第二十九話:盗賊ギルド『蜥蜴の巣』
「どう? 似合う?」
「……悪くないわね。ええ、悪くないわ」
『赤杖雑貨店』を出て中央通りに戻ったシヅキ達。シヅキは早速購入したイヤリングを左耳に着用し、イルミネに感想を尋ねる。
評価は『悪くない』。一見そこまででもなさそうな発言内容だが、これは照れが混じっているだけで、イルミネの評価としては最上位に近いものだろう。シヅキは経験からそう判断する。
「おぉ~、高評価だぁ」
「……よし、私も…………」
シヅキが感動している横で、不意にイルミネがインベントリから何かを取り出し、ごそごそと耳に取り付けはじめる。見ればそれは、シヅキの『情熱のイヤリング』と同じデザインのイヤリング。金細工に赤い石が填め込まれたシヅキのものとは対照的に、イルミネのそれは銀の細工に緑色の石が填め込まれている。
これはつまり"お揃い"ということだろうか。それを理解し、シヅキの頬が自然に緩む。
「ん、ふ。ふふふふ……。どうしたの、それ」
「装飾品ひとつで属性威力+25%っていうのは結構強いのよ? ちょうど都合よく風属性版が売ってたから、私も買ったの。そう、ただそれだけのことよ」
「……イルミネ、たぶん意識して
おそらく、先ほどからイルミネは愛情表現を意図的に排している。あの日の約束、『過剰な愛情表現をしない』を忠実に守ろうとしているのだろうが、最近はある程度緩んでいたはずだ。急に元に戻そうとするというのは、些か不自然に思える。
「いや……だってここ最近はあの決まり事があきらかに緩んでるじゃない。もうちょっと気を引き締めないと……」
「別にこれくらいいいと思うんだけどねぇ。友人関係でだって『お揃い』にすることくらいはあるでしょ」
「私がダメになりそうなのよ。もうあんなに堕落するのはごめんだわ……」
「一緒に落ちるとこまで落ちるのも楽しいよ~? あいたっ」
調子に乗って誘惑するシヅキに、イルミネからデコピンが飛んだ。
◇◇◇
「お~、屋台横丁だぁ」
「なんかヤな呼び方ね。せめて屋台小路でしょ」
「いやぁ、小路って規模じゃあなくない?」
中央通りから一つ道を外れた通り。屋台が立ち並び、雑然とした雰囲気を漂わせる街路にシヅキ達は降り立っていた。
雰囲気作りのためか、外見だけの
「うーん、脂っこい匂いがするなぁ。なんかお腹減ってきちゃった」
「目的地はもうちょっと奥なんだけど……どうする? せっかくならなにか買っていく?」
「そうだねぇ……あっ、あれとかどう?」
シヅキが指差す先、そこにあったのは何の変哲もない串焼き屋台。店主のNPCがせわしなく串をひっくり返し、肉を炭火で炙っている。
「串焼き~? 普通すぎない?」
「普通だからいいんじゃん。こういうのは、その場の空気感も含めてふさわしいものを選ぶのが美味しいものを見つけるコツなんだよ」
「ふぅん……? ま、いいわ。えぇと……『串焼きを4つもらえる?』」
『はいよぉ! 一本200メノーね!』
シヅキの語った持論によく分からないような顔をしながらも、イルミネはその屋台で串焼きを購入。そのままシヅキに串を二本渡してきた。
「ありがと~。……ん? これ何の肉? 外見からして鳥じゃなくない?」
「はむっ……んぐっ。あぁ、これはアレね、『ジャイアントワーム』の肉」
「は!? ワーム!?」
シヅキに虫肉を食べる趣味はない。思わず手に持った串を取り落としてしまったが、地面に落ちる前にイルミネが素早く串を掴み、シヅキへと差し出してきた。
「冗談よ。多分……鳥系のモンスターの肉ね。見た目は違うけど触感や味はほぼ鶏肉だから、多分普通に食べられるわよ」
「……もう! イルミネって割と下らない冗談好きだよね……。んむっ……んん、おいひぃ。表面がぱりぱりしてるのがいいね、これ」
「ま、悪くないわね。……串焼きを4本貰える?」
『はいよぉ! 一本200メノーね!』
「イルミネ……」
発言に反して、しれっと追加で購入をしたイルミネに呆れた顔をするシヅキ。だが、気持ちは分からないでもない。
「はいこれ。……食べながら目的地まで行きましょうか」
「屋台、買い食い、食べ歩き! うーんいいねぇ、趣があるよ」
「ずいぶん脂っこい趣だこと」
そのまま二人で連れ添って歩くこと暫く。イルミネが一つの店の前で立ち止まった。屋台通りには似つかわしくない、寂れた漢方屋だ。
「ん? ここ? ずいぶんボロいけど……」
「用があるのはここの地下よ。さ、行きましょ」
端が浸食され僅かに隙間の空いている木製の扉を押し開け、イルミネはずかずかと店の中へ入っていく。シヅキもそれに続いて中に入ると、そこには、カウンターに座る一人の老婆の姿。店主NPCだろうか。
『何の用だい、うちには萎びた薬しか置いてないよ』
「えぇと……、『磨り潰した黒色蜥蜴を三匹分、それと加工用の短剣を二つ』」
「おっ、なに、合言葉? いいねぇ~、雰囲気があるな」
『……なんだ客か。入んな』
イルミネが注文を装った符号を唱えると、老婆がカウンターの裏、店の奥へと続くドアを指し示した。
「たまに利用することもあるだろうから、今の符号は覚えておいた方がいいわよ。まぁ、ネットで調べれば攻略情報として普通に出てくるだろうけど」
「防犯ガバガバだぁ。まぁネトゲのキーワードなんて、えてしてそんなものだけども」
ドアを開くと、少しの廊下を挟み、地下へと続く石階段があった。明かりはなく、奥がどうなっているのかは暗くて見えない。
「ここが目的の場所よ。ここ専用のクエストだったり特殊なアイテムが売ってたり、まぁ色々な役割があるところね」
「今回はクエストが目的なんだよね?」
「そ。ダンジョン攻略とか、フィールドの移動とかで便利なやつが貰えるのと、あとNPCショップの割引なんかもあるわね」
二人で話しながら地下へと続く階段を下りていく。かつりかつりと石を踏む音が暗闇へと響き渡り、なんとも不気味な雰囲気だ。
「ただ、ここ専用のクエストを受けるための……所謂入団試験クエストみたいなものがあるんだけど、それがものすごくめんどくさいのよ。だから、とりあえず、早いところ受けるだけ受けておいた方が良いのよね」
「難しい、じゃなくて? どんな内容なの?」
「ランダムに抽選されたNPCにアイテムを届けるの。抽選対象が多すぎて、探すのがめちゃくちゃ面倒なのよ。だから、先に受けておいて町を利用するついでに探すのがいいとされてるのよね」
賑やかしの背景を除いても、この町には無数のNPCが存在している。ここまでの道中に見た人数だけでも3桁はくだらないだろう。町全体でいえば4桁にも達するのではないだろうか。
その中からランダムとは、本当に面倒な内容だ。イルミネが真っ先にここへ案内したのも頷ける。
「は~、それは大変だぁ。……入団試験ってことは、もしかしてそれをクリアしないことにはここが利用できなかったり?」
「ご名答。ま、今日は利用するのは諦めなさい。受けるだけ受けてさっさと次行きましょ」
「はぁい」
やがて二人は階段の終端へ辿り着いた。そこにある木製の扉の向こうからは、がやがやと賑やかな声が聞こえる。
立地の割には随分と活気に満ちているようだ。
「さ、ここが盗賊ギルド『蜥蜴の巣』よ。中々……悪くない所ね」
そう言って、イルミネが扉を開く。途端に眩い明かりが溢れ、シヅキは反射的に顔を手で覆った。ここまで降りてきた下り階段は非常に暗く、そこで暗さに慣れてしまった目には少々厳しい明るさだ。
強い光の源は天井から吊り下げられた煌びやかなシャンデリア。扉の先には、瀟洒な雰囲気の酒場らしき施設。非常に広く、よく見ればビリヤード台やカードの広げられたテーブルなどもある。盗賊ギルドと言うぐらいだし、賭場も兼ねているのかもしれない。
「はえ~、オッシャレ~」
「入団さえすれば実際にお酒を出してもらったり、テーブルゲームで遊んだりもできるわよ、まぁ──」
『なんだ、見ない顔だな?』
入り口近くでシヅキ達が話していると、礼服を着込んだ男性が話しかけてきた。まるで貴族のような出で立ちだが、片目に着けた片眼鏡が、どうしようもないうさん臭さを醸し出している。
「うん?」
『ここまで入って来られたということは、符号は知っているのだろうが……それだけじゃあここは使わせられない。我々になんらかの利益をもたらしてくるならば、話は別だがね』
「あ、これがクエスト?」
「えぇ、そうよ。話をよく聞いておきなさい」
『私はヴェルフェルゴルド。ここ『蜥蜴の巣』の支配人だ。……さて、話は変わるが今私は少し困っているんだ。馴染みの客から手紙の配送を頼まれたのだが、その対象が何処の誰なのかが分からなくてね。秘密裏に届けねばならないから、正規の手段で送る訳にもいかない。そこでだ。君が代わりにこれを届けてくれないかな? そうすれば私の名をもって、ここの利用権くらいは与えてあげようじゃないか』
片眼鏡の男、ヴェルフェルゴルドは、大袈裟な身振りを交えて朗々と語り続ける。その口調からはプレイヤーを見下していることがありありと伝わってくるが、まぁNPCの言動なのだ。単にそういうキャラなのだろうという程度であり、特に嫌な感情は湧いてこない。
そのとき、シヅキの視界に半透明のダイアログが表示された。
『クエスト:盗賊ギルド入団試験 を受領しますか?』という選択肢表示に、シヅキは『はい』を選ぶ。
「うーん胡散臭い。その手紙指とか入ってたりしない?」
『あぁ、あぁ。肝心な部分、誰に届けるかを伝えていなかったな。「市民ケルナン」宛てだ。期限はないから、精々頑張って探してくれたまえ』
「うわっ市民か……実質ヒントなし、一番探すのが大変なパターンね」
「えぇ~? 実質ヒントなし……というと、対象によっては『店主』とか『鍛冶屋』みたいな役職が付くってこと?」
「そういうこと。役職によってはかなり探すのが楽になるんだけど……残念だったわね」
『ではまた。精々首を長くして待っておくとするよ』
ヴェルフェルゴルドはそう言うと、嫌味っぽい笑顔を浮かべ、ぱたぱたと手を振ってシヅキ達を送り出す。シヅキ達は素直に従い、『蜥蜴の巣』から退出した。
◇◇◇
「うーん、市民ケルナン……ケルナンか…………」
「一応このクエストを受注してる最中はNPCに対象人物の居場所を尋ねられるようになるんだけど、設定上関わりのあるNPCしか居場所は知らないのよね。だからどちらにしろ、市民は本当にキツいわ」
聞く限りクエストクリアは絶望的だ。あんなに楽しそうな設備を見せられたのに、これでは生殺しだろう。
特に酒。シヅキは現実では未だ未成年であり、UGR内での飲酒を密かに楽しみにしていたのだ。噂によるとしっかりと酔えるようになっているらしい。
「……よし、しばらくは忘れよう! イルミネ、このへんでなんかがっつり食べようよ」
「買い食いならさっきしたじゃないの」
「……美味しいもので現実から目を逸らしたい」
「あ、そう……」
二人は連れ添って歩き、立ち並ぶ屋台を物色する。どうにも食べ歩き前提のものが多く、量を食べるには不向きに思える。
そんな中、シヅキがひとつの屋台に目を付けた。
「あっ、ねえねえイルミネ、あれいいんじゃない? 焼きそば! サイズも選べるみたいだし丁度よさそう」
「……ファンタジー感がないわね。まあでも、いいんじゃないかしら。『焼きそば大盛を二つ』」
『あいよ、一つ500メノーね!』
シヅキ達はNPCから皿に盛られた焼きそばを受け取った。だが、その量はかなり多く、立って食べるのは少し無理がありそうだ。
「うーん、これだと……あっ、ちょうどいいとこあるじゃーん。ほらイルミネ、あそこのテーブルベンチで食べようよ」
「ずずず……。そうね、そうしましょうか」
「もう食べてるし……」
テーブルベンチはいくつか並んで置かれていた。屋台通りの込み具合からして現実なら座席は全て埋まっていただろうが、UGRにおいてこれはプレイヤー向けの設備なのだろう。ちらほらとプレイヤーの姿はあるものの空きはかなり多く、シヅキ達は余裕をもって一つのテーブルを確保できた。
「そういえばこのゲームって麺類とかあるんだねぇ。制作でも作れるの?」
「できるわよ。蕎麦とか、ラーメンなんかもあるわね」
イルミネがいくつかの麺料理の名前をあげるが、なんだか世界観と乖離した印象を受ける。まぁ、ネトゲの食べ物アイテムなどそんなものだと言えばそこまでなのだろうが。
「うーん、世界観……」
「焼きそば前にしてそんなこと気にしても仕方がないでしょ。食文化が発達した世界なのよきっと。ほら食べましょ」
「いただきまーす。ずず…………うーん、美味しい。やっぱり焼きそばは塩だね」
「わたしはソースの方が好きよ」
「おっ、宗教戦争かな?」
「あの、すみませぇん……」
麺を啜りながら他愛もない雑談をするシヅキ達。そこへ、突然誰かから声が掛かった。声の方を見ると、そこには気弱そうな少女が困った顔をして立っていた。
「うん?」
「あの、もしかしなくてもシヅキさんですよね……。実は折り入ってお願いしたいことが……」
「何シヅキ、知り合い?」
「いやぁ……? あでもなんか見覚えあるな、えーと……あっ、確か……『めいでんちゃん』?」
小動物系の顔立ち、小さな体に金属製の手甲と足甲。その特徴的な出で立ちに、シヅキの脳裏に蘇る記憶。
確か以前PvPで対戦したプレイヤーがこんな外見をしていたはずだ。
「あっ、はい、そうです……。覚えててくれたんですね。あの、わたしを破ったシヅキさんの強さを見込んで、頼みが……。その、わたしたちとPTを組んで、難攻不落の地下遺跡の探索を、手伝って欲しいんです!」
他人以上顔見知り未満の人物から告げられた、突然の願い。怪訝な顔をするイルミネに対して、シヅキは強い好奇心を発揮し、うきうきとした表情で自らが座っているベンチを手で指し示した。
「へぇ……? なるほど、ほら、こっち座りなよ。受けるかどうかはともかく、とりあえず話を聞かせてもらえる?」
──────────
Tips
『盗賊ギルド』
トールセン王国内の暗部に潜む集団。クレコンテッタの『蜥蜴の巣』は支部のひとつに過ぎない。
前身となった集団の名前を引き継ぎそのまま名乗っているため、盗賊ギルドとは言っても実態は裏稼業の統制役のようなもの。
その実態は王国から資本提供を受けている国営マフィアであり、王国の裏面を支える治安維持集団の側面も持つ。
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