第10話 なんか、しょぼくねえか?

「さぁ、来なさい、スライム達! この私、『東町の女神』、クラッサが相手になってやるわ!」


 スライム達に向かって大きな声を上げるクラッサ。『東町の女神』なんて不名誉な称号、名乗らない方がよかったかもな。これ以上役に立たない称号なんてねえだろうな。名乗ったところで逆に殴られそうだ。


 だけど、クラッサが変にテンションが高いのは案外助かることなのかも知れねえな。変に逃げ惑う奴より、ちゃんとモンスターの相手をしてくれる方が頼もしいのは間違いねえからな。何で血が騒いでいるのかは謎だけど……


「とりあえずやっつけてくれクラッサ。お得意の魔法・・とやらで」


 皮肉を込めて『魔法』を強調して言ってやる。さぞかし立派な魔法を見せてくれるんだろうな。

 でも、俺の皮肉が全く通じなかったのか、クラッサは特段噛み付く事なく「おっけい!!」と返事をしてくれた。相当自信があるってことなのか? お手並み拝見といったところだな。


「クラッサの魔法、見せてあげるわ。食らいなさい!」


 クラッサが両手を広げながら高らかに唱えた。


「──クラッサ・アルティメットブラスター!!」


 ……なんか、なかなか近代的な技名だな。魔法というより必殺技に近いぞ。もっと古典的な……『インフェルノ』みたいな技名の魔法だと思っていたけど、東町の魔法はそっち寄りの魔法なのか? おまけにすげえダサい名前だし…… まぁ、そこの辺りで文句を言っても仕方ねえか。それは東町の文化だしな。


 とりあえず黙って見ていると、クラッサの頭上より小さな……ネズミ花火くらいの火花が現れ、シュルリと音を立てながら前へと放たれた。


 えっ? なんか、小っちゃいのが見えたけど…… あれが魔法なのか?


「見たかしら? これが火属性の魔法『クラッサ・アルティメットブラスター』よ!」


 魔法を放ち終わったクラッサは、出てきた火花の行方を見守らず、すぐに俺に向かってドヤ顔を浮かべて来た。なんなんだよコイツ……


 一応、俺はクラッサの魔法を最後まで見ていたので、その結果を知っている。


「当たってねえぞ」

「ええっ、ちょ、ちょっと待ってね…… えい! えい!」


 仕切り直して再び魔法を打ち出すクラッサ。周辺に謎のネズミ花火がシュルシュルと出てくるのはいいけど、全部明後日の方向へ向かっている。的中するどころか掠りもしねーじゃねか。何やってんだよ。


「おい! 全然当たってねえじゃねえか!! クソエイムかよ、しっかりしてくれ!!」


 さっきからスライム達1ミリも動いてねえぞ。なんで微動だにしないスライムを外すんだよ。こんなに親切な敵はなかなかいねえぞ。外すなんてありえねえだろ、どうなってるんだ?


「こんなことって!? えいっ! えいっ!」


 我武者羅に何度も打ち出すが結果は変わらず。それどころか、庭で咲いていた赤い花に直撃してしまったぞ。やべえ、花が燃え始めた! あれ、絶対に家主が大事に育ているやつじゃねーか!


「うおい! やめろ!! 花を燃やすんじゃねえ! 家主に怒られるだろ!!」


 俺が止めるとクラッサが息を荒げながら俯いた。何しくさってるだよ、庭を燃やす気か。


「はぁ、はぁ……て、手強いわね…… 流石、東町のモンスター、伊達じゃないわ」


 あたかも苦戦しているフリをして誤魔化そうとしているけど全部ばれているからな。何が『手強い』だよ、クラッサが一人相撲で苦しんでるだけじゃねーか。相手さっきから何もして来てねえぞ。



「あ〜。クラッサ、戦っているところ悪いけど一つ聞いていいか?」


 とりあえず、この一連の流れを見て俺は確認したいことがある。言いたいことは腐るほどあるけど、全部聞いていたら多分日が暮れるだろうから、一つだけに絞っておいた。


「俺、魔法使えねえからこう言える立場じゃねえってこと、重々分かってるんだけど…… そのしょっぱいネズミ花火みたいな攻撃が、クラッサの言う魔法なのか?」

「そうよ!! っていうか、何よ! その『しょっぱいネズミ花火』って! 違うでしょ、『ほとばしる神の閃光』よ! 言い方に気をつけなさい!」


 あ〜、やっぱりそうか。まぁ、分かってたけどさぁ……


「なんか…… しょぼくねえか? こう、火の玉みたいなものが出てくるような魔法はねえの?」

「しょ、しょぼ!?」


「いやさぁ、何も隕石みたいな大きさの火球を出すなんてことまでは期待してなかったけど…… ちょっと、ネズミ花火じゃなぁ、締まらねえだろ…… それともあれか? 東町の魔法って、大体こんな感じとか……?」

「な、何言ってるのよ!! 大体こんな感じよ!!」


 クラッサの必死な顔つきから俺は察してしまい、なんとも言えない気持ちになってしまった。東町の魔法の規模とか感覚を知らない俺が間違っているんだろうけどさ、期待外れにも程があるぞ。


「あ〜、そっか。じゃあ続けてくれ。ただし、庭を荒らすんじゃねえよ」


 そう言いながら間を譲ると、クラッサは微妙な顔で俺を見つめてきた。ただ、しばらくすればクラッサは再び構え、そして叫び始める。


「これで決めてやるわ! イグニション!!」

 

 この行程いるのか謎だぞ。叫ぶ必要あるのか?


「クラッサ・バーニング・オンファイア!!」


 またしょぼいネズミ花火が周辺に散らばってゆく。あんなのでモンスター倒せるのかよ。威力も弱そうだしさぁ。


 それに、多分さっきと同じ技だけど、なんか技名変わってねえか? 相変わらず当たってねえし。ってかあぶね、俺の足元に一発来たぞ。


「おい! その技、『クラッサ・バーニング・フレンドリーファイア』の間違いじゃねーのか!! 俺を殺す気か!! 俺死んだら生き返らねえんだぞ!!」


 なんで味方の攻撃にこうもヒヤヒヤしねえといけねーんだよ。アホかと思うぞ。

 

 俺の注意を聞いているのか知らねぇが、クラッサは悔しそうに「くぅ〜〜!」っと地団駄を踏んでいた。俺はいつまでアイツのサル芝居を見ていればいいんだよ、誰か教えてくれや。


「私の魔法を全部躱すなんて、やるわね。ここまで来たら仕方ないわ……」


 何いってるんだアイツ。もうツッコむ気にもならねえ。一人でやってろ。


「こうなったら奥の手よ!」


 そう言いながらクラッサがスライムに向かって走り出すと……


 

「うりゃあ!」



 スライムめがけてローキックをかましやがった。


 まるで、素人がサッカーボールを蹴るようなぎこちないスタイル。決して綺麗ではないローキックだ。だけど直撃したスライムはボフッと鈍い音を立てて、サンドバックのように凹んでしまった。さながら、マシュマロを突いたように。


 だがその後、黄緑スライムは力尽きたのか液状化するように地面へ沈んでいった。とりあえず、一体倒したみてぇだな。あの大きなスライムでもローキック一発で沈むのか……


 しかしマジかよアイツ。やりやがったぞ。それはあまりにも禁断の技だろ。いいのか、それ使っても……


 だけど俺の怪訝を他所に、クラッサは嬉しそうに大きなガッツポーズを作っていた。


「うぇい、雑魚DOWNダン!」


 口が悪いな、あの女神。俺も人の事言えた事じゃねえけど。


「魔法どこいったんだよ…… ここは魔法の国じゃねーのかよ……」

「倒したからいいじゃない。細かいことは気にしない気にしない!」


 魔法って、東町の世界を織り成す上で根幹になるものだと思うのだけど、その管轄する女神が『細かいこと』で片付けていいのかよ。


 そんなこといちいち気にしていたら東町の生活はつとまらないってことか?  


 唖然としていると、クラッサは「さぁ」と俺の方へと振り返った。


「さぁ、一体片付けたわ。残るはもう一体よ」


 そう言えば、まだ一体残っていたな。クラッサが変なことばかりやるからすっかり気に留めていなかったけど、もう一体も倒さないといけねーな。


 まとめてローキックで片付けてくれればいいのに、クラッサは勇者である俺の見どころを作りたいのか、俺を前へと促した。


「今後はウルギの番よ! 勇者の力を見せて欲しいわ!」

「いいよ、俺の見どころなんて。いらねえよそんなもの。早く片付けてくれよ」


「そういうわけにはいかないわよ。ウルギも戦ってもらわないと! 相手はスライムよ、恐れる必要なんてないわ。いや、むしろこれはチュートリアル! 勇者が戦いへと目覚めるイベントの一つなのよ!」

「なんじゃそれ……」


 なんでそんなに目を輝かせているんだよ。変な期待を持ちすぎだろ。


 そんな余計な気を配らなくていいぞ。ほら、目の前のスライムもどうしたらいいか分からなくて困惑してるだろ? 話し合っている間に攻撃してこないなんて、いい奴だな。


 まぁ、ここはクラッサの言う通り適当にやっておくか。俺もあのスライムにローキックをすればいいのか? よく分からねえけど、捻挫や筋肉痛には気をつけねえとな。俺は他の人と違って運動神経が全然無いんだ、怪我しないよう慎重にやらねば。


 そんな感じで俺が考えていると、クラッサは突然どこぞの女神を真似るように、胸の前で手を組み始めた。やっぱり酔ってるだろコイツ。『女神の力で勇者覚醒イベント』とか目論んでいるのがバレバレだぞ。なんでコイツの芝居に付き合わないといけねーんだよ。


 まずコイツにローキックでもやってやろうかと思っていた最中、手を組んだクラッサは天へと顔を上げ、俺にこう言ってきた。


「さぁ、ウルギ…… 今こそその力を放つ時。女神へ見せなさい、貴方の真の力……」


「──必殺、『ウルギボンバー』を!」


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