悪役王子に転生して追放された俺は運命の相棒と出会う!

鈴木竜一

第1話 最悪の結末から始める転生ライフ

 まるで長い眠りから覚めたような気分だった。

 頭がぼんやりして、視界が定まらない。

 一体何が起きたのだろうか。

 必死になって意識を集中しようとしていたら、


「貴様というヤツは……そこまで腐っていたか!」


 いきなり罵倒された。

 そこでハッとなり、我に返ったことで一気に視界がクリアとなる。

 どうやらここは廊下のようだ。

 真っ赤な絨毯が敷かれ、高級感が漂っている。

 その廊下には、俺に罵声を浴びせた張本人である見知らぬおっさんが立っていた。

 罵られる相手の心当たりといえば、勤め先の課長が真っ先に思い浮かぶ。頭頂部の寂しい五十代の独身で、地元零細企業に三十年勤務しているベテランだが、性格は最悪で知られ、新入社員のほとんどはその陰湿なパワハラに耐えられなくなって辞めてしまう。


 だが、俺の前に立つおっさんは、見慣れた課長の冴えない面とはだいぶ異なる。

 金髪に緑色の瞳をし、恰幅がよくていかにも国王って出で立ちをしていた。

 ……えっ?

 コスプレか?

 でも、背後には数えきれないほどの武装した騎士っぽい人たちを連れている。


 困惑する俺の前へ、さらにもうひとりの人物が現れた。

 年齢は俺と変わらないくらい。

 鋭い眼光を飛ばす褐色肌のイケメン少年だ。

 ――って、この子……見たことがあるぞ!?


「ハイン王子……観念してください。あなたの悪事もここまでです」


 少年は俺をハインと呼び、そう語る。

 どういう意味だと混乱しつつ、ふと視線を近くの窓へとやる。

 外は真っ暗で、廊下に設えられたランプの灯す明かりが反射し、俺の姿が映し出されるのだが……そこにいたのは目つきの悪い金髪少年だった。


「ハイン――っ!?」


 名前を呟いた瞬間、再び頭痛が。

 脳内に浮かび上がるのは、これまで歩んでいたハインとしての記憶。幼い頃からエグザム王国の国王である父親から英才教育を施され、ふたりの兄を凌駕する才能を見せつけてきた、ハイン第三王子としての半生だ。


ハイン……ハイン――思い出した!


 この「思い出した!」という言葉にはふたつの意味が込められていた。

 ひとつは脳内に浮かび上がる数々の出来事は、紛れもなく俺自身が過去に体験してきたことであるという事実。


 そしてもうひとつは――このハインというエルドール王国第三王子とは、俺が前世のリーマン時代にハマっていたとある人気WEB小説の登場人物であるということ。


 ハイン第三王子。

彼は典型的な「ざまぁ」要員だった。

 ふたりの兄を王位継承争いから蹴落とすために汚名を着せるつもりでいろいろと画策していたが、それを主人公に見破られてしまう。

 わずか十二歳という若さでこの悪童ぶり……そりゃ父親である国王も見限るよ。

ただ、ハインは爪が甘いというか、自惚れ屋というか、とにかくハインは剣術にも魔法にも高い能力を有していたが、それが災いして他者を見下す傾向があり、そのくせいつも肝心なところでミスをするのだ。


 そのあまりにもマヌケな様子と国外追放の刑となって落ちぶれていく哀れな姿から、読者の間では退場後も何かと話題にあがり、この事件をきっかけに主人公は大きく躍進していくことから、ついには「噛ませ王子」という不名誉な称号(?)まで授けられたのだ。


で、今迎えているこのシーンは、ハイン王子の出てくる二章完結話。

 目の前にいる少年はこの作品の主人公ラトア。

シーンは――俺ことハイン王子の悪事を暴いて、問い詰めるクライマックスだ。


 ……うん?

 ちょっと待て。

 俺――詰んでないか?


「貴様とは絶縁だ。どこへでも消え失せるがいい」

「ちょ、ちょっと待って――」


 父である国王へ迫ろうとしたが、主人公とその背後に控えていた騎士たちに取り押さえられる。


 悪役に転生したという事実を理解したというのに、事態はすでに取り返しのつかないところにまで来ていた。

 こんなのってありかよ!



  ◇◇◇



 数日後。

 十二歳という若さで国を追放された俺は途方に暮れていた。

 どしゃ降りの中、俺はついに力尽きて地面に仰向けとなり、倒れる。

 鉛色の空を見つめながら、俺はこれまでを振り返っていた。

悪役転生系のラノベは俺も好きで読むけどさ、大体最悪の未来を回避しようとして奮闘する話がメインなのだが……俺の場合はすでに手遅れの状態からスタートしてるんだよな。


「くそっ……どうすりゃいいんだよ」


 ダメだ。

 頭がうまく回らない。

 歩き続けたことによる疲労もそうだが、降りしきる雨の音で集中力がかき消されるのも要因のひとつであった。

 とりあえず、雨宿りできる場所を探そう。

 辺りを見回してみると、


「うん? あれは……」


 それほど遠くない距離に、ぼんやりとした光がいくつか見える。

 ひょっとして……町か?

 それなら雨風をしのげる場所があるだろうし、今後のことをゆっくり考えられる。気づいた時にはすでに足が動いていた――が、


「うっ!?」


 足元がふらつく。

 ここへ来て、体力が限界に達したらしい。雨に長いことさらされていたせいもあってか、体は冷え切っている。そこへ空腹も重なったものだから最悪だ。


「あとちょっとなのに……」


 おぼつかない足取りで、俺は光を目指す。

 ――が、あと一歩のところで届かず、意識を手放してしまった。



 どれだけ眠っていただろう。

 結局、俺はこの世界で何もできないまま死んだのか。


「あっ、目が覚めた?」

「うおっ!?」


 突然声をかけられ、俺は飛びあがって驚く――同時に、自分が今生きているのだと実感した。


「お、俺は……」

「驚いたよ。あの大雨の中で倒れていたんだから」


 声の主は少年だった。

 美しい金髪碧眼に、左目の下には特徴的な泣きボクロ……なんだろう。身なりはボロボロの服装なんだけど、気品を感じさせる雰囲気を漂わせている。


「き、君は? それにここは……」

「僕はジョエル。そしてここは僕の家だ。雨の中で倒れていた君をなんとかここまで運んできたんだよ。その時は仲間にも手伝ってもらったけどね」

「仲間?」

「冒険者パーティーに所属している仲間さ。――と言っても、僕はまだ見習いだけどね」


 そういえば、原作小説にも冒険者パーティーが登場していたな。ただ、ジョエルはそこに所属しているらしいが、彼の名前を作中で見た記憶はない。となると、本編には未登場のキャラってわけか。


「とにかく、もう大丈夫そうだね」

「あ、ああ、いろいろとありがとう。俺は――」


「帰る」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 そうだった。

 俺にはもう帰る場所がないんだ。

 口ごもっていると、ジョエルはいろいろと察してくれたようで、突然俺を抱きしめた。


「っ!? な、何を!?」

「辛かっただろう? 僕も孤児だから気持ちはよく分かるよ」


 ジョエルは泣いていた。

 今の俺がかつての自分の境遇とよく似ているらしい。

 そして、


「君にその気があるなら、うちのパーティーに入らないか?」


 そう提案してくれた。


「い、いいのか?」

「残念ながら僕の一存では決められないけど、もしやろうという気があるなら入れるようにリーダーへ直談判してみるよ」


 胸をドンと叩いて言い放つジョエル。

 それがとても頼もしく映って、気がつくと俺は「お願いするよ」と口にしていた。


 冒険者、か。

 まさに異世界の醍醐味だな。

 問題はパーティー入りを許可されるかどうかだけだ。



 結論から言うと、俺のパーティー入りは認められた。

 とはいえ、まだまだ戦力にならない子どもであるため、まずはジョエルと一緒に雑用中心の見習いからスタートだ。

 ただ、幸い……と言っていいのか分からないけど、剣術は幼い頃から習っていたので人並み以上の腕前はある。あとはこれを磨いて自分だけの力に昇華させていこうと思っている。

 リーダーもその辺は評価してくれているみたいで、「期待しているぞ」と声をかけてもらった。


 こうして、ジョエルとの出会いをきっかけに俺の人生は新たなスタートを切ったのだった。



※次は10時に更新予定!

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