第32話 薄汚い野望

 エンバーを追い詰めたと思ったら、ヤツにはまだ切り札があった。


「瓦礫に押し潰されないよう気をつけるんだな」

「あっ! 待て!」


 転移魔法で時計塔の外へ逃げようとするエンバーを必死に食い止めようと駆けだすが――間に合わず。ヤツは外へ逃げ、俺たちは崩れ始めた時計塔内部に置き去りとなってしまった。


「すぐに出るぞ!」


 俺は脱出するため、階段途中にある窓に手をかけた――その時、「バチッ!」という激しい音とともに俺の手は弾かれた。


「うわっ!?」

「っ! 大丈夫か!」


 俺の反応に驚いたのか、ラトアが走り寄ってくる。

 それにしても……窓に結界魔法とは恐れ入った。エンバーのヤツめ、最初から俺たちをまとめて始末するためにここまで大掛かりな手を使ってるのか。


「外には出られない……どうすればいいんだ!」

「落ち着け。俺がなんとかするから、おまえはジョエルを」

「あ、ああ」

 

 どうやらラトアには何か策があるらしく、冷静だった。

 俺は気絶しているジョエルを背負うと、再びラトアのもとへ。すでに崩壊が始まってから二分近く……早くしないと、俺たちは瓦礫の下敷きになってしまう。


「どうする気だ、ラトア!」

「こうするんだ」


 落ち着いた口調で、ラトアは剣を構える。

 あれは……原作でも愛用している神剣――って、マジか!?


「し、神剣!? どうやって手に入れたんだ!?」

「こいつの価値が分かるのか?」


 不思議そうに尋ねてくるラトア。

 ――そうか。

 あの剣は門外不出……本来であれば、限られた一部の人間しかその存在を知らないレア中のレア武器。だから、そう簡単に一般人が知り得るわけがないのだ。


 ラトアには嘘が通用しない。

 なので、ここはなんとか誤魔化しを心みてみよう。


「そ、それより、その剣を使って一体何をやるんだ?」

「む? 簡単だ。――この窓を破壊して外に出る」


 いともたやすく実行できそうだってニュアンスで語っているけど、さすがそれは無理があるのではないだろう。


「外に出るって……そいつは恐らく腕の良い魔法使いが仕掛けたトラップ魔法だ。いくら凄腕だからって、騎士であるおまえが魔法まで自在には操れないだろう?」

「確かに俺だけの力なら無理だろう。――だが、それを可能にする武器があるとなったら話は変わってくる」

「武器?」


 その時、俺はラトアの持つ剣に違和感を覚えた。

 俺もそうなのだが、この学園の生徒で騎士志望の者は学園から支給される模造剣を携えている。私闘防止の意味合いが強いのだろうが……ラトアの剣は明らかにデザインが違った。


「剣が違う……?」

「神剣と呼ばれる物だ」

「し、神剣!?」


 原作でも確かにあったな、神剣――選ばれた者しか手にできないとされる伝説の武器で、ラトアは生まれた時から手にしていた。厳密に言うと、彼は両親がおらず(あくまでも原作での設定)、孤児院の前に生まれたばかりの彼と一緒に剣が置かれていたという。その剣こそ、今さに握っている神剣であった。


「少し派手にやる。離れていろ」


 ラトアはそう言って俺から距離を取ると、時計塔の壁に向かって剣を振った。直接当てるわけではなく、あくまでも振っただけなのだが……時計塔の壁は吹っ飛び、外へとつながる道ができた。


「急げ。今の一撃で倒壊が早まった」

「お、おう!」


 そりゃそうだと思いつつ、ラトアとともに時計塔の外へと飛びだす。轟音を立てて崩れ去る時計塔の崩壊に巻き込まれないよう、俺たちは離れようとするが――その時、背後から強烈な気配を察知して思わず足を止めた。


 時計塔の倒壊が始まったことで辺りは土埃などの煙で視界が悪くなっているが……明らかに異様な気配をまとったモノがその中に存在している。

 一体、何が現れたっていうんだ?

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