ってる? さっきの眷属と睨み合ってる⁉
『な、なんだこれ!?』
「おお、レノス。気がついたか」
また、俺の声。
まるで、俺が俺に話しかけてるみたいだ。
「ぬしの身体、借りておるぞ」
『この話し方……まさか、魔王!?』
「うむ。余じゃ」
『な、なんで俺の中に魔王がいるんだっ!?』
「落ち着け。余とぬしは今、ひとつになっておる」
『ひとつって……! だって、俺、眷属に……』
「あとにせい。まずは、やつの相手をするぞ!」
俺の声で話す魔王が言った直後、ドラゴン型の眷属が突っ込んできた。
「どうあっても、余を仕留めたいようじゃな!」
魔王がそう言って左へ跳ぶ。
『か、身体が勝手に動く……!』
「じき慣れる! 我慢しろ! ――っと!」
眷属は地面を砕き、すかさず腕を伸ばしてくる。魔王はこれも紙一重で回避した。
「ほう? レノス、やはりぬしの目、よく見えるのう」
『爺ちゃんに、鍛えられたから!』
「ははっ! よい師でもあったか! うむ、興が乗った!」
俺の身体が剣を構える。
『お、おい! ちゃんと使えるのかっ?』
「余を誰じゃと思っておる!」
振り上げた剣が、眷属の振るってきた尾を斬り飛ばす。
「剣も振るえず、王が務まるか」
斬り、打ち、突き、払う。
高速で繰り出される斬撃が、眷属にいくつもの深い傷を与えていく。
「ここではなんじゃ。場所を変える……ぞっ!」
最後に剣で眷属の頭を打って、家の反対側の草原に押しやった。
「ふむ。妙な感触があるが、よい剣じゃ。手入れが行き届いておる」
け、剣も身体も、俺以上に使いこなしてる気がする……。
『あっ! 眷属が!』
刻まれて倒れ伏した眷属を包む光が、輝きを増す。
眷属の傷がみるみる修復されて、切れたはずの尾もまた生え始めた。
「レノス。やつらは皆、再生する不死の存在か?」
『いや、あんなのは初めて見る。倒された眷属は、消えてなくなるはずだ』
学園の授業でそう教わったし、実際、実地訓練でその光景を見たことがある。
魔王が動かした目が、さっき切断したばかりの尾が消えるのを見た。
「……なるほどのう。ならば、何か仕掛けがあると考えるべきじゃな」
起き上がった眷属が、大きく開けた口から火球を撃ってきた。
『避けろ!』
「わかっとるわ!」
走り出した魔王が、眷属に近づきながら火球を潜り抜けていく。
一発、二発、三発。
連続した爆発音が視界の端で起きて、そのたびに熱い風が押し寄せる。
「どれ、ひとつ確かめてみるかの」
魔王が俺の左手を眷属に向けた。
「
指先から飛んだ五本の光が、帯のようになって眷属の口を封じた。
眷属はこっちを睨みながら、口の隙間から火をこぼしている。
「撃てるものなら撃ってみよ。貴様の頭が吹き飛ぶさまを見ていてやる」
『怖いこと言うな――』
爆発と、衝撃。
眷属はためらいなく、口の中で炎を炸裂させた。
「ふははっ! 即座に頭を潰して拘束を解くか! そう来なくてはのう!」
『なんで上機嫌になんだよ、結構エグい画だぞ……!』
「そう言うな。やつの再生のタネ、わかるやもしれんぞ」
首無しになって青い血を噴き出す眷属が、爆発の反動で立ったまま、また光り輝く。
『……あっ』
魔王が口の端をあげるのがわかった。
「ぬしも見たな? まあ、ぬしの目でもあるから当然じゃが」
『ああ! 眷属の首の付け根、一瞬だけど光るのが早かった!』
「であれば……」
『あそこに何かある!』
「ということじゃっ!」
魔王が地面を強く踏みつけて、まだ再生途中の眷属に接近する。
「はあああっ!」
剣が眷属の胴を抉る瞬間、生き物らしくない何か固い感触があった。
『これは……!』
眷属の体内にあったのは、透明な結晶。俺でもわかるくらい強い魔力を帯びている。
そしてその中央に、眷属と同じ青い目玉が収まっていた。
「おう、貴様が本体じゃな?」
魔王が言った直後、眷属の胴体はすごい速さで再生して、結晶が内側に消えた。
俺たちを捕まえようとした眷属の腕をすり抜け、後ろに跳ぶ。
「ドラゴンの身体を鎧代わりにしておる、といったところか。再生もやつの力じゃな」
魔王はあと少しで頭が再生する眷属を見たまま、剣を地面に突き刺した。
『どうする気だ?』
「知れたこと。やつの鎧を剥ぎ取り、直接叩く!」
剣を中心に、赤く輝く魔法陣が広がった。
これって、もしかして……!
『詠唱!? 待て待て! 俺は魔法使えないぞ!?』
「それも今日限りじゃ! よく見ておれ! これが余とぬしの力じゃ!」
魔王が右手を眷属へ向ける。本当にやる気か!
「天と地を創りし杯に、炎を満たす。暁に終焉を、黄昏に誕生を。巡る因果は等しく、万物に進化と破滅をもたらさん」
俺の声が紡ぐ詠唱に合わせて、魔法陣が空中に動き、眷属に照準を合わせる。
「決壊せよ! “原初の火炎”!」
魔法陣から、爆炎が放たれた。
その威力は、地面を削り、俺たちの周りも燃やしていく。
熱く、信じられない光景。だけど、怖くはない。
横倒しの巨大な火柱に飲み込まれた眷属は、その輪郭が少しずつ消えて次第に見えなくなった。
やがて、炎が消える。眷属の内側に潜んでいた結晶が、宙に浮いた状態で現れた。
『す、すごい……』
俺の中に、こんなことができる魔力が……。
「呆けるなレノス! ぬしの出番じゃ!」
『えっ!?』
叫んだ魔王が、矢のように結晶に向かう。
結晶の中の目玉が瞳孔を細め、震えだした。
「余の魔法では、仕留めきれんらしい」
結晶が、筋繊維のような細長いものに覆われていく。
『まだ再生するのか……!』
「忌々しいがな。こうなれば、光の剣で叩き斬る!」
『でも、なんで俺に!?』
「今の余では加減がわからん! とどめは任せるぞ!」
一瞬、何も見えず、何も聞こえなくなる。
だけどすぐに、俺は俺の身体の主導権を取り戻したと感じ取れた。
『あの光の剣、正体はぬしの魔力じゃな』
女の子に戻った魔王の声が頭に響く。バレてたか。
『余の攻撃より、光の剣の一撃の方が再生に時間がかかった。ぬしの攻撃が効いとる証拠じゃ』
「だから、俺にやれと?」
『できぬか? 千年後の臣下よ』
「臣下になった覚えはないが……やってやるさ!」
何をすべきかはわかっている。
熱を帯びて、いつもより頼もしく見える剣を握りしめた。
「
光り輝く剣を振りかざして、結晶へ跳ぶ。脇目もふらず。一直線に。
「おおおおおおおおおっ!」
伝わる手応え。
砕け散る音。
『……見事じゃ』
勝利を確信し、魔力を使いきった俺は意識を手放した。
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