第五十四話:魔族の角は存在を忘れられました

「うーん、実際今すぐイベントやるって気分でもないんだよねぇ……。レイドイベント多人数参加型の戦闘って、わたしの目的とは全く噛み合ってないし……」


 『絶望的な痛苦を味わいたい』というシヅキの目的は、UGRを始めてから今に至るまでで一貫した最大目標だ。

 純粋にゲームを楽しむ気持ちも多少はあるためそれだけが行動原理とまでは言わないが、それでもシヅキのプレイ方針は基本的にこの目的に殉じている。

 そしてUGRのエネミーは敗者に対して容赦のない追撃を行うAIが搭載されているが、以前のPTプレイの経験から見て、他者が介在した場合はそちらとの戦いを優先して行うようになっている。

 そうである以上、痛苦惨たらしい追撃を望むシヅキにとって他プレイヤーの存在は基本的に障害……邪魔者でしかないのだ。

 実際のイベント形式やエネミーの形状どんな痛苦を得られそうかを確認するまでは確かなことは言えないが、少なくとも、シヅキが進んでレイドイベントに参加することはないだろう。


「PvPイベントの方に追加された遺物とかいうやつはちょっと気になるけど……対人戦ならいつでもできる訳だし、これも後回しかな」


 アップデートに伴い、バレンタインイベントにも更新が入ったらしい。チョコレートと交換可能な報酬に『遺物』────ver1.10アップデートの目玉システムのひとつ────が追加されたとのことだ。

 『遺物』はランダムな内容・強度の効果を持ち、武器に装着することで記載された効果を発揮する……他のゲームで言う『ジェム』や『ソケット』に類するシステムらしい。

 とはいえ、少なくとも交換可能な遺物の効果を見るに、遺物が戦力に与える影響はそこまで大きなものではない。全力で厳選を重ねてやっと1割変わるかどうかといったところだろう。

 その程度なら、装備を更新するなり新たなスキルを覚えるなりした方がよほど強化に繋がる。故に今すぐ急いでやるほどのことでもない。


「スカーレッドにリベンジするって気分でもなくなっちゃったなぁ。ナーフ弱体化調整された分の強さを取り戻すまでは別のことを……ふむ? そういえばあの雑貨店の店主が『魔族ニェラシェラを倒せるようになったら特別な仕事を斡旋する』って言ってたっけ? ……よし、たぶんクエストフラグは満たしたはずだし、一回確認に行ってみようかな」



    ◇◇◇


『あぁ、よく来たね。歓迎するよ、お客様? ……ふむ。ヒトにしては色濃い赤き力、ヒトらしい青も備えているけれどその割には紫がほとんどない? …………つまりはまだ魔族ニェラシェラを倒したばかりといったところかな』


 クレコンテッタ中央通り、『赤杖雑貨店』。久方ぶりに訪れたシヅキを出迎えるのは以前と同じ女店主。相変わらず本からは目を離さず、以前と同じ来店を歓迎する台詞を発した。

 だが今回はそれに続き、店主が顔を上げ、シヅキを見ながら何かを呟き始めた。特徴的な赤青の双色眼がシヅキをまっすぐに射抜いている。


「あ~……? 意味深なセリフ……脳内魔力回路サイレンスコールの説明文に書いてあった情報未解禁とかいうのに関わる話かな? 赤と青に紫……ナントカ色権能ってスキルが赤以外にも複数あるってこと?」


『……いや、なに。先ほどのことは失言だ、聞かなかったことにして欲しい。……あの力は誰かに教導されて得た場合、著しく質が劣化するからね。きみが自分の力で掴み取ることを祈っているよ』


 シヅキが問いかけると、青髪の店主は曖昧に濁して話を断ち切った。先ほどの呟きは考えあってのものではなく、思わず口をついて出たということなのだろう。


「思わせぶりなこと言うだけ言って詳細はぼかすやつだぁ。まぁ理由がちゃんとある分マシだけど……。で、魔族ニェラシェラ倒したら特別な依頼があるって言ってなかった?」


『あぁ、そうだね。依頼だったか、今は……そうだな、これがいいか』


 青髪の店主は真横にある机の引き出しをごそごそと漁り、その中から一巻ひとまきの書物を取り出しシヅキへ投げ渡してきた。シヅキは早速封蝋を剥いで紐を解き、中身に目を通す。どうやらこれは依頼書のようだ。


「なになに……? ふんふん、教団の内偵? 潜入による内部調査……わぁ、いかにも特殊なクエストって感じ。……ところでこれ、依頼書の割にはやるべきことしか書いてないけど……報酬は?」


 依頼書の内容、それは『新興の宗教系地下組織に潜入し、内部で行われている儀式の実態を調べて欲しい』というものだった。だが、依頼書の体裁を取っている割に、依頼主や報酬の欄は黒く塗り潰されている。これはいったいどういうことだろう。


『これは元々私へ向けて送られてきた依頼なんだけれど、どうにも性に合わなくてね。だからといって、私を名指しした依頼である以上は適当なヒトに投げて失敗されるのも困る。……そこでだ。魔族ニェラシェラを倒し、持ちうる才を証明したきみに、私の代わりにやってもらおうと思ったんだよ。依頼主の欄を潰してあるのはそのためさ、所謂機密保持というやつだね』


「ふぅん……で報酬は?」


 青髪の店主の冗長な語りに、シヅキは少しだけ苛立ちを覚えた。長々と話している割には本題にはさして関係なさそうな内容だ、わざわざ真面目に聞くこともないだろう。

 そう判断し、シヅキは適当な相槌と共に本題について話すよう店主を急かした。


『……定命のヒトというのはどうにも性急で困るねぇ。問題はない、きちんと考えてあるとも。……きみ、加工の困難な素材を持っていたりはしないかい? 今後は私のところへそれを持ってくれば、この私が直々に装飾品に加工してあげようじゃないか。君だけへ向けた新規サービスというやつだよ』


「……ふむ?」


 この店の店主なのだ、てっきり何らかの装飾品が貰えるものだとシヅキは思っていたが、どうやらそういうことではないらしい。

 加工の困難な素材……つまりは等級の高い素材ということだろうか。シヅキの手持ちにそんなものは────


「あぁ、そういえばなんか手に入れてたなぁ……えぇと、じゃあ、これなら何が作れるの?」


 シヅキが取り出したのは『赤龍の翼膜』。以前スカーレッドと交戦した際手に入れた、等級Ⅴの素材だ。

 等級Ⅴの性質上トレード不能のためにイルミネに渡して何かを作ってもらうわけにもいかず、今の今までインベントリの中で眠っていたそれを取り出し、青髪の店主へと見せた。


『ふむ、ふむ。中々いい物を持っているみたいだね。それなら加工すればそれなりの品に……そうだな、こんなところか。どれがいい? 初回サービスだ、今回だけはタダでやってあげよう』


 青髪の店主がそう言った途端、シヅキの眼前に三つのウィンドウが表示された。どうやら装飾品に加工した場合の性能が表示されているようだ。


□□□□□□□□□□

破炎の護符

装備アイテム(装飾)(等級:Ⅴ)

効果:火属性ダメージ耐性+75%

INT+20


武装刻印:〈破炎領域〉

CT:120秒 持続:30秒

自身を中心とした半径10m圏内における火属性ダメージ-80%(最終計算後に乗算)


トレード不能

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□□□□□□□□□□

ドラグーンチョーカー

装備アイテム(装飾)(等級:Ⅴ)

効果:衝突ダメージ耐性+60%

VIT+20


武装刻印:〈風膜翼〉

CT:120秒 持続:10秒

効果中、地形との衝突によるダメージを完全に無効化する


トレード不能

□□□□□□□□□□


□□□□□□□□□□

龍翼足輪

装備アイテム(装飾)(等級:Ⅴ)

効果:空中にいる間、与ダメージ+25%

AGI+20


武装刻印:〈空踏〉

CT:0秒 持続:2秒

空中を足場として扱うことができる(最大10回)

※消費した回数は地形へ足が触れた時点で回復する


トレード不能

□□□□□□□□□□


「……武装刻印? 記述方式からして、装備自体に付いてるスキルってことかな? どれもかなり強そうだぁ」


 見慣れない記述にシヅキは一瞬眉を顰めたが、よく見ればこの書式自体はスキルで散々見たことのあるものだ。おそらくはこれらを装備すれば記載されたスキルを使用できるようになるということではないだろうか。


『あぁそうだ、これらは身に着ければ特殊な力を行使できるようになるよ。まぁ、この私が、それなりに腰を入れて作るのだからね。店に並べている手慰みの品とはそもそものモノが違うんだ』


「あ、うん。そっか……。こういうスキル付き装飾品が作れるようになるのなら、報酬としてはかなり良い……かな?」


 この中でシヅキが選ぶのなら、血の鎖の下位互換に等しい空中歩行以外の二択になるだろう。また、火耐性は数値を見るに相当強力なもののようだが、効果の対象が狭く汎用性に欠ける。

 それに対し、衝突耐性は牽引移動と血の鎖を主軸にした機動戦を取るシヅキにとってはかなり有用なものだ。

 衝突──何かにぶつかったときのダメージだろう。それが半分以下になる、それはつまり、ある程度なら勢いを付けたまま壁や地面へと着地しても足を痛めずに連続した行動が可能となることを意味する。

 100%の耐性ではない以上限度はあるだろうが、それも武装刻印とやらを使用すれば短時間ではあるが突破が可能だ。シヅキが以前行った紐無しバンジーも、これさえあれば何もせずとも無傷で着地できるということになる。


 シヅキは少し悩んだ末、『ドラグーンチョーカー』が欲しいという旨を青髪の店主に伝えた。


『これだね、わかった。おそらくはきみが依頼を達成して帰ってくる頃には仕上がっていると思うよ。……さて、肝心の教団への潜入の方法だけど……"執行するエンフォース──私は不運を許容しない"』


 青髪の店主がシヅキには聞き取れないほどの小声で何かを呟き────その瞬間、店主から莫大な圧力が迸り、つい先日の対魔族ニェラシェラ戦でも聞いた覚えのある、世界が軋む耳障りな音が響いた。


「う、わっ……」


『よし、これでいい。例の教団は何らかの儀式のために人攫いを行っているらしいからね……ほら、このメモに書いた路地に行けば教団の人攫いが偶然・・きみに目を付けるだろう。抵抗せずに攫われて、内部にあるであろう牢屋に捕らわれればいい。そこには脱出に使える抜け穴が偶然・・にも存在しているはずだからね』


「わー……謎多き強キャラ枠ムーブだぁ。でも概念系能力は流石にジャンルが変わってこない?」


 プレイヤーの使う外器オーバーヴェセルとも、魔族ニェラシェラの持つ法典ルールとも異なる異質な力を目にしたシヅキ。彼女の口から出たのは、そんな呑気な言葉だった。


『……ふむ。魔族ニェラシェラを倒し赤き力をその身に宿したんだ、きみもそのうち使えるようになるだろう。力の劣化を防ぐため、直接導く訳にはいかないが……名前くらいは教えておこう。これは『絶対法則オーバールール』と呼ばれるチカラだ』


「オーバールール……もしかして、例の伏字情報未解禁はこれのことかな? なんかアプデ告知に外器オーバーヴェセルの次の段階とかあった気がするし、ちょうど今回追加された要素かなこれ」


 青髪の店主から唐突にもたらされた、外器オーバーヴェセルの次の位階の情報。それを聞いたシヅキは真っ先に〈内器インナーヴェセル:脳内魔術回路サイレンスコール〉の説明文を開いた。

 以前見たときには■■■■情報未解禁と表記されていた部分の伏字。それが剥がれ、代わりに絶対法則オーバールールという文字列が刻み込まれていた。


『……名前だけではどういうものかまるで分からない、といった顔だね。これ以上のことを知ってしまえば力の発現に先入観という名の要らぬ指向性が与えられ、結果としてその発展性を大きく減じることになる。故に、今は名だけ知っておけばいいのさ。意味も深く考える必要は無い。所詮は呼び名、ヒトが付けた通称というだけのことだよ』


「オーバールール……絶対法則オーバールールね」


『ま、気長に発現を目指すといいよ。……さて、話が逸れたな。潜入自体はあれで解決したはずだが、入った後は……そうだね、これで内部にある資料を手あたり次第に写してきてくれればいい』


「なにこれ」


 店主から、手のひらに収まる程度の薄い長方形の板がシヅキへ手渡された。若干の乳白色が付いた硝子のような材質で、内部には銀色の線が幾重にも連なって走っている。

 ぱっと見の印象としては、まるで基盤かなにかのようだ。


『蓄景鏡だよ、使ったことは?』


「ちくけいきょう……蓄景鏡? あ、カメラか。あれ、でもこれどこにもスイッチとかないな……」


 シヅキは手に持った板をくるくると回し前後を確認するが、どう見ても形状はただの板で、機構らしきものは内に走る銀線以外全く見当たらない。これでどうやって撮影をすればいいというのか。


『まぁ、使ったことがなくとも問題はない。それは今回の依頼のために調整を加えてあるから、所有者が触れた紙の内容を勝手に写してくれるよ。きみはただ内部の資料に触れるだけでいい』


 なるほど、つまりはゲーム的な都合による不自然な挙動────露見してはいけないはずの潜入調査なのに内部資料を持ち去ること────を補うためのフレーバー要素なのだ。

 蓄景鏡はインベントリに入る訳でもなく、話が進むと自然にシヅキの手の内から消えてしまった。おそらくは『懐に入れた』ということだろう。


『……こんなところかな? じゃあ、よろしく頼んだよ』



    ◇◇◇



「うーん、怪しげな儀式を行っている地下組織への潜入……心が躍るねぇ。もし潜入だとバレたら拷問とかされちゃったりして? ……んふふ」


 赫杖雑貨店を出たシヅキは、その足で青髪の店主から渡されたメモに従い人攫いが出没するという裏路地へ向けて歩みを進めていた。

 この先に待ち受ける苦難に思いを馳せ、シヅキの口が自然と弧を描く。


「まぁわざと痛苦に身を投げるのは絶対にNGだからやんないけど……。本気でやって失敗しちゃったのならそれはもう仕方ないよね、うん。……あそうだ、ついでにオプション弄っとこう」


 昨日はイルミネへの弁明で適当なことを口走ってしまったが、実際のところシヅキはまだ追加されたオプション『性行為の許諾スキップ』を変更してはいなかった。だが、あのとき語った主義主張自体は本心から出たものだ。

 強引に犯される≒その相手に敗北している≒敗者に尊厳などない……そのような等式から、シヅキにとってこのオプションは全てオンにしていい、否、しなければならないものとなる。


「この対象項目……。『男性』『女性』『男性アバター』『女性アバター』はともかく『エネミー』って……つまりそういうこと? うわぁ」


 シヅキ倒錯者にとっては既に分かっていたことだが、UGR運営は本当に随分と倒錯者に優しいゲーム設計を行っているらしい。対象の肉体の性別と精神の性別で判定が別なのはまだしも、エネミー相手でもそういう行為・・・・・・が行われるようにできるとは。


「まぁ、お腹に弓矢撃ち込むのと局部に陰茎を差し込むのに本質的な違いなんてそうない気がするしね。なんなら前者の方がよっぽど酷い行為だよ。……よし、全部オン!」


 シヅキが求める痛苦とは若干趣が異なるが、このオプションが効果を発揮するときとはつまりシヅキが負けたときなのだ。敗者に尊厳などある訳がなく、負けたシヅキが肉体を相手の好きなように使われるのは当然の流れである。


 それに、確かにこれは性行為に関する設定項目だが、エネミー相手の行為が快楽を伴うものである・・・・・・・・・・などとはどこにも記載されていない。UGR運営のことだ、きっとそれはそれは苦しいものとなっているだろう。

 なにより、犯されるだけ犯されてそのまま解放されるなどという不自然な事態になることはまずあるまい。道程の痛苦が増した上で、結局最終的には惨たらしく殺されることになるはずだ。


「んふふ……楽しみ~。一体どんなコトをされちゃ────んむ゙っ!?」


 一通りのない路地の片隅でにたにたと不気味な笑みを浮かべていたシヅキは突然背後から何者かに抱きつくように身体を抑え込まれ、口元に何か布を押し付けられた。その直後、抗いがたい強烈な脱力感がシヅキの身体から力を削り取っていく。

 間もなくシヅキの視界は暗転し、くたりと脱力してしまった。それを行ったのは顔を布で隠した二人組の男。頭上にネーム表示はない、つまりはNPCだ。


『……よし、薬が効いた。さっさとズラかるぞ』


『随分上等な贄だな、司教様の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ』


 二人のNPCは軽い会話を交わしながらも眠っているシヅキから武装を剥ぎ取り、無手になったシヅキを袋で覆って肩に担いだ。


 そして、彼らは音もなく裏路地の暗がりへと消えていった。


──────────

Tips

『オプション項目:性行為の許諾スキップ』

 この項目をオンにしている場合、その対象となるプレイヤーからは『ネーム表記の末尾につくアイコン』という形で暗に行為の可否が示される。

 それはつまり、全項目をオンにしたシヅキの場合『強姦OK』のアイコンが他の全てのプレイヤーに向けて表示されているということになるのだが、オプションの解説文を適当に読み流したシヅキは未だその事実に気付いていない。

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