夢の窓

碧色

夢の窓

男には夢があった。

それはとても高等な夢だった。


物理的に。



男は少年の頃から背が低いのが悩みだった

学生時代は前の席の奴で黒板が見えなかった

満員電車では埋もれ、息も絶え絶え

小さい事だと言うかもしれないが、

男にとってこの積み重ねは酷く屈辱的だった


背の高い

彼らには世界はもっと広く映るのだ。

彼らにしか見えていない世界があるのだ。


そんな少年が夢を持ったのは叔父の家に遊びに行った時だ。

その叔父は何かパッとしない、平凡なサラリーマンといった風貌だった。

早く結婚しろ、と周りから小言を言われ、さらに言えば背も高くない。

しかし、彼は高層マンションの上から5階に住んでいた。

少年は感動した。その"高さ”に。

マンションの窓から下を眺める。

この景色こそが尊いものだ。

あの叔父がとてつもなく羨ましく思えた。

少年の夢は高層マンションの1番上の階に住むことに必然的に決まったのだ。



男はその夢のためだけに生きてきた。学生時代からの友達は一人もいない。職場でも友人と呼べる程の関係は皆無である。


ただ金を稼ぎ、夢に駆けのぼった。



そして、ついに夢が叶った。

男は27階建てのマンションの27階の部屋をローンを組み購入した。

男は"高み”へと至ったのだ。

毎日毎日、"下”を眺めた

しかし、夢とは儚いから夢なのである。


高層マンションの需要の激化、起きるのはそれの乱立。

少しの間に30階以上あるマンションに景色を侵されてしまった。


男は空っぽになった。夢の為に生きた人間から夢を取ってしまうと何も残らない。

呆然としながらスマホを触っていると、とある商品を見つけた。


「夢の窓」である。


それは家の窓に設置することで様々な場所に住んでいるように外の風景を変える、モニターであった。


男は、気がつけば購入ボタンを押していた。


「夢の窓」が設置される。チャンネルを変えることで風景を変えることが出来る。

その風景は実際の風景を生放送しているものだった。時には海の中や砂漠などの変わり種もあった。


チャンネルをひたすら変えていると、とてつもなく高い階層の景色になった。恐らく40階以上の景色だ。

男は涙した。自身の低さに。



ふと、「窓」を再び見ると、さらにチャンネルが切り替わっていた。

景色は1階、平凡な風景である。

寂れた商店街、小学生がはしゃぎながら通り過ぎた。


そして、ある女の人が通った。


男は雷に打たれた。

高いところに居るからでは無い。

人生で夢しか視界になかった男は

当然恋愛もしてこなかった。

その初恋がたった今発生したのだ。


男は夢を更新した。あの女性と付き合いたい。名前を聞きたい。どうすれば良いか。

まずはどこかへ行ってしまう前に追いつかなくては。


男は窓から飛び出した。

恋に押されて。


落っこちた。

恋に、

高層マンションから。

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夢の窓 碧色 @chan828

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