第六章

第三十九話:登って落ちて

お待たせしました、第六章です。

(何事もなければ)毎日19時に1話ずつ、順次投稿される予定です。

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『お前達人間の数少ない取り柄である、個体数の利すら活かさないとは。随分舐められたものだな……人間風情が、魔族ニェラシェラたる我に敵うとでも?〈法典ルール:我がかいなは万物を滅す〉』


 尖った耳を持つ少女と相対する人型のエネミー──魔族ニェラシェラ。その両腕が肥大化し、青い瘴気を纏いだす。

 言語を操り、スキルを使用するエネミー。明らかな別格の存在であるそれを前にし、少女は気圧された様子もなく不敵な笑みを浮かべた。


「敵うかどうか、ね。ふふ──オマエの首に手が届くと思ったから、こうしてわたしはここにいるんだよ。〈外器オーバーヴェセル:赤き鮮烈なる死レッドラッドデッド〉」



    ◇◇◇


 めいでんちゃん達と地下遺跡探索を繰り広げた翌日、シヅキは宿の自室で一人腕を組み、うんうんと考え込んでいた。


「うぅん……赫血シリーズの片手剣は確保できたけど……自己強化、自己強化か……」


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赫血の曲剣・Ⅴ

装備アイテム(武器・片手剣)(等級:Ⅴ)

片手武器

HP+1000,HP+25%

攻撃命中時、40%の確率で自身のHPを1%回復する


闇属性

武器攻撃力:60+(STR*0.6+DEX*0.4)


トレード不能

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 昨日イルミネと別れた後、シヅキはPvPマッチで五十連勝を達成し、無事『赫血の曲剣・Ⅴ』を手に入れていた。


「手持ちのスキルチケットは400が二枚、800が一枚……。蜥蜴丸のことを考えるならHPを伸ばすべきで……いやでも貴重な800チケを消費Pt安めなHPブーストⅣに使うのは…………う~ん」


 等級Ⅳのスキルを取得するのに必要なEXPは800Ptであり、スキルチケット800を使用することで余剰なく代替が可能だ。だが、ステータスをブーストするタイプのパッシブスキルは、総じて取得に掛かるEXPが若干引き下げられている。

 等級Ⅳである〈HPブースト・Ⅳ〉は600Ptの消費で獲得できるが、これをチケットを消費して習得した場合、たとえ本来の消費量がチケットの数値より少なかったとしても差額は補填されない。割引分の200Ptは無駄になってしまうのだ。


「経験値をあと1800Pt稼いでHPブースト系ふたつ取る、で、チケットは他に使う……かな? HPブースト・Ⅳと無尽蔵の生命力を合わせて取るとHPは……17760Ptか。これなら赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドの補正が……355Pt! 蜥蜴丸も余裕で装備できるね~」


 HPを単純に割り増しするパッシブスキルは残り二つ、40%UPの〈HPブースト・Ⅳ〉とHPを倍増させる〈内器インナーヴェセル:無尽蔵の生命力〉だけだ。

 それぞれ習得にはEXP600Ptと1200Ptが必要となるため、合計で1800PtのEXPを稼げば双方とも習得できる計算になる。


「稼ぎ作業の理想は格上狩り……。これ赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドがあるからものすごい格上でも挑めるのでは? わたしの脅威度は59相当だけど、赤き鮮烈なる死レッドラッドデッド発動中はたぶん脅威度100くらいまでなら余裕で勝てるはずだし……ええと資料資料」


 シヅキはイルミネから貰った『目ぼしい食材一覧リスト』を確認するが、そこには最大でも脅威度90程度までの敵しか記述がされていなかった。

 そういえば、このゲームの現在のトップ層がおおよそ脅威度100前後の強さだという話をどこかで聞いた覚えがある。つまりこの資料に載っているのは、それらから一段落ちた『中堅上位層』ともいうべきプレイヤーの持つ情報までなのだろう。


「うぅん、資料がないのは困るな……。当てずっぽうで行くにしても、どの方角に向かったものやら…………よし、こういうときは~」


 シヅキはごそごそと自らの懐を弄ろうとし、そもそも懐などというものがない恰好をしていることに気付いた。

 暫し固まった後、硬直から復帰したシヅキはインベントリから10000メノー金貨を取り出した。


「えーっと、表で東西、裏で南北! ほっ……裏かぁ。んじゃ表で北、裏で南、よっ。……北ね、なるほど」


 二回のコイントスによって、シヅキは向かう方角を決定した。

 ゲーム開始地点であるクレコンテッタの町、そこを中心として、各方角には固有の環境ともいうべき個性をもったフィールドがある。

 東は森林、西は遺跡、南は海洋、そして北は──山岳地帯。


「うぅん、そうだな……。ちょうど『小鬼と妖精の大洞穴』も道中にあるし、ついでにトロールチャンピオンにリベンジしてくるのも良さそう。今のわたしなら流石に余裕でしょ」



    ◇◇◇


「あはーっ! リベンジ成功!! 楽勝だったねぇ? ……せーの、それっ!」


 光になって消えていくトロールチャンピオンのすぐ傍で、赤い霧を纏ったシヅキが自らの首を切り落とす。笑顔を浮かべた頭部が宙を舞い、残った身体ごと白い花に包まれ再臨リィンカーネーションした。

 ふるふると頭を振り、平静を取り戻したシヅキ。しかし視界に映るインターフェースを見て、その動きがびくりと固まった。


「……あっ、赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドを利用した格上狩り、赤き呪縛とリィンカーネーションの制限があるから1回ごとに帰還しないといけないじゃん!! えっこれどう、しようもない……な?」


 リィンカーネーションには一度発動するとリスポーン地点に帰還するまで再発動できない制約が、赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドには使用後30分間HPが1/10になる制約がある。前者は単純に性能的な調整、後者はおそらく蘇生手段と組み合わせた際に確定死亡のデメリットが踏み倒されるのを防ぐ狙いがあるのだろう。

 だが、自動蘇生が一度しかできない以上、赤き鮮烈なる死レッドラッドデッドを利用した格上狩りは逐一リスポーン地点である宿屋へと戻る必要が生じる。これでは当初想定したよりも効率はずっと落ちるのではないだろうか。


「うぅん……まぁ、ファストトラベル地点にほど近いインスタンスダンジョンなら往復してもそこまで手間じゃない……かな?」


 ファストトラベル地点は基本的にフィールドの入り口付近に設置されている。そして、インスタンスダンジョンはフィールドの奥にあるものほど脅威度が高くなっていく傾向がある。

 つまり、シヅキが目指すべき場所は『一番簡単なインスタンスダンジョンがシヅキの遥か格上となる超高難易度フィールド』だ。


「ふむ、ふむ。ここのフィールド入り口辺りのIDが大体脅威度40かそこらだったし、脅威度100前後を狙うとしたら……更に二つか三つ先のフィールドかな? ちょっと遠いなぁ」


 今シヅキが居る『小鬼と妖精の大洞穴』の所在地は『北部:天厳山脈』。北方向に向かって二番目にあるフィールドだ。シヅキは以前、妖精のワインを手に入れるためにこちらへ赴いていたため、ここまではファストトラベルによって比較的簡単に来ることができた。

 だが、ここより先のフィールドにはまだ行ったことがなく、当然ファストトラベルも行えない。稼ぎ作業のためには険しい山脈を辿り、先のフィールドまで徒歩で移動しなければならないだろう。


 空間の裂け目に触れインスタンスダンジョンを脱出したシヅキ。傾斜の厳しい山道をぽてぽてと歩きながらこの先待ち受ける道程を想像し、シヅキは憂鬱そうに溜息をついた。



    ◇◇◇


「ぬおおぉぉしつこい!!」


 雄大な山々、そこに設けられた幅の狭い道を、全力で駆け下りる四つ・・の影。先頭を走るのは、転ばんばかりの前傾姿勢で無理矢理に速度を出している茶髪の少女。

 そして、我先にと少女を追いかける、石でできた蜘蛛のような歪なエネミーが少し遅れて三匹続く。


 現在シヅキは『赤き呪縛』の効果によりHPが本来の1/10になっている。また、それだけではなく、HPの回復までもが封じられてしまっている。

 700と少ししかないHPでは、血の剣どころか血の刃すらまともに使えない。事実上、戦闘行動がほぼ不可能になったも同然だ。

 当然シヅキもそれは弁えており、ここまでの道中では極力エネミーに見つからないよう隠れながら移動してきた。

 だが、やはり隠れながらの移動は行軍速度が著しく低下する。シヅキは途中で痺れを切らし、隠れるのを止め────その直後、蜘蛛型エネミーに発見され今に至る。


 そもそも『小鬼と妖精の大洞穴』をクリアした時点で一度拠点に戻っていれば『赤き呪縛』状態も解除されていたのだが、小鬼と妖精の大洞穴は天厳山脈の中盤辺りに入り口がある。

 天厳山脈自体の入り口、つまりファストトラベルで移動できる地点からはそれなりに距離があったため、一度宿屋に戻った場合、その分の距離を戻されることになってしまう。

 シヅキはその二度手間を厭い、赤き呪縛を解除しないままフィールドの奥地へと進んだのだ。

 つまりこの危機は自業自得といえる。


「くっそ、柔い奴ならまだなんとかなるのに……!! どの部位でも短剣が全く通らないエネミーとか今のわたしじゃどうしようも────オワー!!」


 山道を駆け下りていたシヅキが執拗に追跡を続けてくるエネミーをちらりと横目で確認した瞬間、視界から外れていた足元の石に爪先を引っ掻け盛大に転倒した。

 しかもそこはちょうど曲がり道になっており、転んだその先にあったのは地面ではなく──切り立った断崖。

 シヅキは生身で空を舞う。


「これは流石に死ぬ!!〈血の剣〉……っ! しぇあっ!! …………あだっ!」


 シヅキは僅かなHPを切り詰め、蛇腹剣を生成。使用時の脱力が抜け次第、断崖へ向け蛇腹剣を全力で振るった。

 蛇腹剣先端部、ツルハシのような形状をしたフック部分が思惑通りに断崖へと突き刺さり、シヅキはなんとか転落を免れた。

 崖面へと勢いよく叩き付けられることになったが、転落死よりはよほどマシな結果だろう。


「うぅん、絶景かな……。……それはそれとしてどうしようかなこれ…………」


 蛇腹剣をロープ代わりに、掴むところのない断崖へぶらりと垂れ下がるシヅキ。UGRに疲労の概念はないため、少なくとも時間的な心配はない。ひとまず難を逃れたと考えて良いだろう。

 ぶら下がったまま頭上を見上げると、先ほど追跡してきた蜘蛛達が崖際で押し合いながらこちらを覗き込んでいるのが見えた。

 

「上は無理かぁ……。うーん困った、降りるにしても流石にこの高さは…………」


 シヅキは恐る恐る下を見る。どうやらこの断崖は相当下まで続いているらしい。切り立った崖が下まで続き、その根元、かなり下方には岩地のようなものが見える。

 その高さにシヅキが戦慄していると、不意にシヅキの頭にぱらぱらと小さな何かが落ちてきた。咄嗟に手で払った感触からするに、どうやらそれは小石のようだ。


「……うん? 小石?」


 弾かれたように上を見上げる。無機質な八つの瞳とはたと眼が合った。

 なんと、ほぼ直角である崖を物ともせずに蜘蛛型エネミーがシヅキへ向かって降りてきている。


「うわうわうわ……あっそっか蜘蛛だもん糸ぐらいあるよね! …………えっ、死?」


 上からは蜘蛛、下は断崖絶壁。シヅキに逃げ場はどこにもない。だが、このまま空中で蜘蛛の餌と化すのは断じて御免だ。捕食は既に経験している、二度目は必要ないだろう。


「…………よし! わたしなら何とかなる! 多分! きっと! そう信じてる!! ……あーいきゃーん、ふらああぁぁぁ────」


 覚悟を決め、シヅキは再び空を舞った。


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Tips

『疲労』

UGRにおいて、疲労というシステムは存在しない。

 そのため走ろうと思えばいくらでも走れるし、何かに片手でぶらさがったまま一昼夜過ごすことすら不可能ではない。

 だが、たとえシステム上そうなっていたとしても人の脳がそれに適応できるとは限らない。『ずっと走り続けている』のならば脳が錯覚して息は切れるし、『ずっと力を込め続けている』のならばその部位に痛み、あるいは疲れを感じる、ということが起こりうる。

 だが、これらの錯覚はVRシステムに慣れればある程度は軽減可能ともされている。


 シヅキはVRゲームプレイ経験がかなり豊富で、既にほぼ完全に順応できている。

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