何かが始まる時、私は必ずその終わりを想起する。

 初めての告白が成功した日、彼とはどんな別れ方をするのだろう、とぼんやり考えていた。喧嘩別れして、疎遠になるかもしれないと思った。

 ある年の元日、今年もまた昨日のように終わるのだろうかと、なんとも言えない気持ちになった。数カ月後に歳を重ねることに気が付いて絶望した。

 就職先を決めた日、私はどんな理由で退職し、同僚たちにどんな受け止められ方をするのだろう、と思った。まだ入社もしないうちから、転職活動の煩雑さを呪った。

 二十三歳の誕生日、自分はいつどのように死ぬのだろうかと考えて、馬鹿馬鹿しくなった。誕生日ケーキを食べなくなった。


『だから言っただろう』


 私はいつだって、嫌な終わりを想像しながら生きてきた。そうやって寝覚めの悪い結末を予想しておいて、それより良ければ御の字だと思うことにした。


『ふざけんなクソジジイ』


 誰かが私を「暗い」と評し、「まだ若いのに」と宣った。どうでも良かった。期待は己の首を絞めるだけだ。これが私だ。最初から諦めていた方が都合がよいのだ。


『アンタのせいよ』


 けれどもこの世にひとつだけ、私にはどうしても諦められないものがあった。


『どうしてくれんのよ』


 幼い私が照れながら伝えた夢に、母は「じゃあたくさんお歌覚えなくちゃね」と笑った。私は確か、某ヒーローパンの曲を二、三歌ってみせた。


『いい加減にしなさい』

 

 どんなに拙くとも、父は私が歌うことを止めなかった。向けられる笑顔が気恥ずかしくて、父がいる時は決まって少し大人しく歌った。


『俺じゃない』


 作曲がしたいと思わずこぼした昼下がり、兄は一言「すればいいじゃん」と返した。私はその日のうちに作曲ソフトを弄り始めた。


『うるさい』

『うるさい』

『うるさい』


 かつて私の世界だったヘッドホンの内側に、性能の低いノイズキャンセリングを貫いた怒声が響く。


『どうして親兄弟は選べないんだ』

               『うるさい』

      『恥ずかしくないのか』

『うるさい』

     『アンタなんか』

             『うるさい』

  『うるさい』

        『うるさい』

              『うるさい』




              『ガシャン!』





……





……





 もう何年も見ていない家族の笑顔を、私はずっと待ち続けている。

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