第9話 先にそれを言えよ!!

「おい、戦うって俺達武器も何もねーぞ!」

 庭の中心で謎の構えを取り始めたクラッサへ向かい、とりあえず俺は一言そう言ってみる。多分、アイツ何も考えてないぞ。


「大丈夫よ、『魔法』があるもの! それに、ウルギはこの世界を救う勇者なのよ! こんなところでビビってる場合じゃないわ! 立ち向かうの!」

「んな適当なこと言いやがってよお……無理だぞ。魔法なんて扱えねえし、扱えるような教育も受けてねーぞ。ここはひとまず逃げた方がいいんじゃねーのか?」


「ダメよ! 逃げるなんて、そんなこと出来ないわ!」


 クラッサの言っていることはなかなか勇ましいけど、蛇でビビり散らかしていたからなアイツ…… なんか、モンスターが現れたことでクラッサの中にある変なスイッチが入っちまったみてぇだな。だって見てみろよ、あの顔つき。まるでサメ映画に登場する舞台役者みたいな迫真な表情しやがってよぉ、完全にこういうお決まりな展開に憧れて酔いしれているのが見て取れるぞ。相当暇な女神生活を送っていたことが伺えるな……


「あのスライムは東町にいるモンスターの中でも一番雑魚ザコいから大丈夫よ! パパパっとやって片付けちゃいましょう!」

「そーなのか? まぁ、スライムが弱いってのは相場が決まってるけどさぁ。油断して足元掬われても知らねーぞ。それで、俺はどうすればいいんだ? なんか、流れを察するに俺も戦わなきゃいけなさそうだけど、今の俺じゃ何も出来ねーぞ」


 勿論、何よりも先にクラッサを置き去りにするという手が思い浮かんだけど、そんなことしたらまた奴が騒ぎ始めるからパスしておくことに。と言うことはつまり、俺もクラッサと一緒に戦わないといけないというワケだ。


「とりあえず、なるようになるわよ!」

「そんなんでいいのかよ……」


 そうこうやり取りしている間に、一体のスライムがクラッサに向かって突撃してきた。


「当たらないわ! そんな攻撃、女神の私に当たると思って?」

「すっげえ遅え攻撃だったからそりゃそうだろ。年寄りの歩行速度のような攻撃躱してドヤってる奴見たことねえよ」


 クラッサの言う通り、スライムは雑魚ザコいのかかなりのロースピード攻撃だったな。でも身体が大きいから当たると痛そうだし頑丈そうだ。叩いても身体がゼリーで出来ているからあんまりダメージ与えられねぇだろうな。


「なるようになるって何すればいいんだよまったく……」


 とりあえず石でも投げとけばいいのか? 効くかどうか知らねえけどさあ。


 まぁ、アイツは曲がりなりにも女神だから、もしかしたらこの世界の中で強い部類にいるのかも知れない。もう、アイツのことあんまり信じられないけど、クラッサのあの構えといい雰囲気といい、今回ばかりは何かしてくれそうな予感がする。だって、女神って魔力が高くて強いものだろ?


 それに、ここは異世界だし、回復魔法もあるから痛い思いをしてもなんとか生き延びることはできそうだしな。

 そういえば、俺って死んだらどうなるんだ? 死んだら元の世界に戻るとかだろうな、よっぽどそうだろう。だとしたらどこかで適当に力尽きて元の世界に戻るという手もアリだな。『勇者敗北エンド』なんてものもオツなものだろう。やられた後は俺の遺志を継いで他の人が頑張ってくれ。


 そんなことを思いながら俺も仕方なしに戦線に立つと、クラッサがふと思い出したように「あっ、そうだ」を声をかけてきた。


「いい忘れてたけど、ウルギ……ここで死んじゃったら本当に死んじゃうから気をつけてね! まぁ、そんなことはないと思うけど一応念のために言っておくわ」

「お、おう。だとしたら回復魔法を過信しすぎちゃいけねーな」


 危ねえ危ねえ。そっか、気をつけねえとな……



「さぁ、いくわ──」


「はあ!? おいおいおいおい、クラッサ!! 今さっきなんて言った!? 俺、ここで死んだらどうなるんだ!?」


 聞き捨てならねえ言葉をサラッと言うんじゃねえよ!! 危うく聞き流しそうになったじゃねえか! 何、軽度の問題を扱うような感じで俺に説明するんだよ! 超重大事項じゃねえかそれ!! なんなら俺が異世界に飛び立つ前に説明しておくべき事項だぞ! 


 問い詰めるとクラッサはきょとんとした顔をした後、ゆっくりと小首を傾げた。その黒髪の上には疑問符が浮かび上がっているようだ。


「死んじゃうわよ……? それがどうかしたのかしら?」

「いや、死ぬのは分かる! けど死んだ後だ! 死んだら前の世界に戻れるとかじゃねーのかよ!?」


「え? 死んだ人って前の世界に戻れるの!?」

「面倒な反応するんじゃねえ!! もう一度聞くぞ、俺って死んだらどうなるんだよ!!」


「死んだら……って、死んだらそこでウルギの人生は終わりよ。そんなの当たり前じゃない、いきなりどうしたの? ウルギらしくないなぁ」

「はーーあ!?」


 つまり、命の扱いは俺のいた元の世界と全く同じと言うことか? 落としたら最後。そこで人生終了…… 嘘だろ……!?


「な、なんでそうなるんだよ! おかしいだろ…… 俺、この世界の人間じゃねえのに、そんなことあるのかよ!」

「だって、生身のウルギをそのままこっちに呼び込んだからそうなるわよ。ってあれ!? もしかして、『死んだら時間が戻る』みたいな展開を期待していたの!? そんなワケないじゃん、だって前の世界にいたウルギがここに来ているだけなんだから! それが出来るのは転生者だけ。しかもそれやるのには転生ブローカーに莫大な手数料を払わなきゃいけないから、私には無理よ」


「はぁ? じゃあこの世界に蘇生呪文とかねーのかよ!? 人を生き返らせる手段とかさあ!」

「人が生き返るなんて……何言ってるのウルギ? 出来るわけないじゃんそんなこと。そんなことできたら年金受給者が爆増しちゃうでしょ。不正受給の温床になっちゃうじゃない」


 気にするところ絶対そこじゃねえだろ!! なんで蘇生に関して懸念するところは年金受給なんだよ! もっと気にするところがあるだろーが!


 生き物が簡単に生き返ってしまったら、生態系そのものがぶっ壊れちまうのは間違いねえからな。異世界である東町でも、俺のいた世界と同様に人なんて生き返させることができねえんだろ。それは分かるぞ! 


 だけどな!!


「死んだらリアルに死ぬなんて聞いてねえぞ! この辺りは、上手いこと救済措置を作っておけや! 勇者に限って生き返るとかよぉ!」

「まさか、神様じゃあるまいし、生き物を生き返らせるなんて絶対に不可能よ! 私だって何年も生きているけど死んだら終わりなのよ。そこは貴方と一緒よ」


「おめー神様だろ!! なんとかしろよ!!」

「無理無理無理無理!!! そんな、生き返らせるなんて絶対に無理!!」


 んだったら言い忘れるなや…… くっそ、マジかよ。


 なんてっこった…… 死んだら終わりだなんて、迂闊にバトルとかできねえよ。命最優先で引き籠るしか生きる手段が見当たらねえぞ。


「な、なんでそこだけシリアスなデスゲームみてぇな設定になってるんだよ…… 東町の世界観にマッチするよういつでも死ねるようにしておけや……」

「そんな落ち込まないでよウルギ。死んじゃうなんてこと、滅多に起きやしないんだから。大丈夫大丈夫! 元気出して!」


 出せるわけねえだろ、元気なんて。こんなクソ女神のおりをしながら、東町を生き延びられる気がしねえぞ……


 前の世界で生命保険のセールスに負けて泣く泣く契約したけど、その伏線が今に活きたってことか? シャレにもなんねーよ。


「ほら、それよりも…… 今は目の前のスライムを相手するのが先決だよ!」


 クラッサがそう言いながらスライム達に目を向けた。

  

 はぁ、煮え切らねえけど…… とりあえずモンスターをなんとかしねえと話が進みそうにねえな。


 おい、残念だったな。この話は只今よりお気楽ファンタジーからシリアスサバイバルデスゲームに変更となったぞ。死んだら終わりだからな。



 あー、もう!! どうしてこうなった!!

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