第2話
小学の頃、両親は共働きで忙しかったため学校がなく毎日家に一人にはできないと、毎年長い休みには親戚の家へと預けられた。両親に寂しさはあれど、自分ではどうすることもできない部分だったし、学年が上がっていくにつれて、聞き分けよくただ首を縦に振って荷物を車に乗せた。毎年訪れる親戚の家は県境を少しまたぐ程度だが、山と川、海の自然がすぐそばにある場所で、特に夏に行けばその自然を最大限満喫することができる。加えて親戚の家には、3つ上の克己君がいて、4つ下に美菜ちゃんがいた。
美菜ちゃんは大人しくて家の中でしか遊ばなかったが、克己君は毎日、大自然に連れまわしてくれた。山や田んぼでカブトムシやバッタを捕まえに行ったり、川で魚を追っかけてオタマジャクシに触れてみたり、少し離れた海まで2人で自転車に乗って走った。その後散々怒られたことは、自転車のライトが光ると時々思い出す。家族と同等以上に優しくしてくれた叔父さん、叔母さん、特に従妹との思い出は深かった。
中学生になってからは、従妹の家に預けられることはなくなったが、それでも年末年始には集まって話す機会はあったし、周りと比べても早くから持たせてもらっていた携帯電話で克己君との連絡を取って、自分から遊びに行くこともあった。特に大きくなると勉強を教えてもらうことが多くなった。克己君は幼い自分でもわかるほどに賢かった。
教えるのが上手なのは分かり易く頭の良さを感じたが、それ以上に好奇心旺盛で部屋は小さな図書館のように棚に揃えられ、背表紙がこちらに向いていた。何冊かは机の上で量を増していたが。幼い頃から長期休みの宿題を教えてもらいながら解いたり、中学や高校のテスト前に勉強を教えてもらうことがよくあって、自分のわからない問題も彼に聞けばいつも解法とその原理が提示されて、理解の機微に触れられていた気がする。
大学生活を自分自身経験してみて今思い返せばあんなにも丁寧に関わってくれる彼に迷惑じゃなかったのかと申し訳なさと尊敬を感じる。そんな彼は今研究発表の真最中だ。内容はsclamp変異体におけるHig、Haspの局在量の変化についてだ。12月に差し掛かり研究は随分と進んでいた。
「sclamp変異体では、やはりHigが残っているのですが、このsclamp変異体におけるHaspのウェスタンブロッティングの結果から、Higが局在していると考えています。」
ウェスタンブロッティングはタンパク質を電気泳動で流し、タンパク質量を定量できるものだ。ゲルの網目をタンパク質が通り抜け小さなものほど遠くまで泳動する。その結果の画像を見て彼は話している。結果としては、sclamp変異体で野生型と比べHaspタンパク質量が減少しているが、その一方で短いタンパク質が増加しているのが見られた。この短いHaspかタンパク質がHigの誘導をしsclamp変異体でもHigが局在しているというのが彼の考えだった。
他のみんなはぞろぞろとセミナー室を出る用意をしていて、若干の疲労をうかがわせた。大学院生の発表ともなれば質問や議論は矢継ぎ早に飛び出し予定より時間がかかるのは当たり前だ。その上まだ帰らずに実験を行う人もいて素早く退出していく人もいる。その人たちと同じように動くが、自分はセミナーが終わりプロジェクターを片付ける彼の元へ歩いた。
「片付けとくよ。克己くんまだやることあるでしょ。」
手際よくパソコンとの線をまとめている彼はこちらを振り返る。
「ありがとう。でも今日は後何もないし。今日久しぶりに晩飯でも食べるか?」
「もう終わりなの珍しいね。昨日買い物行ったしなんか作るよ。」
「やらないといけないことはいくらでもあるけど、どっかで区切らないともたないからな。」
「そっか。」
ありがとうと感謝の言葉をもらいながら淡々と片付ける作業に戻る。今日の発表もずいぶん濃い内容だと思う。研究室の中でも重要かつ難儀な課題なのだ。
Higの局在制御にはHaspが関わっているが、そのHaspの局在制御をしているのがSclampだ。そのSclampが無い状態であれば、Haspが無くなり、Higも局在できなくなるはずなのだが、sclamp変異体ではHigは存在しているのだった。順当に考えればHigは局在できなくなるのが普通なのだがそうならないことは不思議でたまらない。
もちろんそれが現実的に起こっている以上、順当な考えは意味を成さなず、なぜそれが起きているのか原因を探さねばならない。
「もう何回も実験はして、sclamp変異体でHigの局在が見られないことは分かっているんだもんなあ。」
Higが存在する理由はいくつか考えられるだろうが、実験が失敗したということは選択肢からは除外されるだろうと、研究室に配属されて何度か聞いたプログレスレポートで分かっていた。
「今回のウェスタンブロッティングは再現性の確認をするつもりだけど、Higがあるのは堅いね。やっぱり簡単なことじゃないな。」
彼でも困難なことがあるのかと思って、自分自身の研究の不安さが増す。それもそうか、彼が考えたってわからない問題なのに自分だってわかるわけがない。実際教授だって明確な答えは持ち合わせていないのかもしれない。今わかっているヒントだけで答えが導きだせるとは限らないのだ。
「時間ももうそんなにないから、ウェスタンの再現性の確認をして、HaspとSclampの二重変異のHigの局在の確認、Sclamp変異体での局所的な発現の実験がうまくいけばわかるかもしれない。」
「1月末には修論の提出だったっけ。」
「もう少し早いな。今日もまあ休んでる場合じゃないんだろうけど。」
彼は苦笑いを浮かべるが、その弱弱しい笑顔と目の下の影が疲労度をうかがわせた。
「まぁ、休むことも大事だよ。ご飯作るし、寝てていいよ。」
というか、とてもじゃないがもうちょっと頑張ろうなんて言えない。きっとこれは自分以外でもそうだろう。
「よし帰ろうか。」
研究室のプロジェクターをしまっておく黒色のケースからは白いコードがはみ出していた。彼から荷物を強引に奪って、足早に荷物をまとめることにした。
鍋の中で野菜の隙間を沸騰して泡が通り抜けている。出汁と先ほど入れたばかりの豚肉の匂いが寒く乾燥した部屋に湯気と共に溶け込む。半分透明になった白菜を見てそろそろ食べ時だと、気絶するように深く眠っている克己君を起こしに行く。
ひとり暮らし用のワンルームに置かれた小さなソファーに肩身狭く横たわって寝ている。もう何度もあっていて兄弟と何も変わらないような彼は安心してくつろいでいるが、夜ご飯の準備を始めて間もなくして会話が返ってこなくなった。相当疲れているのだろう。起こしてしまうのも気が引けるがこの調子だとご飯もまともに食べていないだろうし、きちんと食べて早く眠るほうがいいと勝手に判断して彼の肩を揺すった。そうすれば寝息は唸り声に変わりぼんやりとした顔で起き上がった。
「おはよう。」
「あー寝てたなあ。おはよう。」
「ご飯できてるよ。早く食べてしっかり休みなよ。」
「ありがとう。」
低い声を発しながら彼は起き上がり、キッチンまで食事の準備を手伝いに来てくれた。
鍋から立ち上がる湯気を見ながら2人でご飯を食べる。
「そういえば、研究テーマは決まったのか?」
「いやまだ決まってないんだ。」
克己君の方がよっぽど忙しいだろうにいつものように気遣ってくれている。自分自身も年内には研究テーマを見つけて計画を立てようとは思っているのだが、上手く自分のしたい研究についてうまくイメージできていなかった。研究室の研究内容が面白くないわけでないけれど、研究したいと思えるほど強い研究テーマは思いつきはしなかった。周りのみんなも同じように研究テーマに悩んでいるのだろうか。
「克己君の研究の手伝いができるような研究テーマとかいいかなって思うけど。いつも克己君にはお世話になっているし。」
「うん。まあ、研究テーマの引継ぎはよくある話だし、助かるけど。自分の興味のある研究はなかったのか?」
気付けば茶碗を置いたままで、ぐつぐつと湯が煮える音だけがする。
「いやあ。睡眠の研究とか面白そうだけど、それより役に立てることしようかなあって感じなんだ。」
「学部生なら年内に研究テーマが決まって動ければ優秀だと思うよ。就職活動だってあるだろ?」
「うん。早期選考に何社か参加できたからうまくいけば、年明けに内定がもらえるかもしれない。まあそれも上手くいけばだし、研究室の方はほとんど何もしてないし。」
「相変わらず自信ないなあ。謙虚はいいけど、自信がないのは何かと損するぞ。」
自信は持てないな。克己君のように勉強ができるわけでもないし、裕也のように話が上手いわけでもない。得意と言えるようなことはないし、仮にあったとしても上には常に上がいるものだ。自分は下位互換にならざるを得ない。
「まあ、そうだね。気を付けるよ。」
息を吐く音が聞こえた。彼は自分の興味のあることに取りくんでいて、大変そうだけれど充実している。自分も克己君のようになれれば、自信が持てたのだろうか。
「明日からまた実験するし、時間あればラボで一緒に教えるよ。自分でしてみたら興味が沸くかもしれない。」
スマートフォンでスケジュールを確認すれば、アルバイトは多少あるものの、ここしばらくは時間も取れそうだった。多少遅くてもどうせ近くなのだ。
「うん。何か手伝えることがあれば手伝うよ。」
少し残った具材はきっと明日の朝ごはんに変わっているだろう。
こんな時間に起きるのはいつぶりだろう。1限の時間に起きることは3回生も後半となった今ほとんどというより全くない。大学院生は大変だなと痛感する。誰よりも早くラボについて誰よりも遅くラボを出る。眠らないことに慣れたのか、克己君は一度自宅へ戻ると早朝に帰っていった。自分はもう一度寝て間に合うぎりぎりの時間のアラームに起こされたけれど。実験についていくとは言ったが、こんな早朝だとは思わなかった。早朝というか2回生ぐらいまでは余裕をもって起きていた時間だったのだが。
少しの後悔と共に起き上がりながら跳ねる髪をごまかした。
朝ごはんはすでに出来上がっていて、鍋の中にうどんが入っており、温め直せばすぐに沸騰した。朝ごはんを食べてしまえば強制的に目が覚めて、時計に追われながら家を出た。
結局大学に着いたのは9時ギリギリで、克己君はすでにパソコンの前でメールを見ていた。
「おはよう。」
既にしっかりと目覚めている彼はもはや会社員のようだ。背筋が伸びたままでパソコンを触る姿はかなり様になる。
ラボには克己君以外に、嘱託職員さんがいて他の学生は4回生の最上さんがいるだけだった。
「こんな時間に来るの初めてだろ。ちょっと先生と話してくるから後で解剖しよう。」
解剖という言葉を聞いて身構えてしまう。白衣は一応おいてあるけれど、荷物もほとんど持たずに来てしまっている。というかあんなに小さいハエを解剖するのかという驚きもある。そんな気持ちも知らないまま彼は教授の部屋に向かっていった。
朝に来たからと言って、ラボの窓はブラインドが掛かっていて時間を感じさせないが、少しだけ空気の冷たさを感じた。配属時に割り振られた自分のデスクへと向かって、隣に座る最上さんと挨拶を交わす。
「おはよう。珍しいね。」
「おはようございます。克己君が実験するからそれを見せてもらうって感じで。」
「そうなんだ。にしても早いけど。まあ、そろそろ研究テーマ決めないといけないもんね。」
つけていたイヤホンを外してこちらに向き直る。いつもは降ろしている肩までの髪を括り、眼鏡をかけなおしていた。
「最上さんはいつもこの時間に来ているんですか?大変ですね。」
「いや、いつもはこの時間じゃないけど、今日は実験があるから。」
実験するのは本当に大変なのだと感じさせられる。最上さんは大学院進学をするらしいし、研究熱心になるのもわかる。
「大変ですね。ご苦労様です。」
研究室にいる人たちは労いの言葉を掛けたくなる人ばかりだ。
それから克己くんが帰ってきたのは1時間後のことだった。思ったよりもディスカッションが膨らんだらしく、周りには先輩がちらほらとラボに来ていた。「すまんすまん」とびっしりと書き込みがされたA4紙を持ち帰ってきた彼とようやく解剖が始まりそうだった。
解剖をするといっても必要なものはピンセットとプレパラートと小さなシャーレだけだ。
「白衣とか着なくて大丈夫なの?」
「薬物を使うわけじゃないし大丈夫」
そういうものなのか。確かに研究室で白衣を着ている人の方が珍しくはある。理系のイメージとは少し離れてはくるが、毎日ずっとは着てられない。実験実習で使ったきりの白衣はタンスにしまったままだった。
ハエ部屋に着くと顕微鏡の前に座った。実験用具を洗い乾燥させられたシャーレには70%濃度のエタノールを注ぐ。
「初めての解剖だから、野生型で練習しよう。」
そう言ってWTとラべリングされたバイアルを取り出した。野生型をワイルドタイプと呼び、何の変異も持たない通常のショウジョウバエのことを指している。これなら失敗をしても問題はなさそうだ。
「これが二酸化炭素麻酔。」
克己君はそう言って細いホースのつながったペンのような物を引っ張った。そのホースの先にはメーターのついたひねりがある装置に繋がっている。
「まずこの弁を縦にすると二酸化炭素が流れて、このひねりで量を調節できる。そしてこの先端のボタンを押すと、先から二酸化炭素が流れるんだ。」
黒いペンの先には銀色の細い筒状になっており、その部分をバイアルのスポンジに差し込み、ボタンを押して二酸化炭素を流し込む。すると激しく動いていたハエはものの数秒で動きが鈍くなり底へと落ちる。
「二酸化炭素麻酔を使うときは換気に注意して使うように。一応この換気扇があるけど、大人数で使うときは注意して。」
「わかった。」
下向きに設置された煙突のような物がどうやら空気の入れ替えをしているらしい。二酸化炭素は空気の中では重いため下に溜まる。それを排出するのがこの換気扇というわけだ。
「じゃあ早速やろう。」
麻酔を注入したバイアルのスポンジをとり、中に転がったハエをシャーレへと移す。黒い粒がエタノールに浮いている。そのうちの1匹をピンセットで摘まみ、スライドガラスの上に置いた。1㎜程度のショウジョウバエはポツンと横たわり、マイクロピペットにチップを取り付け、チューブから吸い取って上から透明の液体を掛けた。この液体は等張液で細胞がつぶれてしまうのを防ぐ役割をしている。
「解剖するにしても見せながらすることはできないから、解剖のやり方をまとめた紙があるんだ。」
先に見せておけばよかったと棚からカラー印刷とラミネートが施された物を取り出して渡される。ショウジョウバエをこれほど鮮明に間近で見ることもない。赤眼の細胞が網目状に作られているのがはっきりとわかる。手足についた毛の一本一本や人間とはまるで違う口の形状、翅の特異性などありとあらゆるところの違和感に鳥肌が反応する。頭に入れなければならないのは解剖手順なのに目がいくのはそういう部分だけだ。するととたんに人間の指が伸びてきて、手順の理解に意識が戻された。
「まずは頭部と胴体を切り離して、頭部を正面に向かせる。そこから口を切り取ってこの図みたいな感じにする。」
指さしの先には突起のない楕円状のシルエットだ。まるで一昔前の戦隊もののライダーに見える。しかしその解剖の続きは仮面を剥ぐような過程で、切り離した口からピンセットを差し込み、外装や目を引きはがして脳を露出させるといった方法だった。人間だったらという想像を始める前にその思考を中断させる。そう今からするのは人間ではなく小さなハエなのだ。解剖の完成形の画像はよくセミナーで写る染色された脳とほとんど同じ形をしている。
「まあやってみよう。」
渡された新品のピンセットをビニールから取り出し先端のキャップを外す。ピンセットの先を手の甲に当ててみれば刺さりはしないものの針と似たような痛みが走って、見た目以上に鋭利であることがよくわかる。顕微鏡の調整を行い、ぼやけていた画面がくっきりと1匹のショウジョウバエを映し出した。先ほど見たラミネートの画像と同じだ。見える視界のほとんどがショウジョウバエになったぐらいでようやくピンセットをスライドガラスの上に置く。鋭い先が明るいライトに照らされてキラキラと細かく光を反射している。その輝きのままにショウジョウバエの胴体と頭部を切断する。
不思議な感覚だ。虫を殺すことはよくあることだ。今年の夏もどんなに蚊を挟んだのかわからない。どんなにスプレーで動きが弱まるまでふりかけたかわからない。そこに不思議な気持ちなど持ち合わせてはいなかったが、今、目の前で虫の頭部が切り取られる瞬間を見て、そして自分がそうしていることに罪悪感が寄り添った。声を出すことさえしないが、目の当たりにすると麻酔が効いているはずなのにハエの脚がピクリと動いた気がした。
顕微鏡から一度目を離して呼吸を整えるともう一度その世界に飛び込んだ。必要になる頭部以外の胴体を視界の外に追いやって頭部を正面に向かせた。ショウジョウバエの赤い眼がこちらを向いて、その中間にある4本ほど飛び出た触覚のような口に横向きにピンセットの先を押し当てた。そしてゆっくりと閉じていたピンセットを開きながら少しずつ口が切れていく。残った部分はギリギリと切断した。順調に進んでいる。そう安心したのもつかの間だった。今度は切り取った口の部分から頭部全体の表皮を取り除かなければいけないのだが、その切り口にピンセットを差し込み引っ張ると無残にも頭部は真二つに割れた。
「失敗した。」
隣で解剖の様子を見ながら準備をしている克己君は少し笑う。
「これから、これから。」
早々に次へと促されて、スライドガラスに乗った亡骸を拭き取った。そしてシャーレから再び一匹乗せて顕微鏡の中央へとセットした。先ほどと同じ手順で解剖をする。首と口を切り取るところまではすんなりとことが進んだ。そして今度は頭を裂いてしまわないようにと力加減を弱めるが、これまた同じようにバラバラに分かれていた。その後もなんども繰り返して脳を取り出そうと試みるが、頭部はぐちゃぐちゃに潰れてばかりで、ようやく裂けずにできたかと思えば、形は手本のような形をしていなかった。
「弘樹。おーい。」
肩に触れられてようやく呼ばれていることに気が付いて、目の前の頭部から離れた。
「もう昼だぞ。そろそろご飯でも食べよう。」
「あぁ。うん。」
顕微鏡から見える世界は限定的でそのほかの情報は一切遮断されるようだった。その場に見える繊細な表皮を取り除くためだけに神経を集中させていた。気づけばもう12時前で知らぬ間に時間が経っていた。微細な力を生み出すために固定された自分の腕は硬直からようやく解放され、呼吸も空気を取り込む容量が大きくなる。集中力を使ったと冷静になり理解すると、自分の空腹にも気が付いた。
なんだか少し甘いものが食べたいかもしれない。そう思いながらその場の片付けを行い食堂へと向かった。
混み合う前の食堂は快適で普段の長蛇の列に並ぶことなくスムーズに昼食にありつけることができる。
「いただきます。」
克己君は午後から実習のティーチングアシスタントとして学部生の実験実習に参加するようで、少し早めに昼食をとることになった。
「解剖どうだった?ずいぶん集中していたけど。」
「難しいね。そもそもピンセットを動かすと液のせいで頭部もすぐ動いちゃうし、やっとつかめても裂いてしまう。」
「確かに力加減は難しいけど。慣れだな。何回もするしかない。」
「そういうものなのか。誰がこんな難しい解剖を始めにやり出したんだろうな。」
明らかに小さくて繊細過ぎる。ショウジョウバエの脳の周りの細胞を剥がして脳を染色し、実験を行うなど普通に生きていれば思いつくことはない。ショウジョウバエは研究の歴史が長いという点も研究に有利だと挙げられたが、何年もかけて最適な解剖の仕方を模索してきたのだろうか。というか、ショウジョウバエで研究をしている人は全員こんなに難しい解剖を行っているという事実に驚きだ。
「昔なんか器具だって揃っていなかっただろうしなあ。」
「そうだね。すごいなあ。」
教習所に通っていた時の、車を運転している全ての人への尊敬を抱いたあの気持ちを今同じように抱いている。
「午後も解剖するのか?」
「うん。そうしようかな。」
「最上が今日実験してるって。見せてもらうのもいいかもしれない。自分のしたいことを探すヒントになるんじゃないか?」
確かに、朝から最上さんは研究室にいた。
「いやでも、僕は克己君の研究の手伝いの方がいいと思うんだけど。」
彼は少し息を吐いてから声を出した。何度かしたこのやり取りにいつもよりも強い反応が返ってくる。
「自分の人生なんだから、自分のしたいことをして生きろ。」
突然真剣な表情でだった。その迫力に言葉を返すことができない。
「弘樹にはいいところがいっぱいあるし、自分の興味あることだってあるはずだ。なのに、したいことじゃなくてしたほうがいいことで選んだりするな。せっかく何でもできる環境があるのに。」
もったいないだろ。と彼は水を口に運んだ。
「自分のしたいことが分からないんだ。克己君みたいにはっきりした人間じゃないし、得意なこともないよ。」
いつも他の誰かが正しくて自分は間違っているような気がする。間違えるくらいなら自分より優秀な誰かに従って生きている方がよっぽどいい。ましてや自分のしたいことなど無いのだ。空っぽな人間が役に立てるのなら十二分だと思う。
はっきりと生まれた時から才能があって、好きなことがあって、努力できる彼になれたらどれほどよかっただろう。
「そんなことないだろ。弘樹は気づいていないだけだ。」
「気づいていないだけって。じゃあ教えてよ。」
いったい自分はどんな人間なのか。そもそもあればという話だが。
「それは自分で気づくことだ。そうじゃないと意味がない。」
少し食って掛かってしまった自分と突き放すような言葉でその場の空気が重くなるのがすぐに分かった。授業があるからと昼食を終えていた彼は先に席を立ち研究室へと戻っていった。ぬるくなった味噌汁を流しこむ様に飲み込むと喉にざらざらとした感覚が残った。
気の重いまま研究室棟に戻ると、やたらと独特な匂いが鼻に着く。静かで白い壁と薄暗さで病院のようだ。部屋にはもう克己君はおらず、席に戻ると最上さんがノートを書いていた。近づけば、こちらに気づいて「お疲れ。」と声を掛けてくれた。
「お疲れ様です。」
「お昼ご飯食べた?この後実験見に来るんだっけ。」
「え、はい。邪魔にならなければぜひ見たいです。」
「克己さんからさっき聞いたよ。全然見てって。」
どうやらもうアポは取られていたらしい。こういう気配りや面倒見の良さは相変わらずだ。きっと今もしているティーチングアシスタントも学生たちをよく見て考えて行動しているのだろう。少し喧嘩のようになってしまって、気まずさがあるがきちんとお礼だけはしなくてはならない。
「実験と言っても今日も大したことしていないんだよね。」
苦笑いを見せては実験内容を軽く教えてくれた。最上さんはHig、Haspの欠損による睡眠の関係を調べている。DAMシステムという機械があり、1本の細い餌つきのチューブに1匹のショウジョウバエを入れ飼育する。そのチューブに赤外線センサーを当て、センサーをハエが横切ると起きているということになる。
「DAMシステムは5分以上の不動状態を睡眠の定義として測る機械なんだ。」
結局寝ているかどうかは分からないけれど、5分以上動いていないことを睡眠として扱うということなのか。
「それってたまたま赤外線を通らないだけで睡眠ってことになりませんか?」
「基本的に調べようがあるわけじゃないんだけど、このWTの解析結果見ると、明期と暗期の境目に特に活動していることが結果からわかる。」
パソコンの画面にはグラフが写っていた。横軸が時間を指し、縦軸が睡眠を行った個体数の割合が記されていて、縦軸は下に行くほど起きている個体が多いということだった。グラフでは特に2つの谷が明らかに見て取れて、そのピークが明期と暗期の境目になっている。
「ショウジョウバエの習性的に明るくなるタイミングと暗くなるタイミングで活動が活発になるとされているから、DAMシステムの解析結果もそれに準じた結果が出ているし、信憑性のある実験方法だと思う。それに解析するのは1匹だけじゃないから偶然ということも考えにくいんじゃないかな。」
なるほど、と分かり易くかつデータに従った根拠のある意見に説得を余儀なくされた。
「それに睡眠は5分以上の不動が定義になっているけど、実際DAMシステムは1分単位で赤外線センサーの反応を記録しているの。」
知れば睡眠を測るために精密に考案されていることがよくわかる。虫の睡眠を測る方法を生み出すなんてとてもじゃないが自分ではできない。
「そして今日はその実験チューブにハエを詰め替えます。とりあえずハエ部屋に行こうか。」
「従妹が研究室にいるっていいよね。気が楽じゃない?」
実験の手順を教えてもらいながら、雑談に話を咲かせていた。
「そうですね。分からないことがあっても聞きやすいですし、克己君は特にいつも面倒見てくれますし。」
「克己さんは世話焼きよね。」
普段から研究室のメンバーから相談されれば必ず時間を空けて話を聞いてくれるし、セミナーでも必ず質問をしたり、発言がしやすい雰囲気にしてくれているようだった。やはり克己君はどこにいても彼らしいのだ。
「すごいですよね。今日は少しだけ喧嘩したんですけど。」
「そうなの?」
めずらしいねと驚きの表情で眼鏡を直す最上さん。
「想像できないな。克己さんが怒るところ。」
「いやそんな喧嘩じゃないですよ。僕が克己君の研究を手伝うような研究テーマにしようと思うって伝えたら、自分のしたいことをしろって言われたんです。」
手の中をグッと狭める。
「そうなんだ。ちょっと難しいよね。自分のしたいこと見つけるのって。」
本当にその通りだと思う。自分のしたいこととは簡単に言うけれど、正直できる自信もなければ、自分が力を注げる深い興味もない。
「最上さんはどうやって研究テーマを決めたんですか。」
「私はね、単純に興味があったからかな。行動性の低下がHigには見られるけど、それは睡眠が少ないからじゃないかなぁって思ったの。人間でも睡眠不足だと行動力が低下するじゃない?」
「確かにそうですね。すごいなあ。そんな研究したいことが思いつくなんて。」
少し照れたようにしながらいやいやと掌をふる。
「でも初めからこのテーマにしようと思ったわけじゃないよ。先輩の研究テーマにも興味があったし。けど、面白そうだから挑戦してみなさいって先生に言われてやってみたって感じだね。」
「そうなんですね。」
なんにしろ自分で興味のあることを考えて実行したことには変わらない。
「森川君はなんでこの研究室に入ったの?」
その質問に後ろめたい気持ちが込み上げる。研究室の研究内容に興味があって配属を選んだという正当な動機の前に自分の理由は並べづらい。
この研究室に配属を決めた理由は、克己君がいたからだ。それよりももっと大きくなれば、大学を選んだ理由もそうだ。自分自身正直したいことが見つからず、自分らしさというものすら理解できていない。だから何が自分に向いているのかわからないで、憧れの姿をお手本として生きていた。
「僕がこの研究室を選んだ理由は、」
少しだけ空気が詰まって、そこから言葉は流れ出る。
「理由は、克己君がいたからです。」
言ってしまってから何か適当な嘘でもつけばよかったと後悔した。研究室を選んだ理由なんて嘘をついたところでほとんどバレないだろうし興味もないだろう。それなのに不純な動機であろうことをそのまま伝えてしまって恥ずかしい気持ちになる。
「それもそうよね。私も身内がいる研究室は候補に挙がるだろうなぁ。」
もっと引かれるだろうと覚悟したが、思ったよりも軽い反応で拍子抜けだった。
「ちょっと引きませんか?」
「いや、見ていたら仲がいいのがわかるし、希望の研究室に入れない人とか、とりあえずで選ぶ人なんてたくさんいるから人それぞれじゃないかな。」
「これが研究したいって最初から明確な目標を持っている人なんてめったにいないでしょ。さっき自分のしたいことが分からないって言ってたけどそれも同じだと思うよ。自分のしたいことを明確にして生きている人のほうが少数で、ほとんどの人が自分のしたいことなんてわかっていまま生きているんじゃないかな。」
「でも最上さんや克己君は自分のしたいことしていませんか?」
「そう見えるだけだよ。私は生物をどんどん学んでいるうちにもっと知りたいと思うようになって大学に入って、研究室でまだわかっていないことを知りたくなって研究して、もっともっと知りたいから大学院に行くつもり。初めからやりたいことなんてないけどやっていくうちに徐々に見つかるものでしょ。それを見つけるのが早いか、遅いかだけなんじゃないかなぁ。もちろん見つけようと思わなければ見つからないかもしれないけど。」
自分よりもずいぶん大人びていてどう考えても一年生まれる時間が早いだけとは思えない。それと同時に彼女の深い知性を感じる。
「最上さん頭いいですよね。」
「そんなことないよ。頭良かったらもっとすごい発見しているかも。」
「やっぱりわからないこととかあるんですか。」
「そうだね。結局hig、hasp変異体の睡眠量は変化せず、一回当たりの睡眠量が減って短い睡眠が増えたことが分かったんだけど、これが活動性の低下を引き起こしているのかどうかは分からないし、そもそもなぜ短い睡眠が増えるのかというのもわかっていないよ。それに克己さんがしている研究のSclampとHigの関係とかラボで分かっていないことについても検討もつかないからね。」
「難しいですね。」
「そう。まあでもこの研究でHigが睡眠に関与するということが分かったし、HigとHaspが似たような睡眠の傾向を行っていることが分かったから、HigとHaspの局在関係がさらに確信が持てるものになったんじゃないかな。」
まずWTとHig変異体を比べた結果、Higが睡眠の長さに関係するということが分かるし、hasp変異体でhig変異体と似たような睡眠傾向を示せば、HaspがなければHigが局在できず、結果的hig変異体と同じ状態が起きているというモデルの根拠になるというわけだ。凄い。素直に十分発見をしていると思った。
「じゃあ、Sclamp変異体とWTは同じような睡眠傾向を示すんですかね。」
頭が熱く回転した気がした。ふと自分の中から飛び出た疑問だった。SclampはHaspの局在制御をしているが、sclamp変異体においてもHigは局在しているということが分かっている。それならば、sclamp変異体ではHigタンパク質が存在しているということになり、睡眠に影響が出ないのではないか。そう説明してしまったが、まだsclamp変異体での睡眠実験はしていないのだと、彼女自身にもわからないことを聞いてしまったと気づいて後悔する。謝罪の言葉が出かける寸前で彼女の声に遮られる。
「確かにそうかもしれない。Sclamp関係はまだまだ実験回数が少なくて信憑性があるかどうかも怪しい段階だし、関係性のヒントになりうるかもしれない。」
面白いよ。と知的に見えた彼女が子供のように目を輝かせていた。
そこに戻ってきたのは克己君だった。実習を終えて白衣を着たまま戻ってきた彼と目が合う。
「お疲れ様、実験ありがとうな。」
「お疲れ様です。大した事見せられていないですけど。」
「いや時間とってくれるだけでありがたいよ。」
自分のことではないのに礼を述べる克己君に慌てて続いた。
「最上さん、色々ありがとうございます。また実験できれば見せてほしいです。手伝えることがあれば手伝いますし。」
「もちろん。」
笑顔で快諾してくれる最上さんには今後もお世話になることだろう。軽く頭を下げて克己君の方に向きなおった。
「克己君この後少し話せる?」
腕時計を一目見てから大丈夫だと彼は頷いた。
研究室の小さな談話室に移動をした。普段は昼食をとる場所として、電子レンジやポッド、時々誰かが持ってきてくれるお菓子が置かれている。引き戸は軽い力で音もなく開く。
「お疲れ様。最上さんに話かけててくれたのありがとう。」
「全然大丈夫。それよりいい時間にできたのか?」
「うん、そのことなんだけど。」
最上さんとのディスカッションの中で疑問に思ったことを彼に伝えてみた。hig変異体とhasp変異体の睡眠が似た傾向を示し、シナプス間隙で起こる現象の裏付けになること、そそこからsclamp変異体ではHigが局在することからWTと同じような睡眠傾向が見られるのではないかという疑問を。
「どう思う?」
「確かに。それはいい視点だと思う。自分で思いついたのか?」
「一応ね。最上さんが言っていたことがSclampにも当てはまるとって考えただけなんだけど。」
「いや凄いよ。それこそ研究テーマに十分なる。自分なりの研究テーマが見つかって良かったな。」
「でもいいのかな。それにできるかどうかもわからない。」
克己君は自分が本格的に研究を進める頃には卒業してしまう。1人で進められるかどうかとても不安だ。
「言っただろ、自分のやりたいことをやれって。自分には何にもないからって言うけど、弘樹はいつも気づいていないだけでいいところがたくさんある。セミナーの時に質問することはないけど、終わったら弘樹なりに考えたことを俺に聞いてきたりするし、いつも他人に思いやりを持って手伝えることを探しているだろ。俺には弘樹はたくさんいい所を持っているように見えるよ。」
自分には自分より優れた誰かがいて、その誰かより劣ってしまっていれば自分の長所と思えることも長所ではないと感じていた。
「ずっと思っていたけど、弘樹は俺みたいになろうとしていただろ。」
不意に突かれた本質に頷くことしかできなかった。そう、ずっと憧れていたのだ。自分の好きなことを探すという概念がないような彼が羨ましかった。迷わず進む彼についていきたかった。ついていけば同じようになれると思っていたから。
「でも弘樹は俺にはなれないよ。確かに弘樹よりも優れているところはあるかもしれないけど、それは逆だってそうだ。俺より弘樹が優れていることだってある。分かるだろ、俺は弘樹にはなれない。誰かより劣っていたって優れていたってそれはその人の個性で、それがあるからこそ、その人自身なんだ。」
「俺と弘樹は違う人間なんだ。俺になる必要はない。だから、やっと気づけたその疑問を大切にしてくれ。」
セミナーでも話を聞いているだけで、自分で質問をしたりということはなかったが、全く疑問に思わないわけではなかった。確かに自分で気づいていなかっただけなのかもしれない、疑問に思っても質問をしなければ一緒だと思っていた。でも質問をしなかったからと言ってその疑問が消えるわけではなく、自分だけがその疑問があることを知っていた。それを無かった事にしていたのは自分自身だったのかもしれない。
「うん。ありがとう。僕なりに頑張ってみるよ。できるかどうかわからないけど。」
「そういうと思った。できることはサポートするし、やれるだけやろう。」
自分に自信のない所も僕なのかもしれない。それを認めれば、僕の輪郭がようやく見えてきた気がした。
教授との面談がちょうど予定されていた。忙しい先輩たちがいる中でわざわざ時間を作ってもらってもいいのかと思う自分と、そんな貴重な時間を無駄にすることのない報告ができそうでよかったと安心できる部分もあった。教授の部屋をノックすれば、返事に応じて部屋に入れば、書籍がびっしりと詰まった本棚に目を取られるのは毎度のことだった。面談用に部屋に置かれた机と椅子でいつもディスカッションを行っているのだろう。教授はリラックスした様子で対面に座ったが、自分はまだ数回しか入ったことのないこの場所に肩に力が入っている。そんな様子を見てか、たわいもない雑談を交えながら気を紛らわしつつも、うまく研究の話へと持ちかえるのは年の功だろうか。
「最近はどうですか、興味のある研究はありますか?」
そう、今日自分はこの話をしに来たのだと思った。最上さんの研究からSclamp変異体で睡眠を研究すれば、野生型と同じような結果が得られるのではないかと疑問に思ったことを話す。その道に携わり続けた人に考えを話すのはどこか、自分が間違ったことを言っていないかと緊張してしまう。返事が返ってくるまでの時間がその気持ちをより高める。目をつむって言葉を頭の中で紐解いている様子にいてもたってもいられず声を掛けてしまう。
「こんな研究テーマでいいんでしょうか。」
目をあけてこちらを見た教授は即座に返事をした。
「小さな疑問こそが研究の始まりですよ。頭の中ではいくつも興味のある事柄が浮かんでいます。それはハエに限らず身近にある日常生活の至る所であったり遠い宇宙の話でも疑問に思う。時には現実には存在しないものかもしれない。
仮にそこで実験してみればどんなデータが現れてどうなるのか推論を立てます。つまり、仮説と実験プランは頭の中に多くあるわけです。後はそれを実行するかどうか。
けれど私の体は一つで実験を行うにも時間という限りがあります。だから選んで実験を行うわけですね?」
思わずうなずいてしまう。ただ聞き入って次の言葉を待っている自分がいた。
「じゃあ何をあなたは選びますかという話ですよ。全てを自分の目でみることはできないかもしれないですが、1つしたいことはなんでしょう。もちろん1つでなくてもいいですが。私たちが選び取って、全てを見ることができないのなら私は私なら目の前の疑問を選びます。ただ今気になったことを追い求めて今までずっと研究をしています。
君はどうですか。君は数ある選択肢の中から自分でこの研究がしたいと選び取ったんです。ただそれだけのことですし、研究とは興味のあることを考えて、実験して探していくのですよ。世の中のまだわからないことを。世界の不思議をただ一つでも多くこの目で見られるように。まぁこれは私の意見です。ただ色んな形の研究があっていいと思います。何か新しい発見をしたい、病気を治せる研究がしたい、お金になる研究をしたいと思う人もいるかもしれませんね。ただ、私たちは実験の背景こそ気にしますが、動機までは気にしません。科学者たちは目の前の疑問にしか目が行きませんから、好きにやればいいのですよ。」
そうか。自分が何をするのかが、一番大事なのだろう。だから克己君は自分のしたいことをすればいいと言うのか。克己君の力になりたいと思うことや、誰かの為になりたいと思うことだってきっと自分のしたいことの一つだ。それを否定することもなく、さらに自分がただ知りたいと思えたこの研究テーマは思っていたよりずっといい研究になりそうだと直感的に思える。
「まずはやってみましょう。何事も話はそれからです。」
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