第四十四話:熱い!寒い!
「『北部:白銀聖峰域』のインスタンスダンジョン『汚染された霊廟』、ね。丁度向かう先ではあるんだけど……」
アーネイルがもたらした情報には、稼ぎ作業に向いた場所、相手だけではなく、そのために必要な手段までもがきっちりと含まれていた。
話によると、今シヅキがいる『焦熱地獄山』の次のフィールド、そこの序盤にあるとあるインスタンスダンジョンこそ最も稼ぎに向いた場所だという。
「そこのボスが特殊行動で呼び出す取り巻き……。脅威度100相当の雑魚が無限湧き、要闇属性武器とできれば聖属性武器orスキル……」
インスタンスダンジョンのボス『エルダーリッチ・エヴィル』が行う特殊行動。それによって呼び出される雑魚エネミーをボスを放置したまま延々と倒し続ける、それが極めて効率の良い稼ぎ作業の内容だそうだ。
本来、取り巻き召喚は開幕に一度とHPが50%を切った際に一度使われるだけだが、エルダーリッチ・エヴィルは取り巻きが全滅した状態で自身が闇属性攻撃を複数回受けたとき、状況に関わらず取り巻き召喚を即座に使用するという特殊な仕様をもっているらしい。
おそらくは属性相性を無視してゴリ押そうとするプレイヤーに対するお仕置き行動の類なのだろうが、意図的に起こせるのならそれはもう事実上のボーナスでしかない。存分に稼ぎに利用させてもらおう。
「取り巻きを効率良く倒すのに聖属性が欲しい……まぁ、必須じゃないのなら別になくてもいけなくはないのかな? ふむ……」
何にしてもまずは『汚染された霊廟』へと辿り着かなければならない。そしてそのためには、この悪辣としか言いようのない火山地帯を抜けねばならないのだ。
アーネイルからはオマケとしてこのフィールドの通り抜け方も教えて貰ったが、それは理不尽極まりないフィールドボスとの遭遇を回避する手法であり、元々高い難易度が改善されるようなものではない。
シヅキは書き起こした情報メモを眺め、ぶつぶつと独り言を呟きながら『焦熱地獄山』の奥地へ向け歩みを進めていく。
◇◇◇
「だああ雑魚の癖にやたらめったら強い! いや背伸び攻略してるわたしが悪いんだけども!!」
シヅキは蛇腹剣を分割して振るい、自らへ向けて四方八方から飛んでくる火球を手当たり次第に打ち払う。炎の塊である以上本来なら刃で切ったところでほとんど影響はないはずだが、魔法としての性質によるものか、あるいはゲーム的なバランス調整か。ある程度芯を捉えて攻撃すればかき消すことができるらしい。
だが、打ち払ったそばから新たな火球が生み出され、シヅキへ向けて撃ち出されてくる。まるで濁流のようだ。
エネミーだからといって行動に
シヅキが周囲を囲むエネミーへ向けて怨嗟の念を送っていると、後方から一際巨大な火球がゆっくりと飛んでくる。動いて躱そうにも、連携して周囲から小さな火球が次々と撃ち出されており動く余地がない。
「うわやばっ! 〈血の刃〉!! あっぢゃぁ!」
なんとか攻撃の隙間を見つけ、血の刃を連射し巨大火球を分割、破壊する。だが、攻撃行動にはどうしても隙が伴う。撃ち漏らした火球がシヅキの右足を掠り、その熱で肉を炙る。
シヅキを取り囲んでいるのは、まるで燃えているようにも見える橙色の毛皮をした猿『炎々狒々』の集団。その中でも一際巨大な、おそらくはこの群れの統率者であろう猿『焔々猩猩』が鳴き声を上げ、その度に火球が同時に飛んでくる。
シヅキも先ほどから焔々猩猩を狙い蛇腹剣を振るっているのだが、その度に猿らしい身軽さを発揮しひらりと攻撃を避けられているのだ。回避を許さないほどの鋭い一撃、あるいは連撃は、周りの炎々狒々が飛ばす火球が的確に邪魔をしており放つことができていない。
「くっそ……手数が足りない! でもこんな雑魚相手に
シヅキの持つ手札は使いやすい遠距離攻撃の〈血の刃〉、非常に高い攻撃力を誇る〈血の剣〉、武器の形状を変える〈血刃変性〉と攻撃方面に偏っており、なおかつ搦め手に欠けている。
その分攻撃性能自体は高く、基礎スペックを高める
だが、焔々猩猩達は決してシヅキに近寄らず、正面切っての戦いに持ち込ませないよう巧みに距離を保っている。これではどれだけシヅキの攻撃力が高くとも意味はない。
とはいえ、シヅキはひとつだけ防御用のスキルも習得している。いくらなんでも攻撃一辺倒で戦い抜けると思えるほどシヅキは慢心しきってはいないのだ。
だが────
「〈マナシールド:強度50〉…………あぁっ! もー、余熱を被弾扱いにしないでよ! これじゃ魔法が使えないじゃん!!」
シヅキは唯一の防御手段を行使するが、近くを通過した火球から受けた僅かなダメージによってスキルの使用がキャンセルされてしまう。
詠唱待機時間が必要なスキルは待機時間中にダメージを負うとスキルの使用が中断される。そのため、シヅキは先ほどからマナシールドを使用しようとしては、火球が周辺に撒き散らしている極小のダメージによってキャンセルされるというのを何度も繰り返していた。
流石に環境によるダメージでは詠唱スキルのキャンセル判定は発生しないようだが、それでも今のように火属性攻撃が乱れ飛ぶ状況では魔法の行使は非常に難しいものとなる。
炎を主体とする攻撃は、その周囲にも熱によって僅かながらにダメージをもたらす。普段なら無視できる程度のものが、今は何よりも鬱陶しい。
完全なる
「おぉっ、らっきー! ……あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!!」
それを聞いた瞬間、シヅキは自らへと向かってくる全ての攻撃を無視してその場に伏せ、一切の身動きを止めた。先ほどまでシヅキが立っていた位置を通過していく火球が背中を焦がすが、痛みを必死に堪え、反射的に動こうとする身体を無理矢理に制御する。
どう見ても隙だらけのその姿。だが、焔々猩猩達からの追撃は飛んでこない。
それもそのはず、彼らは辺りに音が響いた瞬間、シヅキよりも素早く反応し脱兎のごとく散り散りに逃走していた。
一体の優れたリーダーを基点とした高度な連携によって、非常に優れた戦闘能力を誇る焔々猩猩達。それでも彼らはこの地においては弱者でしかなく、真の強者である
「あぢぢ……。うーん、まるで鉄板焼きハンバーグにでもなった気分だぁ。〈セルフヒーリング〉」
秘匿の約束と引き換えに情報を貰い受けていた際、アーネイル達が『焦熱地獄山』を越えんとするシヅキにはきっと必要になるだろうと追加で伝えてきた情報。
それは『雷鳴のような特有の鳴き声が聞こえた瞬間地面に伏せて身動きを止めればスカーレッドとの遭遇は回避できる』というもの。なるほど、流石に脅威度355の化け物と確実に遭遇させてくるほど理不尽な仕様ではなかったらしい。知識があれば回避できる、一応は初見殺しの一種といえなくもないだろう。
地面に接触した髪から煙が出ているのを暇そうに眺めながら、シヅキは一人納得する。
「いやあっついなこれ!そういう拷問? あーもう、いつまで伏せてればいいのかもついでに聞いとけばよかった!」
◇◇◇
シヅキは焔々猩猩との戦いでこのフィールドにおける自らの不利を学び、以降は敵を避けつつ慎重に歩みを進めた。
その甲斐もあって、その後は特に大きなトラブルもなく、シヅキは北部第四フィールド『白銀聖峰域』のファストトラベル地点に到達し────
「さっっっっっっむ!! まーたこんな極限環境なの!? もうちょっと方角散らすとかさぁ……!」
そこは一面の銀世界。しんしんと降り注ぐ雪の他に動くものはなく、不思議と静謐な雰囲気が感じられた。
だがその雰囲気に反し、環境としては非常に熾烈だ。完全な安全地帯であるファストトラベル地点から少し離れるだけで、途端にシヅキのHPはじりじりと減少しはじめる。
減少速度こそ『焦熱地獄山』の終盤よりは幾分かマシで、まだ生命力の指輪の自動回復効果で相殺できる程度のものだ。だが、こちらはどうにもデバフ効果も有しているらしい。手足が冷え込み、
「……まぁ、『汚染された霊廟』はここの序盤にあるらしいし。ぎりぎり行けなくは……ないかな?」
『汚染された霊廟』の入り口はファストトラベル地点から西北西の方角、さほど遠くない場所にあるらしい。とはいえこのフィールドは序盤の時点で脅威度100相当だ。おそらくはただの雑魚エネミーですら、
「……ここからだとエネミーが全然見当たらないなぁ。雪に埋もれてるとか、あるいは擬態してるとかだと正直かなりキツいんだけど…………」
白一色の景色の中、シヅキは目的地へ向けて慎重に歩みを進めていく。
さく、さく、さく、ぐにり。雪を踏みしめる、小気味よい感覚を楽しみつつ────ぐにり?
「うん? なんか踏ん────あらかわいい」
なにか柔らかいものを踏んだシヅキ。思わず足を引いて足元を見ると、そこには真っ白な兎の姿。
おそらくは雪に埋もれて寝ていたのだろう、そこをシヅキに踏まれたためか、眠そうに前足で目を擦りながらのそりと雪から抜け出してきた。
つぶらな赤い瞳がシヅキを射抜く。その瞳には、惰眠を妨害した者に対する明確な敵意。だが、見た目が見た目だ。どうにもシヅキは戦う気が湧いてこない。
「……まぁ所詮はエネミーだし、可愛がるわけにもいかないよねぇ。〈血の剣〉……よっと。さーて、新フィールドのお手並み拝見、かな」
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Tips
『デバフ』
バフ(buff)の対義語。弱体化をもたらす効果の総称。
UGRにおける一般的なデバフは5種類。聖と闇を除いた各属性に対応しており、それぞれの属性相性をそのまま反映したような効果を持つ。また、名称は『〇(属性名)詛』で統一されている。
シヅキはUIに目を向けていなかったため気付いていないが、『白銀聖峰域』は滞在時間に応じてSTRとDEXを減少させるデバフ『氷詛』を与える環境効果を持っていた。
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