第12話 優くんが来ない――生方珠洲視点――

「優くんが来ない。いつもなら、もうとっくに来て読書を始めている頃なのに……」


 私は少し焦っていた。


「やっぱり昨日、やり過ぎちゃったのかな」


 そう思っても、もう取り返しはつかないのだけど……。


「もしこのまま優くんが来なくなっちゃったら、どうしよう」


 そんな不安が過るも、なんとか自制する私。


 もっと慎重に歩み寄るつもりだったのに……欲望に負けてしまった。


「だって、誰かに取られるなんて、イヤだもん」


 私は心の声と会話しながら、優くんが来てくれることを祈る。


 もう授業はとっくに終わっているはずだし、ここまで待って来ないなら、今日はもう……そう諦めかけた頃。


「優くんが来た!」


 よかった~。


 私がホッとしたのも束の間、それと同時に思い出す、やらかした記憶。

 でも、優くんはすっかり忘れているようで。


「あ、生方さん。今日はいたんですね」


 って、酷くない。


 あんなにヤキモキしたのに、ズルい。

 でも、来てくれてよかった。


 そう思う私だけど、不安もある。


 優くんって、昨日のこと覚えていないのかしら?

 

 もしそうだとしたら、わたし……。


 どうする? 確かめる?


 でも……。


 私はそんな心配をしていたけど、全くの杞憂だった。

 というのも、優くんの視線が徐々に下がり、私の胸に注がれ……記憶が蘇ったのか、みるみると顔が赤く……。


「優くんのエッチ」


 私は胸の辺りを手で隠し、彼にそう告げる。

 別に優くんだったら嫌ではないけど、可愛い反応を見たかったから。


「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃあ」


「うふふ、優くんのほっぺ、リンゴみたいでかわいい」


「もう、揶揄わないでください」


「あはは、そんな優くんも可愛いよ」


「う……」


 私は昔と変わらない彼の姿に、少し涙が出た。

 

 よく私に揶揄われて、ああやって拗ねてたっけ。


 ちょっとずつ、以前の優くんに戻ってきている気がする。


「ねえ、優くん。今日はどうして遅かったの?」


 だから、なんとなしにそう聞いたんだけど。


「僕、文芸部に入ったんですよ。まあ、姉が強制的にですけどね」


「…………そうなんだ」


 私はやっぱりかと、どこか納得した。


 あの絵梨さんが優くんをこのままにしておくはずは無いと思っていたし、きっと、私が動いたからだよね。


「ねえ、優くん。それじゃあ、もう図書室には来ないの?」


 だから、私は不安になって、そう聞いたんだけど……。


「いえ、図書室を作業場所にしてもいいって話で、週に一度だけ部室へ来るように言われただけなので、またお世話になります」


「ほんと、良かった~。じゃあ、またよろしくね」


「はい!」


 私は優くんの返事に、少しだけ安堵した。


 けど、文芸部に入ったということは。


「美紅と麻沙美も、一緒よね」


「何か言いました?」


「ううん、それより優くん、早くしないと読書の時間なくなっちゃうよ」


「あ、そうでした。それでは失礼します」


 私はいそいそといつもの席へ向かう彼を眺め、これからのことを考える。


 美紅はおとなしいからまだいいけど、麻沙美は時々ここへきていたから……。


 あの子たちだって、私と思いは同じはず。でも、協力体制なんて作れない。

 だって、ライバルなんだから。

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