第六十話:にくにくしいもの
「『司教は度重なる献身の褒美として大いなる神の肢を与えられ、より高位の存在に昇華した。彼の者は死を超克し、尽きぬ生命力をその身に宿した』ね……。肢の再生の謎は解けたけど…………敵は邪神だけじゃないってことかぁ。もしくはこっちだけ相手にするとかかな?」
その後暫く探索を進めた結果、六つ目──最後の資料を遂に発見した。まだ真新しい紙に書かれ、比較的文字が読めるそれに書いてあったのは、やはりクエストの最後に戦闘が存在することを示唆するような内容だった。
そして、部屋に訪れた見回りをシヅキが適当に殺害して間もなく。急に施設が大きく揺れ、立っていられないほどの地震にシヅキはその場へしゃがみ周囲を窺った。
「おぉぉぉお……!? なになになに、何が起こるの!?」
急に発生した地震は、始まった時と同様に急激に収まっていく。部屋の外でばたばたと人が慌てて走る足音が響くが、それらはいずれも同じ方向に向かっている。そちらで何かあったのだろうか。
「資料全部集めた直後の地震……。あ、もしかしてもう召喚されそうな感じ……? まだ首輪の鍵見つけてないんだけど……ここまで全く見かけないとなると、もう司教が持ってるとかそんな感じかなぁ……。仕方ない、行くしかないか」
足音が向かった先は、例の両開きの扉があった方向だ。おそらくはあの場所こそがこのクエストのトリを飾るボスステージなのではないだろうか。
部屋の入り口からそっと顔を出しシヅキは外を覗いてみたが、辺りからは人の気配が消え去り、がらんとした寒々しい空気が場を満たしていた。
これなら移動に困ることはないだろう。シヅキは部屋から抜け出し、ぽてぽてと目的の場所へ向けて歩いて行った。
◇◇◇
「お、見張りが二人ともいなくなってる。やっぱりここで正解かぁ」
目的の場所──両開きの扉のある通路まで辿り着いたシヅキ。ここまでの道中で
そして、それはこの場においても同様のようだ。扉の左右に張り付いていた二人の見張りはどこにも居ない、これならば入室も容易だろう。
「鍵は~……掛かってないねぇ。……下り階段かぁ。ま、邪教の儀式場と言ったら地下って相場が決まってるよね。なんなら今いるここ自体が既に地下っぽいけど」
扉の先には石造りの下り階段があり、その先は闇に覆われ見渡すことができない。だが、シヅキには闇の中からおどろおどろしい呪文のような声が僅かに聞こえてきた気がした。やはりこの先にこのクエストを締めくくる最終エリアがあるのだろう。
開始地点の牢屋からここまで、シヅキは窓の類を一度も見ていない。
それに、大半が隠れながらの移動であったため正確な距離感覚こそ掴めていないが、それでもシヅキが探索してきた範囲はかなり広い。単一の建物として見た場合、どうやっても相当な規模になるはずだ。
秘密宗教──カルト団体がそんな大規模な建物を利用できるというのも違和感があるし、これまで探索してきたのは全て秘密裏に地下に建造されたものと考えるのが妥当なところだろうか。
「ま、地下だろうが地上だろうがわたしにはさして関係ないけど……。よし、行くかぁ」
シヅキは下り階段を降り始める。すぐに扉の外から降り注ぐ光が途絶え、辺りは闇に包まれた。
〈ライト〉で視界を確保したい状況ではあるが、シヅキは首輪の力によって未だにスキルを使用することができない。アイテムとしても光源のひとつくらいは用意しておくべきだったかもしれないが、今になって後悔したところで後の祭りだ。
暗闇の中、シヅキが面倒そうな顔で目を凝らした途端──再び地震が辺りを揺らした。先ほどのものよりも更に強い縦揺れがシヅキを襲い────
「あばばばば階段でそれはマズっ……わあぁぁあ────」
シヅキは足を踏み外し、闇の中へと転がり落ちていった。
◇◇◇
「ゔぅ……げほっ…………いづっ……。あーもう、演出のタイミングくらい考えてよ……!」
幸いにも、長距離を転落したにもかかわらずシヅキは大きな怪我を負わずに済んでいた。階段の中ほどから終着点にかけて柔らかなクッションのようなものが敷かれていたのもあって、シヅキが負った怪我は本当に僅かだ。
肘や膝の軽い打撲と擦り傷……総合すればほぼ無傷と言ってもよい程度の軽傷だろう。シヅキは回復薬を呷り、その場で傷を癒した。
「……うん? ……カーペットかなにかかと思ったら……これヒトの肉!? うわぁぐにぐにしてるぅ……」
階段の終点はほとんど真っ暗だが、大きな扉の隙間から僅かに漏れ出ている光で多少は周囲が確認できた。
その光を頼りに、シヅキが自らの命を助けた妙な感触をもつ敷物を探ると────なにかぶよぶよとした肌色のモノが目に映った。
まるでヒトの肉体のような……そんなやわらかで厚みのある材質が、扉の向こうから湧き出るように溢れて周囲を覆っている。
シヅキの傷が少なく済んだのは間違いなくこの材質のお陰なのだろうが、すべすべとした人の肌のような手触りはあまりにも気色が悪い。
「邪教の神と言えばやっぱり海産物系かなって思ってたけど……。この様子だとコズミックよりもグロテスク寄りの存在なのかな……?」
だが、これの流出元こそ今から行かねばならぬ場所なのだ。シヅキは顔を顰めながらも立ち上がり、終端の大きな扉へと手を掛けた。
「あーやだやだ、さっさとぶちのめして脱出しよ」
シヅキが力を籠めると、扉はその大きさからは考えられないほど軽やかに動き、内部の様子が徐々に見えてきた。
そこは神を祀り、神へと祈る神殿────隙間なく肌色の材質に覆われ、その本来の様相は塗り潰されていた────だった。閉塞感のあった今までの家屋とは違い、その中は非常に広大だ。身近なもので例えるのなら、サッカーコート辺りが近いだろうか。
縦横だけでなく、高さもある。天井までは目測でもおよそ10mほど、見上げればうすぼんやりと光る肌色の球体がいくつも垂れ下がっていた。元々あった光源が肉に覆われたのだろう。
神殿の左右には一糸纏わぬ姿の人間が多数伏せ、粛々と祈りを捧げている。それらは身体の末端が溶け、床面を覆う肌色の材質と半ば融合しているように見える。
正面には神を象ったと思われるグロテスクな彫像が飾られ、その手前には唯一肉に覆われていない石造りの台があった。
そこにはシヅキと同じ年の頃と思われる少女が五人横たわっている。その胸元には白い短剣が突き刺さり、しかし血は一滴も流れていない。状況から見て彼女達が"贄"だ。
石台の傍らにはこの中で唯一衣服────布の色は肌色だ、何でできているかは考えたくもない────を身に纏った男性がいるが……扉の開く音に反応して振り返ったその顔には瞳が七つ。五本ある長さがばらばらの腕で白い短剣や本、巻物を携え、顔の各部に備えた三つの口からそれぞれ別の祝詞を唱え続けているのを見るに、およそまともな存在とは言い難い。
「わーお、冒涜的ぃ……。まともな人だったらこれ見ただけで精神的なダメージ受けそうだぁ」
『何者だ、貴様……この神聖な場に土足で踏み込むとは……』
『ここは大いなる神へ祈りを捧げる場であるぞ……』
『嗚呼、神よお赦しください……』
シヅキが周囲を眺めながら無造作に神殿へ足を踏み入れると、司教がこちらをねめつけ、その三つある口を開いた。
それぞれの口からは違う言葉が同時に発せられ、ただでさえ歪んだ、エフェクトの掛かったような声が三重に奏でられるせいで非常に聞き取り辛い。シヅキは挑発するように顔を顰めた。
「同時に喋られても聞き取れないんだけど……。あでも、スキルを使うときには割と便利そうだねぇ、それ。見た目が悪いし、なれるとしてもわたしはいらないけど」
『その枷……贄が一人足りぬのは貴様のせいだったのか……』
『なんと愚かしい……神に捧げられるという大義を果たさぬとは……』
『嗚呼、神よお赦しを……』
重なった音から意味のある内容を抜き出すのは難しいが、なにやらシヅキのことについて言っているような気がする。
司教が話している最中、その七つある目のうちいくつかの視線がその腰の辺りに動いたのをシヅキは鋭敏に察知した。
見れば、司教の右腰にきらりと光る何かがある。あれは────
「あっ鍵束!! よかった~、見落とした訳じゃなくって……」
最後の目的である首輪の鍵……らしきものを発見し、シヅキは大きく息を吐いた。
このあからさまなラストステージに至って尚、首輪の解除には至っていなかったのだ。もしこの場で鍵が見つからなければ、シヅキは自らの力を縛ったまま敵の親玉の前へ姿を現した特級の間抜けになってしまうところだった。
司教が首輪の鍵を持っている以上、司教の強さは首輪の制限を前提とした調整となっているはずだ。プレイヤーの中でも上位に位置する人間性能を持っているシヅキなら、決して敵わない相手ではないだろう。
『まあよい……結果的にはこの場に六の無垢なる魂が揃ったのだ……』
『貴様を誅し、最後の贄としてくれようぞ……』
『嗚呼、嗚呼、救済を……』
「……うーん、やっぱりいまいち聞き取れないなぁ……。でもまぁ、この見た目で倒しちゃダメな敵ってこたないでしょ。〈血の剣〉ぃ~、は、使えないんだった。ま、ステとスキル縛り前提の敵なんだし……わたしなら余裕か、なっ!」
五本の腕を不規則に動かしながら、司教はシヅキへ近寄ってくる。それに対し、シヅキは特に身構えることもなく、ゆるりと自然な動きで腰から短剣を引き抜き司教へと飛び掛かった。
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Tips
『肌色の肉』
液体化した人体。神の権能によって生じたもの。
人体が液化する際には非常に強い快楽を伴い、また液化によってどれだけ変形しようとも人体の生命維持に問題は生じないようになっている。
司教の増加した部位はこれを応用し生成された。神の一部をその身に取り込むことによって、指向性を持った変形を可能としている。
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