第四十二話:真なる龍種『スカーレッド』
「なんかこのへん全然プレイヤー見かけないと思ったら……こんなバケモンと通常エンカするならそりゃ誰も居ない訳だよ!! というか本体スペックに対して探知範囲が広すぎるでしょ!! 普通こういうのは徘徊させるんじゃなくてフィールドの特定地点で待ち構え────」
『ガアアアアアアアァァ!!』
「だーうるせーーーーー!!」
大地を揺るがす龍の咆哮に、ヤケクソになったシヅキがキレながら叫び返す。
彼我の戦力差はあまりにも大きく、どう考えても勝てる相手ではない。だが、シヅキが逃亡するのをスカーレッドが大人しく見守ってくれるとは到底思えない。
そうである以上、この理不尽な存在はこの場でぶちのめす必要があるだろう。シヅキは運営への怒りをスカーレッドへ向けて全力でぶつけることにした。
つまりは──八つ当たりだ。
「……ぶち殺ぉす!〈
まるで赤い龍に対抗するように、シヅキの身体に赤く発光する罅が走り、血色の霧が放出される。そして、シヅキはそのまま倒れることなく深紅の刀身を顕現させた。
前回の探索後、シヅキは密かに
なんと、
これが
だが、事実として血の剣の後隙が消せる以上、これを活用しない理由はない。
シヅキは身体の調子を確かめるように両の手に持った蛇腹剣を振るい、じゃらりと音を立て、分割された刃がスカーレッドへと迫る。
先ほどからその場に滞空しシヅキを興味深げに眺めていたスカーレッドは、刃を横目で眺めるだけで避けもせずに佇んでいた。絶望的なまでの彼我の力量差。きっと攻撃だとすら思われていないのだろう。
だが、曲線を描く血の剣はくすんだ赤色の龍鱗を断ち切り、僅かながらもスカーレッドに出血を強いた。龍の体躯を考慮すればそれは掠り傷にも満たないほどのものだろうが、その瞬間、スカーレッドの瞳に驚愕の感情が浮かんだのをシヅキは確かに感じとった。
僅かでも傷が付けられる。血が流れる。そうである以上、どれだけ強大な存在であろうと殺せない道理はない。
「舐め腐っていた相手に傷を付けられた気分はどうかな~? ちなみにわたしは今、最っ高に気分がいいよ!!」
ようやくシヅキを脅威だと認めたのだろう。スカーレッドはやや緩慢な動作で動き出し、シヅキへ向けて体躯に見合った巨大な腕を振るう。その五指には、刀剣を思わせる鋭利な爪。
スカーレッドとシヅキには人と鼠ほどの体格差がある。龍としては緩慢な動きでも、人から見れば凄まじい速度だ。
だが、今のシヅキもまた常人の域にはない。くるりと身を捻り、地表を削りながら迫りくる、普段のシヅキなら為す術もなく食らっていたであろう
シヅキは受け流した勢いでくるくると回転しながら、その勢いを乗せて左の蛇腹剣を振るう。先端部のフックが龍鱗を穿ち、スカーレッドの巨体に楔となって突き刺さる。
飛び上がり、空中で無防備になったシヅキを狙うもう一方の腕。左手に持った蛇腹剣を縮め、急速に移動することでふたたび躱す。
「鈍いにぶーい!」
スカーレッドの体表を滑るように移動しながら、空いた右手の剣をそのまま使い線を描くように斬り付ける。今まで血の剣を使用していたときには一度も感じたことのない、粘土を棒で抉るような強い抵抗感。
流石は龍、鱗だけでなくその内に秘めた肉すらも非常に固いらしい。これならば傷の大きさ、深さよりも数を稼いだ方が良いだろう。それに、今のシヅキは何もせずとも減少していくHPを補給する必要もある。
シヅキは剣を引き抜き、分割し、今度は同じ部分を抉るように斬り付ける。刀身分割時の蛇腹剣は鞭のようなものだ、その速度は剣として振るったときの比ではない。小さな刃は大した抵抗もなく龍鱗を穿ち、肉を引き裂いていく。
「西洋竜~♪背中に腕が~♪と~どか~ない~♪っと!」
シヅキは気分良さげに即興で歌を口ずさみながら、スカーレッドの背中に乗って翼の根本を重点的に斬り付ける。きっと翼は破壊可能部位だ。そうでなければ、このエネミーは少しその気になるだけであらゆるプレイヤーの攻撃圏から逃れることができるということになってしまう。
そう考えたシヅキが翼の根本に付けた傷は、他の部位とは違って傷痕が消滅していない。どうやらシヅキの狙い通り、両翼が破壊可能部位となっているらしい。
……そう、シヅキには巨大な龍との戦闘経験がある。
と言ってもUGR内での話ではない。シヅキは自らの渇きを満たすため、今まで数々のゲームをプレイしてきた。求めるのは命を削るような過酷さ。当然、それ相応に難易度の高いゲームが多くなる。
その中でも、やはり『龍』というモチーフはいつの時代でも不変の人気を誇るらしい。人とそう変わらない大きさの飛竜の群れから、山と見紛うばかりの巨躯を誇る地龍まで。多種多様な龍と相対し、殺し合い、その悉くを屠ってきた。
その経験が、まさに普遍的イメージの『ドラゴン』そのものであるスカーレッドに対して有効に働く。圧倒的な存在格の差を超えてシヅキを優位に立たせる。
スカーレッドが尾を振るい、背中に張り付く鬱陶しい存在を叩き落とそうとする。牽引移動で回避する。
スカーレッドが身を振るい、背中に張り付く鬱陶しい存在を払い落とそうとする。楔を打ち込み耐え忍ぶ。
スカーレッドが背を地に向け、背中に張り付く鬱陶しい存在を振るい落とそうとする。腹側に回り肉を断つ。
時間が経つほどに目減りするシヅキのHP。だが、剣を振るえば振るうほどHPは回復できるのだ。消費と回復、そのサイクルは十全に回っている。何も問題はない。そのはずだ。だが、ほんの少し、シヅキの脳裏に引っ掛かるものがある。
────いくらなんでも弱すぎる。そう、脅威度355とは到底思えないほどに。
確かに今のシヅキは
それはつまり────どういうことだろう。シヅキの戦闘センスがとてもすごいということか?
「わたしってすごい! さぁさぁ、名実ともに蜥蜴になる時間だよ! これで……落ちろ!!」
全力を込めて振るわれた一対の刃。音の壁を破り、凄まじい速度でスカーレッドの翼、その付け根を斬り抉った。
────そして、空の支配者、真なる竜種が地に墜ちる。
◆◆◆
『焦熱地獄山』は厳しい環境と強いエネミー、それに強大な徘徊型フィールドボスが揃い、プレイヤーからの評価が非常に低い不人気フィールドだ。
そして『焦熱地獄山』のファストトラベル地点は凄まじい威容を誇る龍とトッププレイヤーの戦いを安全地帯から眺められる、プレイヤーからの評価が非常に高い人気の場所だ。
今日もまた、いつもと同じように強大な龍の姿を眺めようとプレイヤー達が集い────いつもと違う風景に、辺りは騒然としていた。
「おい龍の翼が──」
「今戦ってるのってどこのPT──」
「確かPTじゃなくて血の剣ウーマンが──」
岩場に腰掛け、酒を飲みながらざわざわと騒ぐプレイヤー達。その後方のリスポーン地点から、赤色を基調とした装備一式を身に纏った男女が現れる。
彼らは辺りにいる観衆の様子を見て怪訝な顔を浮かべた。
「……うん? なんだか騒がしいな……僕達より先に誰かが挑んでるのかな?」
「ちょっと、ネイル!! あれ見てあれ、スカーレッドが墜ちてるわ!!」
「……なんだって? 水月、それは…………」
彼らはプレイヤー『アーネイル』と『
現状のUGRにおける最上位プレイヤーと目される存在であり、その保有EXPは10000を超える。
彼らは定期的にこの『焦熱地獄山』を訪れては
表向きは未だ誰も倒したことのないボスを打倒するため。だが、その真の目的は────
「翼の部位破壊……!? 僕達でもまだ成し遂げたことがないのに……」
「どうするネイル、すぐに向かう!?」
「……そうだね、急ごう。ただ……もう既に事は起きてしまっている。ならば僕達がするべきは交渉と……協力。まあ、後者は相手が望めばだけど。…………そのためには、あくまで友好的な関係を結ばないといけない。くれぐれも気を付けてね」
「わかってるわよ、早く行きましょう!」
そうして、思惑を秘めた者達は駆け出した。龍と戦う何者かに会うために。
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Tips
『トッププレイヤー』
UGRはあくまでアングラなゲームであり、プレイヤー間の情報交換もそこまで活発に行われてはいない。
アーネイル達の評価も『あれより強いプレイヤーは見たことないし多分あれがトップだよな~』という、周囲のプレイヤーの漠然とした認識を起因とする曖昧なものだ。
ゲーム内に何らかの公開ランキングがある訳でもなく、本当のトッププレイヤーが誰なのか、どの程度のものなのかは実際のところ運営以外誰も理解していない。
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