第2話 風邪っぴきさんご用心

けほんこほん


        けほんこほん


その日、雪姫は風邪をひいて寝込んでいた。季節のかわりめはいつもこうだ。鼻かぜからきてのどまでやられて、熱も上がってきてそうとう苦しくなる。


それになにより、人間病気になると心細くなるものだ。

あー、早く治んないかな、とそんなことを考えているとふとそばからゴソゴソと物音がした。


そちらの方を見てみると、なんと、ひょこっとチワワのわんこ式のアップルヘッドがでてきたのである。そうするとくりくりしたつぶらな愛くるしい瞳で子チワワ式がベッドのふちに前足をのっけてのぞき込んでいた。

「ゆ・き・ひ・め!!」

いきなりのチワワの出現に雪姫はびっくりして起き上がった。

「うわぁ!びっくりした!!なんだい、お前、きてたのかい?」

そういってわんこ式の脇を抱えて優しく抱っこしてあげた。わんこ式は嬉しいのか尻尾をパタパタ嬉しそうに振っていた。

「あら・・・?お前、傷だらけじゃない?どうしたの?」

「あ・・・これは名誉の負傷なの!だって莉理さん、式が雪姫の部屋に近づこうとするとハエ叩きで追いやろうとするんだよ」

「あらまあそうなの。まあ莉理は私を守るのも仕事だからね。お仕事だからしょうがないよ。けど、どうやってここまで来たの?」

「えへへ、前、伊勢さんに隠し通路教えてもらったの!そこから来たんだよ!」

「あら、そんな道があるなんてねぇ。で、何の用で来たの?」

「もちろん、今日は雪姫のお見舞いなの!式、心配で居てもたってもいられなかったんだよ!」

「へええ。それはいいけど、お前、仕事ほっぽり出してきてなかっただろうね?私、テキトーに仕事する男は嫌いだよ」

「だ、大丈夫なの!後輩に頼んできたから!あのね、プリン作ってきたんだよ。食べて♡」

そういって風呂敷包みの中には耐熱ガラスの中に入っていたおいしそうなプリンがいくつか出てきた。

(それはもしかして後輩に押し付けてきたというのでは・・・・?)

内心腑に落ちない点があるものの、雪姫はなんとか納得した。

「ありがとう。これなら風邪でも食べれるかな」

さっそく木でできたスプーンで、黄色いカスタードプリンの部分をすくって食べるとじんわりと甘さが体内に染みていった。

「美味しい・・・。式、ありがとうね」

そういってまんまるな式の頭をなでなでしてやると、わんこ式はちぎれんばかりに尻尾を振って喜んだ。

「えへへ。雪姫、くすぐったいのよ、くすぐったい!」



ふと、記憶の中で、一輪の百合を思い出した。あの時も小さいころ巫女姫の修行中で、たった一人ぼっちだったところに風邪をひいていて、心細くて涙ぐんでいた時に窓辺の外から小さな音がしたのだ。窓を開けてみるとピンク色の綺麗な女もののリボンが巻いてある白百合が置いてあった。


「あー、あの白百合!あれ、式が置いていったんでしょ?」

「え、ええ?何の話?」

わんこ式はびっくりして目をぱちぱちしているところに、

雪姫はかつて神祇院というところで修行中だったときに、誰かからの贈り物の話をした。話が終わるとわんこ式は青ざめた様子で視線をおどおどさせていた。どうやら図星だったと見える。


「もー!お互い修行が終わるまで会わないって言ったのに!あきれた!お前、男子禁制の神祇院まできたんだね!」

「ご、ごめんなさぁ―――い!だって式、心配で修行が手につかなかったんだもん!!それに雪姫は眠ってたから会ってないよ?」

わんこ式は腹這いになると涙目になって謝罪した。相変わらずあの禁足区である神祇院までどうやって来たのか謎である。


ただ、一つだけ、言えることがある。それは、雪姫が寂しいとか、悲しいとか心細い時に、必ずこの男はなんらかの痕跡を残していくのだった。まるで一人じゃないよと伝えるかのように。


「もう・・・しょうがない奴」

そういうと雪姫はわんこ式の濡れた鼻をちょんとつついた。

「雪姫・・・怒ってなぁい?」

「怒ってないよ。でもあんまり無茶しないでね。会いに来ても傷だらけだったら心配するでしょう?」

「うん!わかったぁ!!式、今幸せよ。雪姫のそばにいられるもの!」

そういって雪姫の白い細い腕にすりすりすり寄ってきた。まったく、わんこになった式はとんでもなく愛くるしいので困ったものだ。


「ふわぁああ。眠くなってきたわ。さっさとねーようっと」

そういって布団をかぶるともれなく子チワワ式もとことこついてきた。

「もー!式、帰っていいんだよ?早く帰って仕事しなよ!!」

「いや!今日休みもらったもん!式も雪姫の傍で寝る―――!!」

そういってこてんと横になるとお互い見つめあう形で二人は寝ることになった。


「もう・・・しょうがないなぁ。・・・・お休み、わんこ式」

「お休みなの!ゆきひめ!」

そういって一人と一匹は微笑みあうとあたたかな布団の中で、すやすやと静かにまどろんでいった。


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