オカルトダイバー

@windrain

第1話 出会い


 その店は、一応「キャバクラ」に分類されるらしい。


 一見すると女性店員の数も少なく、ただの飲み屋に見えるのだが、そもそも日本では飲み屋の線引きが全部曖昧だ。


 バーとスナックの違いは、風俗営業法の許可を取っているかどうかだという。風俗営業といっても、何もいかがわしい行為が行われるわけではない。要は接客を行うかどうかの違いなのだが、接客という行為自体がそもそも曖昧だ。


 キャバクラは風俗営業法の許可を取っているので、接客が可能なのだそうだ。


 なので、彼女は今、俺の横に座っている。横に座って話をするのは、接客に当たるらしい。


 この店に俺を連れてきた職場の先輩は、俺の向かいに座っていて、その隣に座った店のママと会話をしている。

 田舎だから、この店はキャバクラにしては安いという話だが、どのくらいの金額になるのか、まだ俺にはわからない。


 女の子と話をするだけなら、あんまりお金を使いたくないなあという気もするが、先輩の顔も立てなければならないだろう。


「ごめんなさいね、私まだ新米で」俺の隣に座った彼女は、申し訳なさそうに言った。「場慣れしてないんです。うまくお話しできなくて」


 俺の方から話を振らなければならないのだろうか?だが彼女は、ありきたりの話をし出した。


「今日も暑かったですね。ここはエアコンが効いてますけど。私の部屋にはエアコンがないんですよ」


「それは大変だね」俺は話を合わせた。「どうしてエアコンを設置しないの?」


「勝手につけられないんです。私、この上に住んでるんですよ」


「えっ、ここに住み込みってこと?」


「そうなんです。2階は屋根からの熱で、午前中からとても暑くて寝ていられないんですよ」


「それは気の毒に。でもどうしてエアコン禁止なの?」


「風呂に水を張って、水風呂で間に合わせろって」


「それはひどい」俺は先輩の隣にいるママをチラリと見やった。「ママがそう言ってるの?」


 彼女はこくりと頷いた。「まあ、まだエアコンが買えるほど稼げてもいないんですけどね。でも工事しないとつけられないでしょう?工事はダメだって」


「窓用エアコンってのもあるじゃない。あれなら工事は必要ないでしょ?」


 彼女は目をパチクリさせた。「そんなのがあるんですか?知りませんでした」


「家電量販店とか、行ったことないの?スマホで検索してみるといいよ」


 彼女は気まずそうに言った。「私、スマホを持ってないんです・・・」


 マジか?今どきの若い子が?なんかこの子、ズレてるぞ。


「もしかして」失礼かもしれないが、俺は彼女に尋ねた。「家の借金とかで困ってるの?」


彼女は首を横に振って、信じられないようなことを言った。


「だって私、河童なんです」




 俺は反応に困った。最初は聞き間違えたのかと思った。


「今、『河童』って言った?」


彼女は頷いた。


「河童って、あの妖怪の?」


「妖怪って言われるのは、ちょっと辛いですね。元々は人間と共生していたそうなんですけど、いつの頃からかほかの妖怪と一緒くたにされるようになったみたいで・・・」


 何を言ってるんだろう、この子は?


「冗談・・・だよね?」


「本当ですよ」


「いやいや、そうだとしたら、なんで俺に正体を明かしちゃうかなあ?」


 彼女は小首を傾げた。


「そうですね、何ででしょうね?」


こっちが聞いてるんですけど。


「多分、勘ですね。この人には言っても大丈夫っていう」


何が大丈夫なのかわからないが、


「だって頭に皿もなければ、背中に甲羅もないじゃない?」


「進化したんですよ。っていうか、人間社会に適応するために、極力小さくしたんです。だから実はちゃんとあるんですよ」


 俺は何と言ったらいいのかわからなくなった。だが少なくとも「見せてみろ」とは言えなかった。裸になれというようなものだから。


「河童だから水風呂でいいだろうって言われるんですよね。河童だからって、水風呂で寝てたら溺れることもありますよ・・・」


猿も木から落ちるっていう感じだろうか?


「河童に尻子玉を抜かれるっていうけど、そういうことをするの?」


「しませんよ。妖怪なんてほとんどは人間の創造物なのに、その中に古くからいる河童も含めてしまったようなんです。それ以前は友達みたいな関係だったのに」


 俺は彼女の言葉に引っかかりを覚えた。今「人間の創造物」って言ったよな?人間の創造物じゃない妖怪が、河童のほかにもいるってことか?


 実は俺は、子どもの頃から妖怪に興味があった。一度会ってみたいとさえ思っていた。

 目の前の彼女の言うことがもし本当なら、これは絶好のチャンスだ。


「君さ、日中は俺のアパートで寝たら?こっから近いし、エアコンもあるからよく寝れると思うよ。俺は仕事で夜まで帰らないし」


 彼女の目が輝いたように見えた。「目が輝く」なんて漫画やアニメの世界の話だと思っていたんだが。


「いいんですか!?私、本当にお世話になっちゃいますよ?」


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