第五章
第二十八話:街角デートinクレコンテッタ
お待たせしました、第五章です。
(何事もなければ)毎日19時に1話ずつ、順次投稿される予定です。
整合性を考えると頭が爆発するので今章以降はスキル習得条件のところに記載していた実回数表記を削除することにしました
申し訳ありません
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UGR内、宿の一室。照明が落とされた暗い部屋の中。ベッドの上には、折り重なる二つの影。
「ん……なんで、っていうのは、聞いてもいい?」
「うん? …………あぁ、なるほど。わたしがあんなに萎びてた理由?そりゃあ気になるよねぇ」
二人で定めたルールを破ってまで、シヅキがイルミネの熱を求めた理由。もしシヅキの様子がいつもと変わりなかったのなら、きっとイルミネは気にもしなかっただろう。
だが、あのときのシヅキは明らかに憔悴しきっており、正常ではなかった。それはそれは気になるはずだ。
「興味本位、ってわけじゃない、けど……。理由は知っておきたい。心配なのよ。んむっ……」
「……れろっ、ふ、ふ。ありがと。まあ、大したことじゃあないよ。ちょっと……受けた痛苦が強すぎて、肉体と精神に恐怖が染みついちゃって。わたしの自我……思考は、地獄のような痛苦を歓迎してるんだけど、身体と心……生物的本能は、そうじゃあなかったみたいでね。怯え、震えがどうしても出ちゃって」
シヅキが16年の生の中で築き上げてきた自我は、痛苦を本気で望み、羨んでいる。だが、ヒトとしての心、生物的な本能にとって、痛苦は避けるべきものだ。
莫大な痛みを流し込まれ、シヅキの身体と心はおおいに傷付いた。それが恐れという形で表出した結果、前日のシヅキはあのような醜態を晒してしまったのだ。
「……身体はともかく、心も? それって……本心では痛苦なんて望んでないってことじゃあないの?」
「いやぁ? そういう訳ではないとは思うんだけど。だって、されたことを思い出しながら一人でシたら声が抑えられないくらい──」
「あぁはいはい。……ようは倒錯した癖を満たしたら身体の方に拒否反応が出たから、私とシて快感なり幸福なりで上書きしようとしたってことね。心配して損したわ……」
「よくおわかりで。さっすがイルミネ」
あのときの痛苦を思い出すと、自然と下腹部に熱が生じる。だが、それと同時に、身体には意図せぬ震え。
やはりシヅキにとって痛苦とは甘美なるものであり、逆にヒトにとって痛苦とは恐れるべきものなのだろう。その矛盾を嚥下するのは、中々一筋縄ではいかなそうだ。
「わからいでか。何年付き合いがあると思ってるのよ。……アンタ、そんなこと繰り返してたらそのうちホントに死ぬわよ。しばらくは養生なさい」
「わたしとしては本当に死にかねないくらいが望まし──んむっ。……ぷはっ、嘘嘘、怒んないでよ~」
シヅキが心からの本心を口にしようとすると、イルミネに口を塞がれ発言を遮られた。『私は怒っています』と言わんばかりの表情をしている。
舌を噛まれてはたまらない。シヅキは慌てて口を離し、イルミネを宥めた。
「……アンタが死んだら、地獄まで追いかけて行って引っぱたいてやるわ」
「えぇ~? そこは冗談でもいいから天国って言ってよ」
「……冗談じゃないわよ」
◇◇◇
「ありがと、イルミネ。おかげですっかり震えが収まったよ~」
「は~、久しぶりに丸一日シたわ……。でも前と違って、全身がバキバキになったりはしてないわね」
宿屋の面した広い道、その片隅。イルミネが身体を伸ばしながらそう言った。前というのは、おそらくシヅキ達が関係性を改めるきっかけとなったリアルでのとある出来事のことだろう。
「前のときは生身だったし、期間ももっとずっと長かったじゃん。そりゃあ比較になんないよ」
「ま、それもそうか。……ところでシヅキ、このあと予定は?」
「うん? 特にないよ?」
強いてシヅキが今やりたいこととを上げるならば、トロールチャンピオンにリベンジするため自らの強化計画を立てることくらいだろうか。だが、それは別にいつでもできることだし、予定というほどのことでもない。
「そ。なら、しばらくはゆっくりしたら? 軽く簡単なクエストこなすとか、あるいは目的もなく街歩きをするなんてのもいいわね」
「クエストか~。そういえばわたしチュートリアルこなして以降は全然手出してなかったな」
シヅキの視界左上を占有していたチュートリアルクエストの表記が懐かしい。ゲーム開始当初はもう少し色々手を出すつもりだったはずだが、気付けばまるで戦闘狂のようなプレイの仕方をしてしまっている。
「えっ、嘘でしょ……? ネトゲでクエストやんないなんてことある?」
「いやだって、このゲーム攻略情報あんまりないし。ある程度やるべきクエストの情報が纏められてからそれ参考にこなしていけばいいかなって思って、そのまま忘れてたんだよね」
自身のプレイ内容が異質である自覚くらいはしている。だが、特にそれで目に見える不利益を被った訳でもなし、気の向くままにプレイするのが結局のところ一番ストレスフリーで楽しいだろうという結論にシヅキは至ったのだ。
「は~、細かいとこだと本当に適当になるわね……。ふむ、じゃあ今日一日は私と一緒に、街中でこなせるクエストをいくつかやっていかない? どうせシヅキのことだし、この町も宿屋くらいしか利用してないでしょ? 結構見るところあって面白いのよ、ここ」
「お、いいね~。んだらば、街角デートinクレコンテッタと洒落込もっか」
肉体的な疵、身体に刻まれた恐怖はイルミネと過ごした一日でほとんど癒えているが、精神的な疲労感はまだ完全には抜けてはいない。イルミネと共にゆるりと過ごすのはよい療養になるだろう。なにより、シヅキとしてもイルミネとのデートは楽しいものだ。いくらでも歓迎できる。
「流石に町の名前くらいは憶えてるのね」
「……わたしのこと鶏かなんかだと思ってる?」
「冗談よ」
◇◇◇
シヅキ達ふたりは、クレコンテッタの町の中央通りを手を繋ぎながら連れ添って歩む。リスポーン地点となる宿は、利便性の関係上町の出口に程近い位置にある。そのためこちらへシヅキが来るのは、初ログイン以来初めてのことだ。
見覚えのある大きな噴水を横目に、シヅキはイルミネへと話しかけた。
「ね、ね、イルミネ。これどこに向かってるの?」
「いやぁ、観光しつつ有用なクエスト巡りって、言いはしたけど結構な難題なのよね。まだ、どういうルートで行こうかなって考えてる最中で。だから特になにか目的があって中央通りに来た訳では……」
「そっか~。……じゃあちょっと寄り道しない? ほら、あそこ覗いてみようよ」
シヅキが指差す先には、煌びやかな店構えの店舗。看板には『赤杖雑貨店』の文字、ショーウィンドウに陳列されているものを見るに、雑貨店とは言いながらも主に装飾品を扱う店のようだ。
中央通りに面した立地にあるだけあって外装からは高級志向のように見受けられるが、前面のショーウィンドウに掲示されているアイテムはどうにも雑多な印象を受ける。表示されている値段もまちまちだ。
「装備はイルミネのおかげで凄く良いものが揃ったけど、わたし未だに装飾品はまともなの持ってないんだよね。……というか普通にかわいいなここの売り物。効果はいいから外見だけ反映したいくらい」
「効果無しでいいのなら枠使わずに装飾品を装備できるシステムあるわよ?」
「あ、そうなの? いいシステムだなぁ。……ほら、見てこ? クエストもいいけど町巡りもするんでしょ?」
シヅキはイルミネの手をぐいぐいと引き、装飾品店の入り口へと向かってゆく。イルミネはしばらくの間もにょもにょと口元を動かし微妙な顔をしていたが、やがて諦めたかのように溜息をひとつついた。
「……そうね。……ホントは私がちゃんとエスコートするつもりだったんだけど」
「二兎を追うものはなんとやら、だよ、イルミネ。クエストと観光の両取りを狙うんじゃなく、観光しつつ気が向いたら近場のクエストをやる、それくらいの緩さで行こうよ。ね?」
「ま、そうね。そうしましょうか」
◇◇◇
『あぁ、よく来たね。歓迎するよ、お客様? 他愛ない手慰みの品だが、それでも良ければ見ていくといい』
シヅキ達が入店し、からんからんと耳に心地の良いベルの音が響く。青髪の若い女性、露出の多い恰好をした店主のNPCがちらりと視線を向け、来店を歓迎する声をあげた。だが、顔は手元の本へと向けたままだ。椅子に座ったまま、こちらを一瞥もしていない。
「……なんかクセの強いNPCだな。おっエルフ耳」
「こういう見た目からして違うNPCは大体がクエスト持ちね。まぁ、ここの店主は確かまだクエスト発見されてないけれど。エルフ耳なんて他に見たことがないし、NPCの中でも有数なレベルで個性が強いのに……」
『ふふ、きみたちがもっと強く……そうだな、
「うわっ反応セリフ……あからさまに大物じゃないの。ニェラシェラを倒したらって……」
ニェラシェラ。エネミーの名前だろうか。だが、NPCがニェラシェラ
……よくよく考えてみれば、自分よりよほどこのゲームに詳しい人間が真横にいるのだ。最初からそちらに聞けばよかった。
「ニェラシェラって何?」
「現状確認されてる
『あぁ、連中は……忘れられた人類の敵対者、あるいは外来侵略種の残滓。そういったようなものだよ。所詮は残党だが、きみたちヒトにとってはかなりの脅威だろう。命が惜しいなら精々気を付けることだ』
「補足説明貰えちゃったよ。脅威度200以上か……それで人間大?ヤバ~、現状だと勝てる気がしないなぁ」
「多分さっきの『ニェラシェラって何?』って発言がNPCへの質問だと判定されて、反応セリフが返されたんでしょうね。……うん? 青い髪に赤い瞳……」
何かに気付いたように、イルミネは読書を続けている店主の顔を見つめる。左目こそ長い前髪に隠れて見えないが、露出している左の瞳は、虹彩の上下で色の違う複雑な色相をしている。
その色は下半分が水色で、残る上半分が──赤。
「似てるっちゃ似てるわね……。個性的すぎる外見といい、ホント、なんでこんなとこで店なんて開いてるのよコイツ」
『これかい? これは道楽だよ。わたしの本業は別にあるんだが、最近は時流も変わってきてね。本業の方は私が居なくともなんとか回るようになってきたんだ。此方なら本を読みながらでもできるから、こうやって店頭に立つ比率を増やして──』
「は、話が長い……! というか反応セリフ多すぎでしょ。どんだけ愛されてるのよ」
「うーん、エルフ耳。いいなぁ」
エルフ耳はいいものだ。ぴんと尖った三角形は不思議な魅力を秘めている。言語化は難しいが、シヅキはエルフ耳をとても愛していた。
店主の耳はシヅキのものと少し形は違うが、それでも良さは変わらない。シヅキは店主の耳に熱い視線を送る。
『この耳かい?
「あぁはいはいはい。わかったわよもういいわよ。シヅキ、商品見ましょ商品」
「そうだね~。このNPCやたら美人だし眺めるのもけっこう楽しいんだけど、見つめても反応がないからなんか物足りないや」
『ふふふ、ヒトの美的感覚は個人によってさまざまだが──』
◇◇◇
「あ、これいいな。この格好にも似合いそうだし」
店内の一角、耳飾りの置かれているコーナー。とある商品にシヅキの目が留まる。金色の装飾に赤い石が填め込まれた、それなりに大きめのイヤリングだ。
「どれどれ……?『情熱のイヤリング』? 赤い石が綺麗ね。ルビーとかかしら」
「効果は……炎属性威力25%アップか~。わたしには無関係だぁ。まぁでも見た目がいいし、これ買っちゃお」
「シヅキ、そういえばアンタお金はあるの?」
横に置かれた値段表記には『45000メノー』の文字。シヅキは無言でメニューを開き所持金の欄を見るが、そこには桁が一つ違う金額が表示されていた。……当然、所持金欄の方が桁が少ない。
「……イルミネ、お金貸して?」
「だと思った。いいわよ、これくらいならプレゼントしてあげる」
「わーいありがと! ……そういえば、このゲームの金策ってどうやるのが一般的なの?」
シヅキの所持金はチュートリアルで貰った金銭、それが丸々残っているだけだ。回復アイテムは早々に必要なくなったし、装備はイベント産、あるいはイルミネ産だ。金銭を使うこともなければ手に入れることもなかった。
冷静に考えれば意味の分からないプレイをしている。
「敵素材集めて〈簡易制作〉で作ったものを適切なNPCに……あっ」
「制作、最初から諦めてるねぇ。まぁ、わたしにはイルミネという名前の立派な財布がいるから──あいたっ」
シヅキが調子に乗った途端、イルミネに腰をぺちりと叩かれた。シヅキの服装は露出が非常に多い。肌を直接叩かれ、思ったよりも強い痛みが走る。
シヅキは叩かれた部分を擦りながら、隣にいるイルミネの顔色を窺った。
「本人を前にして財布扱いとは、いい度胸してるじゃない」
「……ダメ?」
「まぁ……いいけど」
「わぁい! イルミネ大好き!」
口調こそ厳しいが、なんだかんだイルミネはシヅキに対して非常に甘い。だが、いくらシヅキでも一方的に寄生するつもりはない。
これからはイルミネのため、一層食材収集に励もうとシヅキは決意を固めた。
「とはいえ、私だって無限にお金を出せるわけじゃないわよ。というかシヅキ、アンタの手に入れた素材全部渡しなさいよ。それで金策して、得た利益の……そうね、半分は渡してあげるから」
「はーい、りょーかい。……うん?半分? これどっちかというとわたしが搾取されてない?」
「正当な手間賃よ、きっと」
「うっそだぁ」
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Tips
『赤杖雑貨店』
装飾品枠の装備品を販売しているNPCショップ。並ぶ品は週ごとにランダムで変わる。
NPCが店主のショップとしては非常に珍しいことに、販売品の質が非常に高いことで知られる。等級ⅢやⅣが平然と並び、流石に頻度こそ稀ではあるが、時折等級Ⅴの装飾品すら販売されることがある。
だが、その分NPCショップとしては文字通り桁が違う価格設定がされており、下は数万、高いものでは数百万メノーにもなる。
トッププレイヤー御用達。
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