第四十話:二つ名『血の剣ウーマン』
「墜落死は一番面白くなああああいい!! ……あっ名案! スプリングシューズ作って着地を……〈生命転換〉解除!からの〈血刃変性〉! 発動しない……武器じゃないからダメ!? …………『偶然ちょうど足がすっぽり収まるアームガードの付いたぐるぐる刃のレイピア』!!〈血刃変性〉!! ああぁ無理かぁ!」
数百メートルの高さを落下しながら、シヅキは転落死を防ぐために策を練る。だが、衝撃を緩和できる物品を血刃変性によって生成するのはスキルのルールに抵触するため不可能らしい。そもそもとして、ばね付き靴でどうにかできるような高度ではないのだが。
であるならば、今シヅキの取れる手段だけでなんとかするしかない。
考え込んでいる間にも地面が刻一刻と近づいてきている、最早残された猶予は少ない。
「……そうだ振り子だ! ちぇいやぁ!!」
シヅキはできる限りの全力で蛇腹剣を振りぬき、自身の横、蛇腹剣が最大まで伸長するほど離れた位置の崖にフックを撃ち込んだ。
途端、蛇腹剣の先端部を支点としてシヅキの身体が弧を描き、真下へ向いていたベクトルが横方向へ変化する。
そしてそのまま支点を中心にぐるりと半円を描き、シヅキの身体は上方へ向かって飛び上がった。
「んぎぎ肩がもげるぅ……!」
その後、上昇の勢いが無くなり再び重力に引かれ始めたところで蛇腹剣を糸として振り子と化すのを数回繰り返した結果、シヅキはなんとか無事減速することに成功した。
「これ、五ツ花でVITとSTRが上がってなかったら保持しきれなくて落ちてたやつだな……。うーん危機一髪」
地面から十数メートルの地点で停止したシヅキ。二つの蛇腹剣を上手く使い、無事地面へと降り立った。
目を凝らせば、少し先に山道らしきものが見える。その更に先には別フィールドへの入り口らしき大きな吊り橋。
どうやら、結果的には大幅なショートカットに成功したらしい。
「おぉー、これはあの蜘蛛くん達に感謝しなくちゃだなぁ。…………いや、あいつらが居なければもっと落ち着いて崖下りができたのでは? やっぱ許さん!」
派手なアクションを繰り広げたことで、シヅキは若干ハイになっているらしい。蜘蛛型エネミーに対して感謝と怒りをぶつけながら、痛めた肩を解すようにその場で軽い柔軟運動を行う。
「ん、ぐ、ぐ……ふぅ。……いやぁ、紐無しバンジーって思ったより楽しいんだなぁ……」
一通り身体を動かしたことで精神状態も落ち着いたシヅキは、周辺にあるものと色味や種類の違う、おそらくはエネミーが擬態していると思われる岩を慎重に避けつつ、ぽてぽてと山道、そしてその先にある吊り橋へ向けて岩場を歩んでいく。
◇◇◇
エネミーに捕捉されることなく、無事に吊り橋付近までやってきたシヅキ。近づいて分かったが、前方、吊り橋の手前に複数の人影が見える。なにやらふたつのグループに別れて揉めているようだ。
見れば、人々の頭上にはネーム表記。揉めている人間は例外なく全てプレイヤーらしい。
「なんらかのイベント……ではなさそうだねぇ。プレイヤーか……めんどくさいな」
シヅキはその場に立ち止まり暫く考え込むと、言い争っている場から距離を取り、遠目に事態を眺めているプレイヤーを探してぽてぽてと近付いた。
「あの、すみません。なんだか揉めてるみたいですけど、なにがあったんですか?」
「ん? えっ、うわっ……」
シヅキが猫を被って適当なプレイヤーに話しかけると、話しかけた相手がシヅキの恰好を見て、言葉を失うほどに驚いた様子を見せた。
そういえば自身は非常に扇情的な恰好をしている上に、今現在全身には赤黒い鎖の文様が浮かんでいるのだ。シヅキはもう慣れてしまったが、この姿は初見では相当な衝撃を受けるだろう。
とはいえ今はそんなことはどうでもいい。シヅキは猫を被ったまま、話を促す。
「あの……?」
「あ、あぁ……何があったか、ね。……質の悪いプレイヤーが結束して、吊り橋を封鎖してるんだよ。通りたければ通行料を払えー!って感じで」
「……STRの高い人が薙ぎ払えばいいのでは?」
UGRにおいてフレンドリーファイアは存在しないが、ダメージが与えられないだけで干渉自体は不可能ではなかったはずだ。
そうでなければ、以前遺跡を探索した際、蛇腹剣を使ってシヅキ以外の面々にショートカット通路への侵入を試みさせることもできなかっただろう。
「いやぁ……PTを組んでないプレイヤーには強い干渉はできないからね。触れるくらいならともかく、押したり掴んだりしても意味はないのさ」
「あぁ、なるほど……ありがとうございます、その辺りの仕様は知りませんでした」
シヅキは知らなかったが、どうやらPTメンバー以外にはダメージだけでなく干渉行為も不可能となるらしい。つまり、悪質プレイヤーの集団は自らの身体を壁にして吊り橋を封鎖しているということだ。
だが、吊り橋の入り口すべてを物理的に封鎖しているのでもないのならシヅキとって大した障害ではない。吊り橋の入り口付近へ適当に近づいたシヅキは、橋桁の支えとなっている柱へ蛇腹剣を引っ掻け、牽引移動によって集団の頭上を軽々と飛び越えた。
背中にプレイヤー達の視線が集まるのを感じながら、シヅキは悠々と吊り橋を歩んでいく。
「変なこと考える人もいるもんだなぁ」
「ちょっ、待っ────」
「ふふ、待たないよー」
吊り橋入り口を封鎖していた悪質プレイヤー達が、慌てた様子でこちらへ手を伸ばしているのが見える。だが、わざわざ言う事を聞く道理などない。
シヅキは背後へ向けてウインクをひとつ返し、巨大な吊り橋を走り抜けていった。
◇◇◇
長い吊り橋を渡り切ったシヅキ。すると唐突に、視界に『北部:焦熱地獄山』というポップアップが表示された。新しいフィールドに入ったということだろう。
「あぁ、ファストトラベル地点が吊り橋のすぐ近くにあるんだ……。だからあんなふうに封鎖なんてしてるのかな」
シヅキは紐無しバンジーで相当な距離をショートカットしたが、本来この吊り橋へたどり着くまでには非常に険しい山道を延々と歩かなければならないのだ。
長い距離を進んだ末、目的地であるファストトラベル地点を目前にして悪質プレイヤーに絡まれたのなら、面倒を嫌って素直に通行料を支払ってしまうプレイヤーが出てきてしまってもおかしくはない。
しかも悪質プレイヤー側はこのファストトラベル地点から少し歩くだけで封鎖場所まですぐに移動できるため、大した労力もかからない。なるほど、中々考えたものだ。
「まぁ次のアプデで対策されそうな気はするけど……。さて、ようやっとファストトラベル地点が解禁できたし、一旦戻ってバステを解除してこようかな。ついでにおひるごはん食べてこよう」
ちょうど時間的にも昼時だ。シヅキは宿の自室へ戻り、ログアウト処理を行った。
◇◇◇
「もし、そこの方! もしかして血の剣使いのシヅキ様でしょうか?」
「うん?」
休憩を終え、再びログインしたシヅキ。『北部:焦熱地獄山』のファストトラベル地点へ戻ってくると、途端に背後から声が掛かった。
振り返ると、赤と黒の二色を基調としたゴシックロリータを纏った、可愛らしい顔つきの少女が居た。……見ているだけで暑くなってくる。
「あぁ、不躾に申し訳ありません……
「へーえ? わたしが話題にねぇ……? こんな格好してるにんげんが二人や三人もいるとは思わないし、たぶんわたしで合ってると思うよ。〈血の剣〉~……」
そうであるなら期待に応えてあげるべきだろう。シヅキは血の剣を使用し、その場に崩れ落ちた。
「あぁ、やっぱり! まさか血の剣ウーマンとこんなところで会えるなんて……」
「……は? なんて?」
今なにか聞き捨てならない渾名が聞こえた気がする。シヅキは思わず聞き返した。
「その、
シヅキはしっかりと聞き返したはずだが、黒峯は鼻息荒くシヅキに言葉の濁流を浴びせかけてくる。おそらくは憧れの存在に会って興奮しているのだろうが、早口すぎて、何を言っているのかシヅキにはあまり聞き取れなかった。
「どうどう、落ち着いてよ。別にわたしは逃げたりしないからさ。ほら、深呼吸深呼吸」
「あぁっ申し訳ありません! すぅー……はぁー……」
このまま話していても埒が明かない。シヅキは強引に話を止め、黒峯に深呼吸をさせた。
落ち着いたのを見計らって、シヅキは先ほどから気になっていたことを聞き返す。
「…………で? 血の剣ウーマンとかなんとか聞こえたんだけど……あれなに? 蔑称?」
「蔑称だなんて、そんな……! あ、いや、元を辿ればあながち違うとも言えない……? えぇと、某匿名掲示板の……UGRスレッドというものはご存知でしょうか……?」
「あぁ、あれ? 情報収集目的でたまーに見たりしてるけれど、あんまり詳しくは知らないかな」
UGRは非公認ソフトウェアとしては破格の人口を誇るが、とはいえ所詮は非公認製品だ。Web上に情報は少なく、その少ない情報を辿っていくうちに、比較的アングラ寄りである匿名掲示板のスレッドに辿り着いたことがある。
出先での隙間時間などに見ることもあるが、基本的にシヅキは暇さえあればUGRをプレイしているため機会は少ない。それに情報の精度も怪しく、精々多少の参考にできるかどうかといった程度だ。そこまで入り浸って閲覧してはいない。
「彼方で『血の剣使いなのに異様に強いプレイヤーがいる』という書き込みがされており……。その書き込みに貼られてたスクリーンショットを見て、とても華麗で格好良いと思い……」
「なるほどー? ふふん、そうでしょ。わたしは格好────」
「えぇ! 蛇腹剣ってロマン!ですわよね!!」
どうやら憧れの対象は蛇腹剣であって、シヅキ自身のファンというわけではないらしい。危ないところだった。
割と手遅れだった気もするが、黒峯が途中で興奮した様子で割り込んだため発言は遮られている。ギリギリセーフだろう。
「あ、うん。そうだね……」
「それで、
「なるほどねぇ。それを聞きたい、と。そういうことで合ってる?」
シヅキが聞くと、黒峯はぶんぶんと首を縦に振った。確かに〈血の剣〉だけでは蛇腹剣は作れない。これに憧れて課金までしてリビルドをしたというなら、やり方はさぞ気になることだろう。実際の使い手を見かけて、思わず突撃してしまう気持ちは分かる。
だが、血の剣を変形させる〈血刃変性〉は血の剣を使い込むだけで解禁される。それをわざわざ聞きにくる辺り、黒峯はビルドを変更してからまだ日が経っていないのだろうか。
「ふむ……。リビルドしたのはつい最近のこと?」
「えぇ、一昨日変えたばかりで……」
「あー、そりゃあ分からないわけだ。えぇと……そうだね。『血の剣を100回使う』のが解禁条件のスキルで形状を変更できるようになるよ~。〈血刃変性〉! ほらこんな感じ」
「おぉ……!」
進む先が見えていた方がモチベも高まるだろう。同好の士である以上、協力するのを厭う気持ちはない。それに血刃変性は血の剣を使い込んでいれば自然と解禁されるのだ。情報の価値も大したものではない。
シヅキは黒峯に半ば見せびらかすように、両手に携えた蛇腹剣を身の丈を超える大斧へと作り変えた。
「いいですわねぇかっこいいですわねぇ……。赤一色の厳ついフォルムが素敵……♪」
大斧は蛇腹剣と比べて
どうせ血の剣の生成物はほとんど重量を持たず、破壊もされないのだ。そうであるならば格好良さを追求する方がいいだろう。
「あぁそれと、血の剣とは直接は関係ないんだけど……自傷ダメージ量で解禁される
「えぇ、えぇ! …………あの、感謝致します! ずっと出待ちしていた甲斐が……ごほん! あーっと……急に話しかけたにも拘わらず、何から何までご親切に……」
「いやぁ、同好の士は大切にするもんだからね。気にしないでいいよ~。……あそうだ、良かったらフレンド登録でもする? 同じビルドなんだから、お互いに有益な情報を融通し合えそうだし」
HP特化ビルドの世間での評価からして、おそらくシヅキと同じ傾向のビルドでシヅキほどの強さに至ったプレイヤーは現状ほぼいないのではないだろうか。
黒峯が後追いをしてくれるのなら、シヅキでは見つけられなかった、取りこぼしたものを見つけてくれるかもしれない。それと、よくよく見れば黒峯は顔がシヅキの好みのタイプだ。
シヅキは打算6割我欲4割で黒峯にフレンド登録を申し込んだ。
「……はい! よろしくお願い致しますわ、シヅキ様!!」
「ふふっ、よろしくね~」
こうして、シヅキの寂しいフレンド欄にまた一人新たな人物が記載されることとなった。
「あっそうだ、忘れるところだった。血の剣ウーマンって────」
「申し訳ありませんフレンドに呼ばれたので落ちますわー!!」
──────────
Tips
『他プレイヤーへの干渉』
敵エネミーが存在するエリアでは、PTを組んでいない他プレイヤーには如何なる影響も及ぼすことはできない。
これはスキルの効果も例外ではなく、バフやデバフ、あるいは回復なども含めて完全に無効化されるため、故意の妨害は基本的に不可能。
だが、街やファストトラベル地点等の安全地帯及びフィールドボスとの戦闘中など、例外的にある程度の相互干渉が解禁される場合もある。
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