1-2 火炎

「うそ、これが……余……!?」


 寝台ベッドに腰かけた俺の前で、鏡に映る自分の姿に愕然とする女の子。

 地下室はこの自称魔王が姿を現してすぐ、床から階段が伸びて爺ちゃんの部屋とつながった。どういう仕組みだ……。


「完全に子どもではないかっ!」


 近寄ってくる女の子から目を逸らす。困った。制服の上着を貸してるけど、子ども用の服なんてないぞ。


「魔力もほぼ消えとる! 封印のせいか!?」

「そうなんじゃないか、たぶん」

「くおお……! なんということじゃーっ!」


 頭を抱えて暴れないでくれ。見えちゃうから。


「で、魔王だっけ。あの、お姫さまをさらったりする?」

「するか! じゃが余は魔王じゃ! 泣く子も黙るぞ本当に!」


 そう言う自分が涙目だ。


「あ、自己紹介がまだだ。俺はレノス・アーティオン。よろしく」

「ふんっ。人間の名なぞ、覚えるつもりないわっ」


 そっぽを向かれてしまった。気難しい。


「えっと、それで……なんであんなところで、こんな箱に?」


 一応持ってきた赤い箱を差し出すと、魔王は眉をひそめた。


「決戦の折、勇者どもが余をそれに封じたのじゃ。視界に入れるな、そんなもの」


 勇者と魔王の戦いなんて、それこそおとぎ話だ。でも、嘘を言ってるとも思えない。


「ぬしこそ、なぜ封印を解いた。よもや、余を利用し世界を滅ぼそうとでも?」

「いや、そんなつもりは。この箱も爺ちゃんの遺品かと思って」

「……なんじゃと?」

「地下室があるなんて初めて知ったし、そこにあったから――」


 トン、と魔王の手が俺の首を叩いた。


「ん?」

「ふざけたことを抜かすのでな。首を刎ねようとしたんじゃが……」


 静かな怒りに満ちた声。

 けど、すぐに魔王は床に両手をついて、うなだれてしまった。


「それも叶わぬほど非力じゃ……!」


 え、俺、殺されそうになってたの? 今ので?


「どうしたんだよ。さっきはすごかったじゃないか。見た目とか、いろいろと」

「こっちの台詞じゃ! すっからかんじゃ! 空気からも魔力を集められん!」

「おいおい、それ基礎中の基礎だぞ? できなきゃ魔法が自前の魔力でしか使えないじゃないか」

「わかっとるわ! なんじゃこの時代の空気! スースーして落ち着かん!」


 いよいよ空気にまで文句を言いだした……。面白いな、この子。


「あっ!? い、今! 今ぬし笑いおったな!?」

「い、いや、別に?」


 危ない危ない。余計怒らせるところだった。にしても、言動も子どもっぽい。見た目に引っ張られてるのか?


「して、ここはどこじゃ」

「俺の家。少し前まで爺ちゃんと住んでてさ。その爺ちゃんから手紙が来たんだ」


 貸した上着から手紙を取り出す。


「誕生日のお祝いと、自分が死んだことの連絡がいっぺんに来た」

「どえらい手紙を送るやつじゃな……」

「そういう人なんだ、爺ちゃんは」


 学園の食堂では、一瞬だけどみんなの視線を独占した。ウォルゼとミシェラの顔、すごかったな。


「葬式と遺品整理を頼まれて、急いで帰ってきたんだ。身内、俺だけだから」

「ふむ。じゃが余を封じた箱をこうも雑に管理するか? ぬし、勇者の末裔じゃろ」


 本気の問いかけに、思わず吹き出してしまった。


「そんなんじゃないよ。でも爺ちゃんはすごいんだ。『天才魔法使い』って呼ばれて、たくさんの人を救った英雄で……。本人はあんまりチヤホヤされるのは嫌だったみたいだけど」

「ほう、才ある魔法使いの血縁か。それに剣の腕も立つ。……ツキはまだ余にあるな」


 魔王が顔を近づけてくる。


「人間、余の臣下になれ。そして余が力を取り戻すのを手伝うのじゃ」

「え、やだ」

「即答!?」

「だって、魔王の臣下って、まともな死に方しなさそうだし」

「案ずるな! 利用価値がなくなったら切り捨てるだけじゃ!」

「……やっぱまた封印するか」


 箱のフタを開けてみる。


「待て待て待て! 働き次第ではぬしの望むものをやるぞ! 世界の半分とか!」


 めっちゃ引き留められた。まあ、封印は冗談として。


「期待させちゃ悪いから言うけど、俺、剣はともかく、魔法が使えないんだ」

「は?」


 この説明も入学以来か。


「俺にできるのは、自分の中にある魔力を操ることだけだ。こんな風に」


 俺は右手から淡い光――俺の魔力を球状にして浮かべる。

 光に部屋の天井あたりを飛び回らせて、また右手から体内に戻した。


「普通ここまで器用には動かせないらしいけどね。だから俺は風も火も出せない」


 まあ、それでも戦いようはある。


「ぬしよ……」


 魔王がわなわな震えていた。


「そのザマで余を笑いおったのか!」

「笑ってないってぇ。それに、もっとちゃんとした理由がある」

「ちゃんとした理由、じゃと?」

「世界がそれどころじゃない」

「余の復活以上の大事などなかろう! いったいどういう――」


 魔王の言葉は、強烈な音と衝撃にさえぎられた。


「な、なんだっ!? 爆発!?」


 廊下に出た瞬間、熱気が肌に押し付けられた。

 屋根には大穴が開いて、壁の一部も崩れて、そこかしこが燃えている。


「なんだこりゃ……!」

「あやつの仕業じゃな」


 見上げる魔王の視線の先。

 灰色の空から舞い降りたそれは、魔獣図鑑に載るものとよく似ていた。

 絵の横にあった説明文の一説が、頭をよぎる。

 頑丈な身体を持ち、その翼で大空を飛び、火炎を吐く。最強の魔獣――!


「ドラゴン!?」


 直後、暴風にも似た咆哮が轟いた。



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