◇第四十五話:自由と束縛の鎖

「……なんだあれ」


 『白銀聖峰域』のファストトラベル地点ほど近くに、突如として現れた見慣れぬオブジェ。このフィールドを探索する数少ないプレイヤー脅威度100相当のトップ層は普段見かけないものに興味を惹かれて近付き……


「ゔっ……ゔっ…………」


「うわっ!? え、えぇ……? プレイヤーかこれ……。ビビった……。兎にでもやられたのか……?」


 そして、すぐに近づいたことを後悔した。


 何故ならそのオブジェとは、地面から突き出した円錐形の氷柱に胴体を貫かれ虚ろな顔のまま痙攣している少女、という大変グロテスクなものだったからだ。



    ◆◆◆


「そー……りゃ────ぇぐっ」


 兎型エネミー『シラユキウサギ』の外見に絆され、しかし決して手は抜かず、シヅキは初手から全力で攻撃を繰り出した。

 だが、刃を振るい前傾姿勢になった瞬間────一切の予兆なしに、突然地面から大きな氷柱が突き出してきた。

 完全な不意打ち。シヅキは胴部を貫かれ、たった一撃であっけなく致命傷を負った。

 だが、それでも振るわれた刃は急に止まりはしない。蛇腹剣はシラユキウサギを荒く切り裂き────それを受けたシラユキウサギは、まさに脱兎のごとく逃げ出した。


 そうして後に残ったのは、氷柱に貫かれ動くこともできず、傷口付近が凍り付き失血死もできなくなった哀れな少女ただ一人。

 その後現れた親切なプレイヤーが氷柱を破壊し救出してくれるまで、30分もの間シヅキは一人痛みと寒さに曝され続けていた。



    ◆◆◆


「いやぁ、ありがとねお兄さん! 寒いわ痛いわ脱出はできないわですっごく困ってたからさ、ホントに助かったよ~」


「シラユキウサギの氷柱攻撃は初見殺し性能激高だからな。むしろ、奥に進む前に知れて良かったんじゃないか? ま、次は気を付けろよ~」


 シヅキを助けてくれた男性プレイヤーはそう言って、ざくざくと雪を踏みながら去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、シヅキは一人呟き思考を纏めはじめる。


「うぅん、何の変哲もない雑魚エネミーがあんな殺意の高い攻撃をしてくるフィールド……。流石に脅威度100相当なだけあるなぁ、ずっとずっと格上だぁ。稼ぎのときに必要だから、たかだか移動のためだけに赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドを切るわけにもいかないし」


 ファストトラベル地点をうろうろと歩き回りながら、シヅキは考えを進めていく。その頭には雪がこんもりと積もっているが、思考に没頭しているシヅキは気付いていない。


「…………ふむ、龍との戦いでも思ったけど、そろそろ新しい搦め手の一つくらいは増やしても良さそうだよね。なにかスキルでも取ろうかな……?」


 ここ最近はスキル一覧を確認する機会もなかった。最後に見たのは赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドを習得したときだが、あのときは戦闘中で落ち着いて見る時間などなかったため、他にどんなものがあるかは見ていない。

 なにか新しいスキルでも生えていないだろうか、シヅキは期待に無い胸を膨らませ、一覧をすいすいとスクロールしていく。


「搦め手、搦め手……なにがいいかな、機動力強化? でも下手なスキル取るくらいなら牽引移動でいいしなぁ…………。おっ? 〈血の鎖〉……ほぉ~ん?」


 ふと目に留まったのは〈血の鎖〉という名前のスキル。如何にも搦め手らしい名前に、シヅキはうきうきとしながら性能を確認していく。


□□□□□□□□□□

〈血の鎖〉

アクティブスキル(等級:Ⅳ)

CT:0秒 持続:30秒 MP消費:0

HPを消費し、任意の二点間を結ぶ血の鎖を生成する。

※消費するHP量は生成される鎖の長さに比例する(1cm=1Pt)

※鎖の長さは下限50cm、上限1000cm

※起点にできる点は制止した物体の表面あるいは何もない空中のみ、物体の内部などは指定不能

※空中を指定した場合その起点は固定され、如何なる方法でも動かすことはできない


射程:10m

使用時HP消費:可変


召喚物:血の鎖

HP:消費HP*1

この召喚物は召喚者の攻撃ではダメージを受けない。


召喚スキル

召喚物は固有のステータスを持ち、それぞれに設定された行動を取る。

この召喚物は同時に99体まで召喚可能。


消費EXP:800Pt

解禁条件1:一度に3000Pt以上の自傷ダメージを受ける

解禁条件2:『血』と名に付くスキルを累計500回使用する

□□□□□□□□□□


 CT、消費MP共に0。つまり〈血の刃〉に類似したスキルなのだろう。敵を拘束するにしろ、即席の罠を作るにしろ、戦闘でかなり便利使いができるような性能に見える。しかし────


「『起点にできるのは完全に制止した物体の表面あるいは何もない空中のみ』、『空中を基点とした場合その起点は固定され、如何なる方法でも動かすことはできない』……これ、書いてある通りの挙動を取るなら空中に出した鎖はその場に固定される……? えっ、これ……無限上昇グリッチ不可避では……!?」


 書いてあることをそのまま受け取るならば、明らかに正常ではない運用が行えてしまえるように読み取れる。

 何か自分はとんでもないものを見つけてしまったのではないか、シヅキは戦々恐々としながら、以前クエスト報酬で手に入れたスキルチケット800を使用し〈血の鎖〉を習得した。


「よし……〈血の鎖〉……っとと。あぁ~、そういう……」


 本当ならもっと普通のフィールドに移動してからテストを行うべきだろう。だが、シヅキは我慢できずにすぐさまその場で〈血の鎖〉を使用した。

 すると、シヅキが意識した通りの位置を基点として、暗い赤色をした、シヅキの腕ほどの太さを持った長さ1mほどの鎖が空中に出現した。それは地面と水平を保ったまま、ぴくりとも動かない。

 両端には菱形の重りのようなものが付いており、遠目から見ると棍、あるいは長めのヴァジュラのようにも見える。

 だが、鎖を出した瞬間シヅキの身体に馴染み深い脱力感が襲い掛かる。血の剣ほど強くはなく、なんとか倒れずに持ちこたえられる程度のものが。


「これはつまり……〈血の鎖〉ぃ…………」


 シヅキは性質を確かめるため、地面と垂直に5mほどの長さの鎖を生成した。すると、またもや襲い来る脱力感。シヅキはその場に倒れ込み、積もった雪にぼふりと埋まった。

 先ほどのものより強く、〈血の剣〉よりは弱い脱力。これはつまり、生成する鎖の長さに応じて受ける脱力感も変動するということを意味している。


「く、クセが強い……! これ戦闘中に使うの厳しくない……? これじゃあ足場にして無限上昇しようとしてもどっかで転落死しそうだぁ……。ええと、じゃあ次は〈血の剣〉~……で、〈血の鎖〉。よっと」


 寝ころんだまま蛇腹剣を生成し、更には3mほどの高さに横向きの鎖を作り出すシヅキ。鎖へ向けて蛇腹剣を振るい、上手く先端部のフックを引っ掻けた。

 そのまま蛇腹剣を縮めると、シヅキの身体がぐんと引かれ空中へ勢いよく跳ね上がる。


「ほぉ~~~ん? これ……イイなぁ。すっごく良い。牽引移動の起点を自前で用意できるなんて…………もう足場いらずじゃん?」


 地上から少し浮いた位置でぶらりと垂れ下がるシヅキ。鎖は完全に固定されており、シヅキがぶら下がっても小動ぎもしない。

 そのまま30秒が経過。鎖が消滅し、投げ出されたシヅキは軽やかに着地しようとして失敗し、腰の辺りまでずっぽりと雪に埋まった。


「ちべたっ」



    ◇◇◇


 シヅキがぱちりと指を鳴らすと、1.5mほどの間を空け、前方の空中に短い鎖が生じる。その鎖へ飛び乗りつつ、再び指を鳴らして鎖を生成。次の鎖へと飛ぶ瞬間にスキルを使用することで脱力感を空中にいる間にいなし、とん、とん、とんとテンポ良く繰り返す。 

 このフィールドのエネミーは普段雪に隠れており、事前の発見が困難だ。だが、それはエネミー側から見ても同じことが言える。

 そうである以上、このフィールドは雪に触れさえしなければある程度安全に進めるのではないか。シヅキはそう考え、血の鎖を利用した空中散歩を行っていた。


「ふん、ふん、ふん……。手が疲れるなこれ。同時に複数召喚とかできないかな……あ、なんか召喚ビルドとかそういうの向けのパッシブありそうな気がする。稼ぎ終わったら探そっと」


 シヅキが歩む高度は、雪の上面から更に3mほど上方。それ以上の高さだと着地時に足を痛めるだろうという判断からだ。

 シヅキの現在のHPは8160Pt。50cmの鎖なら、回復なしでも160回ほど使用が可能だ。必要ならば血の鎖の使用頻度を落として回復までのCTを稼ぐこともできる。つまり事実上、シヅキは無限に空中を歩めるということになってしまうのだ。


「どう考えても修正案件なんだけど……。ま、修正されたらされたでなんらかの補填が貰えるだろうし取り得取り得」


 そうこうしているうちに、石造りの簡素な門のようなものと、その前に鎮座する空間の裂け目が見えてきた。おそらくはあれが『汚染された霊廟』の入り口だろう。

 シヅキは徐々に高度を落とし、空間の裂け目の前へ綺麗に着地する。


「『汚染された霊廟』……間違いないね。脅威度110ってのが怖いけど……まぁインスタンスダンジョンには罠なんてないんだし、赤き鮮烈なる死レッドラッドデッド使って突っ切れるから多分問題はないはず。よし、作業稼ぎの時間だー!」


 『"汚染された霊廟" 脅威度:110 適正人数:1~6人』。裂け目に近づいた際に表示された情報からみて、間違いなくここが目標のインスタンスダンジョンだ。

 シヅキは少しだけその場で待機し、回復スキルのCTを待つ。そしてしっかりとHPを回復しきってから意気揚々と裂け目へと跳び込んだ。


──────────

Tips

『無限上昇グリッチ』

 無制限に上昇し、本来ゲーム側で想定されていない高度まで達することができてしまうなんらかの手段のこと。一種の不具合、あるいは設計ミス。

 UGRにおいては基本的に高空には何もなく、また、ある程度自由に空を飛べるスキルすら存在する。そのため、シヅキの予測とは異なり〈血の鎖〉の足場としての利用は事前に想定された正しい活用法である。

──────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る