第三十一話:初めてのダンジョン
「へーえ! ひやむぎ"ちゃん"なんだぁ! わたしこのゲームで
「あぁ! まぁ、とはいっても独自の世界観を持ってるようなタイプじゃあないけどね。 単にこういう演技をしているだけだよ!」
「ひやむぎちゃんは……わたしのためを思って、こんな格好をしてくれてるんですよ……えへへ」
「めで子の
フィールド西部にあるという地下遺跡へ向かっている道中。五人で他愛もない雑談をしていたところ、衝撃の事実が発覚した。
ひやむぎはその筋肉質な見た目に反して、なんと中身は女性だというのだ。
現実の肉体と大幅に異なる体格のアバターを扱う場合、どうしても違和感が大きくなりがちだ。おそらく、それが理由で後衛のサポーターという、見た目に似合わない役割を担っているのだろう。
「……ということは、今って女4男1のハーレムPT?」
「こんな筋肉を女としてカウントするなよ……。というか、それを言うなら僕もリアルじゃ女だ。こいつと違ってRP勢ではないけどな」
「あらそうなの? ……シヅキに向ける目線がいやらしくなかったのは、そういうことだったのね」
つまり、このPTは全員中身が女性という訳だ。まぁ、実際のところ
「ははぁ、姫パ呼ばわりを笑って流せる訳だぁ。……わたしが言うのもなんだけど、このゲーム女性プレイヤーの比率高くない?」
「そうは言っても男性プレイヤーの方が数は多いと思うけど……。まぁ、美味しい物を好きなだけ食べられるっていうのは、それだけ魅力的なのよ、きっと」
◇◇◇
その後、結局道中では何事も起こらず。五人はスムーズに目的のダンジョン『地下遺跡:知識の井戸』の入り口へと辿り着くことができた。
入り口脇、土が踏み固められ軽い広場のようになっている場所で一行は探索準備に取り掛かる。
「食事バフはなにがいいかしら? 一通り揃えてあるのだけれど」
「こっちも自前で用意してあるから大丈夫だ! 気遣いありがとう!」
「イルミネ、HP料理ってある?」
「えぇ、あるわよ。この間のことで必要性を思い知ったから、アンタのためだけにわざわざ用意したのよ。はい『塩むすび』」
「わーい、ありがと! んぐっ……むぐ…………。おぉ、HPが9000台に……」
イルミネから渡された料理を食むと、シヅキのHPが二割増加し9252にまで上昇した。どうやら塩むすびはHP+20%の効果があるようだ。
「9000!? 化け物じみた数値だな……」
「HPの数値があればあるほど強くなるからね~。今だと……血の剣発動中なら武器攻撃力300台まで行くかな?」
「ほえぇ、普通に一線級の攻撃力になるんですね……」
「ま、その分基礎的な能力は壊滅的らしいけれど。やっぱりビルドとしては欠点が多いのは否めないと思うわね」
血纏い一式によってAGIがある程度まとまった量上昇したことで実感したが、ステータス上昇の恩恵はシヅキが思っていたよりずっと高いらしい。
「わたしはそのへん人間性能で賄ってるからね~。それでも限界はあるけど」
シヅキの人並み外れた反射神経を仮にステータスとして評価するならば、一般プレイヤーのAGI100Pt程度に相当するのではないだろうか。
だが、AGIの恩恵は反射速度だけではない。いくら目が良かろうと、シヅキの動作速度はAGI相応でしかないのだ。実際にAGIが高い相手と相対したときには、行動速度の差によってシヅキはどうしても不利を背負うことになる。
「……ま、その辺りは今目を付けてる
「なんでアンタが仕切ってるのよ……」
「えへへ……。そうですね、そろそろ行きましょうか……」
「腕が鳴るね!」
「まともな奴が僕以外に一人しかいない……」
◇◇◇
『地下遺跡:知識の井戸』へ入場した一行。リーダーのめいでんちゃんが入場処理を行った途端、上下左右、すべてが灰色の石材に囲まれた通路へと転移した。
シヅキが以前訪れたことのある遺跡型インスタンスダンジョンと同じく、その道幅は片道一車線の道路と同じ程度だ。五人で戦闘を行うには若干手狭だが、不可能なほどでもない微妙な広さ。
「先頭は……早々即死しないわたしと見てから対処できるイルミネかな? あるいは攻撃受けても大丈夫そうなめいでんちゃんでもいいけど」
「わたしはあんまり反射神経が良くないので……先頭はお願いします……」
「お前は戦いたくないだけだろ……。すまんな、こいつ見た目通り割と小物なんだ」
言いながら、聖野生がめいでんちゃんの額を小突こうとするが、少女はざっと後退して聖野生の手を避けた。額を狙う聖野生とそれを躱そうとするめいでんちゃん、二人がじりじりと距離を測るのを見て、シヅキは配置を適当に決めることにした。
「……。まぁいいや、じゃわたし達が先頭に立つから、めいでんちゃんは殿よろしくね」
「えぇ~……」
軽い相談の後、前衛がシヅキ、イルミネのアタッカー組、中衛が聖野生、ひやむぎのサポート組、そして殿にめいでんちゃんという布陣に決定した。前衛を担える人間が多いため、安定を取った形だ。
「そういえば三人は前にもここに挑んでるのよね? 道順とかって覚えてるのかしら?」
「ここは毎日ランダムで構造が変わるんだよね! だから私たちも条件としては二人と変わらないよ!」
構造のランダム性は『知識の井戸』が高難易度ダンジョンと言われる所以でもある。この場においては、先人の攻略情報があまりアテにはならないのだ。
同じ見た目から正反対の結果をもたらすギミックなどもあり、多少の参考にはなっても鵜呑みにするには精度がまったく足りていない。
「ランダム、ランダムね……。それは敵や罠の種類も含めて?」
「敵はそうだが、罠……というかギミックはある程度のパターンがある。例えば通路にある扉はトラップルームかショートカットゲート、あるいは宝箱のあるボーナス部屋のいずれか──」
「おっここなんだろ」
聖野生がイルミネに対して解説をしている間に、一足先に進んでいたシヅキが通路側面にあった扉を発見、無警戒にドアノブへと手を掛けた。
「おわっ馬鹿! 扉にも罠がある可能性が──」
それを見た聖野生が慌てて警告の声を上げるも、一足遅く、扉の裏面に仕掛けられた機構がシヅキへ向けて刃を振るい──
「おっと。はえ~、こんな形の罠もあるんだねぇ」
ほぼゼロ距離で突き付けられた刃を、シヅキはひょいと身体を傾け軽く回避する。それを見て、他の面々は揃って苦い顔を見せた。
「け、警戒心……」
「怖い物知らず過ぎるだろ……」
「いやぁ、凄い反射速度だね!」
笑みを浮かべ、白い歯を見せつけている約一名を除いて。
ひやむぎはさわやかな笑顔を見せたが、他の四人は呆れや驚きで皆固まっている。そんな一行へ向けて、扉の向こうのシヅキから嬉し気な声が掛かった。
「あっ! ねぇねぇ、見てこれ! 銅箱が出てきたよ! いやぁ、幸先が良いねぇ~」
扉ギミックはプレイヤーが実際に通過してからでないと内容が判明しない。入場するまでは部屋の中には何もなく、実際に入るまで宝箱が出るのか罠が出るのか、それともショートカットが出るのかは判別ができないのだ。今回は運よく宝箱のある部屋だったが、部屋全体がひとつの罠となっているトラップルームの可能性も十分にあった。
「うーん、いつも通りで呆れも出ないわね……」
「くそっ、先行きが不安すぎる……」
「……こういう子なのよ。油断しがちというか……」
「……? みんなー? ほらこれ、宝箱だよ! こっち来て開封しよ?」
◇◇◇
その後も無警戒に罠を踏んでは持ち前の反射速度で対処していくシヅキに一行がはらはらとしていると、不意に、通路の奥からゆらりと影が姿を見せた。
かなりの巨漢であるはずのひやむぎをも優に超える大柄の人型エネミー、『レッサージャイアント』だ。その右手には血濡れの大斧を携えている。
「おっ初エンカ。〈血の剣〉うぅーん……」
「うわっ……あぁ、そうか。血の剣ってそういうスキルなんだっけか……。〈ヒーリング〉」
血の剣を使用しその場に崩れ落ちるシヅキにぎょっとする聖野生だが、以前伝え聞いた血の剣の特性を思い出し一人納得する。そして、最も軽い回復スキルを使用しシヅキの失われたHPを補充した。
「うぅん、単体相手なら自己バフかけるほどでもないかしら」
「奴は中々手強いぞ! リーチが長い上、懐に潜り込まれたときの格闘も巧みでこちらから攻撃するのが難しいんだ!」
「ならわたしの独壇場だね~。ほっと」
戦闘経験があるらしく、身構えるめいでんちゃん達三人。彼女らを横目に、シヅキは片手の蛇腹剣を振るい、牽引移動によってレッサージャイアントの懐へと跳び込んでいった。
その姿に、イルミネ以外の三人は目を丸くしている。
「なんだあれ……鞭? 血の剣ってそんなことできたのか……」
「これは……足並みを合わせるのが随分大変そうだね。頑張れよ、めで子!」
「えぇぇ……無理ですけど…………」
「放っておけば勝手に暴れるから、わざわざこっちで合わせる必要はないわよ。多分……。これは私の出番もなさそうね」
「わはははは、閉所で戦うの楽し~!」
四人が顔を見合わせる中、シヅキは一人縦横無尽に飛び回りレッサージャイアントを蹂躙していた。
壁や天井まで利用した牽引移動と高速の攻撃に、レッサージャイアントは全く対応できていない。
そしてそう間を置かずして、巨体が斃れる大きな音が遺跡に響き渡った。ほくほくとした顔で、シヅキが四人のところへ帰ってくる。
「いやぁ、ここのロケーション最高だねぇ! これならどんな相手が来ても負ける気がしないよ!」
「まーた油断して……。でも、あれを見る限りあながち間違いでもなさそうなのよね……」
「なんとも頼もしいね!」
「ヤバいな……。熟練の血の剣使いってみんなこんなんなのか?」
「んふふ……これならわたしが戦う機会は減りそうですね……」
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Tips
『プレイヤーの強さ』
プレイヤーの強さは、おおよそ消費したEXP量と等しいものとなる。プレイヤー自身の人間的性能により多少の上下こそするが、それ以上にステータス及びスキルの恩恵が大きいからだ。
現状UGR内におけるトップ帯と見做されているプレイヤー層の保有EXPがおおよそ8000~10000Ptほどであり、ステータスの最高値は特化ビルド系プレイヤーの最も高いステータスでも精々が300Pt程度。
EXP量だけを見るならば最も高いステータスは4桁まで行っていてもおかしくはなさそうだが、実際にはそうはなっていない。
ステータスの恩恵があまりに大きく、特化型ビルドと言えどもひとつのステータスだけに拘るより他のステータスも伸ばした方が結果的にはより強くなれるためだ。
つまり、一つのステータスにのみ特化するのはよほどの物好きかあるいは効率より優先すべきことがある変人ということになるだろう。
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