第二十四話:やっぱり趣味ですよね?

「…………」


「と、遠い目をしている……」


 『エルダートレント・エヴィル』討伐後。インスタンスダンジョン脱出用の空間の裂け目だけがある、がらんとした広場にて、シヅキはその場にしゃがみ込んでしまったイルミネを宥めていた。


「あんな……あんな恥ずかしいところを……。よりにもよってシヅキに……」


「……えぇー? むしろ、相手がわたしで良かったんじゃない? イルミネの恥ずかしいところなんて既にたくさん見て──」


「そういうことじゃなくて!! ……アンタ、絶対後から蒸し返してネタにしてくるじゃないの」


 これはつまり、ネタにしてほしいというフリだろうか。シヅキは自身に都合の良いように解釈した。


「んふ、ふふふ……そんなことしないよ~? ……はんふーん!」


「ん゙ん゙ん゙~~~!! くっそ、アンタも早く外器オーバーヴェセル取りなさいよ! そして私と同じ目に遭いなさい……!」


 シヅキも恥を晒せという直裁な要求。わざわざ応える義務もないが、まぁ、どちらにせよ外器オーバーヴェセルは追々習得するつもりなのだ。

 可愛らしい友人の駄々を聞くのも良いだろう。とはいえ、今すぐどうこうできるものでもないが。


「いやぁ、目を付けてるのはあるんだけどね~。解禁条件の『自傷ダメージ累計100万Pt』っていうのがまだちょっと足りてなくて。あともうちょっとなんだけどね」


「……そう。あっ、そうだ! いいこと思い付いたわ。シヅキ、アンタ武器以外は未だに初期装備のままじゃない? 私の制作レベルも結構上がってきたし、私が装備作ってあげるわよ!」


 なんとも唐突なイルミネからの提案に、シヅキは目を丸くする。確かにシヅキの胴体防具は未だに初期装備のままであり、頭と手足に至っては装備すらしていない。初期装備『冒険者の服』はとても着心地が良いのだが、それにしても限度というものがあるだろう。

 話の流れからして、おそらくそれによってシヅキにも恥をかかせようという魂胆なのだろうが、装備更新がどう恥を晒すことに繋がるのか、シヅキにはイマイチ分からない。


「……話の流れからしてなんか嫌な感じするなぁ。ま、でも実際困ってはいたし、作ってくれるならありがたいんだけど……大丈夫? わたし、ほとんどの装備は装備条件満たせないよ?」


「大丈夫! 〈精密制作〉で作った装備なら、装備にステータス要求しないから! ……まぁ、その分性能が抑え気味にはなっちゃうけど」


「〈精密制作〉ってどんなやつ?」


 UGRでは戦闘と制作は両立が可能とされているが、シヅキは早々に制作関連を放棄しており、それに関する情報をほとんど掴んでいない。

 知っているのは精々『制作スキルには〈簡易制作〉と〈精密制作〉の二種類が存在している』ことくらいだ。その内実までは知らない。


「デザインや性能を自分で決められるのよ。まぁ、性能面は色々ルールがあるから自由には決められないんだけど。ねぇシヅキ、下がってもいいステータスって何がある?」


「うん? そうだね……DEXとAGIは今と感覚が変わっちゃうから困るけど……それ以外の、MPとSTR、VITにINTはどんだけ下がっても問題ないかな」


 シヅキのステータスはほとんどが初期値のままだ。大抵の項目は下がっても問題がないだろう。

 ただ、動作の精密性に影響のあるDEX、知覚速度に影響のあるAGIは今より下がると動作に支障が出る可能性がある。大幅に減少するのは避けたい。


「ふむ、ふむ。MP、STR、VITにINTね……。これだけ緩いなら、適当でもそこそこの性能には出来そうね。重視するのはHPでいいのよね?」


「当然! あでも、出来ることなら割合上昇の方がありがたいかな。固定値だと伸びれば伸びるほど効果が薄くなっちゃうから」


「りょーかい。DEXとAGIが下がると困る……上がる分には問題は?」


「うーん……多分ないかな」


 その後もいくつかの問答を繰り返し、イルミネが制作してくれるらしい装備の設計を練っていく。

 しかし、シヅキからは特に渡せるものがない。制作にかかる素材集めくらいは手伝った方が良いだろうかとイルミネに確認した。


「あぁ、それは別にいいのよ。私がやりたくてやるだけだし。うぅん、そうね……これなら明日には完成するかしら。ふ、ふ……精々楽しみに待ってなさいな」


「いや、それはいいんだけど……。もうちょっとここ周回しない? 林檎六個ずつじゃ物足りないでしょ」


 既に一つずつ食べてしまったので、残数は五個だ。単にそのまま食べるだけでなく、素材としても使うことを考えると全く足りていないだろう。


「ここのボス、私は明らかに相性悪かったし……。シヅキ一人で周回できない?」


「えぇー? せっかくのデートが……」


「ほら、埋め合わせはまた明日してあげるから。新しい服着てデートしましょ?ね?」


 今日はこのまま二人で素材集めを続けるつもりだったが、自分のために中座するというなら許容しよう。シヅキは器の大きい女なのだ。


「んんんー……。仕方ない、か。絶対だよ~?」


 その後、一人になったシヅキは何度か『千年樹木の大樹海』を周回し、堕落の林檎をある程度確保した後ログアウトした。



    ◇◇◇


「ふふふふ……最・高・傑・作!!」


□□□□□□□□□□

血纏いの舞踏衣

装備アイテム(防具・胴体)(等級:Ⅳ)

防具・胴体

HP+65%,VIT+5,AGI+10,

MP-15%,STR-15%,VIT-15%,INT-15%

□□□□□□□□□□


□□□□□□□□□□

血纏いの被り布

装備アイテム(防具・頭)(等級:Ⅳ)

防具・頭

HP+40%,VIT+5,AGI+5

MP-10%,STR-10%,VIT-10%,INT-10%

□□□□□□□□□□


□□□□□□□□□□

血纏いの腕帯

装備アイテム(防具・腕)(等級:Ⅳ)

防具・腕

HP+40%,DEX+10

MP-10%,STR-10%,VIT-10%,INT-10%

□□□□□□□□□□


□□□□□□□□□□

血纏いの足袋

装備アイテム(防具・足)(等級:Ⅳ)

防具・足

HP+40%,AGI+10

MP-10%,STR-10%,VIT-10%,INT-10%

□□□□□□□□□□


 翌日、クレコンテッタの町の片隅。

 最早お馴染みとなった集合場所で、嫌にぎらついた眼をしたイルミネと合流したシヅキ。合流早々、昨日別れた後制作したらしい装備をトレード機能によって渡された。


「同一ステータスの五重強化、15、14、13、12、11で+65%! 10、9、8、7、6で40%!! 四部位全部で理論値を叩きだしてやったわよ……!」


「おぉ~、ぱちぱちぱち~。……で、これって凄いの?」


「〈精密制作〉のほぼ理論値よ! ……ドロップ品の等級ⅣやⅤ辺りならこれを超える性能のものもあるだろうけど、そっちは装備するのにステータス要求があるだろうし。つまり、シヅキにとってはこれが最高の装備ってこと!」


「そりゃあ凄い。ただ……このデザインは…………」


 アイテム欄にある外観ウィンドウ。そこには、服と呼ぶのも憚られる破廉恥なデザインの布が表示されていた。

 首から脇腹まで伸びる、乳房を覆う水着のような細く黒い帯と、どう見ても下着、それもそういう行為・・・・・・用にしか見えない、黒の非常に小さなボトムス。その間を覆うものは何もなく、これでは鳩尾から鼠径部にかけてはすべて丸出しになるだろう。

 かろうじて存在している衣服、丈こそ長いが薄地で透けた緋色の付け袖にガウチョパンツと、ボトムスを隠す黒い前垂れ。パンツはベルトではなく腰の左右から紐で吊るタイプであり、また、その局部周りを覆う黒い垂れ布はよく見れば透けており、これではなんの役目も果たしていない。


「ただのエロ水着じゃん! なんだこれ、こんなもん着させようとしてたの!?」


「……れっきとしたベリーダンサー衣装よ! 人聞きの悪いこと言わないで頂戴!」


 まさかイルミネにこんな趣味があったとは。イルミネとは長年の付き合いがあるが、そんなことはまるで知らなかったシヅキは心底驚いている。


「はぁ~、イイ趣味してんねイルミネ……」


「ちがっ、これならシヅキも恥ずかしがるだろうと思って……!」


 つまりは昨日の外器オーバーヴェセル使用時のイジりに対する意趣返しということか、とシヅキは納得する。どうやら、イルミネは同性の友人にエロ水着を着せて悦に入るド変態という訳ではないらしい。いや、広義的にはそうとも解釈できてしまうのだが。


「……ふふふ、わたしを甘く見てもらっちゃあ困るよイルミネ。これくらいなんてことは……ない!」


 だが、この程度で恥ずかしがるシヅキではない。ベンチから立ち上がり、シヅキはイルミネへと見せつけるように装備変更を行った。


「うわっ、ホントに着ちゃうんだ……。ふーん…………」


「……あの、そんなにまじまじと見られると流石のわたしでもちょっと恥ずかしくなってくるんだけど。やっぱりこれイルミネの趣味じゃないの?」


 腰や胸、下腹部のあたりにイルミネの熱い視線を感じる。シヅキを辱める目的もあるにはあるだろうが、やはり、この設計に至った理由の過半を占めるのは『イルミネの趣味』なのではなかろうか。


「いや……そうじゃない、けど…………。いいわね、すごくいい。ちょっとその場で回ってみてくれる?」


「……やっぱ趣味じゃん!」


──────────

Tips

『UGR内における服装規定』

 UGR内の国家には「猥褻物頒布等罪」は存在しない。

 そのためユーザーの良識に頼った服装が求められているが、にも関わらず時折全裸で外を駆け回るプレイヤーが目撃されることがある。

 当然、運営へ多数の通報が為されているはずだが、現状、運営チームはこの問題に関して一切の沈黙を保っている。

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