第六十一話:異形と化した司教
関節が複数ある歪な長い腕を振り回し、シヅキを討たんとする『司教』。だが、肉体こそ超常の域にあってもその動きは粗雑極まりない。
身体の形状がヒトのそれから大幅に逸脱しているのを差し引いても、戦闘に対する勘所とでも言えばいいのだろうか、それがまるでなっていない。シヅキも決してその道のプロという訳ではないが、それにしても一目見るだけで分かるほど司教の動きは悪かった。
だがそれも仕方のないことかもしれない。よくよく考えてみれば、むしろカルト教祖に戦いの心得などある方がおかしいというものだろう。
(……ふむ、やっぱりそこまでの強さじゃあない、かな)
乱雑に振り回される関節の多い歪な腕を屈んで避けつつ、シヅキは短剣の刃を
果たして、シヅキの考えは正しかった。勢いよく刃に衝突した司教の腕は、シヅキの腕に強い抵抗を残しつつ半ばから切断された。
切れた腕は慣性に従ってシヅキの斜め後方に飛んでいき、周囲で祈り続ける
「……おっ? これならもうただの雑魚エネミーでは?」
腕の切断に成功し、シヅキはその顔に喜色を浮かべた。司教は見た目こそ異形だが、先ほどの手応えからしてその肉体強度は普通の人間と大差がない。また、刃が当たった部分から綺麗に破断した辺りおそらくはプレイヤーと同じで全身が破壊可能部位だ。
血の剣すら発動していない素の短剣で切断できるほどの柔さと合わされば、
過程すら認識できないほどの再生速度にシヅキは思わず自分の目を疑ったが、しかし、冷静になれば事前に集めた資料に思い当たる節がある。
「……あぁ、『死を超克し、尽きぬ生命力をその身に宿した』だっけ。無限再生系エネミーかぁ、殺すためのギミックは何かな?」
死なない敵とは、その一点だけで本体の弱さを考慮しても尚驚異的な存在といえる。
だが、ゲーム……それも敵側が用いる不死性。それらは得てして、それを解除するための何らかのギミックも同時に用意されているというものだろう。
まさか、
「ふむ……? とはいえそれっぽ、いっ……! ギミックも……見当たらない、なぁ……っ」
再生封じの常道といえば炎や酸、あるいは核となる何かを破壊するなどだろうか。シヅキは振るわれる腕を躱し、切り裂きながらも辺りに目を配るが、どこを見ても肌色の肉しか目に映らない。
炎、あるいは酸────この神殿の明かりは全て肌色の肉に覆われている上、そもそも10m近く上方にあるのだ。ギミックとして利用できるものではないように思える。
背後の扉は既に肌色の肉によって埋め尽くされている。核が別の場所にあるという可能性も除外して良いだろう。
「……何はともあれ、まずは鍵を奪ってからか……なっ!」
シヅキの感覚では、司教の戦闘力自体はそれほど高くはない。だが、戦闘開始直後と比べると、今の動きは若干洗練されてきているように感じられた。
再生能力持ちであることを鑑みれば、おそらく時間が経過するほどに強くなっていくような
シヅキは司教の腕を前方に跳び込むような恰好で躱し、同時に全力で距離を詰める。急な接近に司教が虚を突かれたような動きを見せ、その隙にシヅキは司教の腰にある鍵束をひったくった。
いっそ呆気ないほど簡単に目的の物を手に入れたシヅキ。だが手に入れた鍵束には無数の鍵が付いており、その数はぱっと見ただけでも二十はくだらないように見えた。この中から自らの首輪に合致するたった一つの鍵を見つけねばならないのだ、シヅキは面倒くさそうに顔を顰めた。
「えぇと、どれだろこれ……? うわっ!?」
『貴様……! 贄でありながら神の手から逃れんとするか……!』
『許せぬ、許せぬ、許せぬ……』
『神よ……彼の者の罪を裁く赦しを……』
鍵束を奪った途端、司教が三つの口からばらばらに声を発しだした。発言内容こそ違えど、その声に込められた感情だけは同一のものだった。────神の敵に対する、強い、強い怒り。
その瞬間、ただでさえ長かった司教の腕が更に伸び、その数すら増して暴風のようにシヅキへと殺到してきた。
攻撃としての粗雑さは相変わらずだが、密度が増せばそれだけで脅威度は遥かに増大する。シヅキは必死に避けながら片端から鍵を首輪の穴へ突っ込むが、合致するものは見つからない。
全力で動いて腕を躱し、避けられないものは短剣を振るって防ぐ必要がある。その最中に並行して正解の鍵を探るのは、いくら身軽なシヅキでも中々厳しいものがある。
司教の攻撃は常に一定の密度という訳でもないため、攻撃の薄い隙を見つけては鍵を差し込んでいる。だが、回避に比重を置いている以上その作業は遅々として進まない。
「っ……! あ、これ!! よしやっとスキルが────おぐぇ」
がちゃり。首元からの音を確認したシヅキは、面倒な作業からやっと解放されたことを心から喜び────その隙を突かれ、司教の腕が胴を打ち払う。
シヅキはくの字に折れ曲がったまま吹き飛ばされ、
「い、づっ……ごほっ、げほっ! く、そ………………」
先の一撃で腰骨が砕けたのか、下肢には力がまるで入らない。床でバウンドした際に拙い跳ね方をしたのか、左手首が猛烈な痛みを発し、動かすことがままならない。咳に血が混じっている辺り、内臓まで傷付いている可能性もある。
たったの一撃、それだけで満身創痍。いくら相手が弱いとはいえ、シヅキの肉体強度はそれに輪をかけて低い……ほぼ一般人相応なのだ。首輪の鍵を見つけた程度で気を抜くべきではなかった。だが、今になって言っても最早詮無いこと。
自らに迫りくる司教の姿を確認したシヅキは、ゆっくりと目を閉じ────
その身体を、癒しの光が包み込む。
瞬間。シヅキは跳ね起き、自らへ向けて振るわれた数多の腕を
同時に振るわれたもう一方の刃が伸長し、司教の身体を袈裟懸けに両断──そこへ不可視の刃が三度翻り、司教の身体は五つに分割された。
『ぐおぉっ!?』
「ふぅ、危機一髪。どうにも正攻法だと血の剣を使う隙がなさそうだったからねぇ。丁度都合よくダウンしたことだし、機会はこうやって活用しないと、ね?」
そもそもシヅキが攻撃を受け吹き飛ばされたのは、正解の鍵を見つけて気を抜いたためなのだ。壁に叩き付けられ、落下した時点でシヅキは首輪の束縛から逃れ、全てのスキルの使用が解禁されていた。
故に〈
途中目を閉じたのは司教の油断、あるいはトドメの大振りな攻撃を誘うためであり、決して生存を諦めた訳ではなかった。致命傷ですらない、ただ行動不能になる
肉体を分割されたはずの司教が、シヅキの眼前で元の姿を取り戻した。だが、その歪な顔には紛れもない焦りの表情。身体を分かたれたからか、あるいはシヅキの本来の力を垣間見たからか。
忌々しい枷は失われた。最早自身がこの程度の敵に苦戦する訳もない。
「さぁ、反撃の時間だ……なんてね」
シヅキはにやりと口を歪め、狼狽している司教へ向けて突貫していった。
◇◇◇
首輪を外してから十分後。シヅキは完全に詰んでいた。
「うぅん…………」
五つに別つ……即座に元に戻る。
十に分割……即座に元に戻る。
二十……即座に元に────
「これ……体内に核がある訳でも、見かけ上再生してるだけで攻撃し続ければHPが尽きて死ぬって訳でもないっぽいなぁ……えぇー?」
謎解き要素の解法が分からず、司教の隙の無い不死性を前にしてただただ攻撃を加え行動を阻害することしかできずにいる。
邪神から贈られた不死性である以上は当の邪神を弑してしまえば解除される目算は高い。だが、シヅキが牢を脱し贄が不足したために神の顕現を目的とする儀式は完遂されておらず、肝心の邪神はどこにも居ない。神の座がどこにあるかは知らないが、少なくとも歩いて行ける距離にはないだろう。
だからと言って、召喚のためにシヅキ自身が贄になるのでは本末転倒だ。戦闘に勝つために戦闘に敗北するとは、まるで意味がわからない。
「
司教のエネミーとしての強さは本当に大したことはない。これはシヅキの慢心などではなく、単にこのクエストの設計上自然と
時間経過による多少の強化と鍵奪取時の手数増加を加味しても、その強さは精々が脅威度30のエネミーに及ぶかどうかといったところだろう。
シヅキを苦しめているのはひとえにその不死性だ。これを
「……封じる……封印? …………! あっ、もしかしてそういうこと!?!?」
そのときシヅキに電流走る。
司教をバラバラに解体する手は止めないまま、何かを思いついた様子でシヅキは頭を巡らせて辺りを見回した。
結果、壁際────先ほどシヅキ自身が吹っ飛ばされた辺り────に目的のものを見つけ、シヅキは全力で駆け寄り、床に転がった金属製の輪……『封魔の首輪』を手に取った。
一時的に手を止めたことで司教は再び再生し、異形の腕を振るってくる。だが、それを気にも留めず、シヅキは蛇腹剣を振るい司教を上下に分割。
そのまま再生される度に胴を薙ぎ払い、司教の行動を封じたまま間近まで接近。
そして────司教の首に、封魔の首輪を装着した。
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Tips
『封魔の首輪』
主に戦闘能力の高い罪人に対して用いられる拘束具。
内部に刻み込まれた魔術的な回路により、着用者の身体能力を著しく引き下げ、力の行使を阻害する。
悪用が容易なその性質から既存のものは国によって厳密に管理されているが、教団は
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