第四十一話:徘徊するタイプの災厄
「血の剣ウーマン……血の剣ウーマンってなにさ……」
黒峯と別れた後、彼女の言っていた匿名掲示板の書き込みを確認し、シヅキは一人不貞腐れていた。どうやらシヅキは匿名掲示板内で可愛く強い『血の剣ウーマン』として密かに人気を博しているらしい。
創作物のような格好良い二つ名とまでは言わないが、それにしてももう少しなにか言いようがあるだろう。スキル〈血の剣〉を愛用する人間が『血の剣マン』と呼ばれているのはシヅキも知っていたが、それはPvPの弱者側である哀れな存在へ向けた、いわば蔑称のようなものだと考えていた。
あそこでは他にも『AGI極マン』などの蔑称が存在しているようだし、きっとそういうものなのだろう。
それがまさか、PvP常勝、あまりの強さに匿名掲示板で語られるまでに至った自身までもが同様の呼び方をされるとは。
「そもそもわたしの強さの根源は血の剣じゃなくて
そもそも今ここで自身に相応しい二つ名を考えたところで、どうやってそれを広めるというのか。まさか匿名掲示板に『これから私のことはナントカと呼んでください』などと書き込む訳にもいくまい。
そんなことをしてしまったら一生ネットのおもちゃ扱いを受けるのがオチだ。それよりはまだ血の剣ウーマンと呼ばれる方がよほどマシだろう。
「いやそもそもそんなことどうでもいいんだった。いやどうでもよくはないけど……。……そうじゃなくって! 優先すべきは経験値稼ぎだよ……まったくもう」
『焦熱地獄山』のファストトラベル地点で独り言を呟いていたシヅキ。ふと顔を上げ、見渡してみると、周辺にいる他プレイヤーが不審な様子を見せていたシヅキから露骨に距離を取っているようにも思えた。
ゲームプレイ暦が長いシヅキにとって、独り言は習性のようなものだ。不審者扱いをされるのは慣れているが、だからといって心地良いものでもない。
シヅキは周りの視線から逃れるように、足早に付近のインスタンスダンジョンへと向かっていった。
◇◇◇
「一番近いところで脅威度75か……。ここでも稼ぎはできるんだろうけど、どうせならもっと効率よくやりたいな。やっぱり次のフィールドか……あちち」
『焦熱地獄山』は一つ前のフィールド『天厳山脈』と比べて高低差が少ない。厳つい名前に反して比較的なだらかな山といえる。
だが、全体を構成する茶褐色の岩場は、岩の隙間から赤い溶岩が流れ出していたり、絶えず流れ続ける広大な溶岩の河があったりと、『天厳山脈』とは別方向に過酷な様相を呈している。
UGRにおいて気温による暑さ寒さはあくまでフレーバー要素であり、基本的にプレイヤーが不快に感じない程度まで自動で調整が掛かる。だが、岩の隙間から流れ出す溶岩に軽く近づいたシヅキは、明確な『熱さ』を感じた。
それはつまり、このフィールドではフレーバーではなくギミックとして熱さが設定されている──環境自体がダメージ要因となり得るということだ。溶岩に触れるのはもちろん、ある程度近づくだけでも熱によるダメージを受けることになるだろう。
おそらく、見た目からしてこれらの環境要因は火属性に対する耐性を高めればある程度軽減できるはずだ。耐性を十全に高めていれば、あるいは溶岩浴という貴重な体験もできるのかもしれない。
とはいえ現状シヅキはそのような耐性を持っていないので、仮に今それを試みたところでシヅキの丸焼きがひとつ出来上がるだけに終わるだろう。
「汗かかないのはいいんだけど……この熱さの中を進むのは結構つらいな。クーラードリンコ……的なアイテムなんて持ってないし、肉体への影響ってことを考えるとVITとかでも軽減できそうかな……?」
少し立ち止まり、どうやって先のフィールドへと進むかを考える。ここは既にシヅキより格上のフィールドなのだ。『天厳山脈』のように考えなしに進むのは難しいだろう。
考察通りなら、高いVITをもってすればギミックをある程度無視できそうに思える。格上のエネミーで溢れているのなら攻撃によるHPの吸収も狙えるはずだ、いっそ
「いやぁ……池ポチャ即死か
いくらシヅキでも自分はそこまで無謀ではないと思いたいが、あの高揚感、何もかもが自らの手の内にあるかのような全能感は一種の麻薬のようですらある。実際に正気の判断ができるかどうかは怪しいところだろう。
結局、シヅキは横着をせずに慎重に進むのが一番の近道だと判断し、独りぽてぽてと岩場を進み始めた。
◇◇◇
「あっっっっっつ!! 死ぬ!!」
『焦熱地獄山』の探索を開始して暫く。ここまでの道中で、シヅキは多種多様なエネミーと遭遇した。
火を纏った蝙蝠、火を吐く蜥蜴、火魔法を扱う狐、溶岩でできたゴーレム、火を纏い踊り狂いながら勝手に死ぬ猿。まるで燃えていなければ死ぬと言わんばかりの火属性目白押しだ。
というか、よく考えれば最後のエネミーは別に火を纏っていたのではなく自然発火によって炎上していただけではないだろうか。何故このフィールドに配置されていたのだろう。
哀れな猿を見れば分かる通り、このフィールドでは火属性に対する耐性がなければ話にもならないのだろう。おそらく環境によるものだろうが、先ほどから溶岩には近づいていないにも拘わらずシヅキのHPがじわじわと減り始めており、その速度はフィールドの奥へ進むほど早くなっている。
現状はセルフヒーリングだけで十分に対処できているが、膨大なHPを持つシヅキでこれなのだ。普通のプレイヤーではとてもではないがここまでは来られない、あるいは来るだけでも多数の回復リソースを投入する必要があるのではないだろうか。
体感気温こそ調整が入るが環境ギミックはそうではなく、当然火による攻撃も普通に熱く感じる。それに、火属性の攻撃は見た目から範囲が分かりづらい。火の周囲、外見上は何もない部分にもダメージ判定が及んでいることが多いのだ。シヅキは効率を考慮し攻撃をぎりぎりで躱す癖があるため、火による攻撃は非常に苦手としている。
先ほどから事あるごとに炙られ続け、いい加減シヅキは我慢の限界が近づいてきていた。
「どう考えても火耐性装備だの装飾品だのを用意してから来るフィールドだよねぇ……。HPによるゴリ押しが効くのはありがたいけど、これ下手したらわたしもあの猿みたいに自然発火で
今まで戦ってきたボスや探索してきたダンジョンのデザインからして、UGRの運営は理不尽な要素はあまり好んでいないように思える。
あるいはシヅキが知らないだけで、一時的に属性耐性を付与する消費アイテムが存在している可能性もある。というか、おそらくはそれが正攻法だろう。このゲームではビルドに関わらずいつでもどこでもスキルによってアイテム制作が可能なのだ。そうである以上
つまり、制作を一切やっておらず調べてもいないシヅキだからこそ、こんな苦行としか言いようがない強行軍をする羽目になっているのだろう。
シヅキは思わず泣きそうになった。
「……これ服とか燃えないよね? 流石に全裸で人の集まるファストトラベル地点に向かう勇気はないよわたしは……」
このまま環境ギミックが強まった先を想像し、シヅキはぶるりと身震いした。今でこそイルミネの趣味である露出の非常に多い恰好をしているが、別にシヅキ自身は露出趣味など持ち合わせていない。
もし服が燃えたら即宿屋へ戻ろうとシヅキが覚悟を決めていると、不意に頭上から雷鳴のような音が聞こえてきた。だが、このフィールドは常に夕焼けのような赤い空が見えてこそいるが、雲などどこにもなかったはずだ。火山雷かなにかだろうか。
不審に思ったシヅキが音の発生源──頭上を見上げると、遠くの空になにか楕円形の影が見えた。どうやら音はその影が発しているらしい。
シヅキが何も考えず影をぼうっと眺めていると、細長かった影が急に丸く、大きくなりだして────いや違う、あれは影が頭を此方へ向け、急速に接近してきているのだ。
「……は? いやいやいや! なんで急にこっちに────」
シヅキがわたわたと慌てて逃げ場を探しているうちにも空飛ぶ影は凄まじい勢いで接近し……駆け出したシヅキの前を塞ぐようにして、巨大な体躯を持つ生物が悠然と降り立った。
くすんだ赤色の鱗。曲がりくねった大きな角に太く長い尾。巨大な翼で地表すれすれに滞空し、縦に開いた金色の瞳孔をシヅキに向ける、その存在の名は────『
「前言撤回! ふざけんな理不尽クソ運営!!」
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Tips
『
この世界に古くから存在している、人知を超えた存在……という設定のエネミー群。
現在ゲーム内で存在が確認されているのは『真龍スカーレッド』『真龍シェードブラック』『真龍ヘイルブルー』の三体。いずれもフィールドボスであり、その脅威度は300を超える。
『偽竜』という龍を
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