第6話 堺町と皇学園と柊治人②
「ううん……」
なんだかお腹が空いた──弁当、あ、弁当作る場所なんか、なかったね。民宿から学校に直で向かったから、学食とか行かないと……いい匂いで、もう我慢できそうにないし。
でも、正直起きたくない気持ちもあって……春先の布団のなかみたいな居心地の良さが……枕が恋しい。
「あっ……あぁっ……ちょっと柊クン、グリグリしないで」
えっ?
一気に意識が覚醒する。
「あ、起きた」
……目が合う。彼女の大きな目と。黒木さんのロングボブが、天幕みたいに降り注いで、暖かな二つの温もりが後頭部を左右からそっと包んで──これ膝枕だ。ど、どうして!? 黒木さんは美少女なんだよ! そんな人の膝枕!?
「──こら、寝直さないの」
現実逃避は許されないらしい。
黒木さんは、制服を着ていたし、僕の両手も自由になっていた。どうやったのか、びしょ濡れだった服もお互い乾いている。
「い、いただいても?」
「一緒に食べようって誘ったの、私だよ?」
魅了は、もう効いていないと思う。なのに、ドキドキが止まらないんだけど。
鼻血を出して倒れた僕を黒木さんが介抱してくれたらしい、女の子座りの膝枕で──もうちょっと味わっていたかった。
「だからね、皇学園にはあやかしの末裔も通っていて、それがD組。正しくは、あやかしの異能が発現した生徒、だね」
「うぇ? 僕も?」
「柊クンには、無かったかなぁ。以前は」
「そうか、以前はなかったかぁ。そうだよなぁ」
黒木さんが作ったおむすび、マジ旨い! なんだこれ、なんかヤバイ薬入ってる!?ってくらい、旨い!
って、夢中になりすぎた。いや、僕は悪くない。旨いおむすびが悪い。
「はっ! 旨くて夢中になりすぎた! ごめん、黒木さん!」
「それは嬉しいんだけど……柊クン、異能が羨ましいの?」
「恥ずかしい話だけど、やっぱり才能とか、特別って憧れるよ」
僕は、確か小学校高学年くらいから一人暮らしだ。時々、家政婦のおばあちゃんは来てくれたけど。だから、基本なんでもこなしてきた。学業や家事は勿論、ご近所付き合いもだし、高校からは生活費も止まったから、バイトもかなり入れていた。だから──
「なんでもこなせる自信はあるよ。でもソコソコなんだ、何もかも。いわゆる器用貧乏で年中暇なし、クリスマスも正月もね。抜きに出たものがない、自信もない、半端者。ずば抜けた才能があれば、もっと楽に生きられるのにって、いつも思ってるよ」
それにしても、おかずも旨すぎないか? 弁当用に調整してるでしょ、冷めても旨いミニハンバーグとか。これも才能だって。可愛くて、美しくて、料理上手とか、神様は不公平だ。
「──柊クンの異能、目覚めさせちゃったんだけど………良かった、嫌われるかもって、思ってたから」
ブロッコリー、茹でただけだろ? なんでこんなに旨──
「えっ?」
「あれ、伝わらなかった? 柊クンを救うためだったけど、異能を目覚めさせたの、私が」
「僕も、実はあやかしの末裔だった?」
「ううん。柊外交官の息子さんだもの。正真正銘、人、だと思うけど」
「うん? 外交官? 柊? ひょっとして親父が外交官?」
──少々お待ちください。
いろんな情報が一気に入ってきたので、一回整理します。
まず、俺の両親は、実は外交官だった。海外勤務が明けて、この堺町であやかしとの交流を深める任務についた。ふむ。
んで、黒木さんの親父さんと家族ぐるみで意気投合して、僕と黒木さんはお互いに婚約者になった。ほう。
夢を操れるサキュバスの黒木さんが、見知らぬ僕を知ろうとして予知夢を見たら、僕が空を飛んでいた、と。なるほどね。
助けるために、お父さんから『因果の種』なる異能の素をいただき、地上に落下した僕に植え付けた。
「因果の種って、それまでの本人の行いと、そのとき本人の一番欲している異能が発現するって聞いたから、そのタイミングなら助けられると思って」
「それで、僕の異能が発現して、一命を取り留めた……のか?」
「うん。凄いね、これだけのことを一瞬で理解するなんて」
「バイトなんてこれの連続だよ? 体のいい奴隷みたいなもんだから」
「……だからかもね。柊クンの異能が治癒だったのって。体ボロボロだったんじゃない?」
「毎日酷使の連続だったよ、正直。工事現場の誘導と、夜間の警備と、テストが被ったときは、死ぬかと思ったし……って、僕の異能は治癒だったの?」
「……多分。怪我がみるみる治ってたから。でも、異能の本質は、本人にしか分からない」
「良く分かんないけど、治ったってことは、再生とかの可能性もあるのかな」
「……海外のあやかしで、ゾンビとかは持ってるかも、その異能」
それは嫌だ、なんだか!
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