第5話 列が長すぎるんだよ!

 しかしながら、回復魔法により俺の体力が満タンになったことで、俺が列から離脱する口実が無くなってしまった。まぁ、いいか、疲れなきゃ。


「にしても、なんだよこの列。なんでこんなに長いんだよ。冒険者志望者がこんなに多いのかよ」

 

 俺が苦言を呈すると、クラッサは「違うわよ」と首を振った。


「ギルドの職員がワンオペでやっているから仕方ないのよ。一人でやれることって限られているじゃない?」

「は? ワンオペ!? この行列を一人で捌いているのかよ!? っていうか、どうしてギルドの職員が一人しかいねえんだよ、そりゃこんな列にもなるぞ」


 なんじゃそれ。ギルドの仕事ってよくわからねえけど、俺たちの感覚でいう区役所みたいなところなんだろ? それを一人で捌くって、流石に無理すぎるだろ。

 

「予算が無いんだってさ。ギルドも最近経費削減に勤しんでいるって聞いたし、人件費を抑えるためにそうしてるんだって」

「必要なところにはしっかり経費をかけろよ!! 別に人件費に充てたって文句言われねえだろ。お前女神なんだからそこんところなんとかしろよ!!」


「ギルドのシステムを変えるなんてこと、私が出来るワケないでしょ!! そういうことは、ギルドの職員に直接言ってよ!」


 じゃあ、コイツは一体何が出来るんだよ。今のところ神を名乗る一般人とそう変わんねえぞ。神を名乗っている分一般人より遥かに怪しくなっちまってるけどな。


「でも、この量は流石にエグいだろ。ギルドの仕事なんて、一人でこなせるもんじゃねえだろ」

「一応二十四時間年中無休でやっているけど、それでもこの列が絶えたことは一度もないわね。確かに、ウルギのいう通りなのかも──」


「──は? 二十四時間年中無休? それをワンオペでやってるならマジで職員死ぬぞ、過労死で。お前、自分の世界が労災で不祥事起きそうなのに、大丈夫なのかよ!?」

「そこは大丈夫よ。だって『回復魔法』があるもの。疲れたら『回復魔法』を使ってまたお仕事! これを繰り返せば二十四時間年中無休の仕事も可能よ!」


 さも当たり前かのようにそう言ってくるけど、全然大丈夫じゃねえだろそれ。『回復魔法』ってそう使うもんじゃねえよ。回復魔法があるからって、ワンオペしている職員をいいように使いすぎだろ。


 とんでもねえブラック企業じゃねえか東町のギルド。一人でこなすもんじゃねえぞ、ギルドの仕事なんて。


 それに、例え『回復魔法』で身体が回復したとしても、精神的な疲労まで取れねえだろ。ストレスとか溜まりすぎて亡者とかになってそうだ。俺だったら絶対に耐えられん。ストライキ不可避だ。


 まぁ…… そこを俺が心配する立場じゃねえけどさ、長い時間待たされる身として俺は被害者なんだから、文句ぐらい言わせてくれって感じだぞ。


「マジで人を増やした方がいいぞ、これ……」


 俺の呟きが、切なく東町の風に流されてしまった。



一時間後……


「でね、あとキュイーンって鳴ったタイミングでボタンを押すの! そうすると脳からやばい汁がドバドバっと出て、あの感覚がたまんないのよ!」

「どんだけパチンコの話でこの場を持たせる気だよ。知らねえぞ、そんな感覚……」


「でも今日は本当に惜しかったの! どれだけ惜しかったと言うとね……」

「パチンコの話はいいから、この『東町』の話をしてくれよ。なんで、異世界まで来てパチンコの話を聞かないといけねえんだよ。もっとあるだろ、東町の文化とか、歴史とかさあ。初めて異世界に来た奴がためになるような話を聞かせろよ。魔法の説明以外で」



二時間後……


「『東町』には貴方の世界と違ってモンスターが出るから気をつけて! ギルドにも討伐任務とかあるわ。もちろん、強敵ほど報酬も高いのよ。例えば、ドラゴンを倒せば五百万ピョコ!」

「五百万……!? そりゃすげえな。けど、それだけ難敵ってことだろ? 俺は戦いたくねえな、戦うんだったらクラッサ一人でなんとかしてくれ。俺は応援しているから」


「世界を救う勇者がそんなこと言ったら絶対ダメでしょ……」

「んだったら、もっと逞しいやつを召喚しとけっ! 俺は帰ってもいいんだぞ!!」


「ふえーん、それだけは絶対にダメなの。お願いウルギ、帰らないで最後まで戦ってよ」

「それは自力で帰れない俺への皮肉か!? やってられねえぞ、こんなの」



三時間後……


「ふぅ、スッキリしたぜ。あとちょっと遅かったら結構やばかったぞ」

「うぅ〜、漏れる〜〜、早くウルギ代わってよお。私もトイレ行きたいの!」


「なんで女神がトイレ行くんだよ……」

「漏れるものは漏れるのお〜! 早く早く!!」


四時間後……


「ウルギ…… お腹すいた……」

「はぁ? 女神なんだから我慢しろよ! そもそも、それ絶対言っちゃいけないだろ。クラッサがパチンコしなければ、こんなことにならなかったんだからさぁ」


「無理だよお! お腹すいた、お腹すいた!」

「無えものは無えんだから、耐えるしかねーだろ。むしろ、こっちこそ女神に飯を奢ってもらうようにお願いしたいところだぞ」


「そんな万能な女神がいるわけないでしょう!? あ〜、もうお腹がぺこぺこで動けないよぉ〜!」

「ホント、クソみてぇな女神だな。お得意の回復魔法でなんとかしろや」


「回復魔法じゃお腹はいっぱいになりません! はぁ、女神たる私に誰かお恵みを…… お布施でいいわよ、お布施で」

「資金使途がパチ代と分かっている時点で誰もお布施なんてしねえだろ……」



五時間後……


「おい、もう夜になるんだけど、まだなのか!?」

「まだまだ先みたいよ。疲れた? 回復魔法でなんとかしてあげる!」


「もう回復魔法じゃ賄えない部分の疲労がたまってきているぞ。いつになったら俺達は受付出来るんだよ、流石に長すぎるだろ」

「まだギルドの建物が見えないわね……」


「本当にこの列で合ってるのかよ!? 横にある人気スイーツ店の行列と間違ってるとかじゃねえよな?」


「スイーツ!? どこどこ?」


「もうお前黙っとけ」



六時間後……


「ふざけるな!! 長すぎだろ!! 俺はもう耐えられん! 故郷に帰らせてもらう!」


「帰るとか言わないでよウルギ! ほら、あそこを見てよ、ようやくギルドの建物が見えてきたよ! あと少しだから我慢しようよ!!」


「辺りが暗くて何も見えねえぞ。おまけに寒いしよぉ…… 何やってるんだ俺達は……」


「あ、イライラしているなら、私が面白い話をしてあげようか? あのね──」


「──多分つまんねえからパス。静かにしてくれた方がまだいいぞ」





「次の方ー!」


「呼ばれたわよウルギ!」

  

 受付から男の人の声が聞こえると、クラッサが俺の袖を摘んで引っ張ってそう言った。


「はぁ……マジかよ、ようやくかよ」


 おいおい……結局並び始めてから、呼ばれるまでに九時間以上経過したぞ。俺を殺す気かよこのギルド、なんで冒険者の登録をするために、コ○ケ徹夜組みたいなことしねえといけねえんだよ。雨が降ってたら大惨事だったぞ、マジで……


 

 もう深夜で外は真っ暗だし、こんなことになるなんて思ってもいなかったぜ。


 列に並ぶだけで一話分の話が消化しそうだぞ。マズイマズイ…… テンポ良くしねえと、読者に飽きられてどっかに行かれちまうからな。


 俺もクラッサに続くようにして急足で受付前まで歩み進めた。


 受付には茶色の髪をした若い男の人が立っており、寿司職人の弟子みたく勢い良く「らっしゃいませー!」と俺に向かって挨拶をしてくる。一体どこからそんな元気が湧き出てくるんだよ、ただ列で並んでいた俺ですら、こんなにヘトヘトなのにタフすぎるだろ。ワンオペご苦労様って感じだ。俺は絶対ギルドで働きたくねえけどな。

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