如月の巫女姫 えくすとら

月影琥珀

第1話 春の夜の夢

 その日、眠れなくて風早式は、麗月城の中庭へと足を向けていた。

雪姫の屋敷の中庭には、桜や梅、ツバキなど四季折々の樹木や、草花が綺麗に植えられており、花が咲くころはそれはそれは見事なものだった。


季節は春。


確か彼女の庭に、大きな枝垂桜が植えてあって、今は見ごろのはずだ。

せっかくだから、夜桜でも見物しようと式は彼女の庭へと向かった。


すると、足が止まる。


その先には、月光の桜の木の下で、きらきら輝く銀色の髪をなびかせて、妙齢の麗しい美女が一人、酒をちびりちびりと飲んでいた。


銀色の髪はきらきらと月光を反射しており、身にまとう黒の着物は宵闇に溶けるようだった。その中で、ひときわ異彩を放っていたのは、絹のような白い肌と、ふっくらとした濡れた桜色の唇だった。

式はその絵になるあまりの美しさにうっとりと見惚れながら、ふらふらと引き寄せられるように近づいていった。その足音に気づいて、この庭の主は、後ろをふりかえった。


「うん?お前、式か。なんだ、今頃起きたのか?」

「はい、姫様。姫様はお一人で何をなさってるのですか?」

「何って・・・一人で花見だよ。一人で酒を飲みながら、静かに夜桜を見物するのも乙でいいものだ」

「それなら、式も誘って欲しゅうございました。呼んでくださればいいのに・・・」

式は残念そうに口を尖らせるのをみた雪姫は、呆れたように嘆息した。

「あのなぁ。突発的に花見しようと決めた私も悪いが、お前を誘おうとしたら、すでに寝床でぐーぐー寝てたからほっといたんだよ!別にお前は寝ててもいいんだぞ?明日も仕事だろうからな!」

「い、いやです!式も姫様と一緒に花見します!!」

そういって最愛の妻に駆け寄ると、ふわりと後ろから抱きしめた。

「夜風は体を冷やします。式が温めてさしあげます」

「はいはい。ありがとねーっと。でもお前がそうすると、私がお酒飲みにくいんだけどー?」

雪姫はうざそうに式から離れようとしたが、そうは夫がさせなかった。


「ならば、式が飲ませてさしあげます」

そういって徳利に入っていた酒を口に含むと、雪姫の可憐な唇に口移しした。

「んんッ・・・ちょっ・・・や、もう・・・式ぃ」

最初はされるがままにこくこくと酒を飲んでいたが、やがて式は物足りなくなったのか、舌をからめて情熱的に妻に口づけしてくるのだった。

「もう・・・・お前ったら。強引なんだから・・・・」


そういって唇をはなした彼女の頬は月の下でもわかるくらい薔薇色に染まっており、それが酒のせいだけではないというのは、彼がよく理解していた。

「姫様。体が冷たくなっております。まだ春先とはいえ、冷えますゆえもう閨へと戻りましょう。式がお連れいたしますゆえ」

「ん。そうだね・・・眠くなってきちゃった。ふぁああ・・・」

眠気が襲ってきたのか、あくびひとつすると、翡翠色の瞳をとろんとさせて雪姫は素直に式に体を委ねた。

「姫様。閨へ行ったら、式から贈り物がございます」

「ん?なあに?」

「ふふ、閨へ行ってからのお楽しみです」

そういうと雪姫を抱いて、しずしずと中庭から閨へと戻った。


雪姫の閨は本人の趣味でアジアンテイストになっており、木造でできた天蓋付のベッドが置いてあっていつもそこで雪姫は眠っていた。そこにはふかふかした白い布団と、天蓋には薄い透けるカーテンがはってあり、いかにも深窓の姫君が眠るにふさわしい場所であった。


式はうつらうつらしている雪姫を、寝台にそっとおろすと、懐から白い陶磁器でできた香炉をとりだした。そしてお香に火をつけると、微かだが桜の香りが部屋にひろまった。

「わぁ!いい匂いだね。式、お前が作ったの?」

「はい。でもまだ仕掛けがあるのですよ」

そういって彼が天井を指さすと、お香からでた煙が上空へと舞い、薄い雲のようになっていた。

「?」

なんだろう?と首をかしげて見上げると、はらはらと薄い雲から桜の花びらが舞い落ちてきた。

それはとてもとても幻想的で、美しい桜の花びらの雨だった。


「わぁあああ――――!!本物の桜の花びらだ!きれ―――い!」

そういって雪姫は散ってきた桜の花びらを愛おしそうにそっと手で包んだ。

「式!ありがとう。とっても素敵なプレゼントだよ。嬉しいな!」

彼のロマンチックな演出を気に入ったのか、彼の姫君はいたくご満悦だった。


式は眼を細めて、嬉しそうにほほ笑んでいたが、おもむろに雪姫の手をとると、その甲に恭しく口づけた。

「??」

すると、手に違和感を感じたので、雪姫が手首を見ると、その手首には可憐な桜色の石をあしらったブレスレットが輝いていた。ブレスレットには桜の飾りがついていて月あかりにあたってゆらゆらと揺れていた。

「おや!お前、これもお前が作ったのかい?」

「はい。姫様に桜が散ってもまた愛でられるようにと、式がお作りしました」

「お前は、昔から手先が器用だからねぇ。でもいいのかな?雪姫、別に誕生日でもないし、お前にお礼もしてやれないんだけど?」

「良いのです。式が姫様の喜ぶ顔を見たくて、勝手に作ったのです。でも・・・叶うことなら」

そういってゆっくりと雪姫を閨へ押し倒すと、彼女の耳元で低い艶っぽい声で、こうささやいた。

「・・・桜の花びらが舞う下で、愛しい姫様を抱きとうございます」

「ふふ。最初からお前、それが目的だろうに。ずるい男」

雪姫は苦笑しながら、彼の首にうでをまわした。今日はほろ酔い気分で、ふわふわするし、とても気分がいい。

「いいよ、式。今日は許してあげる。くすくす」

そういいながら雪姫の桜色の唇は、愛する夫に優しく口づけた。式も嬉しそうに彼女の唇をついばむ。

「んんっ・・・・ちゅっ・・・ああ・・・嬉しゅうございます。たまにはこうして演出するのも良いものですね」

式は幸せそうに微笑みながら、愛する妻の着物を帯を脱がそうと手をかけた。


・・・こうして、桜の花びらが舞い散る中で、二人の裸の男女は幸せそうに愛をささやきあっていた。



次の日、最愛の夫の横で、翌晩たくさん愛されて疲れ切って眠っている雪姫の白い腕に、桜色のブレスレットが朝日にあたり、きらきらと輝いていたのは言うまでもない。


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