第四十六話:顔面ボコボコパンチ
「くぁはは────」
血色の霧と赤い残光、それと笑い声だけをその場に残し、石造りの霊廟内を凄まじい速度で突き進む少女。霊廟にたむろしているアンデッド達が、まるでその姿に恐怖したかのように滅茶苦茶に武器を振り回す。
だが、その凄まじい
時折混じる
「あはぁ────」
死者が支配する穢れた霊廟を死をもって浄化し、蹂躙する血色の影。その思考はほとんど蕩けているが、インスタンスダンジョンに罠の類はない。この脅威度帯ではほとんどのエネミーが備えるに至った
前回の行使時こそ
それをシヅキは赫血武器の確率HP回復によって無理矢理延長し半永続的に行使し続けている。脅威度110のインスタンスダンジョン
並居る死者を薙ぎ倒し、シヅキは霊廟を突き進む。『知識の井戸』のような通常のダンジョンと違い、インスタンスダンジョンは順路が明示されている、あるいは曲がり道こそあれど分岐などはない完全な一本道で構成されている。たとえシヅキの思考が蕩けていようとも迷うことはない。
先ほどから速度を一切緩めずに高速で進み続けていたのもあり、程なくしてシヅキはボスがいると思わしき広い部屋の前へと辿り着いた。部屋の内部は青白い構造物で統一されており、まるですべてが氷でできているかのようにも見える。
「あー、えーと……『ボスを殴って、出てきた雑魚を倒す』を繰り返す……だったよね?よし大丈夫! わたしは至って冷静だし、いい加減この高揚感にも慣れた! たぶん! じゃあ突撃~!!」
とはいえ、この高揚感はゲーム側でデメリットとして設定されているものなのだ、流石に完全に平静という訳にはいかない。かなりのハイテンションのままシヅキは自らの目的を確認し、特に準備もせずボス広場へと突撃する。
部屋の入り口、両開きの大きな扉が音を立てて閉まり、その途端、部屋におどろおどろしい嗤い声が響いた。
『Guahahahahaha……』
どこからともなく黒い靄──闇が生じ、部屋の奥、地面から少し離れた位置に集まっていく。
シヅキがわくわくとしながら眺めていると、闇はやがて確かな形を取り、絢爛豪華な装飾を纏った不気味なアンデッドが顕現した。
この錫杖を携えた黒い骸骨こそが『汚染された霊廟』のボス、『エルダーリッチ・エヴィル』だ。
エルダーリッチは鷹揚とした態度で錫杖を振り、自らが生じたときと同じような闇を作り出す。それらはやがて収束し、取り巻きである『スケルトンナイト・エヴィル』が────
「〈血の剣〉〈血の鎖〉〈血の鎖〉〈血の鎖〉〈血の鎖〉……」
アンデッド達が動き出すのを待つこともなく、三体それぞれの至近に十数本の血色の鎖が発生する。それらは的確に関節を捉えており、悉く動きの起点を潰すように配置されていた。
いきなりの出来事に、まるで戸惑っているかのようにアンデッド達の動きが停止した。その瞬間、血色の霧が部屋を駆け巡る。
「くぁはっ……この鎖すっごい便利! 取って良かった! ……よし、じゃ、わたしのためにじゃんじゃか働いてね!!」
にこにこと笑みを浮かべたシヅキが瞬く間に
だが、今回に限ってそれはあまり好ましくない。此度の目的は稼ぎ作業であり、そのためにはエルダーリッチ・エヴィルにはできる限り長生きしてもらわねばならないのだ。
シヅキに顔面をボコボコにされたエルダーリッチが、再び闇を集め取り巻きを召喚し──
「〈血の鎖〉〈血の鎖〉〈血の鎖〉。うーん、それぞれ三本ずつでも十分かな?」
血色の霧が翻り、あっけなくスケルトンナイトの頸が落とされた。再びエルダーリッチに襲い掛かる
エルダーリッチの『闇属性の攻撃に反応して取り巻きを召喚する』行動は条件付きの特殊分岐行動であり、通常の行動よりも優先度が高い。
そのため、通常行動の事前動作中にシヅキに殴られ条件を満たした場合、その行動をキャンセルして取り巻き召喚を行うこととなる。血の鎖で拘束されているのもあって、エルダーリッチは最早ただ取り巻きを召喚し続けるだけのステージギミックと化してしまった。
また、〈血の鎖〉使用時の脱力感は、
そして────所詮はいちインスタンスダンジョンのエネミー、それも
召喚し、捕らわれ、滅される。召喚し、捕らわれ、滅される。召喚し、捕らわれ、滅され────
◇◇◇
「飽きたー! 死ねー!!」
エルダーリッチ・エヴィルを唐突に襲った理不尽は、始まりと同じように、唐突に終わりを迎えた。
痺れを切らしたシヅキによる数多の剣閃。アンデッドの弱点である頸を幾度となく断たれ、ここまでの作業的殴打によって6割ほどにまで減少していたエルダーリッチのHPが一瞬で消し飛ぶ。
恐ろしい絶叫を上げながら光になって消えていくエルダーリッチ。だが心なしか、その声には安堵の感情が籠っていた。
「はーよいしょ────」
そして、自らの首も断つ。シヅキの莫大なHPがすぐに底を尽き、〈リィンカーネーション〉が発動して即座に蘇生された。
「……いや飽きちゃダメでしょ!! なんのためにここに来たと思って……わたしー!! もうちょっとこう……ぬあぁぁぁ…………」
寝ころんだ姿勢で蘇生されたシヅキ。がばりと起き上がり、文句を叫び散らしながらぐしゃぐしゃと頭を掻きあげた。
だが、文句を言う対象は自分自身だ。やり場のない怒りに満たされ、シヅキはなんとも言い難い奇妙な声を漏らす。
「はぁ~…………。いやぁまさか、
シヅキは脱力したようにごろりと寝ころび、ぽちぽちとメニューを弄り始めた。ステータス画面を開き、EXP量を確認する。
──────────
PN:シヅキ
──────────
HP:816/816(-784)(+)
MP:555/555(455)(+)
STR:18(13)(+)
DEX:25(20)(+)
VIT:23(18)(+)
INT:13(8)(+)
AGI:40(35)(+)
──────────
EXP:2607/8157
──────────
右手:赫血の短剣・Ⅴ
左手:(赫血の短剣・Ⅴ)
頭:血纏いの被り布
胴体:血纏いの舞踏衣
手:血纏いの腕帯
足:血纏いの足袋
装飾1:生命力の指輪
装飾2:筋力の指輪
装飾3:五ツ花緋金章
──────────
武器攻撃力:61 (30+DEX*0.6+AGI*0.4)
──────────
〈HPブースト・Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ〉
〈駆け足〉
〈血の刃〉
〈血の剣〉
〈血の鎖〉
〈血刃変性〉
〈生命転換〉
〈セルフヒーリング〉
〈セルフキュア〉
〈ライト〉
〈マナシールド〉
〈リィンカーネーション〉
〈
──────────
「……うん?」
自らの目を疑って、シヅキは思わずごしごしと目を擦る。だが、表示されている数値に変化はない。どうやら見間違いではないらしい。
EXP欄の表記は──『2607/8157』。これはつまり、今回だけで2000Pt近い経験値を稼いでいる計算となる。
「…………凄い効率だぁ。流石はトッププレイヤーご用達……でいいのかな。まぁ稼ぎ開始時点のわたしの保有経験値がだいぶ少なかったからっていうのもありそうだけど。……よし、〈HPブースト・Ⅳ〉と~……? 〈
シヅキは当初の目的であったHPの乗算補正を40%増やす〈HPブースト・Ⅳ〉とHPを純粋に倍増させる〈
そして、肝心のシヅキのHP実数値は────今は赤き呪縛のせいで正常な値が表示されていないが────計算上17760Ptとなった。最早ちょっとしたボス並みといえる。凄まじい値だ。
これで血の剣を使えば武器攻撃力は532Pt増加し、
────だが、シヅキのHPは未だ十二分に伸びる余地を残している。何故ならシヅキの素のHPである、『HPへのEXP割り振り量』は現在たったの1600Ptしかないのだ。
先ほどスキル二つを習得した際に余ったEXPである800Ptほどをここに割り振れば、それだけでシヅキのHPは24320Ptまで増加する計算となる。
またアーネイルが言うには、この稼ぎではインスタンスダンジョンの脅威度と同じ程度、つまりおおよそEXP11000Ptほどまでは比較的容易に到達できるらしい。そのうち幾ばくかを継ぎ足せば更なるHPの増強が────
「やば~……本格的に
単調でつまらない稼ぎ作業だが、こうして実際に大きなものを得られた実感があるとなればやる気も随分と違ってくる。
もっと、もっと強くなりたい。その一心で、シヅキは再び稼ぎ作業を行うためにインスタンスダンジョンから退出していった。
──────────
Tips
『脅威度の差による獲得EXP補正』
脅威度(保有EXP量)の差によりプレイヤーが獲得できるEXPには補正が掛かるが、その補正は差が大きければ大きいほど指数関数的に増大していく。仮に大幅に格上のエネミーを倒すことができれば、それだけで莫大なEXPが獲得できるだろう。
また、補正が±0になる基準点は完全な同一の強さではなく、エネミーがプレイヤーより少しだけ格上の場合に設定されている。
そのため、仮に脅威度110のエネミーを狩ってEXP稼ぎをする場合、プレイヤーの保有EXPが11000より少し少ない程度になった辺りから急激に稼ぎ効率が悪化していくことになる。
──────────
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます