第7話 草をむしれとしか言ってねえぞ

「ねぇ、ウルギったらぁ。なんで私達がこんなところで草むしりなんてやらないといけないのよ」


 向こうでしゃがみ込んでいたクラッサが俺に向かってそう言ってきた。


 場所は某屋敷の庭。俺たち二人は朝から草むしりに励んでいるところであったが、さっきからずっとクラッサの愚痴が止まらないのだ。面倒なので無視し続けても、一向に止まる気配なんてしねえぞ。


「うるせえな。文句言っている暇があったら一本でも雑草を抜くよう手を動かせや」


 俺がそう言ってやるとクラッサの口から「げええええ」っとカエルのような叫び声が出てきた。どっからそんな声が出てくるんだよ。どんだけ草むしりが嫌なんだよ、草むしりぐらいできるだろ、女神なんだからさぁ。


 結局、冒険者の登録手続きはなんとかして終わったが、これもこれで本当に時間がかかった。ギルドの大行列を九時間かけて並んだ俺たちだが、クラッサの勘違いで手続きが出来ずギルドを追い出されてしまったのが前の話。

 その後、すぐに町役場──ていうか、東町の町役場も二十四時間営業だったのには驚いたぜ。あの時深夜だったぞ──へ赴き再度冒険者の登録をしようとしたのだが……


 まぁ、列に関してはギルドと真逆でガラガラだった。どれくらいガラガラかと言うと、ギルドで並んだ俺たちの報われなさがダイレクトに身に沁みてしまい、思わず立ちくらみしてしまった程ガラガラだったかな。正直、あの時はかなり精神的に来たけど、ガラガラいうことはギルドと違いとっとと受付にたどり着けるという意味でもある。

 

 現に番号札を取った瞬間に呼ばれたからな。番号札の意味があるのか分からないほどの早さで呼ばれたから、俺は思わず泣きそうになったぞ。


 長きに渡ったギルド登録もこれにて完了と……思いきやだ。


 

 もう一度言うぜ、『列に関してはガラガラだったと』


 

 事務手続きがこれまた長いんだ。ほんと、何時間待たされたのかってくらい時間食ったぞ。俺とクラッサなんて紙一枚に名前のみ書いただけだと言うのに、登録するだけで五時間以上も待たされてさぁ。

 すんげえびっくりだぞ、なんで冒険者の登録二名やるのに五時間も椅子で待たないといけねえんだよ。


 けど、あんまり役所の手続きを悪く言っても仕方ねえから、最初は黙ってたけどよぉ。でも流石に待っていられなくてクラッサに尋ねてみると『町役場は仕事が遅くて不人気だからいつも列がガラガラなのよ』だって言われたぞ。なんでも『住所変更に七時間は最低でもかかるわね』とのことで、そんなことあるのかよと思ったぞ。町役場の機能が殆ど停止しているようなもんじゃねえか。そんなのとっとと是正して円滑化を図れよ!! よくそんなので役場事務が回ってるな!!


 ってな感じで役所職員に噛み付きたかったけどさぁ、でもギルドの件で疲れ切った俺たちにそんなことする余力なんてあるわけねーだろ。時刻も午前一時過ぎだったからな。心身ヘトヘトで俺なんて役所内で爆睡したぞ。


 途中で職員から『ここで寝ないでください』って注意を受けたけどさぁ。そんなこと言ってる暇があったらとっとと登録してくれってマジでブチギレそうになったぞ。隣でクラッサが『なによ!! 私たちには寝床が無いの! 税金で食べている貴方達には分からないでしょうけどね!』って逆ギレして、なんとか寝ることに関しては免じてくれたからありがたかったけどよ。役所の椅子は居心地が良いから大人しく寝かせてくれって感じだぞ。


 んで、目が覚めた朝方になってようやく俺達の登録が終わったんだ。時間掛かりすぎだろ、寝過ぎて腰が痛えよ。


 冒険者の証という名のちっこいカードを貰って、晴れて冒険者としてスタートだ! ってな感じで意気揚々としていたのが、クラッサだけだったというのは言うまでもねえだろ。よくあんなに元気でいられるなって心底思ったな。アイツの取り柄はもしかしたら元気だけかもしれねえな。


 で、案の定冒険者の証を手にしたクラッサが早速『ギルドに行ってクエストを受けましょう!』って張り切っていたけど、俺が一度待ったをかけたんだ。


『武器も無え俺達がまともにクエストなんてこなせるわけねーだろ』とな。クラッサの言うことなんて聞いていたら命がいくつあっても足りやしねえ。だから、俺はふと見かけた光景から一つ提案してみたんだ。


 そんでもって今に至る。


 場所は某所にある大きな庭園。俺達が今やっているのは草むしりだ。


 町役場を出てすぐ、外で草むしりをするおばあちゃんを見かけた時に俺は思いついた。手伝ったら金くれるんじゃねーかってな。想定通り、話しかけてみたら喜んでくれたぞ。庭の草むしりをこなしてくれたらお駄賃を二人合わせて三千ピョコくれるんだってよ。日本円にしたら三千円相当だぞ、上等じゃねえか、金持ちそうな家に声かけて正解だったぜ。



「ねえ〜〜! ウルギ〜〜〜!! せっかく冒険者になったのに草むしりなんて嫌だよお!!」



 けど、さっきからクラッサが全然働いてくれねえ、せめて手を動かせよ。じゃないと今の所俺の評価は招き猫以下だぞ。


「金が無えんだから仕方ねーだろ!! その辺りまだ雑草が残ってるだろ、とっとと引っこ抜けよ全部。クラッサがサボったせいで報酬が下がったら目も当てられねーだろ」

「ど、どうしてこんなことに…… 嫌だよ! 私はもっと派手にモンスターを討伐するとか、貴金属を集めたりとか、そういう冒険者っぽいことしたいの! 草むしりなんて地味すぎてやる気になんない!」


 とんでもねえワガママな女神だな! なんでそんな血気盛んなクエストばっかりこなそうとしてるんだよ。運動量激しそうで俺はそっちの方が嫌だぞ。俺はこういう地味な作業の方が身にあってるの、犬の散歩とか家の掃除とか……草むしりだけで金もらえるなんて安いもんじゃねえか。


「つまんない、つまんなーい! もっと面白いことやろーよ!!」


 クラッサが足元にあった石を拾って遠くへ投げつけた。危ねえなぁ、石じゃなくて草を抜けよ。


「そんな子供みてぇなこと言ってねえで、やってくれよ。これじゃ早く終わるもんも終わんねえじゃねーか……」


「子供!? なによなによ、子供って! 言っておくけどね、私はウルギよりも年上よ! 私がお姉さんなのよ!」


 俺の小言が耳まで届いたのか、クラッサが腰に手を当てて俺へと迫ってくる。変なところでムキになるなや、めんどくせえな。なんだよ年上って、見た目が若いことを褒められてぇのか? 


「もうどっちでも良いから草抜いてくれ!! 俺さっきからこれしか言ってねえぞ!」

「むぅ〜! 私がお姉さんなのにぃ、生意気よウルギ! 年上の人には敬意を払うべきよ。だから年上である私の意見は尊重すべきだと思うの」


 それ言う以前に『私は女神だから敬意を払って』という内容があると思うんだけど、出てこなかったな。それに関しては諦めたってことでいいのか? 


 にしても鬱陶しいなコイツ。女神なのに体育会系みたいなこと言いやがって。運動部に一秒も所属したことねえ俺に言ったって通じるわけねえだろそんなこと。女神の世界もそんな体育会系の思想が蔓延はびこってるのか? 


「年上って、クラッサ…… そういえばお前いくつなんだよ……」


 俺が草を抜きながら質問をすると、クラッサは自分で自分の顔を指差し「えっ、私?」と目を丸くした。


「そうだよ、だって見た目が俺と同い年ぐらいにしか見えねえし…… あれだろ、ファンタジーの世界は見た目に反して若いって言うのがお決まりじゃねーか。ほら、物語に登場するエルフとか魔女とか大体そうだろ?」

「そうよ! 私もその例に漏れず、見た目が衰えないの! なんてったって『女神』だからね。どう、尊敬した? えっへん」


 こんなやり取りだけで鼻を高くできるなんておめでたい頭の持ち主だよな。逆に羨ましくなってくるぜ。尊敬する奴いたら終わりだろ。


 俗に言うエルフとか魔女は五百歳とか歳を重ねても、俺みたく十代の見た目をしていることが多い。アイツは女神だからどうだろう……その十倍で五千歳くらいか? 俺たちの感覚だと、とんでもない程の年上だけど女神の感覚だとそれだけ離れていても『お姉さん』になるのか? 知らねえけど。


 地面の雑草へ目を移し、適当に予想を組み立てていたところクラッサの声が静かに聞こえてきた。


「あのね、私ね……」


「──一兆一歳なの!」

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