第10話 姉からの指示

 僕と三雲さんが一緒に文芸部の部室へ入ると、そこには姉の他に女子生徒が二人いた。


絵梨おねえ様、ゆ……佐山くんを連れてきました」


「ご苦労。だが、言い直さなくても、いつも通りと呼んだらどうだ」


「えっ」


「ちょっと、絵梨おねえ様。それは……」


 少し顔を赤くして、僕を見る三雲さん。

 

 どうやら彼女、普段は僕のことをと呼んでいるらしい。

 そんなの初耳だが、姉にバラされて困った様子だ。


 でも三雲さんは絵梨あねを慕っていて、高校まで追いかけて来るくらいだから、気に入られようと僕をダシに使ったのだろう。


 だから僕の対応は、全く変わらない。


「それより姉貴、僕に何か用?」


「ああ、そうだったな、ユウ。やっぱり文芸部に入らないか? お前の好きな本ならここでも読めるし、友達も増えると思うぞ」


 姉のその言葉は見事に僕の現状を捉えており、家では話さないようにしていたボッチな状況もバレているらしい。


 チラリと隣にいる三雲さんを見れば、すぐに視線を逸らし、知らないフリをする。


 けれど、僕の姉を舐めて貰っちゃ困る。


「麻沙美から聞いたが、クラスに友達はいないそうじゃないか」


「ちょ、ちょっと、絵梨おねえ様……」


 ほら、やっぱり。

 僕がジト目で睨むと三雲さんは「だって、絵梨おねえ様に聞かれたから」と、素直に白状した。


 まあ、彼女が絵梨あねに聞かれて噓をつくなんてことは出来ないため、僕も攻めるつもりはない。

 むしろ、隠していた僕が悪いのだ。


「別に、ほんとのことだし、いいよ」


「ごめんね、ありがと」


 うっ、可愛い……って、その表情は反則だろう。

 

 陽キャな三雲さんは人気者で、その愛らしい表情がたまらなく可愛いのだ。

 さっきもそうだけど、彼女に上目遣いで『ありがと』なんて言われたら……死んでしまう。


 僕がそんな危ない妄想に浸っていると、姉の両隣りにいた女子生徒たちが僕に自己紹介を始めた。


「あの、佐山君。私は部長の城俵由佳里しろたわらゆかりです。これから一緒に頑張りましょう」


「えっと、優……くんでいいのかな。私は二年の旗瀬川美紅はたせがわみく。よろしくね」


「じゃあ、私も。同じクラスの三雲麻沙美です。優ちゃん、これからよろしくね」


 部長の城俵さんに、二年の旗瀬川さん。それにちゃっかり僕をなんて呼んでる三雲さん。


 でも、どうしよう。


 文芸部は一度断ったんだけど、それぞれの学年のリーダーが集まっているし、ここまでお膳立てされてしまうと、覚悟を決めるしかないか。


 僕はこれまでのボッチな状況と、姉や部長さんたちの行為を無下にできず、その申し出を受けることにした。


「はあ……、わかりました。所属はします。でも、僕の好きな本は図書室にあるから、あっちで読んでもいいですか?」


 でも、これだけは譲れないと思い、そう訪ねてみると。


「ええ、もちろん構わないわ。私たち文芸部は、文章を書くことが目的ですもの。佐山君にも一員として何か書いてもらう必要はあるけど、その知識を得るためなら、図書室を作業場にしても全く問題ないわ」


 そう言ってくれる部長さん。

 でも、どさくさ紛れに、僕の手をニギニギするのはやめて欲しい。


「いい手だね」


 いや、意味わかんないし……。


 でもまあ、僕が気になるのは、読んでいる本のほとんどがラノベなのだけど、いいのかどうか。


「じゃあ、僕が何かお話を書くとして、ラノベでもいいんですか?」


「そうね……図書室にも多くの種類が置いてある通り、それも文化の一つですから、大丈夫ですよ。でも、一週間に一度は部室へ顔を出して、進捗状況を報告してくださいね」


 そう説明されて、僕も納得。

 流石に幽霊部員はヤバいと思ったし、ラノベを書くってのも面白そうだ。

 

 これまでいろんな作品を読んできたし、いいかもしれない。


「わかりました、入部します」


 こうして僕は、二月ふたつき遅れで文芸部員となった。


 部長さんは優しそうだし、二年生の旗瀬川さんはちょっと大人びていて、イメージでいえば姉に近い印象。可愛いというより黒髪の和風美人さんで、少し近寄りがたい雰囲気だけど、どこか安心できる。

 

 そして同級生の三雲さんは……綺麗で可愛らしくてクラスの人気者。まあ、一緒にいるのは少し不安だけど……。

 

 三人ともこんな僕に嫌な素振りは見せずに笑顔を向けてくれるし、もしかして少しくらいは変われるのだろうか。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る