第5話 【急募】寝返るはずだった魔王軍をつい壊滅させちゃったときの対処法

 人が寄りつかない険しい渓谷に魔王城はある。

 人の足ではもちろん、馬ですら走破するのに困難を極める土地だが、聖騎士のチカラさえあれば無事に目的地に辿り着くことができる。

 さっそく交渉をと思いきや……俺の話に魔王の部下たちはまったく聞く耳を持たないので、力ずくで城内に侵入を決行。

 なんとか強行突破して魔王の座する部屋まで来れた。


 部屋の中には「俺が魔王です!」と言わんばかりに人間のイメージどおりのおっかない姿をした魔王が、バカデカイ椅子にふんぞり返っていた。

 「よくぞここまで来た聖騎士よ……」とお決まりの文句もスルーして、俺は「かくかくしかじかの理由から魔王軍に入れて欲しい!」と交渉を持ちかけた。

 しかし……


「やっちまった……」


 魔王の部屋でひとり、俺は途方にくれていた。

 なぜって?

 だって……




「勢いで魔王倒しちゃったよ! やっべー!」


 どうしてこうなった。

 俺が悪い?

 うん、そうだね。

 でも、しょうがないじゃないか。

 聖女様の乳を揉みたいという切なる悲願を魔王すらも鼻で笑って『まるで意味がわからんぞ!』とか言うもんだから、思わずプッツンしてしまったのだ。

 気づけば必殺の一撃をたたき込んでしまっていた。


「しかし、魔王っていうわりには随分あっけなかったような……」


 決着は一瞬だった。

 復活して第二形態になる素振りもない。

 まさに見かけ倒しそのもの。

 本当にあんな魔王に、人類は何年間も苦しめられていたのか?


 ……なんにせよ。


「魔王軍との戦いは、これにて人類の勝利で幕を閉じたということか……」


 魔王の部下たちも強行突破の際にほとんど倒してしまった。

 魔王さえいれば蘇生できたのだろうが、もはやそれも望めまい。

 文字どおり、壊滅と言っていいだろう。

 だが……


「それはまずいな……」


 戦いを終わらせて聖女様を聖女の任から解放する。

 それだけなら聖都の決まりに刃向かって魔王を倒せばいい。

 そういう選択肢もとうぜん考えた。

 しかし、それではダメなのだ。

 だって人類の勝利で終わったら……絶対に神官の老害どもが調子にのるじゃん!


 きっと俺の手柄なんて無視して「これも何もかも聖神様と、その加護を受ける聖女様のおかげである!」とかなんとか言って、さらに信者を増やすことに専念するだろう。

 そして、いま以上に聖女様を神格化させて、より不可侵な存在として祭り上げることが容易に想像ができる。

 そんなことになったら、ますます乳を揉むチャンスが遠のいてしまう!


 だからこそ魔王軍に入って、人類の敗北というシナリオが必要だったのだ。

 勝者の特権で好き放題するつもりだったのだ。

 だというのに魔王軍を壊滅させてしまった!

 どうすんべ!?


「まいったなー……ん?」


 所在なさげに部屋をうろうろしていると、宙に浮いている巨大な水晶玉が光を発したのに気づく。

 水晶玉の中には、こことは異なる場所を映し出していた。

 恐らく外敵の接近を知らせる魔道具なのだろう。

 水晶玉には魔王城に向かって進軍する聖騎士の軍勢が映し出されていた!


「げげ!? アイツら来ちゃったのか!?」


 よく見ると《十二聖将》のメンツも勢揃いじゃん!

 まさかアイツらが神官の決まりに刃向かって魔王城を攻めてくるとは!


 困った。

 俺が裏切り者になったことは、あの簡潔かつ完璧な書き置きで周知されているに違いない。

 だが所属する予定だった肝心な魔王軍は壊滅してしまっている。


 いかん。いかんぞ。

 このままでは人類の勝利でハッピーエンド。凱旋コースまっしぐらじゃないか。

 そして俺は単なる裏切り者として捕縛されてしまうだろう。

 そうしたら聖女様の乳を揉むことは二度とできまい!

 それはまずい!


 くっそ! こうなったら覚悟を決めて聖騎士たちと戦うしかない!

 絶対に捕まるものか!

 そう思った矢先、


 ――チカラを貸そうか?


「ん?」


 ふと、脳に直接語りかけるような声が聞こえた。

 引き寄せられるように、ある一点に視線が向く。


「あ、あれは……」


 魔王が座っていた椅子の背後……俺の攻撃によって穴が穿たれた壁の向こう側に何かが光っている。


 それは、剣だった。

 漆黒に輝き、禍々しいオーラを放つ剣が、まるで使い手を待っていたかのように台座に突き刺さっていた。


「……」


 その剣を見ていると、なぜだか「抜かなくてはならない」という気分になってくる。

 意思とは無関係に手を伸ばしてしまう。


 ――そう、手を伸ばすんだ。ぼくには君が必要だ。君にもぼくが必要だ。


 また声が聞こえた。

 その声は剣から発せられているように思えた。


 ――君のような存在をぼくはずっと待っていた。さあ、この窮地を脱したければ、ぼくを握るんだ。


 声に導かれるままに俺は……剣の柄を握った。


「お……おおおおおォォオオォォ!」


 瞬間、漆黒のエネルギーが俺の総身を包み込んだ!


 ――おめでとう選ばれし勇者よ。今日からぼくらは一心同体だ。


 声の主は、まるで無邪気な少女のように、くつくつと笑っていた。


  ◆


 聖騎士たちが魔王城の門前に辿り着き、いざ突貫しようとした矢先――ソレは現れた。


「き、貴様は何者だ!」


 とつじょ門前に立ち塞がった存在に対して、聖騎士のひとりが尋ねた。


 全身を覆う漆黒の鎧。顔は兜に隠されていてわからない。ただ兜の隙間から漏れる赤黒く燃えた眼光は、奮起してやってきた聖騎士たちの心を萎縮させるほどに禍々しかった。

 ひと目見た瞬間、聖騎士たちは理解した。

 ただ者ではないと。


「よく来た聖騎士たちよ。我こそは魔王様の右腕――暗黒騎士、ブラック!」


 くぐもった不吉な声色で漆黒の騎士はそう名乗った。


「暗黒騎士、ブラック……」


「魔王の右腕だと!?」


 聖騎士たちの間に動揺が広がる。

 魔王の右腕……その肩書きだけで眼前の騎士の実力が相当なものであることを告げていた。


「遠くはるばるここまで来てもらってすまないが……お前たちが魔王城に入ることはない。このブラックが貴様ら全員を葬るからだ」


「なんだと!?」


「お、おのれ! なめおって!」


 単騎の相手にここまで言われては歴戦の聖騎士たちも黙ってはいられない。

 各々が未知の敵に対する恐怖を捨て、戦意をむき出しにする。


 その中でも特に鋭い戦意を向ける者がいた。

 フェインの義妹、《十二聖将》のひとりであるシュカ・エスプレソンである。


「貴様! 兄上は……《剣将》フェインをどうした!?」


 その問いに、他の聖騎士たちもハッとした。

 聖都最強の《剣将》、フェイン・エスプレソンがこの場にいない。

 それが意味することは……


 暗黒騎士は一度、不思議そうに首を傾げたが、すぐにまた不気味に笑い出した。


「くくくっ。聖都最強も大したことはないな。ワケのわからん世迷い言を口にするものだから、その場で斬り捨ててくれたわ」


「っ!?」


 聖騎士一堂は息を呑んだ。


「あの程度の相手、魔王様のお手を煩わせるまでもない。ふふふ、安心しろ。すぐに貴様らもヤツと同じ場所に送ってやる」


 聖騎士たちは絶望に陥った。


 負けた?

 あのフェインが?


「な、なんということだ……」


「あのフェイン殿でも勝てない相手だと!?」


「しかもヤツは魔王の右腕……」


「その主である魔王は、どれほどの強さだというんだ!?」


「か、勝てるわけがないっ!」


 聖騎士たちが混乱するのを見て、暗黒騎士ブラックは不敵に笑い続けていた。


 ――計画通り、と。


  ◆


 よしよし、みんな信じ込んでいるな。


 しかしラッキーだった。

 この黒い剣を抜いた瞬間、気づいたらこの黒い甲冑を纏っていた。

 とつぜん姿が変わっていたのは驚いたが……これは利用できると思った。


 このまま素性を隠し《魔王の右腕》という嘘の肩書きを名乗っていれば、ひとまず魔王軍は健在と思わせることができる。

 ついでに聖都の裏切り者である俺は『交渉が決裂して殺された』ということにする。

 この先、自由に行動するためにもそのほうが都合がいいだろう。

 聖騎士たちや聖都そのものを震撼させることにも繋がるしな。

 魔王どころか、その右腕にすら『聖都最強』は敵わなかった。

 その情報に人類はパニックになり、隙が生まれるに違いない。


 そうして俺は予定どおり魔王軍として人類を負かす。

 聖女様を戦利品として頂戴。

 乳を揉む。

 昇天。

 完璧だ。



 まあ魔王城は実質もぬけの殻なわけだし、いずれはこんなハッタリもバレることだろう。

 しかし所詮、聖女様のおっぱいを揉むまで通じればいい虚偽だ。

 目的を成し遂げれば、あとはどうなろうと構わん。

 俺はとにかく乳を揉めればそれでいいんだ!


 ……というわけで。

 このまま俺は暗黒騎士として聖都に向かう!

 フェイン・エスプレソンは死んだ!

 ここにいるのは、おっぱいに命を賭けるただ一匹のオスよ!




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