八話

 夕方、夕食前に部屋で一休みしようかと二階に上がった時、リベカさんの部屋の扉が開いてるのに気付いた。そう言えばいつの間にか事務所から消えてたけど、ずっと部屋にいたのかな――何気なくのぞいてみると、部屋の奥で鏡と向き合うリベカさんの背中が見えた。手に持った物で何かやってるみたいだけど、何してるのかな……。


「……ん?」


 その時、気配でも感じたのか、急にリベカさんがこっちに振り向いて、あたしの視線とばっちりかち合った。


「あ、あ、ご、ごめんなさい! 開いてたから、つい……」


 あたしはすぐに謝った。のぞき見なんて駄目に決まってんのに、あたしは何してんだ。


「こっちこそ、扉開けっ放しだったみたいね。うっかりしてた。でも見られて困るようなことはないけど」


 そう笑って言ったリベカさんの手には、真っ赤な口紅が握られてた。


「お化粧してたんですね。すみません。邪魔しちゃって……どっか出かけるんですか?」


 普段リベカさんはお化粧をしてない。だからこういう時は大抵仕事絡みだ。


「うん。依頼で潜入調査にね。社交場だから、綺麗にしないといけなくて」


「社交場って、何ですか?」


「知らない? いろんな人が集まって付き合いを深める場所のことよ。私がこれから行くのは小金持ちの集まりで、いけ好かないところだけど」


 へえ、そんな場所があるんだ。初めて知った。


「でもそういうところで出される料理は結構美味しいんだよね。それだけを楽しみに行くって感じ。もちろん仕事はしっかりやるけど」


「リベカさんがそう言うなら、本当に美味しいんでしょうね。ちょっと羨ましいかも……」


 野宿してた時と比べれば、ここに置いてもらってからの食事は三食もとれて、感謝するほどの満足を感じてる。でも長く食べてると、作る物、買う物が決まってきて、いつも同じような食事ばっかりして新鮮味を感じなくなってくる。贅沢な不満だってわかってるけど、それでもたまには目新しい料理も食べてみたいって気持ちにもなる。


「なら、一緒に行く?」


「……え?」


「社交場は危険な場所じゃないし、私の連れって言えば入れてくれると思うし」


「だけど、あたしにお手伝い出来ること、あるんでしょうか……?」


「別に手伝う必要ないから。こっちはこっちで仕事片付けて、ミリアムは好きにしてればいいよ」


「それじゃあ、あたしはただ遊びに行くだけみたいに――」


「そうだよ。社交場を見学して、食事を楽しむ。今日の夕食代浮かしに行くだけだね」


 リベカさんはいたずらっぽく笑う。それだけのために付いて行っていいんだろうか……。


「仕事のことは気にしないでいいから。ミリアムも、いつも事務所にこもってて、つまんないでしょ? 違う世界を見てみるのも楽しいと思うけど」


 違う世界――確かに、あたしはこのベリアラの街に二十年いるのに、社交場という場所すら知らなかった。広大な街に当たり前にあるものを、あたしはまだほとんど知らないんだろう。


「……リベカさんの邪魔に、ならないんなら、行ってみようかな」


 仕事をしに行くリベカさんに、遊び気分で付いて行くのは正直気が引けるけど、せっかくこう言ってくれてるんだし、お言葉に甘えて……。


「よし! そうと決まれば、ミリアムもおめかししないとね」


 リベカさんはあたしを部屋に入れると、鏡の前に立たせた。


「おめかしって、もしかして……」


「もちろん化粧よ。社交場へは公式な格好で行くのが決まりなの。すっぴんなんてあり得ないから。……ミリアムは化粧、したことある?」


「ないですけど……」


 しようとも考えなかったし、そもそも道具を買う余裕もなかった。


「そっか。じゃ私がやってあげましょう!」


 リベカさんは隣の机にある化粧道具から丸いスポンジを手に取ると、そこに付けた白い粉をあたしの顔に叩くように付け始めた。……うっ、これがおしろいっていうもの? 何だか小麦粉をまぶされてるみたいだ。


「こんなもんでいいでしょ。次は……」


 リベカさんはいろいろな化粧道具を持っては、目元や頬、唇に何かを塗っていく。その様子は真剣で、だけどどこか楽しんでるようにも見える。鏡に映るあたしの顔は見る見る別人に変化して、もう元の顔はどこにも見当たらなかった。何だろう。わくわくもするけど、ちょっと怖くもある……。


「……出来上がり! いい感じの美人に仕上がったんじゃない?」


 リベカさんは胸を張ってあたしを鏡に近付けた。その中にいたのは、あたしの知るあたしじゃなかった。真っ白な肌に、ほんのり紅潮した頬。いつもより大きくなった目に、艶を帯びた赤すぎる唇――この人、誰なんだろう。すごく綺麗だ。


「ありがとうございます。リベカさんって、お化粧が上手なんですね」


「昔の経験ってやつよ。それにしても、こんなに変わるなんてね。普段から化粧すれば、さらにもてるんじゃない?」


「も、もてる必要なんて、ないですから……」


「捜してるノアがいるから?」


 聞かれて思わず言葉につかえた。


「ちっ、ノアは、あっ、そ、そういうことじゃ、なくて……」


「照れなくてもいいじゃない。会いたい人なんでしょ?」


「そうですけど、別に、思ってるようなことで捜してるわけじゃなくて……」


 どぎまぎしてしまったあたしをリベカさんは笑いを抑えて見てた。ちょっとからかわれたのかもしれない。変に反応しなきゃよかった……。


「あくまで友達なのね。はいはい。じゃ次は着替えるから、服、脱いでね」


「脱ぐって言っても、あたし、どんな服を着て行けば……」


「大丈夫よ。私のドレス貸してあげるから。少し大きいとは思うけどね」


 そう言うとリベカさんは大きなクローゼットを開けた。中には様々な色のドレスと普段着がかけられてた。いっぱい服があるんだな。


「ミリアムに似合いそうなのは、そうだな……この黒なんてどうだろ」


 取り出したのは黒い生地のショートドレスだった。あたしは言われるままにそのドレスに着替えてみた。黒い服ってあんまり着たことないけど、似合うのかな……。


「……うん。やっぱ少し大きいけど、その分の丈がかえっていい感じに揺れて、雰囲気出してるわね」


 あたしは鏡で見た。袖はなく、胸元が大きく開いてて肌寒い。でもいかにも大人の女性っぽさがあって嫌いじゃない。腰回りはほっそりとして、そこから大胆にスリットが入って、リベカさんに勧められたハイヒールで歩くたびに斜めに切られた裾が優雅に揺れる。装飾が少なめなのもいい。心配はいらなかったみたい。


「このドレス、好きです。これにします」


「うん。じゃ決定ね。最後は髪だけど……結ってもいいし、そのまま垂らした状態でもいいけど、個人的にはそのままのほうがいいかな。ミリアムのその髪色、ドレスに映えるから」


「はい。じゃあ、くしでとかすだけにします」


「あっ、ちょっと待って」


 閃いたようにリベカさんは机の引き出しから何か取り出すと、それをあたしの髪に付けた。


「全体的に落ち着きすぎだから、髪飾りをね」


 鏡で見ると、左側の頭に水晶の髪飾りが付けられてた。光を反射してきらきら光ってる。女性は宝石が好きだとか言われるけど、今ならそれもちょっとわかるかも。


「うーん、我ながらいい出来ね。社交場に行ったら誘いの声かけられてもおかしくないよ」


「誘いの声って、何の誘いですか?」


「お付き合いしませんかってことよ。つまり男女の交際」


 え……そういう目的の人もいる場所なの?


「まあ、大体は遊びたいだけのやつだから、もし声かけられても断るか無視すればいいけど。でも気に入った相手なら応じてもいいからね。それはミリアム次第」


 リベカさんが仕事してる横で交際相手作るなんて、あたしに出来るわけない。


「それじゃ私もさっさと支度しようかな。ミリアムは下で待ってて」


 部屋を出たあたしは階段を下りて、事務所の椅子に座ってリベカさんを待った。いつもいる場所なのに、何だか落ち着かないな。お化粧もドレスも、社交場に行くのも初めて。すべてが初めてって、こんなに緊張するものなのか。


「お待たせ。じゃ行こうか」


 現れたリベカさんはさっきよりも輝きを増してた。キャラメル色の長い髪は高く結い上げられ、あらわになった細い首がやけに色っぽい。体の線を強調する赤いロングドレスは、リベカさんの笑顔にすごく合ってて華やかだ。裾を持ち上げながら階段を下りてくる姿は、どっかの貴婦人にしか見えない。


「リベカさんこそ、いつもお化粧すればいいのに」


「ふふっ、気付いちゃった? でもこれ以上もてたらシモンがやきもち焼いちゃうからね。こういうのは仕事の時だけ」


 確かに、こんなに綺麗な人が道を歩いてたら、男性から引っ切り無しに声をかけられちゃうかも。そんなことになればシモンさんも気が気でなくなるだろうな。平和を望むなら、やっぱりお化粧は仕事だけのがいいか。


 あたし達は便利屋を出て、通りを進んで行く。日はすっかり暮れて辺りは暗い。人の姿もまばらになってる。と、目の前に馬車が止まってると思ったら、リベカさんはその御者に声をかけた。


「さ、乗って」


 また初めての経験が増えた。


「社交場って、ここから遠いんですか?」


「それもあるけど、これから行くのは小金持ちの集会だから。こっちが便利屋ってばれないよう、同じ小金持ちらしい行動を取っておかないとね」


 なるほど。素性を隠すための行動なのか。いろいろ気を遣うところがあるんだな。


 初めての馬車に揺られること三十分。あたし達は社交場に到着した。目の前には石造りで二階建ての立派な建物があって、その壁や柱には美しい彫刻が施されてる。いかにもお金持ちしか入れないような外観だ。周囲を見回せば、そのお金持ちと思われる男女が、それぞれきらびやかな格好で次々中へ入って行く。本当に、あたしとはまったく違う世界がここにはある。


「ミリアム、行くよ」


 建物と人をぼーっと眺めてたあたしをリベカさんが促す。中はどんななんだろうと、ちょっとわくわくしながらその後を付いて行った。


 入り口に立ってた男性とリベカさんは短く話すと、中へはすんなり入れた。そしてその奥に広がってたのは、大勢のお金持ち達が話し、笑い、くつろぐ豪勢な空間だった。


「何か、くらくらしそうです……」


「何言ってんの。今はミリアムも皆と同じ立場なんだから、堂々として」


 背中をぽんっと叩かれて、あたしは一息吐いた。そうだ。ここにいる人達は皆お金持ちなわけで、あたしが招かれざる客だってことはばれないようにしないと。あんまりおどおどしちゃ駄目だ。堂々と歩かなきゃ。


 リベカさんに付いて広い部屋をゆっくり進む。いくつも置かれたソファーでは品のいい女性達がお酒を飲みながら談笑して、カウンターバーでは男性達が大きな笑い声を上げながら葉巻を吹かしてる。通りが見える窓際では夫婦らしい二人が肩を寄せ合って、そのすぐ横では太った男性が料理が盛られた皿を片手に、向かいの女性に話しかけてる。


「見ての通り、飲んで食べて話すだけのくだらない集まりよ。全員、自分がどれだけお金を持ってるか、どれだけすごいことをしてるか、そんな自慢がしたいだけなのよ」


 あたしの耳元でリベカさんは辟易した口調で言った。


「でもまあ、くだらないことしてくれるおかげで、仕事だったりお金が回って来る人もいるんだけどね。……あ、今日の仕事相手、発見」


 リベカさんは数人で話してる男女の集団を見た。そこにいる人が調査対象のようだ。詳しいことはわからないけど。


「じゃミリアム、私は仕事するから、あなたはしばらく好きにしてて。終わったら呼びに行く」


「わかりました」


「くれぐれも悪い男には引っ掛からないようにね」


 笑顔を残してリベカさんは集団のほうへ向かった。見てると、顔見知りじゃないだろうに、一言話しかけただけで、すぐにその中に馴染んで話し始めた。さすがとしか言いようがない。もう手慣れたことなんだろう。


 一人になったあたしは、とりあえず夕食を済まそうと料理が置かれた一画へ向かった。長机の上にはパンや酒、肉料理に魚料理、さらにスープやサラダまで、ありとあらゆる料理が何種類も並べられてる。その美味しそうな見た目と香りでお腹が鳴らないか心配になってくる。他の人が料理を皿に取って行くのを見て、あたしも真似して好きな料理を取った。


「……美味しい!」


 普段は頻繁に食べられない肉料理を頬張ると、今までに味わったことのない美味しさが口に広がった。やっぱりお金持ちの食べるものは、あたし達とは全然違うんだな。


 夢中で食べてお腹いっぱいになって、あたしは遠くのリベカさんを見た。さっきと変わらず、まだ集団の中に混じって話してた。仕事は続いてるようだ。夕食代を浮かす目的は済んで、余った時間何しようかと所在なく歩いてた時だった。


「こんばんは」


 声に振り向くと、そこには高そうな服をまとった若い男性がいた。


「お一人ですか?」


「い、いえ……」


「お連れの方がいるんですね。でも見当たらないようですが……」


「今、仕事で――あっ、じゃなくて、知り合いと話してて……」


 危ない。同じお金持ちになり切らないと……。


「じゃあ、今はお暇ですか? よければ風に当たりながらお話しでも」


 風に? ってことは、外に出ようってこと?


「……結構です」


「短くても構いません。お相手をしてくださると――」


「他を当たってください」


 そう返すと、男性の態度は豹変した。


「ふん、暇そうだから声をかけてやったのに、お高くとまりやがって……身の程知らずな女が」


 そう捨て台詞を吐いて、男性は立ち去って行った。あたしは唖然とするしかなかった。ただ誘いを断っただけで、何で悪く言われなきゃいけないの? まったく、気分が悪くなる。


 あたしはまた同じ目に遭わないよう、目立たない部屋の壁際に移動した。それでも何人かの男性は声をかけてきて、綺麗だ、一目惚れした、あなたのような女性は初めてだとか、体がかゆくなりそうな言葉を言って誘ってきた。そんな下心だけの相手に心を許すわけもなく、あたしは全部断った。それに怒る人もいれば、残念そうに去る人もいて、相手がどれだけ本気だったのか、ちょっとだけ垣間見えた気がした。でも、あたしにそんな言葉を嘘のない心で言ってくれた男性は、これまでたった一人しかいない――


 その時のあたしは、とにかく泣くしかなかった。左目の横に大きな青あざが出来て、その痛みと、隠し切れない恥ずかしさから、誰にも言わず家を出て、一人木陰で泣いてた。そんなあたしをノアは捜しに来てくれた。いつもは一緒に遊ぶ時間なのに、見当たらないから心配して捜してくれたという。でもあたしは顔の青あざを見られたくなかった。ノアが見ればきっと、気持ち悪がって顔をしかめるに違いないと思った。唯一の友達に、あたしはそんな目で見られたくなかった。


 顔を隠すあたしを、ノアは強引に振り向かせて、その青あざを見た。けれど予想に反してノアは大きな反応を見せなかった。見た瞬間こそ目を丸くしたけど、顔をしかめることはしなかった。あたしは見られたことにまた泣き始めて、青あざを隠そうとしたけど、その手をノアは止めた。こんなあざなんかすぐに消える、だから泣くなと慰めてくれた。でもあたしはノアにどう見られてるかが怖かった。不細工になったでしょ? と聞いたら、ノアは首を横に振ってこう言った。


「あざがあってもなくても、かわいいよ」


 その直後、ノアの耳が真っ赤になるのをあたしは見た。信じられなくて、嘘だと言うと、ノアは嘘じゃないとすぐに言い返してきた。その後の沈黙がやけに長く感じて、でも実際はほんの数秒だったんだろう。そんな印象深いことがあってから、あたしはノアのことをより意識するようになったのかもしれない。


「ミリアム、待たせたわね」


 誘いの声を断りながら待つこと一時間半。椅子に座って待ってたあたしの元にようやくリベカさんがやってきた。


「こっちは終わったから、帰ろうか。食事はした?」


「はい。食べました。すごく美味しかったです」


「でしょ。私も少しつまんできた。……それで、どうだったの? 声かけられてたみたいだけど、よさそうな人いた?」


 仕事しながらあたしの様子も見てたとは……。


「いえ、そういう人は誰も……」


「そうなの? 残念ね。気に入る人がいればよかったのに」


「今は相手が欲しいとか、考えてないですから」


「駄目だって。いい人に出会える機会は多くないよ? 若いからって余裕ぶってないで、自分から積極的にならないと。ミリアムは控え目で、笑顔も少ないから、男がなかなか気付いてくれないかもよ」


 あたしって、他の人から見るとそんな感じなのか。自分ではよく笑うほうだと思ってたんだけど――そうか。それはアロンとノアと一緒に遊んでた子供時代のことか。あたしはもう何年も、昔みたいに笑えてないのかな……。


 社交場を出て帰りも馬車に乗って、あたし達は便利屋に到着した。リベカさんが御者に支払いをしてる間に、あたしは先に事務所へ入った。


「……あ、シモンさん」


 そこでは別の仕事から帰って来てたシモンさんが、少し遅い夕食をとってた。


「あん? ……お前、ミリアムか?」


 顔を上げてこっちを見たシモンさんは、真ん丸な目であたしを凝視する。シモンさんも、あたしのこんな格好、初めて見るんだったな。


「はい。リベカさんの仕事で連れて行ってもらって、お化粧もしてもらったんです。どうですか?」


「びっくりだな。あんな地味だったやつが、こんな美人に変わるとはな」


「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」


「そんなんじゃねえよ。本当に綺麗だよ。でももったいねえな。俺がもう少し若けりゃ、間違いなく落としにいってたけど……」


「へえ、あんたって若い娘のほうが好みだったんだ」


 振り向くと、入り口に立つリベカさんが腕を組んでシモンさんを睨み付けてた。……何か、まずそうな雰囲気だ。


「リベカ! ち、違うって! だから俺が若ければの話で――」


「若ければ、私よりミリアムを選ぶってことでしょ?」


「何歳だろうと、俺はお前しか選ばねえよ! ガキくせえミリアムなんか――」


「ちょっと! ミリアムにガキとは何よ。もう立派な大人でしょ!」


「な、何だよ。俺はただリベカと比べて言っただけで――」


「あんたは見た目でしか判断出来ないのね……最低だわ」


 軽蔑の眼差しを向けて、リベカさんは階段へ向かおうとする。


「はあ? 待てよリベカ。何でそうなるんだよ。俺にはお前しかいねえってことをだな……」


「放してよ! 私よりもっと若い娘見つければいいじゃない!」


「ミリアム褒めたぐらいで嫉妬すんなよ。俺の気持ちはわかってんだろ?」


「わかんない! もう放して!」


 二階へ行こうともがくリベカさんを、シモンさんは両手でがっちり引き止めながら言い訳を続けてる。これは、あたしが変に口出さないほうが早く収まるかな。痴話喧嘩は犬も食わないって言うし……あ、それは夫婦か。


「着替えてきますね……」


 一応言って、あたしは二人の脇をこっそり抜けて二階へ行った。その後も下からは、しばらく二人の言い合う声が聞こえ続けた。着替えてベッドで横になったあたしは、ここではもうお化粧するのをやめようと心に決めて、目を閉じた。

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