第11話 観戦に値する親子喧嘩
【side】合歓
「どうしよう……部屋着、みんな色気──皆無だ」
制服から着替えるだけなのに、こんなに時間がかかっているのは、これが理由だったり。誰かを招き入れるだなんて、今まで考えたこともなかったのが裏目に出た。
「……これしか、ないよね」
手に取るのは、フワモコがいい感じのワンピ。ただし、ウサギ耳のフード付き。柊クンの反応が、微妙に怖い。この類いは、伸るか反るか人によって極端らしいし。
「でも、これ以外は──堕落モード駄々漏れだから」
スウエットばかりのベッドに、我ながら呆れる。
結局消去法で、このフワモコに袖を通す。柊クンと歓喜のキスを交わした私としては、是非ともセクシー路線でいきたかったけど、無いものは仕方がないもの。
そして、色々な葛藤の末、伸るか反るかの大勝負を前に、緊張感したままリビングに戻ったら──。
「よ、よぉ、親子の、再会に、しちゃあ──」
「うるさい変態。熊が一丁前に言葉を話すな」
「ちょ、ちょっと治人くん、なにしてん、の?」
……リビングもまた、緊迫感に溢れていた。例えるなら、それは灼熱の赤か、はたまた目映き閃光の白か。多少のことでは動じないパパが、狼狽えてる。
シャワー上がりの、まだ髪も乾かぬ姿にパンツ一丁でリビングに仁王立ちの柊外交官。彼は、髪をタオルで拭き取る仕草のまま、床に膝をついた──柊クンの容赦ない肘打ちが、彼の脇腹に刺さったから。
「黒木さんのお父様、すみませんが、お庭をお借りします」
膝をつき、下がった外交官の頭にバスタオルを巻き付け、ズルズル引きずる柊クン。外交官は首が絞まらないようにするのに精一杯。
カラカラカラ……
「ふうぅん!」
そして柊クンは、巨体と言ってもいいほどの外交官を、庭に放り投げた。彼の巨体が、顔を起点に宙へ舞う。
「パ……パ? これ、何が起きてるの?」
「うぅん……壮大な親子喧嘩、かな?」
「ぐふぇ! おいコラ治人! てめぇ首が折れるかと思ったぞ! ってぐわぁ!」
転がされたままバスタオルをほどき、どこに柊クンが居るかも分からぬまま叫んだ外交官。その直後、彼の顎に柊クンの膝が叩き込まれた。
「黒木さんのお父様と親父がどういう関係なのか知らんけど、相手様のご自宅で、シャワー上がりにパンイチでリビングを歩くような常識無い奴、親だとは認めなくないじゃない?」
「うぐっ! だ、だがよ」
「変質者に人権なし」
「おごぉ!」
柊クンの回し蹴りが、綺麗に外交官の側頭部へ吸い込まれた。
「──最近外交官の破天荒っぷりに慣れてたから気にならなくなってたけど、柊クンの言い分が普通だよね?」
「パパは、彼の言動が気に入ってるけどなぁ。表裏の無さは、好感がもてるよ」
「はぁい、長くなりそうだから」
「あ、ママ、ありがと」
ママがいれてくれたココアを手に、壮大な親子喧嘩を観戦することに。
「大体、婚約って何なんだよ!」
右ストレート!
「陰キャを思った親心だろうがぁ!」
右ストレートを右手で掴んで、左フック!
「俺が陰キャだとか知らねぇだろうが。7年ぶりに会ったんだ、適当なことふかしてんじゃねぇよ!」
左フックをくらいながら、左ボディーブロー!
「合歓ちゃん最高だろうが! 何で文句言われなきゃならん!」
左ボディーブローをくらいながら、右腕を捻り上げ!
「黒木さんがどう思うかが大切なんじゃねぇか! 気持ちも大切にしねぇで婚約できっかよ!」
捻り上げに逆らわず、左足ハイキック!
「合歓ちゃん──とっても大切にされてるじゃない」
「言わないで、ママ。今のはちょっと私も、キュンときたから」
「言い寄る男は害虫扱いだった合歓が……ねぇ」
「ところでお前、何で髪なんか伸ばしてやがる。陰キャ? それともビジュアル系か?」
左足ハイキックを側頭部にくらいながら、ヘッドバッド!
「さっきテメェ、陰キャ断言してただろうが! 髪長い方が、バイトしてんの誤魔化せんだよ」
ヘッドバッドに合わせて、飛び膝げり!
「おいおい、バイト三昧かよ、中学生が! 学業が本分だろうがよ!」
額を抱えてバックステップ!
「一銭も振り込まれねぇから、稼ぐしかなかったんだよ、ネグレクト!」
距離を詰めて膝へ右足回し蹴り!
「え? 何で振り込まれてねぇの? 中学卒業まで、毎月5万の生活費準備しといた筈だぞ?」
よろめいて動けない!!
「もう、高2だってのぉ!!」
下がった頭へ左足のかかと落とし!!
「苦学生か……根性あって、むしろ好感がもてるな」
「パパ……問題はそっちじゃない。外交官、かなりいい加減」
「私は、イラッときちゃったかなぁ。可愛い男の子苦しめる外交官は、お仕置きよねぇ。奥様にメールしてまーす」
親子喧嘩は、まさかの柊クンの勝利で終わった。あの大柄な外交官が、芝生にうつ伏せになっている。パンツ一枚だけで。
それにしても、柊クンの謎が深まるばかりだ。
どこが陰キャ? 無茶苦茶感情
どこが才能なし? あの身のこなし、格闘家に匹敵すると思うんだ。
でも、それ以上に──
「──私のこと、大切に思ってくれてるのは、確かだよね」
その事実が、私の胸を鼓動を高まらせた。
フワモコワンピ姿の私、気に入ってくれると、いいな。
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