第6話 そこをなんとかするんだろーが!

「ご用件はなんでしょーか!?」


 ギルドの男が元気よく俺に向かって声をかけてくれた。マジで凄えタフだな、大学でラグビーを経験してそのまま不動産業界に入ったセールスマンみてぇな雰囲気を感じるぞ。


「冒険者の登録がしたいわ。私達、お金が無くて死にそうなの!」


 クラッサが受付の机に寄りかかりながら、受付に向かってそう伝える。言っていることは確かに事実だけどさぁ…… まぁいいや、ここは世界に慣れているクラッサに任せよう。


 クラッサの言葉を受け取った受付は「冒険者の登録ですねー!」と踵を返しながらにこやかな笑顔で右手を差し出した。


「すみません、冒険者の登録はここじゃなくて町役場になりますー! 町役場はあそこですねー」


 おぉ、マジか…… これは失礼しちまったな。てっきりギルドだと勘違いしちまったぞ。

 役所の仕事ってちゃんと役割分担されているから、ちゃんと手続きすべきところに行かねえとできねえ…… そりゃ当たり前だわな。


 俺達の世界だってそうだな。年金事務所に行ったって住民票は出ねえし、逆に区役所に行っても年金の手続きは無理だ。今回のケースもそんな感じか? うっかりしちまったな、ちゃんとリサーチして然るべきところに行ってやらねえとな……。


 たまにいるんだよなあ、違う場所に行っているにも関わらず、やりたかった手続きができなくて区役所であたける奴。そういうクソみてぇなクレーマーを相手にしなければならねえから、役所の職員も大変だわな。言っておくが、受付に罪はねえぞ。そんなところであたける奴はマジで嫌いだ。クズ同然だと思ってる。

 

 だから、俺達もここは潔く身を引いて町役場へ赴こうか……


 って


「「ハァ!?」」


 俺とクラッサの声がギルド内に響き渡った。


「おいおいおいおい、どうなってるんだよ!! 冒険者の登録ここじゃねーのかよ!?」


 んな穏やかに事を済ませてたまるか!! 話がちげえじゃねえか、冒険者の登録ができるって話じゃなかったのかよ!! 俺達、九時間も列で待っていたんだぞ! 今更引けるわけねーだろ。


「どういうことだクラッサ! 町役場とか言ってるぞ!!」


「わ、わかんないよ! どうしよどうしよ!!」


 クラッサはあたふたした後、突然引き締まった表情を作り、強い力で受付の机を両手で叩いた。バンッという大きな音がギルド内を木霊する。


「ちょっと何なのよ貴方!? 私達に対する嫌がらせ?」


 怒鳴り散らすクラッサを前に、受付は「ひぃっ」と萎縮しながら「登録はここじゃないですよぉ」と声を震わせた。



「「はぁーあ!?」」


「おい、マジでふざけんなっ! 冗談言うのもほどほどにしねえと、横の女神がこの世界を滅亡しちまうぞ!!」

「なんで手続きが出来ないのよ!? ギルドのくせに! 役に立たないわね!! この建物はハリボテかしら!?」


「ここは登録された冒険者が利用する施設で、冒険者の登録自体は町役場で行うものって、ずっと昔からそうだったじゃないですか! 知らないですよ、そんなこと言われても……」


 納得するわけねえだろ。誰が悪いのか知らねえけど、ここはもう並んだ以上は押し切るしかねえだろ。頼むぞクラッサ、出来る限りお前に加担するからなんとか押し通せ!


「ギルドも町役場も変わらないわよ!! 私たちは冒険者の登録がしたいの、なんとかしなさい!」

「なんとかって言われましても、無理なものは無理ですよ!」


「なんとかするしかねーだろ!! 九時間以上も待って何もできねえじゃ、俺達が救われねーだろ!!」


 二人して文句を言うと、受付の男は「ですから!」と声をあげて、クラッサを睨んだ。


「間違ってここへ来たキミたちが悪いんでしょ!!」


「あう、それは……そう、かも……だけど」

「負けるなクラッサ!! 確かに悪いのは、違う場所を案内したクラッサ他ならねえが、もうやるしかねえだろ!! 正論なんかに負けるんじゃねえ!!」


 俺が応援すると、クラッサは目をキッとさせ、更に踵を返した。


「大体、勘違いを生み出すような手続きがおかしいのよ!! 普通に考えてみなさいよ、なんで冒険者の登録だけがギルドじゃなくて町役場なのよ。絶対変じゃない! 混乱を生み出したギルド側にも落ち度があるわ!!」


 ナイスだクラッサ! クレーマーお得意の論点すり替えに持ち込んだぞ。相手は公的機関だ、『事は穏便に』を発動して、妥協案を持ってきてくれるかもしれない。そうなれば、俺達は何とか救われる。


「そんなこと言われても、できないものはできない! 何度言ったら分かるんだ、この人たちは!! 自分達が悪いことを棚にあげてとんでもない奴らだ! 俺はクソみたいなクレーマーを相手にしている暇はないんだよ!」


 うお、言い返すじゃねえかこの受付。東町の公的機関はなかなか肝っ玉が座ってるな。


「何よ、税金で食ってるクセに生意気ね!!」


 女神であるクラッサは、東町の町民ではないので、そんなことを言える権利なんて無いけどここは黙っておこう。


「私達は冒険者様と依頼主様との仲介手数料で生活していますけど。税金はむしろ払っていますよ?」


 あぁ、馬鹿が祟ってクラッサが論破されたじゃねえか! この世界の女神ならそれぐらい抑えておけや。お陰様でクラッサが「あぅ……」と黙っちまったぞ。


「マジでどうにもならねえの? 素直に間違えたこと認めるからよぉ……」


 俺が諦めて頼み込むも、既にヒートアップした受付は「知りません!」の一点張り。クラッサが変に熱くさせるから、通るものも通らなくなっちまったじゃねえか。


『おい、早くしろ!』

『遅いんだよ! くたばれクレーマー!!』

『とっとと町役場に行け!! クソ共がよぉ!』


 徐々に後ろの列から怒りの声が上がってきた。うるせえな、今交渉中だろーが。


 待たされるだけで暴言吐くとか蛮族かな? 俺の世界ではそんな奴らいなかったぞ、大人しくしてくれって感じだ。


 そんな中、クラッサは頭を掻きむしりながら「あー、もう決めた!!」とその場で腕を組んだ。


「登録してくれないと、この場を動かない! 私はもう決めたわ。ここまできたら長期戦よ、九時間も待ったもの、それぐらいワケないわ!」


 うげぇ、座り込みと来たか…… 確かに相手が白旗あげるかも知れねえけど、場合によってはとんでもない長期戦にもなる可能性があるんだぞ。それでもやるって、マジかよ。


 だけど、もうそれしかねえよな。ここまで来たら。相手が諦めるまで、粘るしかねえよ…… こんなことしたくねえけどさぁ。


 俺たち二人が意を決して、その場に座り込もうとしたその時。


 痺れを切らした受付が怒鳴り声を上げた。


「いい加減にしてくださいっ!! この場を去らないと、キミ達の討伐任務を緊急で出しますよ!!」




 *



「何が緊急ミッションよ!! 私達はモンスターじゃないわ! 腹立っちゃうわね」


 見事ギルドから追い出された俺達は、拙い足取りで町役場へと向かっていた。


「だからお役所は嫌いなのよ! 臨機応変が効かないから。所詮、お役所仕事。マニュアルに縛られた道しか歩めない人間なのよ。ねぇ、ウルギもそう思うでしょう?」


「そもそもお前がギルドと町役場を間違えたのが悪いんだろーがよ!! お役所仕事とか関係ねえよ、交渉している時から俺は無理だと悟ってたわ!」


 改めて思うがギルドの受付は何も悪くねえ。俺達が悪いのは重々承知している。けど、譲れないものがあっただけだ。


「もう、お前をパーティーから追放したいのだけど、どうやるの?」

「ひ、ひどいよウルギ! そんなこと言わないでよぉ!! 私頑張るからさあ!! 追放だなんて寂しいこと言わないで!」


 んなこと言われても、苦しいぞこんなの。役に立たねえどころか、足を引っ張ってばっかりじゃねえかコイツ。クラッサがいなければ、俺は今頃持っていた三万ピョコで飯を食いながら作戦でも練っていたところだぞ。


 俺はクラッサから放たれる、泣き言及び言い訳を聞き流しながら、大きくため息を吐いてしまった。


「あ、見てよ、あそこが町役場ね」


 俺の機嫌を取るかのように、クラッサが俺の背中を叩きながら明るい声で呼びかける。


 クラッサの言う通り、目的の町役場が見えてきた。屋根のとんがった古い教会みたいな建物だ。


「町役場の三番窓口【福祉課】に並べばいいって聞いたわ」


 町役場の中は結構広くて迷いそうだ。クラッサの言葉は前のこともあって、あまり信じることのできないものだが、こればかりは正しいと言い切れる。何故なら俺も『冒険者の登録』をする場所について横で一緒に聞いていたからだ。


 コイツ一人じゃ全然信頼ならないからなっ!


 奥へ進めば三番窓口見えてくる。


 その瞬間であった。俺の肩から力が抜け、一瞬よろめいてしまった。


「うーわ。こんなことってあるのかよ……」


 思わず目頭に手を当ててしまった。こんな現実があるのかよ…… こんなことって……




 列、ガラガラじゃねえか……




 だったら、何だったんだよ最初の苦労……

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