第五十五話:潜入、隠密、地下教団
窓の無い部屋、一面が壁の代わりに鉄格子になっている……古びた牢屋の中でシヅキは一人考えに耽っていた。
NPCに誘拐され、暗転が明けたときにはシヅキは既にこの場に移動していた。武装解除がされたという表現のためか、装備は使用や変更が不能になっており、シヅキが身に纏っている衣服は布の目が粗い低質な貫頭衣に変わっていた。丈が微妙に足りておらず、白い太腿が大胆に露出している。
そして──両手には手錠、首には厚みのある金属製の首輪。最初に目にしたときは拘束具か何かかと考えたが、それにしては縛りとして緩い。手錠を繋ぐ鎖は肩幅ほどの長さでそれなりに余裕があり、首輪に至ってはどこにも繋がれてもいない。10センチほどの短い鎖が首輪の正面、喉の部分から垂れているだけだ。
だが、シヅキが装備の変更を試しているうちに、偶然この首輪の効果が判明した。装飾品欄に『封魔の首輪』という見慣れない文字列があり、そこから具体的な性能が閲覧できたのだ。
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封魔の首輪
装備アイテム(装飾)(等級:Ⅴ)
効果:HPとMPを除いた全てのステータス-80%(最終計算後に乗算)
装備中、全てのスキルの使用が不可能になり、スキルの効果が無効化される
※解錠されていない場合、この装備を外すことはできません
トレード不能
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「うぅん……この補足表記からして、資料漁りつつ鍵も探すことになるのかな?」
シヅキが視界内の片隅に表示されているクエストアイコンに意識を向けると、このクエストで行うべき工程のリストが展開された。
そこには、『資料を転写する 0/6』『拘束具の鍵を手に入れる 0/2』『奪われた装備を取り戻す 0/1』『儀式の実態を目撃する 0/1』の表記。やはり鍵探しも工程の内に入っているらしい。
「隠れながら十個の目標を達成して脱出? なかなか大変そうだぁ。流石はクエストの前提として
牢屋の中を漁り、青髪の店主が言っていた脱出口を探しながらも一人ぶつぶつと独り言を呟き続けるシヅキ。
ふと、自分の発言したことに違和感を抱いた。……そうだ、このクエストは受注するのに
だが、現状はスキルを封じられた上でステータスを大幅に引き下げられ、挙句の果てに両手は手錠で繋がれている。これではどんなビルドであっても関係なく、およそ戦闘行為というものはできようもない。
状況からみて、おそらくは戦うのではなく隠れながら探索を進めるクエストなのだろうが……それでは前提条件とはまるで噛み合わない。
「……あー、わかっちゃったかも。工程に『儀式の目撃』ってあるし、これ儀式によって何かやばめの敵が召喚されてそのまんま戦闘に突入するパターンでは? 先に首輪と手錠外さないと詰む感じのやつ」
これは前提条件と提示されている情報からの推測でしかなく、現状において確証となるものはなにひとつない。だが、あながち的外れな推理という訳でもないはずだ。
それに、予想が外れていたとしても何か損をするという訳でもない。戦闘がないのならば単にそのまま脱出してクエストを終えればいいだけだ。
「そうと決まれば~……鍵と装備探しを最優先にして探索だねぇ。まぁ現状ヒントなんてないし、どちらにしろ資料集めと並行してやることになるだろうけど」
考察を行いながらも脱出口を探し続けていたシヅキは、壁際に固定された棚の上部、なにかの粉が満載になった壺をどかした裏の壁に、這いつくばればなんとか入れそうな程度の狭い穴を見つけた。穴の先は隣の部屋に繋がっている、おそらくはこれが抜け穴だろう。
「棚の上って……なんかどっかで見たことあるな。まいいや、さー、スニーキングミッションの時間だ!」
◇◇◇
「ほーん……? だいぶ機械的な巡回だぁ。まさにステージギミックって感じ」
何故か窓が一つもない、薄暗い屋内。ランタンを携えた男がぐるぐると同じところを巡回しているのを、シヅキは曲がり角に隠れ観察していた。
男の動きに人間味はなく、如何にも『ゲーム的』な動作だ。それだけを見るなら出し抜くのは容易に思えたが、男の巡回している場所に問題がある。そこは一本道の長い廊下であり、隠れられる場所などは一切見当たらない。
そこを往復する形でひたすらに巡回されてしまっては、気付かれずにすり抜けるのは非常に難しいのではないだろうか。
『……ん? なんの音だ?』
「あやっばやっば、声……っていうか音かな? にも反応するんだ。これは相当抜けるのに難儀するなぁ……。とりあえず一時退散…………」
巡回者についての考えをシヅキが口にして考えを纏めていると、こちらに背を向ける形で歩いていた巡回の男が怪訝な声を上げながらも振り向いた。
NPCとして考えれば当然の反応ではあるのだが、巡回者は視覚だけでなく聴覚でもこちらのことを探知してくるらしい。これでは巡回者の背後にぴったりとくっついて廊下を抜けるのも難しいだろう。
巡回者がこちらへ向けて歩いてきたのを確認し、シヅキはゆっくりと後退し、視界外へと逃れて巡回者をやり過ごした。
「うぅん……めんどくさいなこれ。一般NPCがそんな強いとも思えないし、次こっち来たら手錠の鎖で絞め落としてみようかな?」
『……ん? なんの音だ?』
再びシヅキの声に反応し、巡回者が曲がり角へ向けて歩いてくる。不審な音を二度も聞いた割には、反応は一回目と変わらない。やはり機械的な……ギミックらしい動きだ。
シヅキは先ほどと同様に、確認に来た男を後退してやり過ごす。だが、今回はそれだけでは終わらない。男が踵を返した途端無音で歩み寄り、背後から一気呵成に飛び掛かろうと────
『そこで何をしている!』
「わぁっ!?」
シヅキが巡回者の至近に踏み込んだ途端に眼前へと眩い光が掲げられ、シヅキはたまらず怯んでしまった。その光源とは巡回者の持っていたランタンだったが、暗さに慣れた目に光が焼き付き、視界がほとんど効いていないシヅキには判別ができない。
かろうじて男のあげた怒声は聞こえたため自身が発見されたことには気づけたが、視界が潰されていては対処のしようがない。
自身は全くと言っていいほど音を立ててはいなかったはずだ、どうやって背後からの接近を感知したのか──シヅキの思考に疑念が生じ、その分だけ対応するための動作の起こりは遅れる。
それでも咄嗟にシヅキは踵を返し、逃走をしようとして────背後から押され、床へと押し倒された。
「ぐっ……!」
『贄め、逃げ出すとは……! こちらへ来い!』
「離し……あれっ、暗転? ……捕まった時点でアウトかぁ」
男に取り押さえられ、それでもシヅキは抵抗を試みたが……その瞬間、光に焼けたはずの視界は真っ暗に暗転した。これは場面転換のサインだ、つまりは捕縛された時点で隠密は失敗という扱いなのだろう。
間もなく暗転が明け、シヅキの視界に映ったのは────スタート地点である牢屋だった。
「……あれ?」
思わず周囲を見回すが、先ほどまでシヅキを取り押さえていた見回りの男はどこにも居ない。……どうやらただ単に元の場所に戻されただけのようだ。
「えー、期待はず……ごほん。…………罰則がないならトライ&エラーでなんとかなりそうかな? んじゃ次行ってみよー」
◇◇◇
『そこで何をしている!』
「あー、あんまり近いと音とか関係なく気付かれ──あだっ」
◇◇◇
『そこで何をしている!』
「よっ、ほっそれっ! あっ動き早──いだだだ!」
◇◇◇
『そこで何をしている!』
「巡回の端で回るのに合わせてすれ違うのもダメぇ!? じゃあもう無理じゃ──あいったい!」
◇◇◇
「キレそう」
都合四回の捕縛。設計を見切るためとはいえ、一々捕まっては牢屋の狭い抜け穴を使って抜け出し、見回りのいる廊下まで向かうのを何度も繰り返すのはかなり面倒だ。端的に言って、シヅキはフラストレーションが溜まっていた。
だが、苛ついていたところで解決されるような問題ではない。シヅキはひとつ息を吐いて、自らの怒りを抑え込んだ。
「こうなるともう、取れる手段は限られてくるんだけど……。これ、最初に見た時にほんの少しだけ脳裏を過りはしたけど……流石に違うよね? ね?」
最早定位置と化した曲がり角、そこにあるとある物体。
シヅキが最初に訪れた段階でその存在は認識していたが、あまりの違和感に逆にスルーすることにしていたそれ──木製の大きな樽。
まさか、まさかとは思うが────これなのか?
いくらなんでもそれはないだろう、そう考えつつもシヅキは樽を持ち上げ──底のない、本来の樽としての用途を到底満たせそうにないその特異な形状を認識し、シヅキは膝から崩れ落ちた。
『……ん? なんの音だ?』
「……」
音に反応した巡回者が此方へとやってくる。シヅキは無言で屈みこむと、転がっている樽を持ち上げ頭から被った。樽はそれなりに大きく、シヅキの全身が余裕をもって収まるサイズだ。外から見ればただの樽にしか見えないだろう。
『……?』
────そして、樽のすぐ目の前まで来た見回りの男は、位置の変わっている樽には目もくれずにしばらく辺りを見回した後、踵を返し本来の巡回範囲へと戻っていった。
「えぇ……」
つまり、このクエストは樽に隠れながら進むのが正規手段なのだ。……なんだそれは。巡回者の目は節穴なのか。
「不自然なオブジェクトって時点でまず最初に試すべきだったかぁ~……。はぁ、まいいや。さっさと鍵探しに行こう……」
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Tips
『クエスト:謎の地下教団の秘密を探れ!』
巡回者の目を躱しながら教団の内部資料を集めるのが目的となる。推奨PT人数:1人、脅威度:50~250。
クリアによって『装飾品製作依頼』システムが解禁され、プレイヤーの製作スキルでは作成が不可能な上位の装飾品類が作れるようになる。
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