第12話 会議は躍り 親父はざまぁ

 夜。僕たちは黒木家の客間にて歓待を受けていた。何なんだあの寿司……噛んだ記憶がないんだけど。


「お茶、どうぞ」

「あ、黒木さん、ありがとう」


 黒木さんは僕の隣で、甲斐甲斐しくお世話してくれる。彼女が動く度に、脳を痺れさせるような甘美な薫りが鼻をくすぐって……それを親に見られる拷問。唯一の救いは、お袋が乗り込んできて、親父を正座に処していることかな。ざまぁ!


「それでな、正嗣。僕は合歓と治人くんの婚約を、正式なものにしたいと考えているんだ」

「いいんじゃね? そういう約束だったし」

「ちょっと待て糞親父。その約束とやらを教えろ」


 食後の歓談は和やかに──って内容じゃなかった。親父と親子喧嘩する前に、黒木パパさんに尋ねた返事が、ここで反ってきたんだ。


「あん? 気が合えば、婚約させねぇ?って感じだな。なにお前、合歓ちゃん気に入らねぇの?」

「そんな筈ないじゃん。こんなステキな美少女が気に入らないとか、そんな偏った思考は持ち合わせてないよ」


 黒木さん、めっちゃ目がキラキラしてます。でも、ちょっとその魅了を押さえようか?


「でも、婚約はちょっと待ってほしい──です」


 黒木パパさんの目を見詰めた。

 黒木ママさんと、お袋がクスクス笑ってるのが引っ掛かるけど、言いきった。

 それと、瞳からハイライトを消さないでよ黒木さん!? 僕、ちゃんとお互いのことを考えたつもりだからね?


「黒木さんの愛情は疑ってないです。ハッキリ言えば、僕も黒木さんに好意を抱いてます……でも、出会ったばかりなんです。互いのことを、まだ知らないことの方が多いんです。なのに、未来を確定してしまうのは、僕は抵抗があります。それに、黒木さんを幸せに出来る自信をもてるほど、僕は、僕自身を認めていない」


『あぁあ、バカよね、あんたは』とでも言いたそうな顔をしているお袋だけど、何でだろう、誇らしげにしてませんか?

 黒木ママさんも、同じ顔だ。なんだろう、母親同士通じるものでも、あるのかも。


「柊クンに反論したいわけじゃないけど……私たちの直感は外れない。異性に対する直感なら絶対。私たちは、幸せになれる」


 黒木さんが喰い下がった。おかしいな、黒木さんを思っての提案だったのに、一方的過ぎた?


「合歓ちゃん、ごめんなさいね、堅物な息子で。でもそこが魅力だと思うのよ、母親としては。まぁ7年会ってなかった息子だけどね」

「ほんとだよ。訴えられたら敗訴確実だからな、お袋?」

「話し逸れてるわよ治人。それで戻すけど、合歓ちゃん、治人を気に入ったのなら、全力で魅了しちゃっていいわよ?」

「私も、それが楽──いいと思うわ。愛を育む学生生活だなんてドラマみたいでステキよ」


 僕一人に、相手は5人。うん、始めから勝ち目がない戦だったね。僕も行き当たりばったりすぎた。それと黒木ママさん『楽しい』って言おうとしてたよね?


「ならば、ふたりの婚約は仮としておこう。期日は、学園卒業でどうかな?」


 黒木パパさんが、僕にも配慮してくれた形で落としどころを設けてくれた。僕も、それと顔を赤らめている黒木さんも、それに頷く。


「それともう一点だが、狭間の件はどうする正嗣?」

「──端から見てたアルなら、結論は出てんだろ?」

「あぁ、出ている。治人くんには、合歓たちと狭間の維持をお願いしよう」


 なんだ、狭間って? 皆の雰囲気が引き締まったんだが?


「詳しくは、合歓と仲間から聞いてほしい。僕から言えるのは、未成年のふたりの婚約には、当然思惑もあるってことだ。しかも国家レベルのね」


 国家!?


「流石にスケールの大きさに驚いたかな? だが、問題ないと僕は判断した。あれだけの親子喧嘩をしておきながら、もう体に不調はないよね? しかも、気付いてないかもしれないが、正嗣も実は怪我が治ってる。君が無意識にやったことなんだよ 」


 おぉ、言われてみれば、かなり親父から殴られ、蹴られ、投げられと散々されたけど、今はノーダメージかも!

 ……親父の怪我が治っているのは解せんが、勝ったから、まぁいいか。それにしても、親父、何で正座が効かないの? 人じゃないの? 熊なの?


 消化不良な僕の左腕を、黒木さんが抱き締めてくれていた。狭間とやらは、きっと重い話なんだろうなぁ。だから黒木さんは、心配してくれている。

 何がどう重たいのかサッパリだけど──


(──黒木さんに、無理した笑いは似合わないな)


 重い空気のなか、僕はそんなことを考えていた。





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