◇第三十三話:指輪交換/誘拐

「おー? 階段だぁ。……なんか嫌に広いな?」


 その後も順調に探索は進み、シヅキ達一行は遂に次階層への大階段を発見した。だが、その手前にはそれなりの広さの広場がある。まるでボス戦でも始まりそうな構造だ。


「そりゃあ階層ボス戦があるからな……。まぁ、ここと二層のボスはそう強くはない。僕たちだけでも突破できるくらいだからな」


「なるほど……。ここのボスってどういう奴なのかしら」


「『遺跡守護者ダンジョンガーディアン:獅子型タイプライオン』だな。石造りのバカでかいライオンといった感じの敵だ! 膂力と速度に優れているが、行動パターンが単純で、ブレスや魔法なんかの特殊な行動も、HP減少によるパターン変動もない。おそらくそれほど苦戦はしないだろうね!」


 ひやむぎの解説を聞く限り、第一層のボスはかなり単純なエネミーのようだ。おそらくはシヅキが過去に倒したことのある大型の獣系ボス『憤怒の巨牛』よりも格段に弱いのではないだろうか。


「ほぉん……? 余裕そうだね~。なんならわたし一人でもいけちゃいそう」


「懲りないわねアンタ……。ま、でも実際聞く限り事故る要素もなさそうだし、特に問題はないか。〈シルフィード〉、〈練気〉、〈シャープネスアサイン〉……こんなところかしら」


「〈スピードアップ・オール〉…………。〈パワーアップ・オール〉…………。〈マジックアップ〉……」


「〈ガードスタンス〉〈広域守護〉、〈万夫不当〉、〈ディフェンスアップ〉……よし、準備できました」


「〈コンセントレーション〉〈活性の祝福〉。さて、じゃあ行くか」


 シヅキを除いたそれぞれが事前準備を済ませたところで、五人はボス戦の発生する広場へと踏み込んだ。

 途端にシヅキ達の足元が揺らぎ、遺跡全体が揺れているのではないかと錯覚するような地響きが鳴りだす。振動の発生源は前方にある大階段、その先の地下だろう。

 シヅキ達が身構える中、大階段から、黒い石材で形作られた巨大な獅子が姿を現した。


「〈血の剣〉……、よっと。〈セルフヒーリング〉。さぁー、お手並み拝見、かな」



    ◇◇◇


「弱っ! デカいだけの案山子だったなぁ。血の剣一回分の時間で終わっちゃったよ」


 事前情報通り、シヅキとイルミネが囲んで叩くだけで終わるなんの面白味もないボスだった。呆れ顔で溜息をつくシヅキの眼前、巨大な獅子の形をした岩がぼろぼろと崩れ、光となって消えていく。


「はぇー……。わたし達なんにもやることなかったですね……」


「実戦級のアタッカーがいるとここまで違うものなのだね! 私達のときは倒すのに二十分ほど掛かったものだが……」


「優秀な回避型アタッカーが主体だと、ヒーラーってできることがなくなるんだな……」


「まだ先は長いもの。この程度で苦戦してはいられないわよ」


 五人が感想を言い合っていると、広場の中央奥、大階段の近くに空間の裂け目が二つと銀色の宝箱が現れた。裂け目はおそらく次階層への移動用とダンジョンからの脱出用だろう。

 シヅキはわくわくとしながら銀色の宝箱へ近づいていく。


「わは~、銀箱だぁ。な~んっか、いーいも~の、でーないっかな~♪……はいっ! ……おっ?」


□□□□□□□□□□

雷神の守護輪

装備アイテム(装飾)(等級:Ⅳ)

効果:DEX+15%,雷属性ダメージ+30%

□□□□□□□□□□


 宝箱から出たのは、雷の象形をとった銀色の指輪。単純な銀ではなく、黄色の輝きを纏った不思議な品だ。


「やや、そうか、こいつは初回討伐時銀箱確定だったね。私達には鉄の宝箱しか見えないが……」


「イルミネー! これ! いいもんでたよ! 左手出して!」


「んん? なに、どうしたの?」


 シヅキの呼びかけに応じて近寄ってきたイルミネ。彼女から差し出された左手の薬指に、シヅキは手に入れた指輪をはめ込んだ。


「はい、あげる~」


「あら、プロポーズ? ……中々いいものじゃない。ありがと」


「どういたしまして!」


 まるで当然のように指輪を受け入れたイルミネ。そのやり取りを見て、三人組がひそひそと密談を交わす。


「あれで動揺すらしないんですね……」


「まぁ、彼女は普段からノリが軽いようだし。慣れてるだけじゃないかな?」


「いやぁ、ただの友人の距離感ではないだろアレは……」


「ん~?」


 シヅキからちらりと視線を向けられ、慌てて三人は平静を装った。シヅキはにこにこと不自然なくらいの笑顔を三人へ向けているが、イルミネは指輪に気を取られていてそれに気づいていない。


「さて、わたしの方は……あら、等級Ⅲ。効果もものすごいハズレだけど……シヅキにとっては当たりかしら。じゃ、これはシヅキにあげるわ」


「なになに、どんなの?」


□□□□□□□□□□

生命力の指輪

装備アイテム(装飾)(等級:Ⅲ)

効果:5秒毎に最大HPの1%分HPを回復する

□□□□□□□□□□


「おぉ~……? なるほど、一般的にはゴミもいいとこだぁ。かろうじて盾役が使うかなって感じ?」


 一般的なプレイヤーのHPは500から1000、壁役でも精々が1500から2000程度だ。そんなプレイヤーがこの指輪を装備していても、ほとんど効果は期待できないだろう。確かに等級Ⅲとしてはハズレもいいところだ。

 精々が予備として保持しておいて、非戦闘時の回復リソースの節約に使うくらいだろうか。


「微ダメージを勝手に癒してくれるのは便利だけど、わざわざ枠を割いて装備するほどじゃないかしら。でも、シヅキにとってはたぶん有用でしょう?」


「そうだねぇ。かなりありがたい効果だよ。さ、わたしにも着けて?」


 そう言って、シヅキは装備していた『初心の指輪』を外し、左手を差し出す。イルミネは一切躊躇せずに薬指へ指輪をはめ込んだ。

 指輪を交換した二人は、どちらからともなく笑い合った。その甘い雰囲気に、めいでんちゃん達は強く困惑している。


「やっぱりあれって……」


「うむ。間違いないな」


 再びひそひそと話し込む三人。そこへシヅキ達から訂正の発言が飛ぶ。


「なに囁き合ってるのか知らないけど、わたしたちは『友人』だよー?」


「えぇ、えぇ。私達は友人よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」


「あぁ……一見まともに見えてたけど、そう見えてただけだったのか……。このPT、まともなのは僕だけなのか……?」


 自分と同じPTの常識人枠だと思っていた相手がそうではなかったことに気付き、聖野生ががっくりと肩を落とす。そこへ寄りそう小さな影。


「わたしはまともだよ、セイちゃん……?」


「お前が一番性格に難あるだろうが」


「そんなぁ……」



    ◇◇◇


 その後、シヅキ達のPTは空間の裂け目に触れ何事もなく二層へと進んだ。

 転移先は入場時とほとんど変わらない、天井のある通路。壁面に使われている石材の色が微妙に変わったような気がするが、それ以外は一層のそれとなんら変わりない風景だ。


「は~、代わり映えしないねぇ。まぁ……ヘンに変わりすぎるよりは良──ぎっ……が、ぁ……」


 シヅキが一歩前へ踏み込んだ途端、頭上から落ちてきた影に押し潰され悲鳴を上げた。影はそのままシヅキを掴み、遺跡の奥へと走り去っていく。


「えっ……なっ、シヅキ!?」


「移動直後に奇襲!? 私達のときにはそんなこと一度も────」


「言ってる場合か! 早く追うぞ! ……クソっ、罠に警戒しながらで追いつけるか……?」


「ひえぇ、なんでこんなことに……」



    ◇◇◇


「いづっ……。……? なっ、くそっ、離せ!」


 運搬される最中、気絶から目覚めたシヅキは咄嗟に自らを捕らえている腕に短剣を叩き込む。攻撃を受けたエネミーが甲高い鳴き声を上げシヅキを手放すが、疾走していたエネミーから投げ出され、シヅキはごろごろと地面を転がった。

 初撃で押しつぶされたときに負傷していたらしい。足が酷く痛む。


「はぁ、はぁ……。〈セルフヒーリ──がっ!?」


 自身を攫ったエネミー、黒い体毛を持った手の長い猿のようなそれと相対しながら、シヅキは自らの負った傷を癒そうとする。だが、使用宣言を終える直前、頭に走る衝撃。ぐらりとその場に崩れ落ちた。

 見れば、相対していたエネミーと同種の存在がいつの間にか背後に立っていた。その手にはレンガのような物体。あれで頭を殴られたのだろう。その一撃で頭が切れたらしく、右目の視界が赤く閉ざされる。


「ぐ……、〈セル──おぐっ…………」


 ふらふらと上体を起こし、再び治療を試みるシヅキに、エネミーから容赦なく攻撃が加えられる。そうしている間にも、遺跡の奥からぞろぞろと同種の黒い猿型エネミーが現れ、きぃきぃと鳴き声を上げシヅキを取り囲んだ。


「あぁ、くそっ。これは……キツいな……」


 状況は限りなく詰みに近い。だがそれでも、シヅキは抵抗を止めない。

 今のシヅキは一人ではないのだ。少しでも時間を稼げば、それだけ助けが来る可能性も高くなるだろう。あるいは、もしかしたらシヅキ一人でもこれらのエネミーを全て打倒できるかもしれない。

 シヅキは短剣を握り締め、眼前のエネミーへと突きつけた。



    ◇◇◇


「…………いた! あいつらね、シヅキを攫ったのは……!」


「ふぅ……なんだか……数が多くないかね?」


 エネミーの追跡を試み、イルミネ達ができる限りの全力で移動すること暫く。眼前に、シヅキを攫ったと思われる猿型のエネミーの集団がようやく見えてきた。

 しかし肝心のシヅキの姿は見当たらない。イルミネの心に不安が募るが、探すのはこの場を切り抜けてからだ。イルミネ達は各々戦闘態勢を取る。

 だが、猿型のエネミー達はきぃきぃと鳴き声を上げた後、何故か背中を向けて一目散に逃走、瞬く間にその場から姿を消した。


「……? なに、あいつら……」


「はぁ……ごほっ、おい、あいつは見つかったのか?」


 茫然とするイルミネに、後から追い付いてきた聖野生から声が掛かる。その声で我を取り戻したイルミネは、先ほどまでエネミーの集団がいた地点になにかが散らばっているのを発見する。


「は……? こ、これって……!?」


「う、お……。酷いな、これは……」


 そこにあったのは────攫われたシヅキの成れの果て。

 ばらばらになった四肢と内臓が散らばり、剥き出しの腹腔内はまるで中身が残っていない。肉のほとんどは乱雑に削がれており、ところどころ白い骨が剥き出しになっている。

 生きたまま食われたのだろう。その顔には、苦しみと恐怖が色濃く焼き付いていた。

 PTを組んでいる場合、死亡しても即座のリスポーンは発生せず蘇生待機時間が生じる。だからこそ、この蹂躙されぐちゃぐちゃになった、凄惨な死体が未だにこの場に残っているのだ。


「うぅ、気持ち悪い……」


「う……おぇっ…………」


 あまりにも惨たらしい現場に、めいでんちゃんは顔を青くする。友人の成れの果てを直視してしまったイルミネは、その場にびしゃびしゃと吐瀉物を撒き散らした。


「HP特化だとここまでされるのか……。〈リザレクション〉。二十秒待ってくれ」


「シヅキ……シヅキぃ……」


 二十秒の詠唱時間を経て、シヅキの残骸・・・・・・を中心とした光のサークルが立ち昇る。残骸が光となりサークルの中心に収束、少しして光が晴れ、傷一つない状態で横たわったシヅキの姿が現れた。

 イルミネが泣きながら縋り付くと、その瞳がぱちりと開かれる。


「あぁ……? あれ……? わたしは……」


「シヅキ、身体は……心は大丈夫!? もう痛いのはないのよ、安心して!」


「……あぁ、そっか。わたしは……あいつらに囲まれて……。う、ぇぷっ……」


 身体に食いつかれ、肉を引き千切られる悍ましい感覚。期待した助けは来ず、全身を食われ、乱雑に四肢を引き千切られた恐怖の記憶。それらを思い出し、吐き気が込み上げてくる。

 だが、今も縋り付いて泣いているイルミネを汚すわけにはいかない。シヅキは込み上げてきたものをなんとか嚥下し、震えながらもイルミネに笑いかけた。


「は、は……わたしは大丈夫だよ、イルミネ。階層に入場したてだったからって、油断してたわたしが悪いのさ……」


 だが、その姿は傍らから見ても明らかに無理をしていると分かるものだ。めいでんちゃん達三人は心から心配し、聖野生が代表してシヅキに声を掛ける。


「……大丈夫なのか? なんだったら今日はもう止めても──」


「はっ、馬鹿言っちゃあいけないよ~。ここまで来たんだ、こんなことで中座する訳にはいかないよ。さっ、先へ進もう?」


 シヅキはあくまで強がっている。尚も縋るイルミネを座らせると、立ち上がり、先へ行く道を手で指し示した。


「……それに、あの猿どもに復讐もしたいからねー。まったく、可憐な乙女を好き勝手食い散らかしてくれちゃって……」


「……強いな、きみは。まぁ、そういうことなら我々も嫌はない。めで子、聖野! 敵討ちと行こうじゃあないか!」


「ぐすっ……。わたしもいるわよ。あいつら……目にもの見せてあげるわ!」


 涙を拭い、イルミネが立ち上がる。赤くなったその目には、怒りの炎が宿っていた。その姿を見て、シヅキの身体の震えが少しだけ収まる。


「よし、みんな復活だね! ……はぁ、うん。わたしは大丈夫、そう、この程度なら大丈夫だから……。うぅ……」


──────────

Tips

『分断イベント』

 フェイタリティフェーズと同様の条件(HPと痛覚反映度の2つ。此方は行動不能かどうかは問わない)を満たすと発生する、ダンジョン内限定イベント。

 PT内の対象者のみが攫われ、単独では打倒困難な敵と単独で相対することになるため大抵の場合はそのまま嬲り殺される。

 ランダム発生だが、対象者の痛覚反映度が高ければ高いほど発生しやすくなる。

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