第2話 世界が変わる
次の日は仕事が休みだったから、俺は朝早く彼女をキャバクラまで迎えに行った。
俺のアパートはそこから歩いて5分の距離だったので、簡単な地図を書いて渡そうと思ったのだが、彼女は方向音痴気味で地図も読めないというので、迎えに行くことにしたのだった。
彼女は時間どおりキャバクラ前で、日傘をさして待っていた。今日の彼女はほとんどメイクをしていないように見え、それが思っていたより可愛かったので、少しドキッとしてしまった。
「今日も暑くなりそうですね」
河童だから、頭の皿から水分が蒸発しないように日傘をさしているのだろうか。でも明るいところで見ると、ますます河童には見えない。
俺は彼女をアパートの中に招き入れた。
「狭い部屋だけど」
「あっ」彼女は嬉しそうに言った。「もうエアコンつけてくれてるんですか?」
「うん。俺がいないときでもこの子がいるからね」
俺が指差したのは、俺が飼っている黒猫だった。
「わあ~猫ちゃん!」
彼女がしゃがんで、おいでおいでの仕草をすると、猫は彼女に寄ってきた。彼女は慣れた手つきで猫を撫でた。
「あれっ?この子・・・」彼女は俺の方を向いて尋ねた。「どこのお店で買ったんですか?」
「いや、元々は野良猫だよ。だから驚いたよ、そんなに人懐こくはないはずなのに、初対面の君にはもう懐いたみたいだ」
「だってこの子・・・まだ自覚してないようだけど、猫又ですよ」
「はあっ?」
ちょっと待て、河童の次は猫又かよっ?
「そのうちに人の言葉を覚えて話し出しますよ」
それはそれで楽しいかもしれない・・・んなことあるか!
どうも彼女の独特なムードというかペースには、ついて行けないところがある。これはキャバ嬢としてはどうなんだろうか?
「狭い部屋なんで」猫又発言を無視するような形で、俺は彼女に説明した。「ベッドを置くとスペースが無くなっちゃうから、布団しかないんだけど」
そう言って俺は押し入れを開け、
「上段にあるのが、使ってない布団と枕とシーツだから、これを使うといい」
と言って布団を下ろして敷いてやった。
「どうもすみません」
彼女がいきなり服を脱ぎだしたので、俺は慌てた。
「き、着替えはそっちのバスルームの方で・・・」
キョトンとする彼女を、俺はバスルームへ向かう廊下に押しやった。
何を考えてるんだよ・・・何も考えていないのか?
「あっ、着替えは持ってきてるの?」
「忘れちゃいましたぁ。てへっ♡」
本当に何も考えてないんだな・・・。
「じゃあこれ、俺のTシャツだけど使って」
俺は投げ渡すようにしてTシャツを渡した。
「今日は休みだから俺がいるけど、俺はそっちで本を読んでいるから気にしないで。いつもは朝7時半頃に出かけて夜7時頃に帰るから、その間は自由に使っていいよ。冷蔵庫の中のものも、食べたいものがあれば食べて良いから。あと、合鍵を渡しておくから、出かけるときは戸締まりをしてね」
彼女は早速冷蔵庫を開けてみていた。
「きゅうり!」彼女がうれしそうに叫ぶ。「きゅうりがあります!食べて良いですか?」
マジかよ。まさかとは思いつつも買ってきておいて良かった。
彼女はスヤスヤと寝入ってしまった。いつもは昼頃まで寝ているそうだが、夏は日が射してくると暑くて寝られなくなるので、水風呂に入りながら寝るのだそうだ。
それでたまに溺れそうになるという。河童なんだよね?
こうして俺たちの半同棲のような生活は始まった。彼女が半同棲と思っているのかどうかはわからないが。
次の日の朝、彼女は俺が出かける前にやって来た。なにやらレジ袋を持っていた。
「天津飯とか、好きですか?」
「えっ?ああ、好きだけど」
「それじゃあ夜、作り置きしておきますので、食べてください」
彼女はそれからほとんど毎夜、手料理を作り置きして仕事に出かけた。申し訳ないので材料費を手渡したら、
「助かります。まだ時給が安いもんで」
時給いくら貰ってるの、と尋ねたら、なんと500円だという。それ、最低賃金以下だよね?
「でも光熱水道費は取らないっていうことになってますから」
完全にぼったくられてるな。
「河童ですから、人権がないんでどうしようもないんですよ。ママみたいなブローカーがいないと、河童も人間社会では生活できませんから」
何だか河童が哀れに思えてきた。
次の仕事休みの日も、彼女はやって来た。
「今日はお礼をさせて」彼女は改まって言った。
「お礼なんて、毎日して貰ってるよ。手料理を作ってくれてるじゃない」
「そんなことではこのご恩を返せません。もはやこの体で返すしか・・・」
はぁっ?また何を言い出すんだ、この子は?
「ちょっ、待てよ!ふざけるのも大概に」
「据え膳食わぬは男の恥と言いますよ」
彼女はさっさと布団を敷いて、服を脱ぎだした。俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。
「・・・女に恥をかかせるもんじゃありませんよ」
彼女の裸体は美しかった。河童の体には見えなかった・・・。
目が覚めたとき、彼女は俺の左隣で熟睡していた。大きくて形の良い乳房がはだけている。俺はその胸を隠すように、そっと布団を掛けた。
何かがおかしい。
自分の中で、得体の知れない力がみなぎっているような気がした。
順序がおかしいだろう。彼女に魅せられて、力がみなぎって・・・やってしまって、疲れているのが本来の姿だ。
なぜやり終わってから力がみなぎっている?
部屋の隅に黒猫がいる。
俺にはその尻尾が2本に見えた。
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