第二十五話:『小鬼と妖精の大洞穴』

「アーイイ……いいわ…………」


「……なんか目が据わってきてるんだけど。イルミネ、冗談抜きで大丈夫?」


 シヅキはイルミネの要求に従い、新しい装備を着用して様々なポージングを取ってみせていた。だが、時間が経過するほどイルミネの様子がおかしくなっていくのを感じ、羞恥を上回るほどの心配が生じた。

 今のイルミネはあきらかにまともではない。


「…………ダメかも。くらくらするわ……流石に徹夜は無理があったかしら……」


「は!? これ徹夜で作ったの!? ……いや、もう埋め合わせとかいいから今日は寝てきなよ……。目ぇ凄いことになってるよ」


 VRシステムは大抵の場合ベッドに横になって使用するが、実際に睡眠を取れている訳ではなく、脳に関しては働き通しだ。適時休憩を挟まなければ、それは様々な悪影響が出てくるだろう。


「……そうね、お言葉に甘えて今から寝てくるわ……。本当にごめんなさい」


「まぁ、曲がりなりにもわたしのためにやってくれたことだしね。それで怒るほど狭量じゃあないよわたしは。……まぁ、そこはかとなく性欲を感じなくもないけど……」


「いや……別に趣味じゃあないから…………」



    ◇◇◇


「うーん、わたし一人になっちゃったな。今日も二人でプレイする予定だったんだけど……。まぁ、一人でも食材集めはできないこともないかぁ」


 シヅキは事前にイルミネから貰っておいた『目ぼしい食材一覧リスト ※購入した情報もあるので他言無用!』を開く。脅威度順に並ぶ食材、その中でシヅキ単独でも入手できそうな、それでいてインスタンスダンジョンの入り口が遠いフィールドに位置してはいない、手頃そうなものを探す。


「……ふん、ふん。脅威度66、『小鬼と妖精の大洞穴』のボスから『妖精のワイン』か……。これなら料理〈簡易制作〉しなくても、食材単体でも十分楽しめそうだし。よし、ここにしようかな」


 脅威度。難易度の指標として用いられている数字だが、その基準はゲーム内では特に説明されていない。だが、シヅキの体感からして、おそらくプレイヤーの『習得スキルやステータスを全て合算したEXP量(つまりはステータスのEXP欄に表示されている所持EXP量)を百で割った数値』が対等に戦える基準として表示されているように思える。

 シヅキの場合なら、現在のEXPである5584÷100で脅威度換算は55となる。つまり、脅威度66はかなりの格上のはずだ。


 だが、今のシヅキにはイルミネから貰った最良の装備一式がある。これさえあれば多少の差は容易に埋められるだろう。

 そんな無謀な過信によって、シヅキは遥かに格上のインスタンスダンジョンへ挑むことを決めた。


「たくさん集めてイルミネをべろんべろんにさせてあげよう。ふふふ……」



    ◇◇◇


「妖精ってトロールのことか! 『妖精のワイン』っていうか、なんか瓢箪でどぶろくとか呑んでる方がよほど似合ってそうなんだけど……。えぇ……?」


 暗い洞窟内、辺りを照らす光球の元、シヅキはひとり呟いた。眼前には、今にも光となって消えて行こうとしている人型エネミー『トロール』。

 非常に巨大かつ肥満体の体躯をしており、もし屹立していたならば、その高さは3m以上にもなるだろう。


「なんか……名前に反してばっちいイメージが湧いてきたなぁ……。妖精……」


 現在はシヅキがインスタンスダンジョンに侵入してから10分ほど経過している。ここまでに幾度もトロールと遭遇しており、最初こそトロールの持つHP自動回復特性に面食らったが、血纏い装備によるAGI向上の恩恵もあり、以後は順調に討伐数を重ねていた。

 トロールはその巨躯に相応しく鈍重で力と持久力に優れており、その性質上、回避能力に優れ、蛇腹剣による多段攻撃が行えるシヅキにとっては非常に容易な相手だ。

 また、インスタンスダンジョンの名称通り、時折弓矢や手投げ投石器を持ったゴブリンとも遭遇しているが、そちらもシヅキにとっては物の数ではない。武装以外は特に強化されている訳でもないらしく、序盤の敵であり非常に弱いそれらをシヅキは全て蹴散らしてきている。


「うーん……脅威度66って割にはなんかショボいなぁ。これ暗闇前提の設定なのかな。ライトって経験値100で取れるし、大抵のプレイヤーは持ってると思うんだけど……」


 粗削りながら木製の柱によって補強のなされた洞窟をぽてぽてと進んで行くシヅキ。奥の方から恐ろしい唸り声が響いてくるが、特に気にした様子も見せない。


「んー、まぁ、楽な分にはいっか。もしくはわたしが強くなりすぎちゃったかな? わはは──」


 洞窟の曲がり角、L字になった箇所に差し掛かるが、シヅキはひとりごとを呟きながら無警戒に踏み込んだ。少し先に、大きな木箱や木の板、岩などが疎らに配置されているのが見える。

 次の瞬間、それらの障害物の裏から一斉に小鬼が飛び出してきた。その手には弓矢や手持ち投石器。

 最奥の岩に隠れていたトロールが雄叫びをあげ、それに合わせて撃ちだされた石弾と矢が、まるで雨のようにシヅキへと降りかかる。


「うわ危なっ!」


 だが、シヅキを狙った飛び道具は咄嗟に振るわれた剣によってそのほとんどが切り払われ、撃ち漏らされたいくつかの矢玉もシヅキと小鬼達の間に割って入った半透明の板に弾かれる。

 奇襲の失敗を察し、トロールが叫ぶ。小鬼達はどたばたと洞窟の奥へ引いてゆき、代わりに最奥の指揮官と思われるトロール……識別名『トロールコマンダー』がシヅキへ向かって突撃する。


「戦術的行動を取ってくるのはけっこう凄いけど、肝心の手駒がゴブリンじゃあ片手落ちだよねぇ」


 木製の棍棒を持つ一般トロールとは違い、トロールコマンダーが携えるのは金属製の大曲刀。その曲刀が振るわれ、ごうと音を立てるが、シヅキにはたやすく躱される。

 如何に武装が良くなろうと、トロールの基本的な性質は大きくは変わらない。重いが遅い斬撃を避け、シヅキはトロールの脇腹を斬りつけようとし──


「オワー矢弾!」


 トロールコマンダーの背後、洞窟の奥からシヅキを狙って飛んできた複数の矢弾。狙いが甘く、いくつかはトロールコマンダーにまで被害が及んでいるそれらを、ぎりぎりで躱す。

 シヅキが強引な回避で流れた体を立て直したときには、既にトロールも曲刀を構え直していた。


「なんだこいつら、平然と指揮官ごと撃ってくるって……。……あ、そっか、再生能力! うわっめんどくさ!」


 トロール系エネミーが共通して持つ特性、再生能力。『毎秒HPを僅かに回復する』能力は、プレイヤーと違いフレンドリーファイアが存在しているエネミー達に、前衛の味方を無視した圧力の強い支援を可能とさせていた。

 回復速度自体はそこまででもないが、それでも一般トロールよりトロールコマンダーの回復力は高い。同士討ちによる多少のダメージは、シヅキが隙を窺い構えているうちに既に治っていた。


 そうしている間にも、またもや後方から矢弾が飛んでくる。最初の一斉射撃とは違いその密度はまばらで、躱すこと自体は難しくない。だが、そうすると今度は対面しているトロールコマンダーに対して隙を晒すことになる。

 面倒な陣形だ。シヅキはひとつ舌打ちをした。


「うぅん、なら……こうかな」


 シヅキは身を低く屈め矢弾を躱すと、屈んだ勢いそのままに全力で地面を蹴り付けトロールコマンダーの後方へと全力で駆け出した。

 予期せぬ動作に固まるコマンダーを背後に置き去りにし、後方に控えるゴブリン軍団と接敵、赤き刃を振るい蹂躙する。


「ヘイト管理もできてなければ護衛役もいない、なってない、まるでなってないよ~! わはははは!」


 トロールコマンダーは慌てて後方へ駆け出すが、後方支援役のゴブリン達が射角を取るため、それなりに遠くへ後退していたのが仇となる。コマンダーがシヅキに追いついた頃には、既にゴブリン軍団は壊滅していた。


「うぅん、対人でさえなければ有効なんだろうけど……。ヘイトもなにもないプレイヤーに対して取る戦術じゃあないよね。まぁ、きみがエネミーとしてはかなり頭の良い部類であることはわかったけど。さて、続きやろっか?」



    ◇◇◇


「死ぬ死ぬ死ぬ! うおー回避ィ!」


 超高速で飛来したクロスボウのボルトを、後方、洞窟の曲路へと飛び込んで回避するシヅキ。背後からは岩壁が砕ける音が響き、砕けた小石が飛散する。

 トロールコマンダーを難なく下し、調子に乗って奥へ奥へと進んだシヅキは、現在、トロールコマンダー三体、ゴブリン三十体からなる軍団に襲撃され、逃走を余儀なくされていた。

 なにより厄介なのが、トロールコマンダーのうち二体が備えている大型のクロスボウ。巨躯に合わせたサイズのそれは、槍と見まごうばかりのボルトを凄まじい速度で射出し、多少の障害物など物ともせずに突き崩す。その威力からして、おそらく高強度のマナシールドでさえたやすく貫通するだろう。

 前回のようにまずゴブリンの集団から狙おうにも、これでは背後から串刺しにされるのがオチだ。ボルトの射出後に僅かな隙こそあるが、その一瞬で三十体ものゴブリンを壊滅させられるほどの能力はシヅキにはない。


「なんで三部隊同時に来るかなぁ!? もっと段階を踏め!!」


 先ほどからシヅキが呟いていた独り言、それが洞穴内で反響・増幅されトロールコマンダーを呼び寄せたのだが、それはシヅキには知る由がない。

 理不尽な敵陣に怒りを燃やすシヅキだが、状況は芳しくない。ただでさえ厄介なクロスボウ持ちのコマンダー二体に加え、大斧を携えたコマンダー、更には各々飛び道具を備えたゴブリン三十体。とても一人で相手をする物量ではなく、正面から挑めばあっという間に蜂の巣にされるだろう。

 敵陣が構えているのは拡張がなされた洞穴の広間とでも言うべき場所であり、おびき出すことによる各個撃破や角待ちによる奇襲も望めそうにない。


「クロスボウだけ頑張って避けて、そのままボスまで駆け抜けようかな……? 普通ならボス広場への道は閉ざされるから、それで解決なんだけど」


 とはいえ、どうにもこのインスタンスダンジョンは敵側が集団で現れる傾向があるように思える。そうである以上『ボスも集団戦タイプであり、入場口が閉じられずそこから援軍が現れる』といった具合に、最悪の場合今対面している集団に加えボスまでもを同時に相手取らなければならなくなる可能性すらある。


「うーん……それは流石のわたしでも確実に死ぬなぁ。……めんどくさっ、なんかもう、適当に特大血の刃撃ったらそれで片が付かないかな……?」


 トロールコマンダーとゴブリンの異種混合軍団。怒鳴るような指示の様子、それに怯えるゴブリン達の姿からしておそらく信頼関係による服従ではない。

 であるならば。回避不能の範囲攻撃が放たれたとき、咄嗟にトロールが前へ出て、身を挺してゴブリンを守るというまでのことはしないように思える。案外良い案なのではないだろうか。


「トロールコマンダーだけならまぁなんとか……なるかな? 流石にあのクロスボウはフレンドリーファイア上等でバカスカ撃てる威力じゃないだろうし、斧持ちを壁にすればいけるかな……」


 覚悟を決め、シヅキは〈血の剣〉を再使用。そのまま〈血刃変性〉で短剣二本分を合わせ、2m近い特大蛇腹剣を作り出した。これなら広間の端から端までとは言わずとも、大部分を覆うだけの血の刃を作り出せるだろう。


「……これ振れるかな? まぁいいや、なんとかなるでしょ。〈ちーのーやーいーっ……ば〉っ!!」


 洞穴の曲がり角の先、トロールコマンダー達が待ち構えているであろう少し開けた地点を目掛け、シヅキは曲がり角の内側の壁面を支点とし、剣の先だけを曲がり角の先へ振るうように血の刃を放った。

 歪な斬撃は、しかし確かに特大の軌跡を描き、後からトロール達の動揺の鳴き声が響いてきた。どうやら血の刃の射出には成功したらしい。

 だが、血の刃は大きさに比例して速度が逓減する隠れた特性がある。角からちらりと様子を窺えば、まるで人が歩くような速度でゆったりと進む赤い斬撃が見えた。

 これでは目視してからの回避が容易に可能だろう。シヅキは計画の失敗に頭を抱える。


「そういえばそんな特性あったなぁ……! もういいやめんどくさい、あれ隠れ蓑にして突貫しちゃおう。クロスボウ持ち片方落せればそれで勝ちだ多分」


 咄嗟に計画を変更、血の刃を気を惹くための囮と割り切り、シヅキは〈ライト〉を無効化し、こっそりと駆け出した。このインスタンスダンジョンの環境からしてトロールは暗闇を見通す目を持っているかもしれないが、おそらくゴブリンはそこまでではない。というかそうであったら最早突破は不可能だろう。

 そうやって割り切り、シヅキは目立たないよう低い姿勢でクロスボウ持ちのトロールコマンダーの片割れへと駆ける。どうやら対象のコマンダーは駆け寄ってくるシヅキに気付いたらしいが、他の二体は未だ血の刃に気を取られている。明確なチャンスだ。

 シヅキは剣を眼前に構え、低い姿勢を保ったまま全力で駆け寄る。


「……っ!」


 だが、トロールコマンダーのクロスボウは既にシヅキへと照準を終えていた。シヅキの顔を狙って放たれる、音速のボルト。放たれてからでは回避は間に合わないそれを、シヅキは軌道上に斜めに構えた刀身で受けた。甲高い金属音が響き、シヅキの手に強い衝撃が返ってくる。その、横へと身体を流す反発に逆らわず、シヅキはくるりと横に回転、それによって威力を全て受け流しつつ、回転の勢いを乗せ剣を振るった。


「死ぃ──ねぇっ!」


 致死のボルトがいなされた衝撃で固まるトロールコマンダーに、蛇腹剣による多段攻撃が襲い掛かる。みるみるうちにトロールコマンダーのHPが削られ、代わりにシヅキは幾度もの回復エフェクトに包まれる。赫血の短剣・Ⅴの『攻撃命中時、20%の確率で自身のHPを1%回復する』効果だ。

 その斬撃にコマンダーが怯んだ隙に、もう一方のクロスボウ持ちコマンダーの影になるような位置取りに移動、肉の壁で狙撃を防げるようにし、再びこちらのコマンダーに刃を叩きつける。

 結局、最初の射撃以外はほとんど抵抗することも出来ず、トロールコマンダーはHPを削り切られ、倒れ伏した。


「ひとぉーつ! んふふ、次はお前だ~!」


 シヅキはそのままもう一体のクロスボウ持ちコマンダーへと駆け出す。正反対側に位置するそのコマンダーへ至る道中には、迫る血の刃に、互いに押し合いながらもじわじわと後退するゴブリン達の姿。行きがけの駄賃とばかりに剣を振るい薙ぎ払う。


「はいここっ! ……ふふっ、なんだか調子出てきたかも!」


 その最中トロールコマンダーから放たれた、シヅキの周囲にいるゴブリンの巻き添えも考慮しない射撃。シヅキは放たれる瞬間に身を屈め、頭狙いのボルトを躱しきる。

 どうやらクロスボウを持ったトロールコマンダーは頭を狙って撃つルーチンがあるらしい。ここ数回の接敵でそれを悟ったシヅキは、その一か八かの賭けで、視認不能、見てからは回避が不可能なボルトを避けることに成功した。

 シヅキは勢いそのままに駆け抜け、クロスボウの装填が終わる前にトロールコマンダーへと辿り着いた。


「武器のない、トロール、なんてっ! ただの! カカシ、なんだよ、ねっ! ……いやこれ振りづらいな! 〈血刃変性〉!」


 シヅキは血の大剣を鞭のように振るい、トロールコマンダーを痛めつける。トロールコマンダーもクロスボウを盾にして攻撃を防ごうと試みてはいるようだが、まるで反応速度が足りていない。がら空きの部分をざりざりと蛇腹剣が舐める。

 だが、やはり2m超の大剣を振るうのは無理があったのだろう。ダメージ効率がいつもより悪いと感じたシヅキは、途中で〈血刃変性〉によっていつもの二刀流に戻し、そのままトロールコマンダーを斬り殺した。


「ふぅー。……んで?残りは? ……ふんふん、斧持ちコマンダーと雑兵が……10くらいかな? うーん、余裕! じゃあまずはゴブリンから片を付けよっか!」


──────────

Tips

『エネミーの知性』

 エネミーはその種類によって搭載されたAIの思考力に差が付けられている。

 植物型や虫型のエネミーはほぼ設定された動作のみで動くのに対し、人型エネミーはある程度柔軟な行動を取る。

 また、より上位のエネミーの場合、人のそれと遜色のない行動を取ることが可能なものすら存在している。

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