第2話 突然の別れとか聞いてない

「今だよ、ハイン!」

「任せろ、ジョエル!」


 薄暗いダンジョン内部に俺と親友ジョエルの声が響き渡る。


「はああっ!」


 得意の攻撃魔法で戦っている相手――スライムを怯ませてくれたおかげで攻撃が当てやすくなった。俺は雄叫びとともに剣を振るい、トドメを刺す。

 この一撃が致命傷となったようで、スライムはポンという音とともに消え去った。


「か、勝ったの?」

「あぁ、俺たちの勝ちだぜ、ジョエル」

「「イエーイ!」」


 俺とジョエルは満面の笑みでハイタッチをする。 



 年齢が同じ十二歳ということで、俺たちはすぐに意気投合。

 そんな俺たちは、初めてふたりだけでダンジョンを探索していた。


 所属している冒険者パーティーのリーダーを務めるゼノスさんは、まだ子どもで見習いである俺たちを雑用係として扱っていた。それは仕方ない。何せ、パーティーに入った当初はダンジョンがどんなところかも知らなかったからな。


 それでも、彼らについていくこと約半年。

 さまざまな経験を積んだことで、初心者用の第一階層のみという条件付きだが、こうしてダンジョンにふたりだけで入る許可を得ることができたのだ。


 ――で、記念すべき最初のモンスターであるスライムと対峙したわけだが……思いのほかあっさりと倒せた。


「やっぱりさあ、ゼノスさんは考えすぎなんだよ。俺たちだって毎日鍛錬を積んでいるんだから、もっと強敵のいる階層に行ってもやっていけるって。あっちの方が報酬もいいわけだし」

「ダメだよ、ハイン。僕たちよりもずっと経験豊富なゼノスさんが危険だと言っているんだから、それに従うべきだよ」

「でもよぉ……」

「ダメったらダメだよ。ダンジョンの恐ろしさは知っているだろ?」


 まるでわがままを言う小さな子どもをたしなめるようにジョエルは言う――って、俺たちも十分小さな子どもなんだから、ある意味それは自然な行動なのかもしれない。


「さあ、ゼノスさんに戦果報告しに行こう」

「……そうだな」


 短い金髪を揺らし、青い目を細めて、最後の最後にニコッと笑って話をまとめる。

 これが、ジョエルの手口だ。

 あいつは、俺がこうやって言えば何も反論してこないと知っている。実際そうだ。俺はジョエルのこの笑顔を見ると、何も言う気が起きなくなる。

 


 ダンジョンを出る頃には夕方になっていた。

 オレンジ色に染まる景色を眺めながら、俺とジョエルは肩を並べて帰路に就く。

 道中、突然ジョエルが口を開いた。


「ねぇ、ハイン」

「なんだよ」

「約束……覚えてる?」

「……忘れるわけないだろ」


 俺たちはある約束を交わしていた。

 それは――ジョエルの夢を叶えるということ。

彼はいつか冒険者として名をあげて孤児院をつくり貧困に苦しむ子どもを救おうというものだ。


 冒険者の中でも最上位とされるSSSランクともなれば、国家と専属契約を結び、新たなダンジョンの調査などの重要な仕事を任され、収入も激増するという。中にはそのまま爵位を得て貴族の仲間入りをした者さえいるらしい。


 そうなれば、今俺たちが語った夢も叶えられる。

 剣術が得意な俺と、魔法が得意なジョエル。

 さっきみたいに、距離を取ったジョエルが魔法攻撃で相手を翻弄し、俺が懐に飛び込んでトドメを刺す――その戦法が綺麗にハマるのだ。


 もちろん、今日はまだ序の口。

 俺たちがいたのは、初心者がダンジョンに慣れるための場所だし、その中でも一番弱いスライムが相手だった。


 偉大な夢に向けた第一歩――といえば聞こえはいいけど、改めて振り返ると本当にまだまだ精進が必要な駆けだしなのだなって再認識させられる。

 けど、裏を返せば伸び盛りって見方もできるのだ。

 ジョエルと一緒なら、これからもっと強くなれるはずだと確信していた。

 これからもこうして一緒に冒険をしていく。

 俺はそんな未来が訪れることを欠片も疑っていなかった。

 ――あの時が来るまでは。



  ◇◇◇



 初のダンジョン探索を終えた次の日。

 所属するパーティーが拠点としている郊外の一軒家。

 

「んあ?」


 二段ベッドの下で寝ていた俺は、窓から差し込む朝日を浴びて目覚める。


「なんだよ……もう朝か?」

 

 昨日は初ダンジョン攻略の打ち上げで夜遅くまでジョエルと飲み食いしていたからなぁ。まだまだ寝足りない。今日は休みにするってリーダーのゼノスさんには伝えてあるし、もうちょっとくらいなら――って、なんだか妙な感じがするな。

 違和感を覚えた俺は慌てて二段のベッドの上へ。

 いつもならジョエルが寝ているはずなのだが、


「っ! ジョ、ジョエルがいない……?」


 そこに相棒の姿はどこにもなかった。

 もしかしたらトイレに行っているとか、早めに目が覚めたから外を歩いて回っているとかいろいろと可能性はあるんだけど……嫌な胸騒ぎがする。

 俺はろくに着替えもせずに外へ飛びだした。ジョエルの姿を確認しなければという一心で宿屋のロビーまで全力疾走をする――と、何やら人だかりができていた。

 もしかしたらジョエルがいなくなったことと関係しているかもしれない。そう思った俺は人が集まっている理由をしるために近づいていった。

 まず目に飛び込んできたのは所属する冒険者パーティーのリーダーであるゼノスさんの姿であった。


 彼ならジョエルがどこにいったか知っているかもしれない。声をかけようと近づいていった俺は、彼が大量の金貨を麻袋に積めて懐にしまい込んでいる場面を目撃する。

 あんな大金……どうやって手に入れたんだ?

 うちのパーティーは上位ランクのクエスト達成が狙えるほどの練度はないはずだ。


「ゼ、ゼノスさん……」

「あ? なんだ、ハインか」


 俺を視界に捉えた途端、それまで金貨を手にしてニヤニヤしていたゼノスさんの表情が一気に険しくなった。


「その金……どうしたんですか?」

「あぁ、いい値で売れたんだよ――『あいつ』が」

「っ!?」


ゼノスさんが語った「あいつ」って……まさか、ジョエルなのか!?


「売ったって……誰を売ったんですか?」

「うん? 気づいてなかったのか? 意外と鈍いヤツだな。同じ部屋で寝ていただろ?」

「ま、まさか、ジョエルを?」

「あいつは中性的な顔立ちをしていたからな。今朝訪ねてきた男がどうしても売ってくれって言うから、冗談でバカ高い値段をふっかけだんだけどよぉ……そしたらヤツはその額でも構わないって言うんだよ。いやぁ、いい臨時収入になったよ」


 その言葉を耳にした直後、俺はゼノスさんに飛びかかっていた。

 こいつは仲間を――ジョエルを売ったんだ!


「遅ぇよ」


 全身全霊をかけて繰りだした俺のパンチはあっさりとかわされる。勢いあまって転倒すると、そこへ同じパーティーに所属する他のメンバーがやってきて袋叩きにされた。

 剣術には自信があったけど、あくまでもそれは十二歳という限られた世界での話。こうして大人と真剣勝負になったら何もできない……悔しいけど。


「おい、殺すなよ。親なしのガキでも死んだとなったら事後処理が面倒だからな。ただでさえ最近は騎士団の冒険者を見る目が厳しくなっているんだ」


 近くの椅子に腰かけて笑いながらゼノスさん――いや、ゼノスは言う。

 やがて攻撃が止み、ボロボロとなった俺のもとへとやってくると吐き捨てるように告げた。


「おまえは今日でクビだ、ハイン。本当はおまえも売り飛ばしてやりたいところだが……こんな掃きだめに暮らしている割には上品な顔立ちをしているジョエルと違って、おまえはあんまり金持ち受けしそうにないからな。まあ、その手のガキが好きな変態には需要があるんだろうけど、あいにくとそっち方面の顧客には疎くてね」

「ぐっ……」


 痛みに悶えながらも、俺はゼノスを睨みつける。


「おぉ、怖ぇなぁ。まあ、これが俺たちの生きる世界だ。今後はせいぜい気をつけるんだぞ」


 最後にそう言い捨てて、ゼノスたちは宿屋をあとにした。

 これからダンジョン探索をするのだろう。


「…………」


 傷だらけになった俺はなんとか立ち上がり、これからについて考えようと静かに宿屋をあとにする。

 最高の相棒を失った俺は、それからしばらく各地をさまよい歩いた。

 冒険者として生計を立てる以外に生き方を知らない俺は、パーティーにこそ所属しなかったがダンジョン探索は続けていた。いつか、ゼノスたちを超える冒険者となってジョエルとの約束を果たすために。

 


 ――そうしているうちに、五年という月日が流れた。





※次は12時に投稿予定!

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