第29話 英雄の軌跡
「何も残らず、か。厄介じゃのう」
「自分たちの目撃証言だけになってしまいますね」
2人の言うように、説明が面倒なことになってきた。
これが獣であれば、どんな相手だったかが残るため、説明はしやすい。
例えば大きな熊ともなれば、その毛皮だけでも武威を示せるだろう。
普段の狩りも、そういう側面があるしな。
(だが、これでは……な)
周囲には瘴気の気配がまだ残るが、先ほどまでいた魔物たちは肉片すら残っていない。
ましてや、あの巨体を証明できるものは何もない。
「だからか? 自分を倒したことを示せない戦士への哀れみ……いや、まさかな」
「お兄様?」
「なんでもない。3人が良ければ、森の奥を少し見ておきたいのだが」
あの魔物は何も残さないとして、魔物がいた場所、住処には何かあるかもしれない。
それに、また出てこないように確かめる必要もあるだろう。
「そうじゃのう……一声かけてから、がよいのではないか?」
「ベリエ子爵の顔も立つってもんでさあ。戦いの後ですし、一息入れるのも大事ですぜ」
それもそうだと思いなおし、フェリシアにも声をかけて一度戻ろうと振り返ったときだ。
彼女が、驚いた表情でどこかを見ていることに気が付いた。
「フェリシア、どうした? 敵か?」
「いえ、あれを……」
彼女が指さす先には、まるで樹氷のように光を枝葉全体にまとった森の姿があった。
嫌な感じはしないが、不思議すぎる光景なのは間違いない。
「お兄様、これはカンなのですけど……」
「たぶん、同じだ。今じゃないといけない気がする」
ボルクスとアルフ爺さんも、今回は反対しなかった。
警戒はしつつ、森へと近づく。
先ほどまでの、嫌な気配はまったくない。
まるで明るい日差しに満たされているような感覚さえある。
「若、おとぎ話の1つに、似たような話があるの……覚えていやせんか?」
「おとぎ話? こんな話は……いや、あれか?」
木々を縫うように進む4人の前に、枯れ木の様になってしまった一角が現れる。
恐らく、あの瘴気の塊のような魔物たちのせいなのだろう。
しかし、今はそこには新しい命が見える。
「もうこんな新芽が出ているなんて……あっ、闇からの裏返り?」
「そんな話もあったのう。あれも本当のことじゃったか」
この国というか世界には、様々なおとぎ話が伝わっている。
かつての戦士たちが、神々との契約で偉業を成した英雄の話でもある。
多くの敵と戦い、世界を救った話がほとんどだ。
登場する敵は数多く、邪神と呼べるような相手もそこそこ登場する。
そんな話の1つに、戦いたいがために瘴気に身を投じた戦士の話もあるのだ。
「満足いくまで戦い続けるはた迷惑な話……しかし、戦いの果てには飲み込んだ命を大地に戻すかのように、戦場は実りにあふれたという……なるほどな」
目撃者の望みをかなえるかのように、どんどんと周囲の緑が広がっていく。
続けて咲く美しい花々。
驚きの光景に、俺も言葉が出ない。
「こいつは、話が厄介な気配しかしませんぜ」
「まったくだ。ベリエ子爵経由で、陛下に手紙を出すほかあるまいよ」
「それがいいじゃろうなあ。森だけじゃなく、周囲も良い土地に変わる気配がする。土地の管理をしっかりせねばな」
男3人が、あれやこれやと話す間、フェリシアは静かに花々を眺めていた。
偶然視界に入った、まるで絵画のような光景に、1人満足そうにうなずく俺。
「? なんでしょう?」
「いや、花が好きか? 実家に戻ったら、庭を案内しよう」
なぜか気恥ずかしくなり、ごまかすようにそう口にすると、彼女は笑う。
そして、なぜか俺の横に立ち、見上げてきた。
「お兄様はご存じないでしょうけれど、未婚女性を庭に誘うのは、求婚に近いのですよ」
フェリシアのからかうような声が耳に届く。
くすっと、年相応の笑みを浮かべる姿はさすが王系というところか。
「そうか、気を付けるとしよう」
見るべきものは見て、確かめるものは確かめた。
戻るころ合いだろう、うん。
「ワシは構わんぞ」
「戻ったらご報告せねば!」
妙に乗り気な2人をにらみつつ、森を抜けるべく歩き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます