第42話 起死回生の一手

 あのリザードマンの脅威を打ち消すには、エンバーの持つ魔法の杖を破壊する必要がある。

 だが、当然ヤツもそれは重々承知しているため、そう簡単に手放したり隙を見せたりなんてマネはしない。


 ……チャンスは一度きりだ。

 今はまだそこまで守りが厳重じゃない。

 けど、もし俺が仕掛けてそれが失敗に終われば、ヤツは二度と隙を見せようとはしないだろう。それどころか、早急に決着をつけるために動きだすはずだ。


 勝利を確信しているエンバーは、俺をいたぶることにこだわっている。

 ケリをつけようと思えばすぐにでもできそうなのに、それをしないところがいかにも実践不足のおぼっちゃまって感じだ。


 とにかく、これが最初で最後のチャンス。

 絶対に逃がしはしないぞ。


 権を握る手に力がこもる。

 確実に仕留められるよう入念にエンバーの居場所を把握してから、俺は近くに落ちていた小石を拾ってヤツの近くへと放り投げる。

 カツンカツンという音を立てて転がっていく小石の音につられ、エンバーはそちらの方向へと風魔法を放った。


「む?」


 どうやら、手応えがなかったことに違和感を覚えたようだ。

 ――まさにその時だった。

 ヤツの視線が小石の転がっていった方向に注がれ、魔法の杖への意識が薄れている。

 仕留めるなら今しかない。

 そう思った俺は勢いよく物陰から飛びだした。


 本当なら気合十分の雄叫びをあげながら斬りかかりたいところではあるが、ヤツが俺を発見するタイミングを少しでも遅らせたいと睨み、無言のまま飛びかかった。


 そして――剣を振った瞬間、エンバーの持っていた魔法の杖は綺麗に真っ二つとなった。


「し、しまった!?」


 ヤツの正面からは死角になる位置の瓦礫から出ていったこともあり、狙い通りこちらの接近に気づかなかったエンバーは、宙を舞う杖の一部をジッと眺めていた。

 それが地面をコロコロと滑り転がっていくと同時に、巨大リザードマンが突如として苦しみだした。


「お、おのれ!」


 エンバーは必死になって魔力を注ごうとするが、魔法の杖がない以上それは叶わない。

 抵抗する手段を失ったエンバーは、さっきまでの余裕の態度がまるでなかったかのようにひどく動揺。これもまた経験のなさが出たな。

 そんなヤツの喉元へ、俺は剣を静かに添える。


「勝負あったな」

「ま、待て! 貴様こんなことをしてタダで済むと思っているのか!」


 急に脅し始めたエンバーだが……正直、そんなことは関係ない。


「おまえの身分や立場なんてどうでもいいんだよ。大切な相棒であるジョエルを傷つけようとした――それ以上の理由は必要ない」

「うぐっ……」


 どんな言い訳をしたところで、あの巨大リザードマンをけしかけた段階で俺はエンバーを許すつもりなどなかった。こいつは初手から何もかも間違えていただけだ。


「た、頼むよ、殺さないでくれ……」

「随分と都合のいい考え方だな。自分はジョエルを亡き者にしようとわざわざ俺やラトアが来るのを待ってあのリザードマンをけしかけたのに、逆転した途端に命乞いか?」

「し、仕方がなかったんだ! ログナスの名を守るためには俺が家を継いだ方がいいに決まっている!」

「他国の要人とつながりを深め、この国の転覆まで画策しておいてよく言えるな」

「っ!? な、なぜおまえがそのことを!?」


 イスナー経由でジョエルが仕入れた情報だったけど……どうやら真実みたいだな。

 エンバーが驚きのあまり固まっていると、ここでさらにそれを加速させる人物がやってきた。


「それは実に興味深い。ぜひとも詳細な話を聞かせてもらおうじゃないか」


 突如聞こえてきた、聞き慣れない声。

 振り返ると、そこには騎士団の制服に身を包んだ中年男性がいた。

 ――恐らくこの人はめちゃくちゃ偉い立場にいる人だ。

 その証拠に、胸には数えきれないほどの勲章が輝いている。


 何者なのかと声をかけようとしたら、


「ジェ、ジェディール騎士団長!?」


 どうやら俺の想像以上の大物が登場したようだ。

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