第四十三話:乱入者は頂点で
シヅキに翼を切断され、地表へ落下したスカーレッド。
元々地表すれすれを飛行していたのもあり、落下自体でダメージは受けていないらしい。そのHPは8割以上残っている。
だが、空を統べるモノである真なる龍種を地に墜とすとは、龍の逆鱗に触れるのにも等しい行為だ。スカーレッドの纏う雰囲気が変わり、くすんでいた鱗が徐々に赤く変じていく。
と、そこでシヅキの視界に突然なにかのダイアログが表示された。
「なにこれ邪魔っ!」
だが、シヅキは内容の確認もせずにダイアログを手で払いのける。UGRの
一体今の表示はなんだったのか、それを気にもせずにシヅキが背中の上で継続して攻撃を続けていると、突然スカーレッドの全身からゆらりと熱気が立ち昇り、およそシヅキでは耐えられないほどの熱を纏いだした。
シヅキは慌ててスカーレッドの背中から飛び降り、地に伏せるスカーレッドの眼前へと降り立つ。蛇腹剣を振るい顔を斬り付けるが、スカーレッドが首を捩り、その角によって刃を弾いた。
どうやら龍の角は今のシヅキでも打ち砕けないほどの硬度を持っているらしい。
「あっはー!! やーっと本気出す気になったの? 遅いよ~」
煽りながらスカーレッドの顔へ向けて執拗な攻撃を繰り返すシヅキ。スカーレッドは何故かその場から動こうとせず、首を動かす、あるいは腕を振るうことで攻撃を防ごうと試みている。
当然、そんなことでは蛇腹剣の攻撃を完全に防ぐことはできず、ざりざりと顔の表面を刃が舐める音が連続して響いた。
「うぅん……?」
部位破壊後の行動変化。動きを止めたスカーレッド。先ほどから段々赤熱し、熱が増してゆく鱗。
これは────もしかして大技を溜めている最中なのでは?
龍の大技といえばやはり
熱を纏い始めた時点で背中に乗ることはできなくなってしまったのだし、体格差から背後に回ってやり過ごすのもほぼ不可能だろう。事前の対処ができないのなら、それはもう気にしてもどうにもならない。熱を溜めているような様子からして氷属性の攻撃を使えたらまだなんとかなったのかもしれないが、シヅキにそんな手札はないのだ。
スカーレッドの赤熱した鱗が尾の先端から徐々に元の色に戻り、その分の熱量が頭部へ収束していく。やはり、これはシヅキの推測通りブレスの準備動作だったようだ。
スカーレッドの口内に、まるで太陽を圧縮したかのような眩い光がちらつく。
「おぉ、凄そう……! ま、わたしなら見てから躱せるだろうし! さーさばっちこー────」
「〈プリズムガード〉!!」
突然辺りに響き渡る声。スカーレッドの眼前に透明な壁が生じ、それと同時に太陽が解放される。
膨大な熱量を秘めた
直前に生じた壁のお陰で直撃こそ避けられたが、その光は莫大な熱量を秘めていた。ほんの少しの余波、それだけでシヅキの右腕が灰も残さず消え去った。
「あ゙っぢゃぁ!! せ、〈セルフヒーリング〉!!」
「大丈夫かい!?」
本来ならば意識を失っていてもおかしくはない大怪我だが、植え付けられた高揚感が勝り、痛みはかなり軽減されている。
シヅキが反射的に自己回復を行うと共に、背後からかかる声。見れば、重厚な赤い装備を身に纏った男女がこちらへ駆け寄ってきていた。
「いてて……。ふぅ。……ありがとー、助かったよ!」
「あぁっ、と……反射的に手を出してしまったんだけど、加勢しても大丈夫かい?」
二人組の男性からの発言。確かに今のは世間一般で言う『横殴り』行為と受け取られてしまう可能性のある行動だ。
だが、『
ちらりとスカーレッドの様子を確認するが、ブレスの反動でぐったりとしており、少しの間なら会話を交わしても問題は無さそうだ。シヅキは男に対して返答を返す。
「んんー……、まぁ、フィールドボスだしね~。途中参戦を咎める権利はわたしにはないよ」
「まぁそうなんだけど、マナー的に一応確認を、と思ってね。そう言ってもらえるならありがたいよ。……僕はアーネイル。そしてこっちは────」
「あたしは水月草。ね、アナタ、ちょっと話したいことがあるんだけど、これが終わったあと時間貰ってもいいかしら? 悪いようにはしないから」
水月草と名乗った女性からの提案。なんだか怪しい勧誘のようにも聞こえるが、せっかくの美人からの誘いだ。とりあえず話を聞くくらいならいいだろう。
シヅキが肯定の意を返すと、水月草はにかりと笑みを浮かべ礼を言った。
「ここのファストトラベル地点で待ち合せね! ……よし。じゃ、行くわよ!〈
「〈
二人はそれぞれの
だが、見栄えはともかく強さで負けるつもりはない。シヅキは気合を入れるように一つ息を吐き、スカーレッドへ突撃していった。
◇◇◇
「強っ」
宿の自室で目を覚ましたシヅキ。あの後、墜ちる前とは打って変わって凄まじい動きを見せたスカーレッドに三人とも完膚なきまでに叩き潰され、結局数分と持たず敗北を喫したのだ。
ただでさえ足場の悪いフィールド、そこで何もかもを破壊する勢いで大暴れする数十メートル規模の生物。シヅキがどれだけ素早く動いていようと、あれではどうやっても事故が起こる。
その上、ブレス後のスカーレッドは常に高熱を纏い、接近するだけでもダメージを受ける状態になっていたのだ。その大きな図体を利用した牽引移動によって空中を飛び回ることも封じられた以上、遅かれ早かれシヅキは負けていただろう。
「脅威度355は伊達じゃない……かぁ~。うーん、蜥蜴丸使えるようになったらリベンジしよ……」
その頃なら、『不運』によるデバフを含めれば実質シヅキの方が格上となっている。十分打倒が狙えるはずだ。
新たな目標を立てたシヅキは、当初の目的である自らの強化を行うために再び『焦熱地獄山』へと転移した。
◇◇◇
「あっ、そういえばなんか約束してたっけ」
落ち合う場所はちょうどここ、『焦熱地獄山』のファストトラベル地点を指定されていたはずだ。シヅキはぐるりと周囲を見渡す。
「……なんか視線が集まってるな?」
ファストトラベル地点の周囲にぽつぽつといるプレイヤー達。何をしているのかは知らないが、その視線がシヅキに向いているのを感じる。露出のせいかとも思ったが、見る限りではそういう感情でもなさそうだ。
「羨望の目? ……あぁ、ここから戦いが見えたとかかな。それならまぁ納得だけど……」
「あっ、いた! ちょっとアナタ、こっちに────あいたっ」
「約束通りに来てくれたんだね。ありがとう」
数多のプレイヤーから遠巻きに見られ、とことなく所在なさげに佇むシヅキ。そんな彼女の背後から、聞き覚えのある二人の声がした。
振り返ると、何故か後頭部を擦る水月草と手刀を構えたアーネイルの姿。一体なにをやっているのだろう。
「あぁ、どうも。加勢は助かり……助かった? かなぁ……?」
「はは……まぁ為す術もなく蹴散らされちゃったからね……。僕達が居ようがいまいがあんまり変わりは無さそうではあったね、うん」
「そんなことより翼よ、翼! あの翼の部位破壊報──もがっ!」
「ちょっと水月は黙っていようか。……あー、周りには聞かせ辛い話なんだ、PTチャットを利用したいから、一時的にPTに加入してもらえないかな?」
アーネイルに口を抑えられもがもがと騒ぐ水月草を尻目に、シヅキの視界にPT勧誘のポップアップが表示される。なんのことかは分からないが、内緒で相談がしたいというなら必要なことだろう。シヅキはPTへと加入し、PTチャットをオンにした。これにより、PTメンバーではない周囲のプレイヤーにはシヅキ達の声は届かなくなる。
『ありがとう。助かるよ』
『で? 何が聞きたいの? 翼を壊した方法?』
『それも気になるけど……それよりも! 部位破壊報酬のことよ!』
『部位破壊報酬?』
ここまでのやり取りで想像していたのとはまるで違う内容に、シヅキは目を丸くする。そんなものを手に入れた覚えは────
『あぁ、そういえばなんか戦闘中にダイアログが出てた気がするな……えぇと、あぁこれ?』
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
赤龍の翼膜
素材アイテム(等級:Ⅴ)
真なる竜種、その中でも赤い鱗を持つ龍の翼を構成する膜。
非常に高い柔軟性と耐熱性をもち、また、掛かる重力を軽減する特殊な魔的効果をも有している。
所持数:4
トレード不能
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インベントリを漁ると、全く手に入れた覚えのない素材が見つかった。おそらくは戦闘中に入手ログが出たのを、
『そう、それよ! あたしたちも入手してない激レア素材!!』
『……まさか分けろなんて言わないよね?』
意図した結果ではないとはいえ、これを入手したのはシヅキが単独で戦った結果だ。彼らが加勢したのは翼の破壊後であり、これを要求する権利などどこにもありはしない。それに、そもそも等級Ⅴなのでトレードは不可能だ。
『ああいや、違うんだ……えぇと、そうだね。そもそもシヅキさんは「部位破壊報酬」というのに心当たりはあるかな?』
『さっきのやり取りで分かってるとは思うけど、ぜーんぜん! そんなものがあるなんて、今聞いて初めて知ったくらいだよ』
シヅキがフィールドボスと戦闘を行うのはこれで二回目だ。だが、最初に戦った憤怒の巨牛は三度の戦闘のいずれにおいても部位破壊を行っていない。自身が知らないのも無理はないだろう。
そう判断したシヅキだが、アーネイルからは全く予想していなかった返答が。
『それは、まあ。現状だと部位破壊報酬があるボスはスカーレッドしか確認されてないし、そもそもスカーレッドの部位を破壊したことがあるのは多分僕達だけで、その僕らはこのことを秘匿してるからね』
『それなのにアナタがいきなりやっちゃうもんだから、あたし達が無駄に焦ることに────あだっ』
『悪いね。この子ちょっと気が強くて』
『…………秘匿……?』
スカーレッドに部位破壊報酬が存在することを秘匿し、それでいてスカーレッドの部位を破壊し、報酬を得たシヅキに接触する。
アーネイル達の纏う、赤色を基調とした装備群。
なるほど、こうして落ち着いて考えてみれば、アーネイルが何を言わんとするはシヅキにも想像が付いた。
『つまりは……私にも黙ってて欲しいってことかな?』
『ご名答。これは……いわゆるトッププレイヤーと呼ばれる層の中でも、現状僕達だけが持つ強みだからね。完全に隠しきれるとは端から思っていないけど、それでも露見するのはなるべく遅らせたいのさ』
脅威度355のボスが落とす素材。それで作った装備はさぞ性能が高いのだろう。できる限り独占したいという考えは理解できる。
だが────
『ふぅん。で、対価は? わたしは別にトップ層でもなんでもないし、秘匿することに旨味はないんだ、け、ど~……。そっちだって、ただのお願いで済むとは思ってないでしょ?』
『ちょっとアナタ……』
不遜な態度を取るシヅキに文句を言おうと、一歩踏み出した水月草をアーネイルが制止する。見ればその顔は、まるでなにか要求されることを最初から予想していたかのように落ち着きはらっている。
シヅキの読み通り、この男はこういう方面ではかなり頭が回るらしい。自らの意思でオンラインゲームでの素材の独占などという難事を行ってきたのだ、それも当然だろう。
『物と金と情報。どれがいい?』
『うーん……経験値稼ぎに向いた場所の情報とかは?』
『あぁ、稼ぎに向いた場所ならいくつか提示できるよ。ただ……そもそも君の今の保有経験値量が分からないとなんともいえないな。もし僕達より高かったりしたらこちらから出せる情報はないわけだし』
『それはたしかに。えぇと……6000とちょっとだねぇ。とりあえず脅威度100くらいなら
アーネイルの懸念は当然のものだ。だが、シヅキの保有経験値量はそこまで高くはないため、心配する必要はない。
シヅキが素直に自らの経験値量を答えると、先ほどから笑みを絶やしていなかったアーネイルの表情が初めて崩れる。水月草に至っては、まるで全身で驚愕を表現するかのようにオーバーな動きをしている。
『6000!? それで翼を……アナタ、中々やるわね…………』
『……驚いたな。このフィールドに居たからには少なくとも8000くらいはあるだろうと思っていたんだが』
言わんとすることは分かるが、シヅキが翼を落とせたのは間違いなく相性によるものだ。蛇腹剣の牽引移動で安定して背に乗れたからこそあの結果を齎せたのであり、同じくらいに突き詰めた血の剣ビルドなら、シヅキでなくとも翼の破壊は狙えたのではないだろうか。
まぁ、そんな稀有な存在がシヅキの他にいるのかは分からないが。
『ま、わたしのことはいいでしょ。それで?稼ぎに向いた場所の情報は?』
『あ、あぁ、そうだね……稼ぎ場所は────』
◇◇◇
『────こんなところかな。……どうだい、お気に召したかな?』
『ん、ばっちり! これだけの情報を貰った以上、わたしも部位破壊報酬について他人に触れ回らない、と約束しましょう。交渉成立だねぇ』
アーネイルの語る複数の情報を、シヅキはゲーム内のメモ機能を利用してしっかりと書き残した。アーネイルが嘘を言っていなければ、これで元々目的としていた経験値稼ぎがぐっと効率的になるだろう。
ちょうど最有力候補が『焦熱地獄山』の先のフィールドにあるらしい。この後すぐに利用することになるはずだ。
『あぁ、ありがとう。助かるよ』
『ねぇ、アナタ。こうなったのも何かの縁だし、どうせならフレンドにならない?』
アーネイルと握手を交わし、シヅキが別れの挨拶を切り出そうとしたとき。ふと水月草からそんな提案を受けた。
彼女は先ほどまでシヅキに対して割と強く当たっていた気がするが、一体どういう風の吹きまわしだろうか。
『ふぅん……? ま、いいよ。よろしくね~』
何かを企んでいるのかもしれないが、こんな気の強い美人とフレンドになれるのならシヅキに厭はない。
気の強そうな同性は、シヅキの好みど真ん中だ。
『なんか悪寒がするんだけど……』
『気のせいじゃない? それじゃ、またね~』
『あぁ、またどこかで会ったときはよろしくお願いするよ』
龍の素材を得て、稼ぎ場所の情報も得た。
シヅキがここに来たのはコイントスに任せた偶然の産物だが、結果としては十二分なものを得ることができた。
これもきっと、シヅキの日頃の行いが為したことだろう。シヅキは足取りも軽く、るんるんと歩みだし────岩の影に隠れるように存在していた熱湯溜まりに足を突っ込んだ。
「あ゙っづぁ!!」
──────────
Tips
『特殊フィールドボス』
スカーレッド等の一部のフィールドボスが属するカテゴリ。共通して『複数種類の素材を持つ』『部位破壊時に素材を落とす』『部位破壊されるまで行動パターンが緩く易しい』特徴を持つ。
倒せないまでも部位破壊を狙うことで非常に優秀な素材を得られる、一種のボーナスエネミーのような要素をもった存在。
だが、ゲーム内で一切説明がない上に表示上の脅威度があまりにも高く、プレイヤーのほとんどがその性質に気付いていない。
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