第8話 不意に声を掛けられて

 次の日、僕は悶々とした感情を抱えながら、授業を受けた。


 後ろから女性に抱きしめられるなんて経験、母親か姉以外にはない……はず。

 というのも、そう思った矢先、ふと誰かの顔が頭に浮かんだ気がしたのだ。


 ただ、それがまだ幼い頃の記憶であったため、鮮明には思い出せなかった。


「でも、生方さんの胸、柔らかかったなあ」


 僕は昨日あった出来事を思い出し、自然と笑みが漏れる。


 強く僕の背中に押し付けられた、柔らかい二つの小山。

 あんな感触を自然と味わえるなんて、陽キャの奴らが羨ましい。


 なんて思ってしまう自分に嫌気がさし、少しばかり落ち込んだ。


 こんなに感情の浮き沈みが激しい日なんて稀だが、僕の席は窓側の一番後ろで、全く目立たない場所であり、休憩時間であっても人が寄ってくることもないため問題は無い、はずが……。


「佐山くん」


 ん、誰かに呼ばれたような……。


「ねえ、佐山くんっば、聞こえてる?」


「えっ……」


「はあ……、やっと反応した。いったい何回呼んだとおもっているのよ」


 僕にそう話しかけてきたのは、クラスメイトの三雲麻沙美みくもまさみさん。

 ふわりとした長めの金髪に、スカイブルーの大きな瞳が煌めく、僕には眩し過ぎる美少女だ。

 このクラスのカースト上位にして、同じ中学出身者でもある。


 その三雲さんが僕に何の用だろう。


「それで、何が柔らかかったの?」


「へっ……」


「いや、だからさっき言ってたでしょ。柔らかかったって」


「へっ……」


 僕はその指摘に固まった。


 まさかうっかり声に出ているとは思っていなかったし、それを聞いていた人がいるなんて考えてもいなかった。


「もう、さっきからそればっかじゃない。私のこと忘れちゃった?」


「いや、忘れてないけど……」


「ふ~ん、ならいいけど」


 何、この状況。

 三雲さんが僕に話しかけてくるなんて、意味がわからない。


 確かにこのクラスで同じ中学出身者は彼女だけだけど、必要以外のことを話した記憶はないし、関わりもほとんどなかったはずだ。


 強いて言えば、うちの姉くらいか。

 彼女は文芸部員だから、そういう意味では接点がある。


「まあ、いいわ。それより絵梨おねえ様から、お昼休みにあなたを文芸部の部室まで連れてくるように頼まれてるの。十五分くらいには向かうから、それまでに昼食を済ませといてね」


「えっと、姉が僕を?」


「そう、絵梨おねえ様よ」


「あ、うん。わかった」


 彼女はそう言って、友人たちのところへ戻っていったけど……。


「麻沙美! あれって佐山君よね。何かあった?」


「ううん、先輩から呼ばれていて、彼にも伝えただけ」


「えっ、なんで彼も」


「なんでって、私と彼は同じ中学出身だから」


「あ、そうなんだ。意外」


「ええ~、意外って何よ


「いや、だって彼、暗いでしょう。だから麻沙美とはあまり結びつかなくて」


「あはは、そうかもね。でも、彼。けっこういい奴よ」


 なんて話声が聞こえて来たけど、僕がいい奴?

 陰キャでボッチ、オタクな僕が?


 麻沙美さんがそう思ってくれていたのは嬉しいけど、僕はさっきまで生方さんの胸の感触を思い出して、ニタニタしてました。


 ごめんなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る