◇第五十六話:隠密行動が苦手すぎる女

「お邪魔しま~す……」


 教団の一室。木製の扉が僅かに軋みながら開き、少女が屈んだままこそこそと部屋の中へ入ってきた。

 少女──シヅキの索敵故意の音出しを兼ねた小声の発言を聞き咎める者はいない。どうやらこの部屋は無人のようだ。


「ふむ、机と棚……地下教団って割には装飾性に欠ける部屋だねぇ。居住区画なのかな。えぇと……」


 机の上には古びた雑多な道具が置かれているが、シヅキの探している、資料や鍵の類は見当たらない。軽く見回ってそれを確認したシヅキは壁際に据え付けられている棚へと目を向け、そして思わず自らの目を擦った。


「……うん? なんか……光ってる?」


 沢山の引き出しのある大きな棚のうち、2か所の取っ手だけがぼんやりと光っているように見える。見る角度を変えてみてもそれは変わらない。どうやら目の錯覚や反射光などではなく、実際に取っ手が発光しているらしい。


「ここを調べろってことかな? ……お、紙だ」


 シヅキは無警戒に光る取っ手を掴み、引き出しを開けた。中には日焼けした紙が数枚入っており、いずれもびっしりと文字が書きこまれている。

 引き出しから取り出そうとシヅキが紙に触れた瞬間、視界に"資料を転写する 1/7"の表記が浮かんだ。これが目的の資料のようだ。


「……なんて書いてあるのかな、フレーバーかな? ……ふむふむ」


 文字はところどころ塗り潰されている上にかなり掠れており、ほとんどは読むことができない。だが、少しだけ読める部分が残っていた。

『■月■日:大い  神 ■人の 贄 捧げ  果、肢一つの 界に成 』

『次の儀式  より規 を 大』


「えぇと……。大いなる神に複数人の生贄を捧げて……肢?の顕界に成功……次は規模を拡大、かな? うーん、邪教!」


 事前の説明では新興の宗教系地下組織と表現されていたが、やっていることは典型的なファンタジーカルトのそれだ。

 まぁ、ファンタジー世界観の作品に出てくる宗教団体なのだ。況や地下組織、これはもう邪教でないパターンの方が珍しいくらいだろう。


「さて、もう一方の引き出しは~……こっちも資料かぁ。ざんね~ん」


 こちらの紙には『贄の不足が発生し、それを補うため人攫い行為を行うことにした』という記述。やはりろくでもない組織だ。


 光っている引き出しは全て確認したが、棚には他にも引き出しがある。シヅキはそれらを試しに引っ張ってみたが、全く動く様子がない。

 どうやらクエストに無関係な部分についてはそもそも開けることすらできないようになっているらしい。細かいところで妙に親切な設計をしている。

 おそらく、クエスト進行に必要なものには何らかの目立つ仕掛けが為されているのだろう。部屋の中をざっと確認するだけで良く、徹底的な捜索は不要となっているのではないだろうか。そうであるならば今後の探索は多少楽が出来そうだ。


「ふむ……この部屋はこれで終わりかな? 次いこ次」


 これでこの部屋の中はおおよそ片が付いただろう、シヅキは部屋を出て、次の場所へと向かうことにした。



    ◇◇◇


『そこで何をしている!』


「あっしまった、別の奴がいたのか……あででで」


 底のない樽を被り、巡回者の目を躱しつつ進むシヅキ。

 前方から歩いてきた男をやり過ごし、先へ進むために被っていた樽を持ち上げた瞬間、背後から近づいていた別の巡回者に発見されてしまった。


『贄め、逃げ出すとは……! こちらへ来い! 罰を与える!』


「……おん? 台詞が…………わっ!?」


 今までのものとは微妙に違う見回りの台詞にシヅキが違和感を抱くが、確認するまでもなく場面転換が起こる。


 次にシヅキの目に映ったのは、今までと同じスタート地点の牢屋────だが、以前までとはシヅキ自身の状況が違った。

 手錠を繋ぐ鎖が天井から垂れ下がるフックで引き上げられ、爪先立ちを強要される非常にきつい姿勢。先ほどまで身に纏っていた粗末な衣服は無く、シヅキの起伏の無い身体が剥き出しになっていた。

 そして、眼前には筋骨隆々の大男。その表情は麻袋によって覆い隠され伺い知ることができない。


「おおぉ、この姿勢辛い……! というか何? もしかして早速例のオプションの効果が────あ゙っ!?」


 危機的な状況にもかかわらず喋るのを止めないシヅキの滑らかな腹部に、男の太い腕が突き刺さる。衝撃でシヅキの身体が後ろに流れ、そして鎖に引かれ元の位置に戻っていく。

 それを待ち構えていたかのように、再び男の拳が腹部へ向けて繰り出される。

 まるでサンドバッグのように扱われるシヅキ。だがその顔には、まだ多少の余裕があった。


「おぶっ……あでもこれ吊られてるから衝撃逃げて思ったほど痛くは────ごふっ」


 殴打、殴打、殴打。巡回役と同じように、こちらの男も機械的な反復動作によってただひたすらにシヅキの腹部へ拳を打ち込み続ける。だが、シヅキは腕こそ吊り下げられていても、それ以外の部分は特に拘束されている訳ではない。

 ゆえに男の拳打に合わせ、腕を支点に跳ぶように背後へ身を引けば威力の大半を逃がすことが可能だった。


「つまんなーい! ぶぇっ、こんなんじゃ大した罰にんぐっ、なってないよ~。ふっ」


 だが、結局シヅキの願う強い痛苦がもたらされることはなかった。十度ほどの打撃を受けた時点で再び場面転換が起こり、男の姿は跡形もなく消え去ってしまったのだ。


「……え、終わり?嘘でしょ? …………うぅん、期待外れだなぁ。裸にひん剥かれて殴られるっていうところまでは良かったのに」


 仕置きとしてはあまりにもお粗末だ。贄として使うためにシヅキを攫った以上殺すのはまずいということなのだろうが、それでも罰と言うなら四肢の一つくらい折るべきだろうに。

 シヅキは落胆の表情を隠しもせず、やる気なさげに棚へと登り再び資料探しに赴いていった。



    ◇◇◇


「えぇと……これで四枚目かな? うーん、資料はともかく鍵や装備は全然見当たらないなぁ」


 その後シヅキは順調に探索を進め、二つの部屋でそれぞれ一枚ずつ資料を発見することに成功していた。

 そこに書かれた内容は、要約すると『大いなる神は沢山の肢を持っている』『偶然贄が持っていた聖なる力を宿す装飾品に、召喚された神の肢が非常に過敏に反応した』というものだった。

 やはりこのクエストの最後には召喚された何かと戦うことになるのだろう、これはきっと、その存在の弱点となるものを示唆している。


「……弱点属性が分かったところで、わたしは聖属性の攻撃手段なんて持って……ああいや、魔杖ふぉーるんが聖属性だっけ? 赤き鮮烈なる死レッドラッドデッド中のHP回復量にナーフ入っちゃったし、今後は回復優先であれと蜥蜴丸の二刀流に────」


『そこで何をしている!』


 そのとき、部屋の入り口となる唯一の扉が軋みながら開き、見回りの男が部屋の中へと入ってきた。

 そしてそのまま発見時の定型文を口にし、シヅキは逃げる間もなく取り押さえられてしまう。


「おわっ部屋の中にまで巡回してくるの!? だんだん難易度が上がってきたなぁ……」


『贄め、逃げ出すとは……! こちらへ来い! 罰を与える!』


「はいはいはい、サンドバッグの刑ね~。……うん?」


 場面転換が起こり、最早見慣れたスタート地点の牢屋へと移る。前回と同じようにシヅキの衣服は剥かれ、両腕が吊り下げられ、眼前には大男、そして背後には壁。


 ……背後に壁?


「あっこれさっきと違う! お腹押し出す土台まであるし!」


 背後の壁、シヅキの腰の辺りの位置には樽を縦に切ったものを横向きにして切断面で張り付けたような、そんななんとも表現し難い半円の土台のようなものが設置されていた。

 両腕は土台の上の壁際に吊られている。必然、シヅキの恰好は土台に腰を押され、腹部を突き出す形となっていて────


「この状況だと衝撃が全部お腹に────ゔ、ぉっ……」


 突き出された白い腹部、その中央へ一切の容赦なく男の腕が叩き込まれた。拳が半ばまで埋まり、背後の土台が軋むほどの一撃。シヅキの薄い腹筋ではなんの防御にもならず、内臓を圧し潰されくぐもった悲鳴を漏らした。


「ごほっ……これ、きっつ────ぎぁっ!?」


 男が再び拳を振り被り、それを見たシヅキは腹筋に力を籠め身構える。だが、次に男が狙いを定めたのは初撃より位置の下がった下腹部付近。予想外の場所から来た鋭い痛みにシヅキは思わず身を丸め、足が宙に浮く。


「~~~っ!!」


 足が地面から離れ、踏ん張りが利かなくなった瞬間、狙いすましたかのような追撃が突き込まれる。フックが鳩尾に突き刺さり、シヅキは声もなく悶絶する。


「……ゔっ! ……あ゙ぁっ! っ……ぅ、ごぽっ…………」


 続く三度の殴打。絶え間ない激痛と、内臓を圧される言いようのない不快感。それに重ねて臍上への攻撃により胃を潰され────遂にシヅキは決壊した。

 吐瀉物が口から漏れ出て、剥き出しの裸体を伝い足元へと垂れていく。


 だが、機械的な動きを取るだけの存在お仕置きギミックである男にとって、相手が今どのような状況にあるかなど一切関係はない。手に吐瀉物が付着するのも気にせず、唯々拳を振るい続ける。


「も゙っ! ……やえ゙ぇっ! げぽっ……ごぶっ!?」


 殴られながらのシヅキの懇願も一顧だにせず、ひたすら腹部を殴打する。胃を潰されたシヅキは再び嘔吐するが、その最中にも拳が刺さり胃液を噴出させられる。

 シヅキの白い腹部は紫色に変色し、端正な顔は吐瀉物や唾液、涙に塗れてどろどろになっている。だが、それでも責めは終わらない。


「ごほっ……ん゙っ! ぶっ! っ!……けぽっ」


 シヅキが解放されたのは、ここから更に三十分ほど後のこと。殴打され続けたシヅキが失神するまで絶えず責め苦は続いていた。


──────────

Tips

『お仕置きモード』

 『資料の持ち出し』『巡回者の殺害』『度重なる捕縛』など、クエストの趣旨を理解していない行動をとった場合にお仕置きとなる加害行為が行われるモード。

 加害行為の内容は対象の痛覚反映度と違反度合いによって決定されるが、痛覚反映度が9%以下の場合そもそもこのモードには移行しない。

 『度重なる捕縛』の場合意図せず満たす可能性もあるため違反度合いとしては低めだが、捕縛回数に応じて違反としての評価点数が上昇する。

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