◇第三十二話:油断・迂闊・慢心
「ふーんふーんふーん♪」
自らの能力を最大限発揮できるロケーションだと知り、意気揚々と歩みを進めるシヅキ。その足取りは軽やかで、遂には鼻歌まで歌い出した。
PTの面々は、そんな明らかに浮かれた様子のシヅキを後方から複雑な様子で眺めている。
「なぁ、あれは大丈夫なのか……? 警戒心を欠いてるようにしか見えないんだが……」
「うぅん、大丈夫……ではないんだけれど、あの子言っても聞かないから……。いつもの感じだとそのうち足元を掬われることになるだろうから、そのときは回復お願いね……」
「……そうか、アンタも苦労してるんだな……」
「はっは! 戦闘中あれだけ動けるんだ、そう心配することも──」
「お゙ぐっ……」
イルミネ達が話し込んでいる最中、前方から響いてくる濁った声。見れば、地面から突き出た杭によってシヅキが体の中心を貫かれ、串刺しになっていた。
肩口から突き出た杭は中が空洞で、どうやらストローのような構造になっているらしい。あれでは
「……あぁ、杭罠か……。あれ踏んだ時点で回避はほぼ無理なんだよな……」
「ちょっ、シヅキ!? 回復……の前に抜いてあげないと!」
仕方がないといった様子で首を振る聖野生を横目に、イルミネがすぐさまシヅキへと駆け寄っていく。
確かに杭に突き刺さったままでは回復してもあまり意味がないだろう。まずは助け出さなければならない。イルミネは痙攣しているシヅキの身体に手を掛け、ゆっくりと杭から引き抜こうとする。
「〈リザレク……うん? えっ、嘘だろ? あれでまだ死んでないのか……?」
「流石はHP特化といったところだね! ……まぁ、耐えたところでどうにかなるようなものではないみたいだが……」
「貴方たちも手伝って! このままだとシヅキが……!」
酷く焦った様子のイルミネに呼ばれ、その様子に怪訝な顔をしながらも救出を手伝う三人組。血まみれで痙攣しているシヅキを、ぐいぐいと持ち上げ杭から引き抜き、回復を行う。
「〈ハイ・ヒーリング〉。死んでないならそこまで焦ることもないと思うが……」
「……なんか、様子がおかしくないですか?」
「シヅキは……痛覚反映度100%なのよ……。その、この方が動きが良くなるからって……」
相方の性癖を暴露する訳にもいかず、イルミネはそれらしい内容で濁しつつも、シヅキがここまで苦しんでいる理由、自身がここまで焦っている理由を説明する。それを聞いた三人は、揃って驚愕を顔に浮かべた。
「痛覚反映度100%!? ……いやいやいや、そんなの、下手したら本当に死にかねないじゃないか……」
「ひえぇ……5%でも痛いのに…………」
「……彼女は大丈夫なのかね? その、意識が戻らないようだが……」
シヅキは痛みによって意識を失ったらしく、聖野生の回復によって傷が癒やされても倒れたまま起き上がってこない。
ひやむぎが心配そうに覗き込んでいると、シヅキの目がぱちりと開き、そのまま何事もなかったかのようにのそりと立ち上がった。
「いやぁ~、悪いね皆! ちょ~っと油断しちゃったよ。まぁでも、次は避けるから!」
「やめてよ、ほんと……。心臓に悪い……」
「あんな怪我の痛みを受けて平気な顔ができるのか……」
「いやぁ? ぶっちゃけ一撃で意識刈り取られたからね。一瞬だったし、あんまり痛みは感じてないかな。うーん残念!」
シヅキの発言によって、場に沈黙が訪れる。どうやらイルミネの誤魔化しは徒労に終わったらしい。少し間を置いて、発言の意味を理解したらしき聖野生が顔を歪めた。
めいでんちゃんはよくわかっていないらしく、不思議そうに首を傾げている。
「あぁ、そういう……。まぁ、そういうゲームではあるしな、うん……」
「……さっ、治療は済んだし、先へ進みましょ! ねっ?」
「なにさ、イルミネ。あんまり押さないでよ」
「さー目指せ二層! ちゃきちゃき進みましょ!」
イルミネはヤケクソ気味に声を張り上げ、腕を突き上げPTを先導する。シヅキを除いた一行は微妙な顔をしつつそれに追従した。
「不安だ……」
「……元気があって大変よろしい!」
◇◇◇
「……おぉ? なんか……上の方に横道みたいなのない? ほらあれ」
時には罠を避け、時には遭遇したエネミーを薙ぎ倒し、時には罠に引っ掛かり。そうして順調にダンジョンを進む一行。
ふとシヅキが声を上げる。見れば、天井付近に屈めば入れそうな四角形の穴が開いている。シヅキ達の位置からでは角度的に見えないが、少なくとも単なる窪みのようなものではなさそうだ。
「あれは……ショートカット通路だな。部屋と違って確定で短縮ができるんだが……あんたら、盗賊ギルドのクエストは進めてるか?」
「わたしは入団試験を受けたばっかり~。イルミネは?」
「私も入団試験クリアしただけね……。盗賊ギルドってことは、便利アイテム……あれだと多分鈎爪ロープが必要ってことかしら」
「そうなんだよ。だけど、僕たちは誰もまだ入団試験をクリアできてないからな……。ない以上は仕方ない。スルーだな」
どうやらあの通路は当たりが確定している代わりに利用するのに特別なアイテムが必要らしい。だが、鈎爪ロープといえばシヅキにはひとつ心当たりがあった。
「ねえねえ、これじゃダメ? 〈血の剣〉……。ほいっと。お、いけた」
シヅキは蛇腹剣を作り出し、上部の通路へ向けて振るう。狙い通り、がちりと先端にあるフック状の部分が引っ掛かった。
「……それで行けるのか。便利だな……」
「だが、これだとシヅキくんしか上には行けないんじゃないかな? 変形したまま武器を渡すことはできないだろう?」
「よっ……と。こっちから垂らすからさー! それ持っててよ! 縮めて引き上げるからー! 〈血刃変性〉!」
ひやむぎの発言を受けて、シヅキは高い位置にある通路へと飛び上がった。そのまま上手く通路に入り込み、中から声を張り上げる。
しばらくすると、先端に持ち手のような棒が付き、T字になった蛇腹剣が通路からだらりと垂らされる。
「無茶苦茶やるな……。だけど、結構面白そうだ。おぉい、引いてくれ!」
「結構速度出るから気を付けてねー! 3、2、1、ごー!」
「おわあぁぁ────」
真っ先に挑んだ聖野生は、凄まじい勢いで飛び上がったために通路の端を掴みそこね、そのまま真っ逆さまに逆戻りした。幸い、着地点に飛び込んだひやむぎによって受け止められたため怪我はないようだ。
「うむ。聖野には少し厳しかったかな? 次は私が行こう。なに、手本を見せてあげようじゃないか」
「うっせー筋肉……」
ひやむぎがにかりと白い歯を見せ、聖野生に笑いかけながら剣の先端の持ち手を掴んだ。その表情は自信で満ちており、自身の成功を微塵も疑っていないようだ。
「行くよー! 3、2、1、ごー!」
「うおわぁぁ────」
まるで先ほどの再放送のように、飛び上がったひやむぎはそのまま元の場所へと落下していった。どしんと音を立て、背中をしたたかに地面に打ち付けている。
「おめーも落ちてんじゃねーか! 〈ヒーリング〉!」
「いててて……いやぁ、思ったよりかなり速いね……。彼女はあんなものを普段から使いこなしているのか……」
「どうするー!? ショトカはやめとくー!?」
「うぅん、私達にはちょっと厳しそうだね……。すまないシヅキくん! そちらに行くのは少し難しそうだ!」
「りょうかーい!」
ひやむぎが声を張り上げ断念の意思を伝えると、シヅキが上部の通路から飛び出してきた。
ひらりと身を翻し、壁面へ蛇腹剣の先端を打ち込み──棒状になったままの先端部ががつんと弾かれた。
「あっしまった形戻してなかっ──」
姿勢制御に失敗し、シヅキは地面へ肩から落下した。ごきんという嫌な音が、少し離れたところに居た他の面々の耳にまで届く。
「い゙っ──ん゙、ぐ、うぅ゙っ…………!」
「何やってるんだ……〈ヒーリン……あぁいや、まだCT中だな。〈ファストヒーリング〉」
初めて感じる骨折の痛みに悶絶するシヅキへ、呆れ返った聖野生から回復が飛ぶ。
「………………。〈血刃変性〉。さっ! 先へ進もっか!」
「……シヅキ、耳が真っ赤になってるわよ」
シヅキはまるで何事もなかったかのように、血の剣の形状を元に戻し、そそくさと先へ進もうとする。その耳は羞恥で真っ赤に染まっていた。
「あーあー聞こえなーい! ほらほら、さっさと着い──ごぶっ」
「あっ」
両手で耳を抑えながら、後ろ向きに歩いてイルミネ達へ声をかけていたシヅキ。無警戒に未探索範囲へ踏み込んだ結果、かちりと罠が作動する。
側面の壁から唐突に突き出てきた巨大なミートハンマーに押し潰され、その身体は違う意味で真っ赤に染まった。
「シヅキー!」
「お゙っ……ゔ…………ごぼっ……」
「うわぁ、ぐちゃぐちゃ……あれでまだ生きてるんですね……」
「このPT、癖が強過ぎないか……? はぁ、〈ハイ・ヒーリング〉」
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Tips
『蘇生待機時間』
通常、UGRでは死亡した際即座にリスポーン処理が行われる。
だが、複数名でPTを組んでいる場合、リスポーンまでに3分の待機時間が発生するようになる。
この間にスキルやアイテムなど、なんらかの手段によって蘇生を行えば、死亡したプレイヤーはリスポーン地点ではなく死亡したその場で復活することができる。
蘇生が可能なアイテムはNPCショップで購入可能だが、常用するには少し厳しく感じる程度には値が張る上に、所持できる個数に制限もある。そのため、蘇生スキルを習得しているプレイヤーはPTプレイにおいて非常に人気が高い。
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