十四話

 埃っぽくて、湿った空気を吸い込んであたしは目が覚めた。ひんやりと冷たい石の床で寝てたあたしは、その感触を感じながら上半身を起こした。ちょっとだけ頭がふらつく……そうだ。あたしはいきなり頭を殴られたんだ。首にスカーフを着けたあの男性に……。


「……ここは、館の中……?」


 それにしては暗くて殺風景すぎる。光が入るのは天井近くにある格子のはまった小さな穴からで、他に窓は見当たらない。広い部屋を見回してみても、ソファーや机などの家具はなく、片隅に木材や工具が雑然と置かれてるだけだ。どうしよう。あたし、さらわれたの? 早くここから出て帰らないと――手足がしっかり動くのを確認しながら立ち上がろうとした時だった。


 ギイ、ときしむ音を響かせて扉が開いたのを見て、あたしは動きを止めた。心臓が緊張と恐怖で激しく鳴り始める。


「……予定通り、目が覚めたようだね」


 やっぱり、というか、予想した通り、現れたのはあたしを殴って気絶させたスカーフの男だった。自分がしたことを忘れたかのように、男は穏やかな口調で微笑んで、こっちに近付いてくる。


「こ、来ないで……!」


 今度は何をするつもりなのか――あたしは四つん這いで壁際まで逃げた。


「そんなに怖がらないでくれ。もう殴ったりしないよ。僕はそれを謝りに来た」


 両手を振って男はそう言ったけど、簡単に信じられるわけがない。


「悪かったよ。怪しい人間を問い詰めるのも仕事なんでね。でも君も、人を捜してるならはっきりそう言ってほしかった」


「そう、言ったはずよ!」


「だからはっきりと、捜してる者の名まで言ってほしかったんだ。……それで、誰を捜してる?」


 離れた正面で立ち止まった男は、腕を組んで聞いてきた。……また気絶させられたくはない。ここは言うしかないか。


「……ノアって、友達を……」


「ふむ、ノアか。間違いなさそうだな」


 その呟きに、あたしは首をかしげた。何が間違いないのか。そんなあたしの様子に気付いて、男は微笑んで言った。


「実は連絡を受けてね。君が働く便利屋セビンケルの従業員から、君がここへ来てないかと聞かれたんだよ」


 従業員って……まさかシモンさんが? 帰らないあたしを捜してくれてるの? じゃあ、そんなに時間が経ってるってこと?


「……あたしは、どれぐらいここにいるの?」


「考えてるほど長くはない。今の時間は午前八時。まだ一日は経ってない」


 でも、一晩は過ごしてる。


「殴られただけで、そんなに長く眠ってたなんて……」


「眠りすぎたのはこちらの意向だ。君を気絶させた直後、便利屋がここのある人間と会わせてほしいと何度も言ってきてるとの報告があってね。部下は断り続けてたらしいが、あまりにしつこいから、僕に対応を求めてきた。その会いたがってる人間の名が、ノアだった。部外者がここで誰かを捜してるなんて話、滅多にないことだからね。その滅多にないことが、同時に二件起きたわけだ。便利屋と、君だ。これは何か関係があるんじゃないかと思って、当初は君にさっさと吐いてもらおうかと思ってたんだけど、二件のつながりを探るために、予定を変えて君にはしばらく眠っててもらうことにして、睡眠薬を飲ませたんだ。そして見込み通り、夜が明けた今、目を覚ましたわけだ」


 睡眠薬で眠らされてた……頭のふらつきはそのせいもあるのかもしれない。それより、リベカさん達は結社に何度も頼んでたんだ。でも断られ続けて、それで知らせが全然なかったのか。


「従業員が捜しに来たのは昨夜遅くのことだ。自分達と同じように、人を捜してる若い女が訪ねて来なかったかとね。北地区にいるはずだと、かなり心配した様子だったようだ」


 あたしは驚いた。シモンさんはあたしがどこへ行ってたのか、知ってたんだ。この館とまでは知らなくても、北地区へ行くのを知ってれば、当然ルメディオ絡みだって予想は出来たはず。だからここに聞きに来たんだろう。


「特徴を聞いて、君のことだとわかった。それでつながりを探る必要なく、二件の人捜しはつながった。便利屋も君も、同じノアという人間を捜してるとね。そして今、改めて君からノアという名を聞き出し、裏付けが取れた。……怪しんで申し訳なかった。嘘はなかったみたいだね」


「それじゃあ、帰ってもいいの?」


「それはもう少し待ってほしい」


「シモンさんとリベカさんに、経緯を話して安心させないと――」


「その前に、君の心の内を知りたい」


 そう言うと男はゆっくりこっちへ歩み寄って来た。あたしはその顔を見据えながら、逃げ場のない壁に背中を押し付けるしかなかった。


「距離があると、細かな表情がわからないからね。……従業員にも言ったけど、ここにノアという人間はいない」


「ノアは、偽名を名乗ってるかもって……確か……シバー、とかいう名前……」


 男はうっすらと笑みを浮かべた。


「偽名ね……なぜそんな必要が?」


「警察に、手配されてるから……」


「何の罪で?」


「……殺人……」


「一体誰を殺したんだ?」


 あたしは男の薄い笑みを見つめた。


「……あたしの、お父さん」


 そう答えると、男は満足するように口角を上げた。


「正直に答えてくれて助かるよ」


「あたしは嘘なんて言わない」


「今聞いたことを含めた詳細は、従業員からすでに聞き取り済みでね。一応確かめさせてもらった」


 じゃあ知りながら聞いてきたの? 何のために?


「君は父親が殺されたことを隠さなかったね。それだけ抑えられない憎しみがあるのか、あるいはもう過去になってしまったのか……」


 男はまた微笑みを浮かべて見下ろしてくる。……こんな不気味な笑みは他にないと思う。


「この話を聞いた者の大半は、君が父親の復讐のために犯人を捜してると思うはずだ。そういう僕も、その大半側の考えでいる」


「復讐のためじゃない……」


「本当に? 今さら嘘は困るよ」


「嘘じゃない。あたしは、ノアに言うことがあるだけ……」


「そこに復讐心が混じってないと、どうやって証明出来る?」


 あたしは思わず男を見返した。


「……どうして、そんなに復讐かどうかにこだわるの?」


 聞くと男はにやりと笑った。


「それがとても重要なことでね……」


 そう言うと男は、あたしの目の前に片膝を付き、同じ高さの目線になって言った。


「ノアという人間は知らないが、シバーという人間なら、確かにここにいる」


 あたしは瞬きして男を見つめた。


「そして彼は、過去に殺人を犯して追われる身でもある」


「!」


 ノアと同じ過去を持ってる……!


「シバーは僕の直属の部下なんだ。まだ若くて日の浅い仲ではあるけど、見込みがあって育てがいのあるやつなんだよ。それが復讐の対象になってると知って、普通、そうですかと放っておくことは出来ないだろ?」


 男は微笑みながらも、眼光鋭い眼差しを向けてくる。


「我々、ルメディオの人間は、任務以上に仲間との絆、信頼を大事にしてるんだ。その仲間に命の危機が迫れば、僕は容赦なくそれを排除し、助けるつもりでいる。……君は、排除されない人間だと、どうやって証明する?」


「証明、なんて……」


 あたしは必死に考えた。そんなこと、一体どうやって示せばいいの? 口で言っても信じてもらえないし、なら行動で示すしかないけど……。


「……あたしの体を調べて。復讐のための武器なんて、何にも持ってない」


 そう言うと、男はふっと笑った。


「それはすでに済ませてる。君が寝てる間にね」


 思わず自分の体を見下ろした。知らないうちに調べられてたのか……。 


「確かに武器はなかったけど、そんな物がなくても、不意をつけば殺すことなんていくらでも可能だ」


 そんなことを言われたら、あたしにはもう証明する方法なんてない。


「どうすれば、信じてもらえるの?」


 聞くと、男は首をかしげながら言った。


「そうだな……たとえば、君の何かを差し出す、とか」


「何かって、何を……」


「財産、時間、社会的立場……いや、取り戻せるものよりは、一生戻らないもののほうがいいか。眼球、耳、手首――」


 すらすらとおぞましいことを言う男に、あたしは背筋に寒気を感じた。


「結局、殺すつもりなの……?」


「体の一部がなくなっても死ぬことはない。かなりの痛みはあるだろうけどね」


「そんなもの渡したって、証明には――」


「もしやってもいいって言うなら、シバーに会わせてあげよう」


「……!」


 小さく息を呑んだあたしに、男は笑みを返してくる。


「復讐じゃないという捨て身の主張になるだろ? たとえ復讐だとしても、元の体のままでは帰れない。身を犠牲にしてまで果たしたいことなのか、その覚悟をはかれる方法だ」


 復讐であろうと、そうでなかろうと、会いたいなら取り返しのつかない犠牲を差し出せっていうの?


「言っておくけど、僕は今もシバーに会わせたくないと思ってる。君のことを疑ってるからね。君も、体の一部を失いたくなければ諦めるんだ。そうすれば今すぐここから出してあげよう」


 男は背後の扉を示して微笑む。こんなところにはいたくないけど、でも、ノアかもしれない人に会える最大の機会でもある。体に犠牲を負わせさえすれば、あたしの目的は果たされるんだ。だけど、そこまでして相手がノアじゃなかったら? そう考えるとこっちの痛手はあまりに大きい。こんなこと、本当にやるべきなのか。男の提案も何だかおかしい気がする。復讐かどうかが問題のはずなのに、あたしがどれだけノアに会いたいかの意思の問題に変わってる。そんなこと確かめてどうする気なんだろう。もしかして、あたしはこの男に遊ばれてる? だとしても、ノアに会うにはここで決断するしかないんだ。諦めて帰れば、もうこっちの話は聞いてくれないかもしれない。最悪、これが最初で最後の機会になる可能性だってある。ずっと捜してきたノアを、その後ろ姿だけ見ながら諦めることはやっぱり出来ない。身を犠牲にしてでも、どんなに恐怖を感じようとも、この機会を逃しちゃ絶対に後悔するような気がする――


「……考えがまとまったようだね」


 微笑む男を、あたしは見据えて言った。


「会わせて」


「ということは、体の一部を差し出す覚悟が出来たのか?」


 あたしは頷いて見せた。これに男は口角を引き上げる。


「わかった……ところで君の利き手はどっちかな」


「……右手、だけど」


「じゃあ右手と右足の指を全部、いただこう」


 指を、全部……?


「一部分だけじゃ――」


「指は一部分だ。でも僕は一箇所だけとは言ってない。不満か?」


 あたしは黙るしかなかった。確かにそうだけど、手と足の指、全部だなんて……。


「手は殺しをやりにくくするために、足は現場から逃げにくくするために……復讐だった場合の備えだ」


 すると男はあたしの汚れた靴の先を指で軽く叩いた。


「手の指を先に切ると不慣れな左手を使うことになる。まずは足の指からがいい」


 おもむろに立ち上がった男は部屋の隅へ向かい始める。そこには木材やいろいろな工具が置かれてる。そこを物色した男は、両手に違う物を持ってあたしの前に戻って来た。


「一息に切り落としたいなら、この斧がお薦めだ。手間がなくて、痛みも一度きりで終わる。でも重いからね。狙いが付けづらいかもしれない。手元が狂えば指だけじゃ済まない危険もある。丁寧に切り落としたいなら、こっちの、のみと金槌だ。斧と違って手間はかかるし、痛みを感じる回数も増える。でも狙いは付けやすくなり、間違った箇所を切ることもない。さあ、君の好みのほうを取ってくれ」


 あたしの足下に斧とのみと金槌が並べられた。それを眺めて、これから切られるあたしの手足はビリビリとしびれるようだった。淡々とされる説明なんてまったく頭に入って来ない。これから自分の手でしなきゃいけないことに、心も体も震えるばかりだった。


「……顔面蒼白だ。そんなに怖いならやめたって――」


 あたしはぶんぶんと頭を横に振った。それだけは出来ない。必ず会うんだ。ノアであると信じて……でも、正直な体は心の恐怖を代弁するように震え続けてる。どうしても怖い。だけど、やらなきゃ会えないんだ……!


 あたしは手前にあった斧を手に取った。震える手にずしっとした重さが乗る。


「それで大丈夫か? そんなに震える手じゃ、狙いがぶれそうだけど」


 男は何か言ったけど、あたしの耳には届かなかった。ただ足下にだけ集中する。右足の汚れた靴をゆっくり脱いで、これから切り落とす五本の白い指を見下ろす。暑くもないのに、さっきから汗が流れて止まらない。胸の鼓動も、破裂してもおかしくないぐらいの激しい音を立ててる。呼吸が上手く出来ない。怖がるな。一気にやらないと。


 つま先の上に斧の刃を重ねる。磨かれた綺麗な刃は小刻みに震える。それを止めるためにあたしは斧の頭も握った。このまま両手で振り落とせば、指は切れるはず。しっかり切り落として、痛みだって最小限に……。失敗することなんて考えちゃ駄目だ。刃には刃こぼれ一つない。骨まですぱっと切ってくれる。怖くない。斧を振れば、一瞬で終わっちゃうこと。大丈夫。心配することは何もない。やるんだ。勇気を出せ――


 何度も深呼吸を繰り返して、手の震えが治まったところで、あたしは斧を持ち上げてつま先に狙いを定めた。


「……ああああああ!」


 悲鳴に近い気合いの声を上げながら、あたしは自分のつま先目がけて斧を振り落とした――が、刃は足に触れることなく寸前で止まった。あたしがためらったわけじゃない。視線を上げて見れば、いつの間にか目の前に、あたしの腕をつかんで止める男がいた。……何で止めたの? 切れと言ったのは自分なのに。


「ま、これぐらいでいいかな」


 男は微笑んで、あたしから斧を取り上げた。さっぱり理解できない。男はあたしに何をさせたいのか。


「困惑させてすまないね。君がどれほど本気なのかを知りたかったんだ。犠牲を払ってでもシバーに会いたいのかどうかを。でも今のを見ると、君は本気みたいだ。足の指と引き換えても構わない……そんな熱意を感じた」


「何のために、こんなことを……」


「ルメディオに属する者は、任務以外での外部の人間との接触を禁じる掟があってね。君のように、会いたいと言われてすんなり会わせることは出来ないんだ。けれど、君のことは以前、シバーから聞いたことがあった。懐かしむように、幼馴染みの女の子がいたと話してたよ。それは君だろ? ミリアム」


 あたしは驚いて男を見つめ返した。


「それじゃあ、シバーって人が、ノアだってことを、認めるの?」


「そうは言ってない。シバーはシバーだ。僕にとってはね」


 男はふふっと笑った。その笑いが本当の答えなんだろう。


「シバーは頑ななやつだ。掟に従い、君に会う気はないと思う。僕も本来は会わせてはいけない立場だ。でも彼を教育する者として、シバーに成長するきっかけを与えてやりたくてね」


「成長?」


「彼は指示命令を聞いて、正確に任務をこなしてくれるけど、どんな困難もすべて自分で抱え込んでしまうところがある。時には仲間に頼れと言っても、自分がどうにかすると突き進んで行ったり……他人を信用してないとか、目立ちたがりなわけじゃない。言うなら自己犠牲的な思考かな。自分が苦しんで済むならそれでいいと、本人はそれが最善だと思ってるようでね。決して悪い考えじゃないけど、助けも得ず突っ走り続けるやつは、この世界では長生き出来ない。見込みがあるやつだけに、それだけが気がかりになっててね」


 聞きながらあたしは、いかにもノアらしいと思えた。そしてそう行動するきっかけが、間違いなくあたしと一緒にいた時間であることも。


「幼馴染みの君なら、シバーの思考を変えられるんじゃないかと思ってね。だから彼への気持ちをはかるために無理難題を与えたんだ。どうでもいい存在なら、会わせても彼を揺り動かすことは出来ない。心の底からシバーを思ってるかどうかが知りたかったんだ」


 それで、あたしをこんなに汗まみれにさせて、恐怖に追い詰めたっていうのか。やっぱりあたしは、この人に半分遊ばれてたようなもんだ。


「ノアに、会わせてくれるの?」


「ああ。いいだろう。幼馴染みの君ならシバーも心を許すだろうからね」


「でも、もし復讐のためだったらどうするの? 隙を突いて殺したら……」


「君は復讐のために会うんじゃない。そうだろ?」


 あまりにはっきりと言われて、あたしは戸惑った。さっきまであんなに疑ってたのに……。


「実は聞いてるんだ。シバーから、あの事件についてね。だから君が復讐でないことは、便利屋から詳細を聞いた時点でわかってたんだ。騙して悪かったよ。君の本気度を確かめるために使わせてもらった。でも少し強引なつなげ方だったかな」


 どうりで不自然な提案だと思った。復讐がどうでもよくなったのは、そういう意図だったのか。でもそれはいいとして……あの事件を聞いて、あたしが復讐のためじゃないってわかってるなら、この人は事件のすべてを知ってるっていうことだろうか。ノアが、あの時に何をしたのかを……。


「さっきも言ったけど、ルメディオの人間は部外者との接触を禁じられてる。君の訪問も本来ならあり得ないことなんだけど、でも君は便利屋の従業員でもある。任務で使用する便利屋との打ち合わせとごまかせば、掟にはぎりぎり触れないだろ。君もそのつもりで」


 規律が厳しいところかと思ったけど、個人のさじ加減でどうにかなる緩さもあるらしい。あたしは助かるけど。


「じゃあ、行こうか」


「どこへ?」


「上の部屋だ。こんな埃っぽい地下室で久しぶりの再会を果たしたいか?」


 男に促されて、あたしは部屋を出た。薄暗い階段を上って行くと、目の前には絨毯が敷かれた長い廊下が伸びてる。……あたしがいたのは館の地下室だったのか。


 男に付いて廊下を進み、また階段を上って二階へ行く。外観と変わらず、内側も綺麗で豪華だ。壁には大小の絵が飾られて、窓際には磁器の花瓶に色鮮やかな花がぎっしり活けられてる。天井から吊り下がる照明は埃で曇ることなく金色に輝いて、灯りよりも眩しいかもしれない。やっぱり大富豪の邸宅にしか思えないようなところだ。


 あるものすべてを眺めながら進んでると、さらに階段を上って三階へ向かう。この館の最上階だ。こんな高い所に来たのは初めて。窓から見える景色も、いつもとはまったく違う眺めになってる。周りの建物の屋根が見下ろせて、さえぎるものがない青空は広く大きい。街の隅まで見渡せそうだ。


「ここだ」


 男はある扉の前で止まると静かに押し開き、あたしに入るよう促した。少し緊張を覚えながら入った部屋は、廊下と同じように綺麗で豪華だった。ふかふかな絨毯が敷かれた広い部屋には大きなソファーと机が置かれて、飾り棚には人物の石像や骨董品が並んでる。壁にも古そうな剣とか、額に入った古文書なんかが飾られて、この館の持ち主の趣味がうかがえる装飾だ。


「適当に座って待っててくれ。シバーを呼んでくる」


 そう言うと男は扉を閉めて行ってしまう。残されたあたしは胸の緊張を感じながら、大きな窓の外を眺めて気持ちを整理することにした。……ようやくノアに会える時が来たんだ。六年ぶりか。あたしも変わったと思うけど、ノアも一緒に遊んでた頃とは、見た目はまったく変わっちゃったのかな。言わなきゃいけないこともあるけど、聞いてみたいこともいっぱいある。あの後、一体どうしてたのか。何でルメディオにいるのか。そして、あたしのしたことをどう思うのか……。正直、真正面から聞くのは怖い。責められて、殴られてもおかしくないことだから。それでも伝えて、聞かなきゃいけないんだ。ノアにだけずっと、罪を押し付けられない。あたしが出来る方法でノアに償わなきゃ……。


 待つこと二十分――その時がやって来た。扉が叩かれる音にはっと振り向くと、静かに入って来たのはまず男だった。


「待たせたね。……シバー、入れ」


 廊下に向けられた視線の奥から、もう一人がゆっくりと入って来た。ブーツに細身のズボン、ちょっとだらしなく着たシャツに裾の長い上着。男のきっちりした服装とはまた違う格好だ。伸びた黒髪の頭をややうつむかせて、長い前髪の間からその顔をこっちに向ける。あたしの目と合った黒い瞳は、その瞬間、瞠目して光ったように見えた。見つめて、その顔を確認して、あたしも目を見開いた。日焼けした肌はもう消えてるけど、六年経ってもしっかり面影は残ってる。あの頃の顔が、そのまま大人に成長してる。間違いなく、目の前にいるのはノアだ……!


「……何か言ったらどうだ。幼馴染みなんだろ?」


 無反応の部下に男がたまらず促すと、ノアは怪訝な表情を見せて言った。


「幼馴染みじゃない。誰ですか? この人」


 え、という声も出ず、あたしは呆然とした。

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